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43:3日目 弓使いランドロス

 二人はジーナの部屋に戻ると、革の手触りのする小さな帳面をテーブルに広げた。ドワルドの手記だ。

 これからこれを二人で読み込む。いや、正確にはハルが音読をさせられるのだが。


 記述は簡素だったが、確かに《不景気英雄隊》の足跡が、ドワルドの視点で綴られていた。ダンジョンの奥へと進み、魔物が溢れかえるより早くコアを回収する。

街を守るための決死行だった。――偉業だったはずだ。

 しかし皮肉にもダンジョンがなくなったことで不景気となったこの街で、ドワルドは誰に語れるでもなく、ひっそりと手記に留めて革職人に戻るしかなかったのだ。


「なんだか気の毒な話ですよね……」


 ハルが声を落とす。


「ふっ。英雄に憧れるナイト君には、ちょっと刺さる話だったかい?」


 ジーナは軽くからかってみせたが、手記の終盤を読み進めるうちに、その顔から余裕が消えていく。


「おいおい、どうなってんだよ。こりゃぁ」


 彼らがドラゴンを倒し、ダンジョンの奥で宝珠を手に入れた――そこまで書かれていた。だが、そこから先の記録はない。


 最後のページは、唐突に白紙だった。


「戦いのあとの話が、まるまる抜けてるじゃないか……」


 しかも、とハルが指でなぞる。。


「しかし、ジーナさん。この手記によれば祖父は戦いで倒れたとは書いてありますが、死亡したとは書いてありませんよ」


「確かにな。まあただ相手は邪毒龍だからな……。猛毒に犯されてたんなら結局助からなかったとしても不思議じゃない」


「だからって遺体を森に埋めた、というのは意味がわかりません」


 ハルの声がわずかに険しくなる。


「それにもう一つ、気になる記述がありました」


 ハルが別のページを示す。


「ドワルド、ソフィア、ランドロス、そして祖父――四人の英雄とは別に、回復術師の協力者がいたとあります。“アンリ”という女性冒険者です」


「アンリ……聞いたことないな。今もこの街にいるのかな」


「この人が何か知っていれば、事件の全体像が見えてくるかもしれません」


「うん。だから……もう一人の英雄に話を聞こう。弓使い、ランドロス」


 それを聞きながらハルの顔がみるみる曇っていく。


「ナイト君が考えてることはわかってる。爺さんが矢を受けて死んでたからな。残る一人が弓使いっていうのはできすぎてる」


「英雄と呼ばれる腕前なら、一矢でドワーフを仕留める事が可能です。しかもかつての戦友ですから警戒されずに夜中に訪ねて家に入ることも不可能ではないでしょう」


「まあ、そうなんだけど……それができすきてるんだよなぁ」


「ジーナさんの勘は違うと言ってますか?」


「わからない。とにかく行こう。衛兵どもが仕事してるフリを始める前にね」



 二人はギルドを出ると、城門の外にあるランドロスの隠居小屋を目指した。彼もまたひっそりと街外れで生活をしているのだろうか。


「もし何か奴がやましいところがあるなら、案外裕福な暮らしをしてたりしてな。どう思う?」


 道すがらジーナはいつになくハルに質問をしてきた。自分の考えをまとめるためだろうか。


「やましい事がなくても、ダンジョンコアは非常に魔力の高い希少な遺物です。王都に献上すれば普通は高額の報奨金がもらえますよ」


「じゃあなんであの爺さんは、あんな貧乏暮らししてたんだ?」


 東門を出る。ハルにとっては初めての東郊外だったが、風景にはさしたる違いはなかった。しばし田園地帯を横切ると、林に差し掛かる。

 

 「気をつけろよ。いきなり矢が飛んでくるかもしれないぞ」


 ジーナは冗談めかして言ったが、ハルの返事はなかった。沈黙の中、草を踏む音と風のざわめきだけがつづいた。


 

 やがて林の奥に、一軒の石造りの家が現れた。

 壁には蔦が這い、窓は閉ざされている。


「ひとり暮らしにしちゃ……広いな。なんか、不釣り合いじゃないか?」


 ハルが扉を叩くと、すぐに返答が返ってきた。


「入りたまえ」


 扉を開けた瞬間、ジーナが一歩引いた。



 目の前にいたのは――熊だった。



 いや、熊の剥製。



 その奥には、鷹、狐、ウサギ、穴熊……部屋の壁一面に剥製が並ぶ。皮を張り、目を磨き上げた“かつての命”がずらりと見下ろしている。



「……魔物の剥製はないみたいだね」



 ジーナが低くつぶやくと、部屋の奥から声が返ってきた。



「魔物は自然の歪みだ。美しくはない」


 古びた安楽椅子に腰掛けている老人が、弓使いランドロスと思われた。

 鋭い眼光からは、かつての腕前を想像できたが、身体はもう思うようには動かないように見えた。齢は七十を越えているだろう。


「若い冒険者と会うのは久しぶりだ。この忘れられたジジイに何の用だ」


「忘れられてなどいません。あなたや祖父は私にとっては語り継がれる英雄です」


「祖父……。まさか、君はブラッドレイ卿の……」


「はい。孫のハルと申します」


 老人――ランドロスは目を閉じ、長く息を吐いた。


 しばし沈黙が流れる。


 やがてゆっくりと目を開け、窓の向こうを見つめながら口を開いた。


「すべて話そう。……ブラッドレイ卿のこと、そして我々が背負ってしまった罪のことを」



 

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