44:3日目 効かない毒消し
老人は語り始めた。
「君の祖父、フォール・ブラッドレイ卿は王都騎士団としてこの街へやってきた。近いうちに暴走するであろうダンジョンを攻略するために。
彼は精力に溢れていて、魅力的な人物だったよ。最初は高額な報酬目当てだったワシら地元冒険者達も次第に彼のことを気に入ってね……。この人のためにクエストを果たそう、と思ったよ」
「魔術師ソフィア、戦士ドワルド、そして弓使いのあなた。全員が同じ気持ちだったのですか」
「そうだと思う。あぁ、これは証拠は無いが、ソフィアは卿に惹かれとったのではないかな……むろん叶わぬ想いだったのだが」
「惚れた腫れたは今はいい。あたしらが聞きたいのは邪毒龍を倒した後の話だ。最後の戦いで倒れたブラッドレイが何で森の中に埋まってたんだよ」
ジーナは老人を動揺させる効果を期待しながら、話を突きつけた。しかし、老人は深いため息を一つついただけだった。
「そうか……骨を見つけたんだね。だから、ここに来なさったというわけか」
「そうです。何があったのか教えてください」
ランドロスは部屋の隅に飾られている毒蛇の剥製を見つめながら口を開いた。
「全員で死闘の末に邪毒竜を倒した。しかしブラッドレイ卿は竜の毒の息から皆を護り、致命的な毒に侵された。それが死因となったのは伝えられている通りだ」
「毒の竜と戦うのはわかってたんだから、毒消しとか用意はなかったのか?」
ジーナの空気を読まないつっこみにもランドロスは怯まず話を続けた。
「無論準備していた。しかし協力者の回復術師の作った毒消しでは邪毒竜の毒に通用しなかった。なんとか地上に出るまでは持ち堪える事ができたが……死を悟ったブラッドレイ卿は我々に最期の願いをした。
毒で死ぬなど騎士としての恥辱。自分は迷宮で戦死した事にして欲しい……と」
ハルはそれを聞くと、目を伏せたまま拳を握りしめた。
「そんな……祖父が、自分の死に様を隠してくれと願うなんて……」
揺れる声に、彼の心がざわついているのがわかった。
「そして、我々には彼の願いを叶える事しか選択肢はなかった。幸い我々の地上帰還を見届けた者はいなかったので、入り口付近で待機していた回復術師のアンリに埋葬を頼んだ。そして我々はそのまま王都へ向かい、卿の死と迷宮攻略を報告した」
「それで、どうなったんだ」
「後は知っての通りだ。ダンジョンコアの宝珠は王都の期待したほどの魔力はなかったことが確認されて我々への報酬は微々たるものだった。
ダンジョンがなくなりこの街は不景気になり、我々は今でもこの貧乏暮らしだ。ドワルドとも長い事会っていないが、職人として細々とやっているのだろうか」
「ドワルドは昨夜殺されたよ」
「何だと? 冗談はやめておけ」
「矢でひと突きさ。時にあんたの弓の腕はまだ健在みたいだね」
ジーナは部屋中の剥製を見渡しながら、こともなげに告げる。ハルはランドロスの表情の変化を見逃すまいと注視する。
「そうか……それであんた達はわしの所へ来たのか」
ランドロスの顔からは驚きも哀しみも怒りもハルには感じとれなかった。
「わしにあいつを殺す理由などない。それに数年前に肘を痛めてな。ドワーフの胸板を貫くような矢はもう放てないのさ」
そう言って老人は肘にまいた重厚な包帯の束を見せた。
「まあそうだよな。それに、よりにもよってわざわざ疑われる弓矢で殺すアホはいないよな」
ジーナはおどけたような笑顔で応える。その眼は笑ってはいなかった。
「わしを疑うのは勝手だが、話は終わりだ。さあ帰ってくれ」
気分を害した老人はこれ以上会話を続ける気はないようだが、去り際にハルは老人に頭を下げた。
「祖父について知らなかった事を教えてくださり、ありがとうございました」
「ふん。君の相棒がもう少し礼儀を知っていれば良かったのだが、残念だよ」
「最後に一つだけ教えてください。協力者だったアンリという回復術師は――今もこの街に?」
「さあな。あれ以来会っていない。あいつは陰気な女でな。ソフィアの弟子だったそうだが、正直、腕は未熟だった。毒消し薬も効かなかったしな」
ランドロスの視線が一瞬だけ彷徨った。
「……あいつは、屍術にも手を出していた。回復術だけに専念していれば良かったものを、死の力に惹かれ始めてしまってね」
それを聞いたハルとジーナは顔を見合わせた。
「さあ、話は終わりだ、帰ってくれ」
二人は小屋を追い出されたが、次に向かう場所は決まっていた。
「ジーナさん、魔女の家ですね」
「ああ。アルテアのババアが、若い頃はアンリという名前だったのにあたしは賭けるね。それに――」
ジーナは悔しそうに吐き捨てる。
「あのババアが偶然骨を動かしたなんて思い込んでたけど、そんなわけなかった。あいつは、あそこに“誰の骨があるか”知っててやったんだ。あたしのうかつさに腹が立つよ。さあ、今度こそあのババアを締め上げる理由ができたな」
二人は魔女の森に向かって駆け出した。




