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42:3日目 ささやかな勝利

 二人はあばら屋の中に踏み込んだ。

 古い建物だが作業部屋と思われる部屋の中はきちんと整頓されており、鎧や盾など革製品がずらりと棚に並べられていた。制作道具も几帳面に整理されている。革を裁断するためのナイフや鋏、縫穴を開ける錐、縫合に使う蜜蝋を塗った丈夫な麻糸、そして圧着させるための木槌。どれも日頃からよく手入れされているのが窺える。


「英雄の家にしちゃ、慎ましい感じだな」

 ドワルドは今や革細工で細々と生計を立てていたのだろうか。


 作業部屋の奥の扉が開いており、そこは寝室となっている。その床には老ドワーフの亡骸が横たわっていた。

 心臓の位置に深々と太い矢が突き刺さっている。

 ドワルドは驚いたような顔をして冷たくなっていた。


「矢で一撃か……」


「この狭い家の中で弓矢とは」


「抵抗した様子はなく、不意の一撃で死んだって感じだな。相手は手練かもしれないな、ナイトく……」

 ジーナはそこまで話して、監視役を兼ねたであろう付き添いの衛兵が一緒に入室していたのを思い出した。


「……相手は手練かもしれませんね、ナイト様」

 今のジーナは王都騎士団員ハルの現地雇い助手だった。


ハルは頷くと、衛兵に向き直って尋ねる。

「彼は英雄ドワルドで間違い無いんだね」


「はい。革職人仲間に確認いたしました。ドワルド氏で間違いありません」


「彼は普段どんな生活を?」


「はい。一度は英雄にまつりあげられましたが、現在は生活には困窮していたようです。革職人としては腕は良かったようですが、街の景気を悪くしたという事で彼をよく思わない職人連中も少なくなく、仕事は少なかったとか」


「彼らが不景気英雄隊と呼ばれているのは聞いていたが、数十年も影響を引きずっていたのか。彼を恨む者は多かったのかな」


「いいえ。ずっと目立たないように暮らしていたようで、殺される程の恨みを買っているところまではなかったそうです」


「なるほど。それで、彼が亡くなったのはいつ?」


「医師の見立てでは昨夜の十時くらいではないかとの事です」


 ハルが衛兵と話している隙に、ジーナは寝室の戸棚や箱の中を漁りかえしていた。

 何か当時の記録のようなものが無いかを期待していたが、彼が英雄となった冒険の足跡は残されてはいないようだった。

 しかし街の人々からは揶揄されようとも、彼の中では一度は英雄と呼ばれたことは苦しい生活の中拠り所となっていたにちがいない。ジーナはそう読んで、諦めずに捜索を続けた。


「それでは騎士様。確認がお済みでしたら、そろそろお引き取りいただいては? 後は我々にお任せください」

 衛兵隊長が追い出しに入ってきたようだ。

 もう時間は残されていない。

 諦めたジーナは、引っ張り出したガラクタ入りの小箱を棚に戻す。――その時、箱の重心に違和感を感じた。

 

 もう一度箱を開いたジーナは、箱が二重底になっているのに気づいた。


 「お願いです、騎士様。そろそろ我々に仕事を続けさせてください。これ以上滞在されたいのであれば、改めて領主から許可をいただかねばなりません」

 隊長が寝室まで入ってきた。

 

 「もちろんです隊長。邪魔をしました」

 ハルもこれ以上長居すれば怪しまれる事を危惧して退室に応じる。


 「さあ、お前さんもだジーナ。出て行ってくれ」

 隊長がジーナの肩に手を置く。有無を言わさない圧だった。


 「あ、あぁ。わかったよ」

 ジーナも仕方なく出口へと向かう。


 衛兵達に見送られながら二人はドワルドの家を離れた。

 路地を曲がったところで、ハルが尋ねる。


「収穫は無かったですか? ジーナさん」

 しょげかえっているように見えたジーナだが、衛兵の目が届かなくなるや否や、白い歯を輝かせながらニヤリと笑う。

 そしてポケットから帳面のようなものを取り出してみせる


「見ろ。爺さんが書いた回顧録だ。これで何かわかるかもしれないよ」 

 ジーナは帳面をまるで蝶のようにひらひらさせながらおどけて見せる。


「さすがです。ジーナさん」

 ハルは得意げな顔のジーナを見て嬉しくなっている自分に気づいた。

 彼女は、彼女を不当に虐げ続けてきた衛兵達に一泡吹かせる事ができたのだ、

 これはささやかではあるが二人の勝利だ。

 それがハルには、手がかりが見つかった事より嬉しかった。

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