38:2日目 最良の誕生日
ジーナが椅子に腰を下ろすと、目の前に現れたのは――焼き上げられた骨付きポークだった。皮はこんがりと色づき、脂は表面で静かに輝きながら滴を落としている。立ち上る香草の香りが、食欲を刺激する。
「ピギー牧場の肉よ。やっぱりあそこの豚肉はモノが違うから」
と、ルピタがさりげなく言う。
ついさっきまで、ジーナはその牧場で、荒んだ感情のまま賊を蹴り飛ばしていた事が信じられなかった。
腹の虫が鳴り響き、催促してくる。
ジーナはフォークも使わず、骨ごと肉にがぶりと噛みついた。
口の中に広がる肉汁と、香草の爽やかな香り。脂は甘く、柔らかな肉が歯に心地よくほぐれていく。思わず、目尻が緩んだ。
みじめな気持ちで解決したクエストだったが、この豚を守れた、と思えば誇らしい気もしてきた。
「おやおや、よほどお腹空いてたんだね。こっちもおすすめだよ。ソシガーナは川魚もいいのが採れるからね」
アピタが肉の隣の皿を指し示す。
そちらの皿には、ぱりっと焼かれた白身魚のハーブソースが盛られていた。ナイフを入れると、身はふっくらとほぐれ、湯気とともに清涼な香りが立つ。口に運べば、皮の香ばしさと身の甘さ、そしてハーブの爽やかさが一体となって広がる。
「……うま」
その一言で、ハルとクリスも満足そうに顔を見合わせた。
机には他にも、湯気を立てるスパイス煮の野菜に、とろけるようなチーズがのったポテトグラタン。焼きたてのパンも数種類、籠に入って並んでいた。どれから食べればいいのか目移りしてしまう。
「誕生日ケーキもあるよ」
とクリスが言って布を持ち上げた瞬間、現れたのは――手のひら大のフルーツケーキだった。ベリーやナッツがふんだんに盛られ、淡いピンクのクリームが少し不器用に塗られている。ところどころクリームがはみ出し、形も少し歪んでいる。
見た瞬間にわかった。これは――コックのルピタが作ったものじゃない。
「……あたしが一人でクエスト解決してた時に、二人でこそこそこんなものを作ってたのか」
そう呟いたジーナの口に、ハルがケーキの乗ったスプーンを突っ込む。
「ジーナさんだって、私を置いて一人で行くなんてみず臭いじゃないですか」
口の中でケーキの甘味と、ベリーの酸味が溶け合い、えも言われぬ満足感だ。まるで今日という一日を表しているかのような菓子だった。
「……悪かったよ」
ジーナはぽつりと呟き、もう一口、ケーキに手を伸ばした。
「それにしてもクリス、なんで今日があたしの誕生日だって知ってたんだ?」
「え? ジーナが前に葡萄酒で酔っ払った時に言ってたよ」
ジーナにはその時の記憶はなかった。しかし、クリスはそんな一瞬の言葉まで覚えていてくれたのだ。こんなにも自分に関心を持ってくれていたクリスに対して、いつまでも少年呼ばわりという幼稚な冗談しか言ってこなかったとは――
「ガキだったのは、あたしの方か」
「え?」
「……いや、なんでもない」
ジーナは照れ隠しのように言葉を濁したあと、小さく呟いた。
「ありがとう。クリス……嬉しいよ」
それを聞いたクリスとアピタは顔を見合わせる。
「ルピタ、ジーナが変だよ。明日雪が降るかも」
「ふふっ、そうね」
「でもジーナ。誕生日を祝おうって言い出したのは、ハルなんだよ。ボクは伝えただけ」
ジーナは自然とハルの方に目を向けた。
ハルは彼女のためのおかわりの料理を取りにカウンターへ向かっているところだった。
まだあいつとは数日の付き合いのはずだが、どうしてこんなにも、心に入り込んでいるんだろう。
「ほらジーナさん、魚のお代わりありますよ」
ジーナは戻って来て皿を差し出したハルをじっと見た。
そうだ。自分は彼に伝えるべき朗報があった。
「ハル、キミのじいさんの情報が手に入ったぞ」
「本当ですか!」
「カリームが教えてくれたんだ。不景気英雄隊の仲間が、まだこの街にいるらしい」
「それは……すごい!」
「あたしが約束する。このクエスト――フォール・ブラッドレイの死の真相は、解き明かす」
「ジーナさん……」
ジーナは立ち上がり、声を上げた。
「さあ、そうとなればキミも食べろ! 明日からまた忙しいぞ。ほら、クリスもルピタも」
そして四人は誕生祝いの会食を楽しんだ。
――笑い合いながら。
それは、ジーナにとって人生最良の誕生日となった。




