28:2日目 身近な英雄
ジーナと別れたハルは、目抜き通りに出て、ギルドのある南へ向かって歩き始めた。
そのとき、向かい側から、きらびやかな造りの馬車が走ってくる。
慌てて道の端に寄ったハルのすぐ横を、馬車が風を切って通り過ぎた。
その側面には、紋章が描かれていた。王家の紋章――王都騎士団として長年仕えたハルには馴染みのものだった。
この街で王族といえば、領主である第四王子、ジャスティンだ。
王都にいた頃の噂では、狩りに夢中で民への関心は薄い、と聞いていた。
ハルは以前、王都の式典で一度だけ遠巻きに見たことがあるが、今の自分は顔を合わせる立場ではない。
馬車の背が見えなくなるまで数秒ほど見送ると、ハルは足をギルドへと向け直した。
.
~~~
少し時間をさかのぼり、ジーナが森をさまよっていたころ。
ギルドの執務室では、ギルドマスターのメイリィがぷんすかと歩き回っていた。
「まったくジーナったら、緊急クエストの報告を朝に頼んだのに、顔も出さないなんていい加減にもほどがありますわ!」
それに加えてトラビスに管理をまかせている大事な宝――ハンマー”巨人砕き”を眺めて心を落ち着かせたいのに、彼はのらりくらりと追及をかわしつづけている。これについてはジーナは無関係だが、市民へのポーション接種を担当するトラビスが忙しいのはジーナに任せていた在庫数確認が遅れたせいだ。
つまり間接的にはジーナのせいと言えなくもない。(ハンマーをなくしたのがジーナ本人であるという事実を、トラビスがずっとメイリィに黙っているのは、仲間思いな行動……なのかもしれない)
そこへ、いつも冷静な執事ミルミドンが扉をノックし、静かに入ってきた。
.
「ご報告を。冒険者の在宅率が高まっており、ますます今後のクエストが渋滞することが予想されます」
「頭が痛いですわね……はぁ」
「なお、急な通達ですが、領主のジャスティン王子が市民へのポーション接種の視察にお見えになるそうです」
「……はい!? なぜそれを先に言わないのですのッ!?」
メイリィは大慌てで化粧を直し、ツインテールの角度をミリ単位で整え、特別仕立ての衣装へ着替えた。
その上着には、精緻な刺繍がほどこされていた。一見すると意味のない文字列に見えるが、細かく繋ぎ合わせると一つの文章が隠されていた。それは――
『ジャスティン王子、命』
己の人生を彼に賭けたメイリィの決意の密かなる現われであった。
その上着を見て執事ミルミドンは一瞬だけ眉をぴくりと動かしたが、何も言わなかった(忠義とは、時に盲目であることだ)
最後の身支度を終えたと同時に、馬車がギルド前に到着した。
その瞬間、空気が変わった。
馬車から降り立ったジャスティンが放つ高貴な圧に、メイリィは思わず膝を折っていた。
「……王子……」
その笑顔、整った髪、上質な服の下に感じるしなやかな肉体――まさに、王族の中の王族だった。
「ポーションは十分な数があります!初めての方は右の列、二回目の方は左の列へお並びください!」
幸いにもその日の市民への予防ポーションの接種はつつがなく進んだ。
メイリィが計算し尽くした列導線、そして市民がギリギリ怒り出さない程度の絶妙な価格設定が功を奏したようだ。
王子は美しい笑顔を添えて、人々に気さくに声をかけて回っていた。
ジャスティン王子を間近にして声をかけてもらったら、普通の人間であればたちまち心服してしまうだろう。
そんな力が王族である彼の姿と声にはあった。
王子の視察がひとしきり終わったところで、メイリィは彼をお茶に誘った。
「本日は領主御自らのご視察を賜り、誠に光栄でございましたわ」
「当然の事さ。民が病に苦しんでいると聞いて、心を痛めていた。君とギルドの尽力に、感謝している」
「もったいなきお言葉……」
感動するメイリィだったが、王子の様子にどこか落ち着きのなさも感じていた。
「そういえばメイリィ、例のイレブン氏のホムンクルスがいなくなった件は進捗はどうなっているだろうか」
ジーナめ……こういう事態もあるので朝に進捗を報告するように言伝をしていたのだではないか。
何も聞かされていないからには、どうとでもとれる回答で乗り切るしかなかった。
「はい……それにつきましては、冒険者ジーナとハル・ブラッドレイを中心に鋭意捜索中ですわ」
「ハル、とは?」
「王都騎士団に属していたのですが、二日前にこの街へ。素性がしっかりした優秀な冒険者ですわ」
「ほう、王都騎士団でブラッドレイと言えば、あの英雄騎士フォール・ブラッドレイの……」
「仰せの通り。彼の孫ですわ」
「そうか、縁とは不思議なものだな。それで……」
これが本題だ、とばかりにジャスティンが身を乗り出す
「ジーナはいるかな? 彼女から直接報告を受けたい」
蒼白となったメイリィは、王子を残してそっと応接室の扉を閉めると、階下へ走った。
ホールにたむろする暇な冒険者全員に指令を出す。
「今すぐッ! 即刻ッ!! ジーナを探してここに連れてくるですわーーーっ!!!」
あまりの剣幕に、全員がギルドから飛び出していった。
だが、ジーナの居場所など誰も知らなかった。
~~~
ハルが冒険者ギルドへ戻ると、酒場からクリスが走り寄ってきた。
「ジーナは一緒じゃないの?」
「途中まで一緒だったけど……どうかしたの?」
「うーん王子様は帰っちゃったから、もうどうでもいいけど……」
やっぱり、さっきの馬車は王子のだったか――そう思いながら、ハルは頷いた。
「それより、ジーナに頼まれてた石、準備できたから渡しておくね。こっち」
クリスはホールの片隅にある自分用の木箱の前までハルを連れていき、魔力の付与された石を取り出して渡した。
「ありがとう、クリス。あのさ……ちょっと、話せるかな」
少しの間、クリスは黙っていたが、やがて「うん」と頷いた。
ここは木箱などが乱雑に積まれていて死角となっていて、妙に落ち着く場所だった。
二人は適当な箱に腰かけた。
「クリス……その……昨日はすまなかった。キミを男だと思ったのは……キミに魅力がないとかではなくて……その……」
うまく言葉が出てこない。ハルは額に手を当てて、唸った。
「何を言ってるんだろうな……すまない」
黙って聞いていたクリスは小さく首を振る。
「気にしてない。ジーナだってそう言うし」
「……あの、いつか私が王都へ戻ることがあれば……君が好きな英雄譚の本を持ってくるよ。約束する」
「いいって」
「私がそうしたいんだ。いつになるかはわからないけど」
「……わかった」
クリスの表情はまったく変わっていないが、ハルには少し柔らかくなった気がした。
しばらく二人の間に無言が続く。
それでも、どこか心地よい沈黙だった。
「ハルは……どうしてボクに話しかけてくれるの」
「えっ? それはギルドの仲間だし、英雄譚という共通の話題もあるから……友人になれそうだと思って」
クリスはうつむいたまま、耳をほんのり赤く染めていた。
「ボクは……人と話すの苦手だから……それでもよければ……」
「私だって得意ではないよ。うまく話そうとする必要はないさ。友だちなら、ね」
「……うん」
その後、ぽつぽつと、クリスがこれまでのことを話しはじめた。
英雄を助ける魔法使いに憧れて探知術師になったこと。けれど、うまく人と話せず、ギルドでも馴染めないこと。
「ハルは……英雄になりたいの?」
「うん。ずっと憧れてたんだ。でも最近は英雄って何なのかわからなくなってる」
「どういう英雄になりたい?」
「物語に出てくる英雄も好きだけど……やっぱり、祖父かな。フォール・ブラッドレイ」
「ひょっとして……《不景気英雄隊》のフォール・ブラッドレイ?」
「そう。この街ではそう呼ばれてるらしいね」
「おじいさんとは…」
「いや。祖父に会ったことはないから、想像の中の祖父を、私の中の英雄として追ってるのかもしれない」
「それって、いいと思う」
クリスの目が、ふっと輝いた。
「本の中だけじゃない、身近な英雄。それって、いいと思う」
「身近な英雄か」
「うん。ボクの身近な英雄はジーナかも」
「えっ?」
「ジーナは、物語の中じゃない。すぐそばにいて、すごい人……だから、ボクの英雄」
「ずいぶん俗っぽい英雄だなぁ」
「それに女の子と男の子の違いもわからない失礼な英雄だよ」
そのとき、クリスがふっと笑った。
初めて見た、彼女の笑顔だった。
それを見たハルも、つられて笑った。
――これが、身近な英雄の力なのかもな。
そう思いながら。




