39:3日目 早朝の侵入者
ソシガーナの街の早朝は、まだ人の気配がなかった。
城門の外では農夫たちが目をこすりながら畑へと向かっていたが、石畳の街中は眠っているように静まり返っていた。
その無人の路地を、重たい荷物を抱えて歩く女がひとり。肩にかけた袋からは瓶同士が擦れる音がしていた。
目深にかぶったフードの奥からは、羊のようにくるりと丸まった角がのぞく。魔族――サキュバスのオリビア。愛の神パクマンに仕える司祭だった。
魔族――サキュバスのオリビア。
愛の神に仕える司祭。
愛の神パクマンは性愛の神としてのみ知られているが、本来は弱者救済がその教えの根本にあった。
魔族であるオリビアが司祭として認定され、この街に存在を許されているのは、何も男を惑わす能力だけではなく、ひとえにその教えに従い信者達に慕われていることにある。
教団内でも猖獗を極める流行病の解決は最大の課題となっていた。
「あともう少しの予防ポーションがあれば、全信者に行き渡るはずよ」
その一心で、オリビアは冒険者ギルドの前へとたどり着いた。
懐から取り出した幻術石の力を解放する。貴重な魔道具――幻術師ボーヤーを色香で籠絡して手に入れたものである。光に包まれた身体は空気のように透明となり、気配すら薄れていく。
オリビアはスイングドアをそっとくぐり、建物内に侵入を果たす。ボーヤーに聞いたとおり、早朝のギルドは無人となる。仮に誰かに出くわしても姿は見えないから完璧だ。
もう何度も来ているので勝手知ったる足取りで、ポーション倉庫を目指す。倉庫内は真っ暗だが、魔族は暗視が効くので問題ない。カバンから塩水の詰まった偽のポーションをとりだすと、本物のポーションとのすり替えを開始した。
ギルドのポーションは高値すぎて貧しい市民の手には入りにくい。がめついギルドと、それを野放しにしている領主が悪いのだ。そんな風に自己を正当化させながら戸棚をいじっていると、ふと足元に違和感を感じた。
床が濡れている……?
まさか透明な侵入者に気づくための仕掛けか――
その瞬間、体が青白く光を放つ。探知術の石。誰かが魔力を解放したのだ。
幻術が破られた。
「……!」
倉庫の奥からブーツの靴音が響き、人影が姿を表す。
「ジーナ……」
オリビアは絶望の表情と共にその名を呼ぶ。
ジーナは凶暴な笑みをたたえながら、立っていた、
「おはよう、オリビア。冒険者ギルドへようこそ」
――瞬間、オリビアはビンの詰まったカバンをジーナに投げつけると、出口の扉へ走る。
扉はすでに鍵がかけられていた。
「せっかくきたんだ。ゆっくりしていけよ」
ジーナはポケットから芋チップスを取り出すと、軽快な咀嚼音を響かせる。
「見逃して、ジーナ。この街に住む魔族同士じゃない」
「ん? 前にあたしは混ざり者だから一緒にするな、って言ってなかったか」
「このポーションがあれば、たくさん救える! あなたも街のために働いているんでしょ! だから……」
オリビアの叫びは切実だった。
しかしジーナは、静かにその手首に縄をかけていく。その瞳に宿るのは、怒りでも軽蔑でもなかった。ただ静かに、クエストを解決する覚悟をたたえた光。
「お前はやり方を間違えたんだよ。オリビア」
「人殺し! これでみんなが病で死んだらあんたのせいよ」
「そうはさせないさ。この流行病もあたしが解決する」
「え?」
「あたしの仕事は街を守ること。だからあたしが解決する」
「魔人ごときが……、適当な事言わないでよ……」
オリビアはその場で泣き崩れた。
「お前の救いたい気持ちが本当なのはわかった。だから後はあたしにまかせろ」
クエスト受諾
▪️街の流行り病を解決せよ
報酬:なし
依頼者:オリビア
「そのかわり頼みがある。お前がかけたうちのボーヤーへの呪いを解いてやってくれ。あいつはまだ小僧だ。色に狂うには若すぎる。頼む」
オリビアは黙ってうなずいた。
「……わかったわ。ごめんね、ボーヤー」
クエスト完了
■闇ポーション販売事件
流行り病の予防ポーションが闇ルートで販売されているという情報が入った
闇ルートをつきとめ首謀者を捕らえるか、不可能な場合は殺害せよ
報酬:10万ゴート
発注者:ギルドマスター
■派生クエスト:ボーヤーの淫欲の呪い
愛の神パクマンの司祭オリビアが、幻術師ボーヤーに淫欲の呪いをかけて操っている。
ボーヤーの呪いを解け
報酬:なし