45:3日目 床下の秘密
ジーナは魔女の小屋に着くなり、扉を蹴破った。
「ババア!てめぇ、知ってたな!」
ペットの合成動物ゾンビ、ビビの世話に夢中になっていたアルテアはいきなりの闖入に飛び上がった。
「ジーナ! またお前さんかい!」
「アルテア、いや回復術師アンリと呼んでやろうか」
「だ……誰だいそれは」
「とぼけるな。お前がブラッドレイ卿の遺体を木の下に埋めたな。不景気英雄隊に頼まれて」
「うっ……」
「昨日お前は、頭に血が登って屍術で骨を動かした。あたしを確実に殺すために最強の骨――こいつの爺さんの骨をな」
「!あんた……ブラッドレイ卿の孫だったのかい」
狡猾な老婆の目にたちまち涙が浮かんだ。
しばらくアルテアは沈黙していたが、ゆっくりと膝を折ると、指先で頬を覆って嗚咽した。
昨日ハルと出会った時、いい男だと絶賛していたのは本心だったのだ。それもそのはずだ。彼はかつての想い人の孫だったのだから。
「ううっ……フォール……眠っているあなたを動かしたりしたから……こりゃ天罰だね」
醜いペットのビビが、慰めるように主人に寄り添った。
ハルはそっと近づくと、アルテアに優しく話しかけた。
「先日の訪問はこちらにも多大な失礼がありました。それを咎めるつもりはありませんよ」
老婆は顔も上げず、静かに聞いていた。
「そして、あなたが祖父を森に埋めた事だって非難すべき事だとは思っていません。あなたは祖父が望んだ通り、彼の名誉を守るためになさったのでしょうから」
その言葉に、アルテアがゆっくりと顔を上げた。震える唇が、何かを言おうとして迷う。
「ブラッドレイ卿が? 彼の望みで森に埋められたって?」
「はい、そう聞いていますが違うのですか?」
「あの時あたしは何も聞かされてない。師匠もダンジョンで死んじまって、残りの二人はあたしを使用人か何かだという扱いだったからね。それより本当なのかい? 彼が森に埋めてくれと頼んだってのは!」
「そうですが、場所までは……」
うずくまっていた魔女は歓喜の笑顔に変わり、両腕を天に掲げて立ち上がった。
「ああ、フォール! あたしの側で眠りたかったのね……未来永劫! あなたは師匠じゃなくてあたしを選んでくれたんだ! こんな嬉しい事はないよ!」
「いえ、森に埋めてとは言ってないと思いますが……」
アルテアはもはやハルの声を聞いていなかった。
ジーナは魔女の興奮を冷めた目で見ていたが、実際にはまったく別のことに集中していた。
小屋に足を踏み入れた時から、違和感があった。前回来たとき、床にはけばけばしい極彩色の敷物が敷かれていたはずだ。だが今日は見当たらない。前回の騒動で棚の薬品をぶちまけ、敷物まで汚れた。そのため、洗っているか処分したかして取り払ったのだろう。
代わりにあらわになった木の床。そこにジーナは鍵師としての感覚で、ごくわずかだが不自然な境目と、古びた取っ手のような突起を見つけた。あれは、床下収納か何かの開口部の痕跡――いや、それにしては目立たない造りだ。まるで誰かが意図的に隠したような。
そして、その部分にちょうど魔女がさっきまでうずくまっていたのだ。
意図的か、それとも無意識か。突然冒険者が乱入してきたから無意識で自分の身体で隠した。しかし今、過去の青春が蘇った感激のためつい立ち上がって曝け出した――あの床の下にあるのは何がかくされているのか。
アルテアは我に返り、何事もなかったようにビビの世話に戻るそぶりを見せた。が、その動きは“元の場所”に戻ることに執着しているようにも見えた。
突然、ジーナは飛び付かんばかりに魔女の足元に膝をついた。
「すまないアルテア! この前はあたしが悪かった! あんたの大事な執事の頭を吹き飛ばしたのは心から反省しているんだ!」
意表をついた真摯な謝罪にアルテアもハルも面食らった。その間にジーナは床を間近で観察する。間違いない。この床は開く。
「この通りだ、許してくれ!」
「わ……わかったよ。あの時はあたしもついカッとなっちまってさ。ここはお互い――」
「ああ、許してくれ――てめぇの秘密を暴く事をな!」
床を見ながらジーナは凶悪な笑みを浮かべる。不意に魔女に体当たりをかませて退かすと、開口部に手をかけ思いっきり引き上げる。
「やめろっ!」
時すでに遅し、魔女の秘密は暴かれた。
ジーナの顔に浮かんだ表情は、怒りでも勝利でもなかった。驚き、困惑、そして……ある種の諦めのような感情すらにじませていた。
「ジーナさん、何を見つけたんです?」
ハルがそっと近づき、覗き込む。
浅い穴の底に、白い布のようなもの。いや、それは人の脚だった。縛られたまま、猿ぐつわをされ、目を細めてこちらを見る女性。
「ディアナ!」
それは、緊急クエストの捜索対象――ホムンクルスの少女、ディアナだった。




