40:3日目 旅人のパン
ジーナは呼んだ衛兵にオリビアを引き渡した。
昨夜は楽しかった誕生会の後、みんなと別れてから一人倉庫で張り込んでいたのだ。今朝、オリビアが侵入してくる事に賭けて。
幻術師のボーヤーから透明化石を提供させられたという事は聞いていたので、液体をこぼして水音で気配を察する事ができるように対策しておいた。
果たして彼女はまんまと罠にかかってくれた。
だがオリビアが、街の病人たちを本気で救おうとしていたことだけは、疑いようがなかった。だから流行り病も解決すると約束したのだが……
「まあ、どうすればいいのかはわかんないんだけどな」
とりあえず朝ごはんにありつこうと食堂に向かおうとした時、外で馬のいななきと鐘の音が聞こえてきた。
我らがギルドマスター、メィリィの登場だ。
「あら、おはようジーナ。今朝は会えましたわね」
「おはようさん。クエストは順調に進んでいるよ。闇ポーションの件もさっき片付いた」
「それはお手柄でしたね! ひとつ安心しましたわ。しかし、緊急クエストの方はどうなっていますの?」
ホムンクルスのディアナを探す件は現状手がかりがなかった。
「それについては、これから取り掛かるさ」
「それには及びませんわ。ジーナ」
メイリイは満面の笑みで応えた。
「これ以上待てません。精霊剣士カリームが明日には復帰できそうとの事でしたので、このクエストはカリームに解決してもらいます」
「ちょっと待ってよ、ギルマス……!」
「いいえ、ジーナ。あなたの場当たり的なやり方では解決は無理だと判断します。これ以上私に依頼主のジャスティン王子に対して恥をかかせないでくださいませ」
メィリィは話は以上とばかりに、階段を駆け上がり、執務室の厚い扉が閉まる音がした。
「くそっ。カリームに負けてたまるもんか」
しかし意地だけではどうにもならない。さっき念のため捕まえたオリビアにも聞き直したがやはり知らない様子だった。完全に手がかりはなく、詰みの状態だ。
「おはようございます、ジーナさん」
ハルがやってきた。
今朝も黄金の鎧に身を包み、屈託のない笑顔で現れた。
「そうだった。あたしには他にやる事があるんだった」
ハルの祖父、フォール・ブラッドレイの死の真相を探る。当時の英雄二人がこの街の近くに住んでいる。まずは今日はそこを当たろう。
「よし、ハル。朝ごはん食べたら、出かけよう」
「はい。ジーナさん」
今できる事をやるだけだ。
そうすれば、おのずと道は開ける。
今まではそうだった。これからも、そう願いたいものだ。
ジーナは1日の活力を得るため、ハルと二人で食堂へと向かった。
「今日はずいぶん早いのね、ジーナ」
コックのルピタはまだ仕込み中だったようだ。
「朝から一仕事あったからな。腹が減ってる」
「え、そうだったんですか、ジーナさん」
いつもより早めに来たのに、すでにジーナがひとクエスト終えていたのは、さすがのハルも意外だったようだ。
「まあな。闇ポーション事件、解決だ。あのサキュバスのオリビアが忍び込んできやがった」
ジーナはボーヤーの件だけには触れずに、概要を説明した。ハルに対しては秘密はないが、食堂では誰に聞かれるかわからない。
「それはお手柄じゃないか。ほら、たいしたものはないけど、どうぞ」
ルピタは、半熟の目玉焼きが乗せられた厚切りパンの皿を出してくれた。
こんがりと焼けたパンの香ばしさと、胡椒の香りが湯気とともに広がる。
その横には薄く焼かれたベーコンが一枚。パンの下にはさりげなく、軽く炒めたハーブと野菜が敷かれていた。
「うまそうだ」
「これは旅人のパンって言ってね。本来は旅の無事を願って食べるものなのさ」
「まるで、あたしらがどっかに行っちまうみたいだな」
ジーナは肩をすくめるが、すぐにナイフで黄身をつつき始めた。
「そういう意味じゃないけどね。あんた達冒険者は死と隣り合わせだろ。いつも心配はしてるんだよ」
「ふん。何もダンジョンに潜るわけじゃないんだ。大袈裟なんだよ」
「いえ、ジーナさん。それについては私からも言いたかった事があります」
それまで黙って聞いていたハルが口を挟む。
「な、なんだ。改まって」
「ジーナさんは自分を雑に扱いすぎだと思います。あなたが魔人でなかったら何度も死んでます」
「でも死んでないし、怪我も治ってる。なにか問題が?」
「問題はあります。もっと自分の事を大切にしてください。私達、ジーナさんのことを大事に思ってる仲間のためにも」
ジーナはそれには答えず、パンの端っこをかじりながら遠くを見つめていた。
ルピタはそんな二人の様子を横目で見ながら、静かに微笑んだ。
その時、冒険者トラビスが食堂に駆け込んできた。
「大変だ! 街の中で殺人が起きた!」
その声で、パンの上の卵の黄身が揺れた。




