47:3日目 勝利の宴と、その後
ジーナとハルがホムンクルスのディアナ救出のクエストを完了して、魔女が衛兵に引き渡された知らせは、瞬く間にソシガーナに広まった。
二人がギルドに戻ると、クリスやナドゥ、ルピタ、ボーヤー達をはじめ、ギルドの面々が揃って讃えてくれた。
「クエスト完了、おめでとう! ジーナ、ハル」
「お前らの活躍、俺が広めておいたぜ! ありがたく思いな」
「さすがだね、あんた達! 今日はお祝いのご馳走を作らなきゃね」
「おめでとうございます、ジーナさん。僕もまたいちから頑張ります!」
ジーナがクエストを解決するのはいつもの事だ。しかし、今回は領主ジャスティン王子肝入りの緊急クエスト。加えて珍しく相棒と連れ立っての解決、という事で、仲間達も特別な出来事として捉えていたようだ。
「お前ら……、ありがとな」
今日ばかりはジーナも少しは素直のようだ、とハルは微笑ましい気持ちで、鼻をこするジーナの顔を見つめていた。
ジーナはこれ以上称賛の空気の中にいるのが耐えられず大声を上げた。
「おし、報酬は破格の100万ゴートだ! ルピタ、特別宴会メニューを皆に出してくれ!」
ナドゥや冒険者達が、わっと歓声を上げる。歓声はやがてジーナコールに変わった。
何にせよジーナは、ライバルのカリームが復帰する明日を迎える前にクエストを解決できた。まごう事なきジーナの勝利だった。
「ま、あいつからの情報がなかったら詰んでたからな……今回は引き分けにしといてやるか」
しかしここで、ゆっくりと感慨にひたる事を許さない存在が現れた。
「ジーナ! 信じていましたわよ!」
ギルドマスター・メイリィが盛り上がる群衆を小さい身体で掻き分けながら、ジーナにハグせんばかりに手を広げて迫ってきた。
反射的に逃げ出そうとしたジーナだが、冷静に考えれば今だけはその必要がない事に気がついた。
「生きたままのホムンクルスを取り戻してくれましたね! これでワタクシもジャスティン王子に顔向けができます!」
まるでジーナが王子であるかのように、両手を包み込み腕を振る。
「ギルマス、どうも……。そもそも魔女の家を調べろと言ってくれたのはあんただ。ギルマスのおかげだよ」
「まあ! 今日のあなたはなんて素直なのでしょう!雪が降ってもおかしくないわね!」
涙ぐんだメイリィが、ハルの方を向いた。
「ハル・ブラッドレイ。あなたも立派に務めを果たしましたね。ジャスティン王子が、この事を知ればあたなを王都騎士団に戻していただける事でしょう!」
「えっ」
「ワタクシにお任せなさい! もちろん復帰した暁にはソシガーナ冒険者ギルドの素晴らしさを王都にお伝えくださいね。こうしてはいられません、すぐに王子に報告に行かねば。ミュルミドン、至急馬車の用意を!」
メイリィは風のように愛しの王子の元へ去って行った。
「良かったじゃないか、ナイト君」
ジーナは呆然とする相棒の肩に手を置いた。
「ジーナさん」
「残った時間はヘタを打たないように大人しくしておいた方がいいね。今この瞬間から、あたしに付き合う必要ないからな」
ジーナの笑顔の奥に、ハルは何かを決めているような硬さが一瞬だけ覗いたような気がした。
ハルは何か声をかけようと思ったが、言葉はすぐには出てこなかった。そして彼女もまた、すぐに仲間達に呼ばれて宴会のメニューの相談を始めてしまった。
ホールの騒乱の中で一人取り残されたハルの側にそっと探知術師クリスが近づいてきた。
「おめでとう、ハル」
そう言って腕に優しく手を置いたクリスの顔には、笑顔が咲いていた。
「ありがとう、クリス。まあ、活躍したのはジーナさんだけだけど」
「そんな事ない。それに、これから二人はもっといい相棒同士になって、すごい活躍をしていく気がするよ」
「……そうだね。何しろ、ジーナさんは街のクエスト全部受ける人だもんね」
そして二人は笑い合うと、自然と連れ立ってカウンターでゆっくりと語り始めた。
やがて、ルピタの特別料理の皿が並び出し、冒険者ギルドのほぼ全員による、飲めや歌えの大宴会が始まった。
流行り病で長らく宴会は自粛の雰囲気だったので今夜は皆の開放感が爆発していた。
ナドゥが踊りだし、昨日変態行為を謝罪したボーヤーも女戦士達に声をかけられていた。ハルとクリスもこの夜ばかりはワインを解禁して、英雄譚談義に花を咲かせている。
そしてジーナは――仲間達の馬鹿騒ぎに調子を合わせながら、ある一つの決意を胸にしていたのだった。
〜〜〜
宴の参加者達はギルドのホールで酔い潰れて寝てしまった。コックのルピタも料理で疲れて部屋へ戻ってしまい、辺りは寝息以外は静寂に包まれていた。
酔い潰れたフリをしていたジーナは、むくりと起き上がる。
テーブルの上には食べかけのパンと、空になった酒瓶。宴の喧騒が夢だったかのようだ。
忍び足で出口へ向かい、途中、ハルがクリスと肩を寄せ合って寝ている姿を確認する。この未来ある相棒を、魔人の狂気に巻き込むわけにはいかない。
ジーナはスイングドアの隙間から外の夜気を吸い込み、一度だけ深く息をついた後、押し開けた。
今からあの場所へ向かうなど、自分でも愚かしいと思うほど危うい行為だ――そこへ踏み込んで下手を打てば、せっかくの今日の勝利も、宴の祝福も、すべて霧散するだろう。
しかも、これはクエストでも何でもないのだ。
だが、引き返す理由はもうなかった。
街の敵がそこに潜んでいる、という想いに囚われてしまったのだから。
ジーナは迷いを置き去りにし、祝宴の灯を背に、暗黒の街路へと足を進めていった。




