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32:2日目 屍術師の小屋にて


「気は進まないが、これから森に住んでる屍術師(ネクロマンサー)のアルテアのところへ向かう」

 いつになくジーナの足取りは重い

「どんな人物なんです?」

「とにかく気味が悪い奴だ。あたしとの相性は最悪でね。会うと必ず険悪なムードになっちまう」

「それ、絶対ジーナさんから喧嘩売ってますよね」

「うるさい。とにかくあたしの中であいつは守るべき街の範囲外に認定してるんだ」


 屍術師(ネクロマンサー)は死体を使役したり、霊と会話したりといった死にまつわる魔術の専門家だ。確かに気味悪く思われがちだが、極めて合法的な存在だ。死体をアンデッド化する魔法は、農作業や荷運びの手伝いなどに有用だ。ただし身元が明らかな死体を遺族の許可なく使役することだけは禁じられている。


「だからって、あいつは動物の死体をくっつけたゾンビを侍らせてるんだ。あたしに言わせればイカれてるね」


 街の門を出て、歩くこと二十分。

 森の奥のアルテアの小屋に近づくにつれて、まだ昼だというのに辺りが薄暗く感じられた。このあたりの木々は、心なしか暗くねじくれているように思える。

 まるで悪魔の顔のようにぽっかりと洞の空いた古い大きなヤナギの木。ここが現世と異界の境界線だ、と言わんばかりに二人を出迎えた。


「相変わらず、薄気味悪い場所だ」


「怖がってませんよね? まさか」


「は? そんなわけないだろ」


 ジーナは無理に歩幅を広げて、魔女の小屋へ近づいていった。小屋は今にもひしゃげそうなほど歪んでいた。だが同時に、数百年は持ちそうな堅牢さも感じられる


「ひっ!」

 小屋の扉から出てきた肉塊を見て、ジーナが反射的に短く叫んだ。

 よたよたと這い出してきたそれは大型犬の身体に猫の顔が縫い付けられたアンデッドだった。そいつは無感情な瞳でじっとこちらを見つめていた。曇った水晶玉のような目が、二人の姿を捉えている。


「ビビや、どうしたんだい」

しわがれた声が後に続き、しわくちゃの小さな老婆が顔を見せる。


「おやおや。これはまたいい男のお客さんじゃないか! さあ、おあがり。お茶を入れるよ」

「はじめまして。冒険者見習いのハルと申します」

「……あと、あたしもいるけどな」

「ジーナ。久しぶりじゃないか。いい男を連れてきたんだ。あんたにもお茶を出すよ」


 

 小屋の中に入ると、何かの薬草のむせるような甘い香りと腐敗を抑えるアルコールの匂いが合わせて鼻をついてきた。床には生物の皮膚をつなぎ合わせたような不気味な素材に極彩色の色を染めた趣味の悪いカーペットが敷き詰められていた。客用の椅子と思しき側には、執事の服を着たアンデッドの召使が立っていた。彼は腐敗が進んだ顔をときおりピクピクと動かしながら待機していた。

「おい、その不気味な野郎を絶対にあたしに近づけるな」

「あたしの執事のバルバトスさ。可愛い子だろう?」

「とにかく、警告はしたぞ」

 魔女は鼻を鳴らして返事に換えると、お湯を沸かし始めた。

「ジーナさん、ここは私に話させてください」

「ああ」

今にも出ていきそうなほど落ち着きのないジーナに代わってハルが会話を始める。

「ご婦人。いくつか質問をしたいのですが、よろしいですか」

「あんたみたいないい男が聞きたいことなら、何でもどうぞ」


「あなたはいつからここに住んでるのですか」

「もう三十年以上になるかね。まだこの街にダンジョンがあった頃だ……。あの頃は活気があってねぇ。あんたみたいないい男も山ほどいたよ」

 アルテアはハルに熱い視線を贈りながらうっとりと語り出した。

「では、最近のことについてお伺いします。ここにホムンクルスが来ませんでしたか?」

しばしの沈黙の後、老婆が答える。

「そんな珍しいもの。あたしが死ぬ前に見てみたいね」

「来ていない、という事ですね……では最近森で変わったことはありましたか」

「特にないね……いや、待って。数日前にトロールを見かけたよ。この辺じゃなかなか見ないからね」

 老婆が沸いたお湯をポットに注いだ。お茶は予想に反して爽やかな良い香りを漂わせる。


「他には何かありますか?」

 ハルが尋ねながらジーナを見ると、彼女に近づこうとする犬猫ゾンビのビビをムチで追い払おうとしているところだった。老婆がお茶に夢中で気が付かないことを祈る。

「何もないけど、最近は寂しくてねぇ。あんた、良かったらたまにはまた顔を見せに来てくれると嬉しいねぇ」

 お茶が入り、アルテアはカップをゾンビ執事の持つ盆に置いた。執事はよたよたとジーナにお茶を届けに向かう。

 「おい! あたしに近づくなって言ったよな」

 客の拒絶には聞く耳を持たないゾンビは、主人の命令を果たそうと近づいてきた。ジーナにお茶を差し出そうとした、その時――

 彼がかがんだ拍子に、うつろな口からまろび出たウジ虫がジーナのお茶のカップにポチャンと落ちた。


「うげぇぇぇ!! キモっっっ!!」

 嫌悪感の絶頂を迎えたジーナは、怒りの形相に変わり、反射的に強烈な裏拳を放つ! それは執事の腐りかけた首を胴体から吹き飛ばした。首は矢のような速さでアルテアの背後の薬棚に直撃した。

 瓶の割れる音。

 敷物に飛び散る薬液。

 老婆の悲鳴。


「これは……さすがにまずいですね、ジーナさん」

「あぁ……やりすぎた」


 老婆の怒りは凄まじいものだった。

「あたしの可愛い執事の首を! 許さないよ魔人の女!」

 そう言って、鈍く光る大剣を引き抜いた。剣の刃には刻まれた呪文が光を吸い込むように揺れていた。


「やばい。いったん退くぞ、ナイト君!」

 脱兎の如く小屋を後にする二人。

 しかし、屍術師は逃すつもりはないようだった。

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