36:2日目 幻の声
どうにか見舞いを終えたジーナは、カリームから仕入れる事ができた《不景気英雄隊》の話を思い返した。
その内容はこうであった。
王都から派遣されたハルの祖父、フォール・ブラッドレイは危険化するダンジョンの完全攻略のため三人の冒険者を雇い入れた。
弓使い ランドロス 人間 男性
魔術師 ソフィア 人間 女性
戦士 ドワルド ドワーフ 男性
四人はダンジョンの奥深く、主である邪毒竜ベイモスを倒し、ダンジョンコアの宝珠を王都に持ち帰った。
しかしフォールだけは最後の戦いで竜のブレスから仲間を守り名誉の戦死を遂げた。
そこまではジーナも知っていた。
カリームは英雄隊について詳しかった。
「三人の英雄のうちソフィアはすでに寿命で亡くなったと聞いた。しかし、後の二人は存命だ。もっと詳しい話を知りたければ直接聞いた方がいいだろうね」
「聞いた方がいいって……、どこにいるかもわからないだろ」
「いや二人はこの街にまだ住んでいるはずだよ」
「まさか……この街に? 嘘だろ」
「嘘じゃないさ。君も知っての通り、彼等はこの街を不景気にした張本人だ。誰に讃えられるでもなく、ひっそりと暮らすしかないのさ」
「まったく知らなかったな。驚いたけど、助かった。ひとつ借りだな」
弓使いランドロスは街の東郊外で自給自足の隠者のように暮らしている。戦士のドワルドは他の街に移っていたが、引退して無一文となり生家に帰ってきたらしい。
もう日も暮れる。冒険者ギルドへ戻ってハルにこの事を教えて、明日には当たってみよう。あいつもじいさんの死の真相についてきっと希望が持てるだろう。
『それはすごい情報ですね! ありがとうございますジーナさん』
あいつの返しは、そんな感じかな。それなら、このくそったれの“誕生日”も、ほんの少しでも意味のある日になるだろう。そんな事をぼんやり考えながらジーナは道を急いだ。
ギルドのスイングドアを勢いよく開き、ホールを見回す。
瞬間、ジーナの目に飛び込んできたのは――黄金の鎧をまとった相棒が、探知術師のクリスと談笑する姿だった。
近づいて呼びかけようとしたジーナの脚が思わず停止する。
クリスと話しているハルはすごく楽しそうだった。騎士でも冒険者でもない、どこにでもいるような青年のように。
それに話し相手のクリスはどうだ。冒険者ギルド内でも彼女は長らく誰とも馴染めずにいた。その中で自分は比較的気にかけてきたつもりだ。向こうがどうかは知らないが、ジーナはクリスを友人だと思っている。
しかし鉄面とすら揶揄されたクリスの笑顔を、ジーナは引き出すことはできなかった。それを同年代のハルは二日で引き出していた。
「あいつら、なんかお似合いだよな」
いつの間にか太っちょ冒険者のナドゥが隣に来ていた。
「ああ、いいことなんじゃねえか」
「色恋沙汰までいくと面倒だぞ」
ジーナは一呼吸置いて、こう答えた。
「相棒ってのは男も女も関係ないんだ。お互いへの敬意。それだけあれは他は縛ることなんて何もない」
それはジーナの本心だった。二人が仲良くなるのはむしろ喜ばしい事だ。ジーナが苛つく理由は他にあった。
“誰かと自然に笑い合うこと”――それが、こんなにも遠くに感じるとは。
五年以上前。婚約者だったカールと笑い合っていた少女の頃の記憶が、またよみがえる。
あの笑みは裏切りを覆い隠す虚構だった。
それを思い出すたび、ジーナの中に残る“壊れかけた部分”が頭をもたげてくる。
「ちょっと出かけてくる」
「あいつらに用事あったんじゃなかったのか?」
「邪魔するほど野暮じゃないさ」
外に出ると、すっかり暗くなり、おまけに雨が降り出していた。
それでも構わずジーナは歩き出した。
足取りは決して重くはないが、どこか行き場のない勢いを孕んでいた。
ハルとクリスの笑い合う姿を思い出す。
そして、婚約者カールの笑顔。
笑っていた婚約者カールの笑みが邪悪なものに変貌する。
「ジーナ。君が誰かと笑い合うことなんか無いよ。当たり前だろ?」
頭の中で声が響いた。
自分が作った幻なのはわかっていたが、口答えしないと気が済まない。
「うるさい。そんな事どうだっていいさ」
雨音に紛れて過去の声が消えていくのを願いながら、ジーナは夜の街を歩き出した。




