3:追放された騎士
主人公のバディとなる追放騎士ハル君の登場です
王都から地方都市ソシガーナに向かう用がある者は、食材を仕入れに行く商人を除けば今はほとんどいない。
乗合い馬車に乗る者も少なく、黄金の鎧に身を包んだ若者の姿は車上でこの上なく目立っていた。その鎧は煌びやかで、名工の手による嘶く駿馬を象った意匠は見事だった。
しかし鎧の主である黒髪の青年の表情は憂鬱そのものだ。
栄えある王都の騎士団の一員として、祖父と父に続いて王に仕えてきた。
家柄で選ばれたお飾りの騎士じゃないことも証明してきた。
王の見る中執り行われる剣術大会ではここ二連続で優勝した。
民を悩ます大規模な賊の討伐でも騎士団の誰よりも多くの敵の首級をあげた。
それだけに、今こうして「ただの人」となって田舎町に向かっている現実を受け入れられなかった。
自分が騎士を目指したのは栄光や名声のためではない。弱い人々を助ける真の英雄となるためだったはずだ。
そうであればたとえ地方都市であろうとも、この剣技を必要としている人々のため使うまで――
馬車に揺られながら、そう自分に何度も言い聞かせてきた。
しかし到着間近となっても王都を旅立った時の心持ちから変わることはなかったようだ。
夕刻となり、馬車が乗合の目印となっている城門近くの樫の大木に到着した。
そこには革鎧に身を包んだ小太りの冒険者風の男が座っていた。
男は降りてきた黄金の騎士の姿を見とめると大儀そうに立ち上がった。
「あんたがハルかぁ?」
「そうです。冒険者ギルドの方ですね?迎えに来ていただきありがとうございます」
「おめぇの鎧、すげー金ピカだなぁ。まぶしくて眼がつぶれちまうかと思ったぜ」
ナドゥと名乗った太った男は、ついてこいとも言わずに街の城門へ向かって歩き出した。
愛想も何もない、いかにも粗野な冒険者といった男だ。
これまでの人生でハルは誰かに雑に扱われた事が一度もなかった、という事実に初めて気付かされた瞬間だった。
「普通はわざわざ新人冒険者を案内したりしないのによぉ。ギルマスに言われたからな」
「ギルドマスターのメイリィさんには御礼を申し上げないといけません。メイリィさんはどんな方なのですか?」
「くそ生意気なガ……まあ何でもない」
王都には田舎町の冒険者事情などは伝わってこないがメイリィは遣り手のギルドマスターだという事は聞いている。手紙でやり取りした限りでは賢明かつ実直な人物と思われた。
「それにしても王都の立派な騎士様が何やらかしたかしらねぇが、よくこんな街の冒険者になろうと思ったなぁ」
「……街の様子はいかがですか?」
「いかがもクソも最悪だぜ」
ナドゥが吐き捨てるように答える
「英雄にでもなろうと思って来たのか?この街のダンジョンが三十年前に攻略されちまってからここの冒険者のやる事といったら人探しだの窃盗犯探しだのしょぼいクエストばっかだぞ。たまに森の魔物退治なんかもあるが報酬は安い……まあ受けるのは物好きな奴だけだわな」
「魔物退治はともかく、犯人捜しといったクエストは衛兵の仕事ではないのですか?」
「衛兵共は偉いさんの護衛で忙しくて民衆のことまで気が回らないとさ。だから俺たち冒険者ギルドが街の治安おまかせあれときたもんだ」
「冒険者とは本来自由な存在のはず。そんなクエストは気が進まないからと他の町へ流れて行ったりはしないんですか」
ナドゥはその問いには沈黙で答えた。何か間違ったことを聞いてしまったのだろうか。
まだ二人は街の城門すらくぐっていない。この気まずい空気のまま街の中心部まで歩くことに耐えられなかったハルは別の話題を振ることにした。
「この街には、あの名高い白金級冒険者である精霊剣士カリームがいると聞きました。お会いするのが楽しみです」
「カリーム? あのエルフ野郎が王都じゃ有名なのかい。胸糞悪りぃ」
またしても間違った話題を出してしまったようだ。
しかしカリームはハルがわざわざこの街を選んだきっかけの一つだった。
正義感の強い騎士団員であったハルは上官の不正を見逃せず、喧嘩沙汰となってしまい1年間王都を離れる処分が下された。
愛馬を連れていくことも許されず。
上官に喰ってかかったのは自分の未熟さゆえだったと反省はしていたが、予想外に重い処分であった。
王都以外で剣技を生かして人々を助ける仕事に就くとすれば冒険者以外の選択肢がない。
代々の騎士の家柄として、生まれた時から何不自由ない暮らしをしてきた自分がそんな荒くれ者と混じった生活になじめるのか?
そんな時聞いたのが、品性高く華麗に数々のクエストを解決してきたという精霊剣士カリームのうわさだった。
そんな男となら共に力を合わせ、無辜の民を救う冒険ができるかもしれない。
そう思ってソシガーナの冒険者ギルドマスターのメイリィに手紙を送り、喜んで迎え入れたいという返事をもらいここへ来たのだ。
……まあこの街にはもう一つの因縁もあったりするのだが。
とにかくこの様子では、カリームは他の冒険者達とは反りが合わず苦労しているのかもしれない。自分がよき理解者として彼を手助けできればいいのだが。
二人は城門をくぐり、街の中へ入った。
この地方都市ソシガーナは、どこか寂れた雰囲気をまとっていた。道を行き交う人影もまばらで、重苦しい空気が漂っている。
「ほんと、あんたは悪い時に来たよなぁ。今、この街は流行り病で大変なんだぜ」
ソシガーナは豊富な食材と多彩な食文化を誇る街だと聞いていた。午後になれば屋台が並び、美食を求める人々で賑わうはずだが、店はまばらで活気がない。
「感染力が強くてな。かかると高熱でぶっ倒れる。運が悪ければおっ死んじまう……」
通りに面した職人ギルドの作業場では、男たちが黙々と棺桶を作っていた。
街の人口が急激に減りつつあることを、その光景が物語っている。
「司祭やまじない師の治療は受けられないのですか?」
「新しい病でな、ほとんど効果がないらしい」
ナドゥは近くの掲示板に貼られたポスターを指さした。
『流行り病を予防しよう
一人2回以上、「予防ポーション」を飲むのが効果的です。
お問い合わせは冒険者ギルドまで』
「王都から予防ポーションが送られてきてるが、全員に行き渡るわけもなくてな。俺たち冒険者には支給されたが……住人全員が飲むにはほど遠い」
ナドゥの表情が曇る。驚くべきことにこんな皮肉好きの男ですらこの状況を心から憂いているらしい。
そのとき、小さな人影が二人に駆け寄ってきた。
「冒険者さん、助けて!」
8歳くらいの少年だ。身なりの良い服を着ている。
「ああ、どうしたんだい?」
ハルがしゃがんで少年と目線を合わせると、すぐに女性が後を追ってきた。
「ユーリ、冒険者さんを困らせちゃダメよ」
透き通るような鈴の音のような声に、ハルは思わず顔を上げた。
彼女は豊かな髪を夕日に照らされながら立っていた。
少年とは対照的に質素な服装だったが、その美しさを損なうどころか、むしろ際立たせていた。
まるで 無垢の化身 のようだ——。
「ごめんなさい。この子は私が見ますから」
彼女がそっと少年の肩を抱いた瞬間、ハルは我に返り、すばやく立ち上がった。
「本日よりこの街でお世話になります、騎士‥‥いえ、冒険者のハルと申します。何か困ったことがあれば、いつでもご相談ください」
彼女は微笑んだ。
それは、ハルが今まで見た中で 最も完璧な微笑み だった。
「ありがとうございます、ハルさん。私はディアナと申します」
「ディアナ……」
「またお会いしましょう、ハルさん」
ディアナは少年の手を引き、通りの向こうへと消えていった。
ハルはその姿が見えなくなるまで見送った。
(この街に来ることを選んでよかったのかもしれない)
自分の選択を誇りたくなるほど、彼女の姿は心を打った。
ふと我に返り、ナドゥを探すと、彼は通りの隅で煙草を吸っていた。
「気は済んだかい、色男?」
「……そういう冗談は好きじゃありませんね。
それに、少年や彼女が困っていたかもしれないのに、そんな無関心でいいんですか?」
照れを隠すようにハルが問い詰めると、ナドゥは皮肉げな笑みを浮かべた。
「まあ、坊主はともかく、あの女が俺たちを頼ることはないさ」
「どういう意味です?」
ナドゥは楽しげに目を細めた。
「まさか黄金騎士様は、あの女に惚れたってわけじゃないだろうな?」
「だから、そういう冗談は……!」
顔を赤くするハルを見て、ナドゥはとうとう堪えきれずに吹き出した。
「だははは! 悪い悪い。先輩としてあんたが深みにはまる前に忠告しとかないといけねぇからさ」
「どういうことです?」
「……アイツは 人間じゃない んだよ」
「……え?」
ナドゥは肩をすくめ、笑いを含んだ口調で言った。
「ホムンクルスさ。人形だよ。生き物ですらねぇ」
「ディアナが……ホムンクルス?」
ホムンクルス——。
それは、大錬金術師ズールによって実用化された人造人間。
自律的に動きながらも、主人の命令には絶対服従する存在として、王都の貴族や豪商たちの間で話題になっていた。
ただし、その寿命は個体によって異なり、早ければ数ヶ月で完全に停止するということがわかってからは普及は止まってしまっていた。
「まあ、珍しいもんではあるよな。たしか職人ギルドの偉いさんが所有してるらしい」
ナドゥは馴れ馴れしくハルの肩を叩いた。
「ま、悲恋は男を強くするっていうしな。気にすんな」
「……」
怒って腕を振り払う気にもなれなかった。
「さあ、日も暮れる。お前の宿に案内してやるよ」
きっと今夜は、夕日に照らされた 無垢の化身 の夢を見ることになるだろう。
ハルはそう思いながら、ナドゥの後に続いた。