41:3日目 偽りの権威
冒険者トラビスが食堂に駆け込んできた。
「大変だ! 街の中で殺人が起きた!」
街の外では魔物や山賊による物騒な事件は起きるが、街の中での人死にはそうそう起こるものではない。
「ちっ。今日は《不景気英雄隊》のドワーフのじいさんか、狩人を尋ねる予定だったんだが」
「英雄だか何だかは知らないが、殺されたのはドワーフのじいさんだぞ」
それを聞いたジーナは慌ててパンを詰め込んだ。
「行くぞ、ナイト君! いやな予感がする」
「はい!」
二人はトラビスから殺人が起きた場所を聞き出すと、ギルドを飛び出した。
街は朝の光で明るくなり始めていた。
石畳に二人の足音が響く。
街の南西、職人通りと呼ばれる地区に入る。
ここはその名の通り、建築、工芸、なめし革、鍛治といった造り手たちの縄張りだ。
手先の器用なドワーフ達はほとんどが職人通りに暮らしている。とはいえ彼らは希少種族。この街に何十人もいるわけではない。
戦士ドワルド。
かつてこの街のダンジョンを制覇した英雄の一人。
そんな彼が、ジーナ達が調べようと思った矢先に殺される――そんな偶然があるわけがないと、胸がざわつく。
二人はそう願いながら、職人通りの迷路のような路地裏を抜け、一軒のあばら家に到着した。
あばら家の周りには街の衛兵たちが集まっていた。普段は怠け者の彼らも、さすがに人死にとあらば動くようだ。
「あー、ハル。あれは無理だ。あいつら、あたしを入れてはくれないだろうな」
衛兵たちの中には、魔人であるジーナが街を自由に歩いていることを面白く思っていない者も多い。
それを聞いたハルは、しばらく逡巡した後、あきらめて引き返そうとするジーナの腕を掴んで制止する。
「ジーナさん。死んだのは英雄ドワルドで間違いないと思ってますか」
「ああ。あたしの勘はそう言ってるな」
ハルは苦笑した。
「ジーナさんの勘を信じるのは勇気がいるけど――やってみましょう」
「キミは何をする気だ?」
「ジーナさん、前に見せてもらった《魔鍵》をお借りできないでしょうか」
***
衛兵隊長は、早朝からの現場捜査を命じられ、たいそう機嫌が悪かった。
昨夜は遅くまで部下達と深酒をしながらカードに興じて大負けをしていた。それだけでも腹立たしいのに、ろくに寝てもいない状態で、よりにもよって人死にの捜査ときたものだ。
早々に自殺であるとでもでっち上げて切り上げたいものだ。
そんな事を考えながら、あばら家の前で部下の報告を待っていると、通りの向こうから誰かが歩いてくる。
眩いばかりの黄金の鎧を身にまとった騎士だ。
彼は堂々とした佇まいで、ゆっくりと歩いてくる。
部下からの報告では、あの忌々しい魔人の女ジーナがここ数日、黄金の鎧の男とうろついているということだった。あの女の関係者ということなら、まともに取り合う気はない。
果たして黄金騎士は話しかけてきた。
「早朝からご苦労。衛兵隊長とお見受けする。私はさる事情でこの街に逗留中の王都騎士団所属のハル・ブラッドレイ。現場に入る許可をいただきたい」
にこやかだが、有無を言わさぬ圧をも漂わせる笑顔だった。
周囲の衛兵たちが息を呑む。空気が張りつめる。
何が王都騎士団だ。そんな精鋭中の精鋭が、こんなしょぼくれた街に来るものか。
鼻っ柱を折ってやりたいが、万が一本物だった場合は首が飛ぶ。ここは一旦慎重に探りを入れるしかない。
「どうも。あたしも一応役目ですので、お気を悪くされないでください。王都騎士団様がこのあばら家にどのような御用でしょうか」
隊長は卑屈な笑みを浮かべながら、目だけは笑っていなかった。
何者かは知らないが、おおかた魔人の女の差金だろう。どうせここが誰の家かも知らないはずだ。
黄金騎士は少し声を潜めながら言った。
「うむ、隊長にだけは伝えておこう。実はここに住んでいた老人は、かつて英雄と呼ばれたドワルド氏である可能性が高い。叙勲された英雄が殺されたとあっては、王都としても看過できず、私に調査の命が下ったのだ」
周囲にいた衛兵達が一斉に顔を見合わせた。
隊長は内心で舌打ちする。あの女なら知っていてもおかしくはない。
ならば意地でも協力などしたくない。
「確かに我々の調査でも、殺されたのはドワルド氏と見ております。現場を見ていただくのは構いませんが、最後に何か騎士様である証明を……いえ、もちろん疑っているわけではありません!」
そんなものがあるはずがない。
しかし、騎士は懐から輝く銀細工を取り出した。
それは場末の衛兵にもわかるほどの精巧な細工で、王家の紋章が彫られていた。
衛兵達が声もなく息を呑む。
こんな逸品を一介の冒険者が持っていることなどあり得ない。
「もう結構です。大変失礼いたしました。自由に……ご覧くださいませ」
敗北を認めた隊長は、腰を低くして後ずさった。
「ありがとう。協力に感謝する」
紋章を収めた騎士は、隊長に向けて爽やかに笑う。
「それから、街で雇い入れた助手の冒険者も同行させてもらう」
――助手?
「どーもぉ」
通りの角から、ジーナが片手を上げて現れた。
人懐こい声を出しながらも、その口元はどうしようもなく笑いを噛み殺していた。
衛兵達に勝ち誇ったように視線を投げる彼女に、隊長は殺意を覚えながらも、何も言うことができなかった。
朝の空は清々しく晴れていたが、隊長の気分はどこまでも最悪だった。




