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31:2日目 淫欲の呪い


 ジーナはギルドへの帰路を急いでいた。

 一刻も早く、ギルドマスターのハンマーを届けて安心させたい!


 ――などとは微塵も考えておらず。


 風呂の時間だ!


 今帰ればジーナに割り当てられた風呂の時間に間に合う。

 トロールの匂いがこびりついていたのでちょうどいい。


 ギルドのスイングドアをくぐるやいなや、待ち構えていたトラビスにハンマーを渡す。

「助かったよ、ジーナ」

「これでクエスト完了だ。ちょっと匂うぜ。悪いけど洗っといてくれよな」


 やり取りもそこそこに奥の通路につづく扉へ向かう。

 一刻も早く楽園にたどり着きたかった。

「じゃあ私はジーナさんの部屋で待ってますね」

 あまりの風呂の入りたさにハルの存在を忘れていた。

「ナイト君も全身どろどろで風呂入りたいだろ。一緒に入るぞ」

「ですから、それは……」

「勘違いするな。策はある」


 男女が同時に風呂に入ることは原則として無いのだが、このギルドの風呂には移動式の仕切り壁が用意されていた。

 昔、今より冒険者の数が多かった時は混浴騒ぎで揉めたことがあり、仕方なくギルドが用意した曰くつきの代物だ。

「狭くなるけど、まあ仕方ない」

 露天風呂と洗い場をきっちり半分に仕切れる設計になっている壁だ。二人はえっちらおっちらと設置作業を終わらせた。

「更衣場所は別れてないから、あたしが先に入るぜ」

 ジーナは手早く服を脱ぐと浴場へ向かった。

 しかし何か思い出したような様子で更衣場所へ戻ってくると、外套のポケットから何かを取り出す。

 それはクリスからもらった探知術が封じられた石だった。 

 洗体スポンジと一緒に石をつかみ、改めて浴場へ。

 

 ジーナは石鹸を泡立てると、褐色の肌が白い泡で染まっていく。

 手桶の温かな湯が、こびりついた闘いの残滓を洗い流してくれた。

 背後で物音が聞こえる。壁の向こうにハルの気配を感じた。時間がかかったのは鎧のせいだろう。

 

 清潔な身体となったので、湯船に足をつける。

 少々熱い湯加減がジーナの好みで、今日は理想通りだった。

 湯気とともに、幸福感が彼女を包み込んでいった。

 

 しばらくすると水面が揺れ、ハルも湯浴みを始めたようだ。

 彼のふぅっと安堵するように息を吐きだす音が聞こえた。

「どうだ? この風呂の感想は」

「……最高です。生き返りますね」

「だろう。ソシガーナ冒険者ギルドの楽園へようこそ」

「一息ついたら、午後もクエスト解決がんばりましょう」

「ああ、ギルマスに言われたから一応森のババアのとこに行って……、あと闇流通のポーションの件も全然進んでなかったな」

「まだまだ山積みですね」

「ああ。まあ今この瞬間だけは全力で風呂を満喫しようぜ」

 ジーナがご満悦となった、その時――

 絡みつくような視線を感じた。

 昨日クリスと入った時にも感じた、この視線。

 勘違いではなかったのだ。

 移動式壁に穴など開いていないし、そもそもクソが付くほど真面目なハルが覗きなどするはずがない。

「となると、やはり……」

 ジーナは持ち込んでいた石を、豊かな胸の谷間から取り出す。

 クリス特製の探知術石だ。

 石の力を解放すると、半径十メートル以内の魔力を探知した箇所が青白く輝く。

 果たして、風呂場の隅に青白い光が浮かびだす。その形は人間の形をしていた。

 ジーナは深いため息をつく。


「やっぱり、お前だったのか。幻術師ボーヤー」


「え? あの見習いの少年がどうかしましたか?」

声が聞こえたのか壁の向こうのハルが反応する。


人型の青白い光は、しばらく震えながらうずくまっていた。

そしてついに観念したのか、透明魔法が解除される。青い光が消えて緑の髪の少年冒険者――ボーヤーが涙ぐみながら姿を現した。


「ごめんなさい……ボク……ボク……」


「どうかしたのですか、ジーナさん」

「なんでもない。あたしは先に上がるからナイト君はもうしばらくゆっくり風呂に入っててくれ」



~~~


 ジーナの私室で、ボーヤーは椅子に座らされ、うなだれている。

 向かいではジーナが、ポケットから煎り豆を取り出してつまんでいた。


「いつからやってたんだ? あたしだけじゃないんだろう」

「……先週からです。ボク、なんだかおかしいんです……」


「幻術を使って風呂を覗いて……まさか、あいつのビキニアーマーを盗んだのも……」

ボーヤーがこくりと頷いた。

まさか、あたしの下着なんかも……そうは思ったが、ジーナはモノの管理が苦手すぎて把握はできていなかった。


「若い男だから仕方ない……なんて言わないぞ。これは立派な街の仲間への背信行為だ」

「わかっています……。どうしても自分の心が抑えきれなくて」


いくら年頃の男だからと言って、そこまで理性が働かなくなるものなのだろうか。

クリスの探知石は、もう少しで魔力を使い切ろうとしていた。

ジーナがその最後の力を解放すると、ボーヤーの下腹部がわずかに青白く輝いた。

「見せてみろ」

「えっ」


 ジーナがボーヤーの上着をめくると、下腹部に紫の文様が浮かび上がっていた。それはまるで蛙が笑っているような、禍々しい紋だった。

「愛の神パクマンの紋……、キミは愛の神殿に行ったな」

「はい……、興味があったので、行ってしまいました」


 魔術師の勉強に青春を捧げてきたボーヤーが歓楽への興味を持ってしまったこと自体は責められない。あのサキュバスの司祭オリビアは蜘蛛のように少年を絡めとり、少年の性欲を紋章で増幅させたのだ。その後、欲に狂ったボーヤーを支配するのは簡単だっただろう。

「あそこは信者をタダで通わせたりはしない。高額な寄付金が必要なはず。キミに払えるはずがないよね」

「ごめんなさい……オリビアにしつこく予防ポーションの保管状況を尋ねられていたんです。それで二週間前にオリビアの誘惑に負けて……このギルドには朝は人がいないということを教えてしまいました。それだけなんです。信じてください」

 闇ポーション事件の黒幕はオリビアだったということか。

 あの女があの時挙動不審だったのはホムンクルスを隠していたわけではなく、ポーションのことを探りに来たことを警戒していたのか。


「ジーナ。ボクはどうなりますか」

ボーヤーの変態行為は許されざるもの。発見した時には、ジーナはそう思ってたが……元凶はサキュバスだ。

この少年は被害者なのだろうか。


「……まず盗んだものは全員に返しに言って正直に謝るんだ。お前はまだ子供だ、みんなも許してくれるかもしれない」

「……はい」

「ポーションの件はあたしが預かる。それまでは、その衝動は自分で何とかしろ」

 ボーヤーの頬を涙がつたった。

「ありがとうございます、ジーナさん」


 ボーヤーが退室すると入れ替わりでハルが入ってきた。

「ゆっくり入ってこいって言っただろ、ナイト君」

「十分さっぱりできましたよ」


「……で、あたしは正しかったと思うか?」

 ジーナが手の中の煎り豆の数を数えるふりをして尋ねる。

「何のことかわかりませんが、ジーナさんの思うようにやればいいと思いますよ」


「そうかい。じゃあクエスト更新だな」



■闇ポーション販売事件

流行り病の予防ポーションが闇ルートで販売されているという情報が入った

闇ルートをつきとめ首謀者を捕らえるか、不可能な場合は殺害せよ

報酬:10万ゴート


■派生クエスト:ボーヤーの淫欲の呪い

愛の神パクマンの司祭オリビアが、幻術師ボーヤーに淫欲の呪いをかけて操っている。

ボーヤーの呪いを解け

報酬:なし



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