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46:3日目 愛の照れ隠し

「ディアナ!」


 ハルは暗がりからディアナを救い出す。その身体は驚くほど軽かった。しかし彼女の眼には生気が残っており、命に別状はないように思われた。


「あなたは、ハルさん……」

 ディアナは自分を抱き抱えている男の顔がわかったようだ。


「もう大丈夫です。すぐに、見つけられなくてすみませんでした」


「いいえ……ありがとう」


 ハルには心なしかディアナがさほど喜んではいないようにも思われた。三日近く暗がりに監禁されていたと思えば、混乱していても無理はないだろうとハルは結論づけた。


「ユーリ君も、これで安心できる」

 少年の名前を聞いたディアナは心なしか、表情が柔らかくなったように見えた。


 ハルにディアナの救出を任せながら、ジーナは抜け目なく魔女から目を離す事はなかった。


「デカいネタ出てきたな、ババア」


 この結果はジーナにとっても意外だった。期待していたのは消えたホムンクルスではなく、英雄隊の過去の秘密だったのだから。確かに前にここへ来た時はよくよく調べてはいなかったが、そもそも関係している線は薄いだろうと思っていたのだ。ジーナはよくよく自分の勘が当てにならない事を改めて思い知らされた。


 しかし、ジーナはいかにも想定していたかのように振る舞う事にしたようだ。


「あのホムンクルスは森をさまよっていたからな。ここに辿り着くのも必然だった。それにしても、何で捕まえたんだ? まさか穴倉に縛っておいて、泊めてやってたなんて言わないよな」


 老婆はただ床を見つめて、言葉を発しない。


「死んだホムンクルスでもあんたの術で蘇らせられるか試してみたくなったのか? ブラッドレイ卿にやったみたいに」


「違う……」


「じゃあ、なんで捕まえた?」


 老婆はジーナを睨みつけた。まるで悪いのはお前だ、と言わんばかりに。


「そんな事も知らないのかい? あいつは高く売れるのさ! 一千万なんてケチな金額じゃない! この街丸ごとだって買えるのさ! そうすりゃ、あたしを馬鹿にしてきた街の奴ら全員が、あたしに跪くだろう! それが英雄隊の協力者だったあたしへの正当な評価ってもんさ」


 捲し立てる老婆の目からは狂気が窺えた。しかしどこか冷静な光もある事をジーナは捉えていた。


「それに、ムカつくじゃないか、ホムンクルス! こいつがあたしに出会って言ったのが傑作でね――愛とは何か教えてください、ときたもんだ! こいつはこんな純粋なまま、歳も取らずに永遠に生き続けるんだ。こっちは街を救った英雄の手助けをしたってのに、今じゃこんなにただ老いさらばえちまったというのに!」


 ハルはディアナを抱き抱えたまま、心配そうに彼女の顔を覗き込む。彼女は怯え、憔悴しているようだ。老婆の罵詈雑言が聞こえているのかもわからない。しかし、これ以上、身勝手な悪い言葉を聞かせておくわけにはいかない。

 ハルがそう思った時、ジーナの平手打ちの音が響いた。


「言い訳ばっかしてんじゃねぇ。みじめに生きてきたのが、街のせいだって言いたいのか? ちがうだろ。あんたが選んだんだよ、こうして腐る道を」


「違う……」


「違わないさ。まず、あんたがきちんと英雄の助手の勤めを果たしてりゃ、ブラッドレイ卿は死ななかったかもしれない」


「それは仕方ないだろ。あたしはまだ若くて、未熟だった!」


「ああ、それでも力不足だったって言うんなら仕方ない。だが、そっから腐って、こんな森の中でずっと薄気味悪いペットと暮らす事にしたのはあんたの選択だ」


 ジーナはハルを指差す。

「こいつを見な。フォールの孫を。あたしみたいな魔人女に付き合わされても、愚痴ひとつこぼさず、街のために動いてる。あんたが好きだったフォールも同じだ。割の合わない任務だったろうに、最後まで仲間を守って立派に務めた」


 魔女はうなだれると静かに身体を震わせ始めた。

ハルはディアナをそっと床に横たわらせると、ジーナの横に立った。


「もういいでしょう、ジーナさん。当時の英雄隊と、それに関わった人たちの苦悩は私達にはわからないのだから」


 小屋の周りの森は静まり返り、ただ老婆のすすり泣く声だけが聞こえ続けていた。


「ありがとうごさいました。ハルさん、それと……」

 ディアナが立ち上がっていた。


「ジーナだ」


「ジーナさん、ありがとうございました」


「ああ、腹減った」

 ジーナはディアナの言葉を遮ると、ポケットから芋チップスを取り出して齧り始めた。


「お前も食べるか?」

 ジーナはディアナの方を振り向きもせず、チップスの袋を差し出す。


「あ、ありがとうございます」

 ディアナは素直にチップスを受け取ると口にした。ろくに食事も与えられていなかったのだろうか。


「美味しい……」

 ディアナの表情にいつもの笑顔が戻ってきた。自分はこれを取り戻したかったのだ、とハルは思った。


「ジーナさんはとても優しい方ですね。これが愛なのでしょうか?」

 聞かれたハルは、淀みなく答えた。


「これはね、《照れ隠し》って言うんですよ」

 彼の声には、苦笑の中に暖かさが滲んでいた。


 これも愛――なのかしら、とディアナは思った。

 



クエスト解決:

■消えたホムンクルスのディアナを探せ

報酬:100万ゴート

発注者:イレブン氏


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