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25/52

25:2日目 悪夢の朝は特別な朝食で

「ジーナ、キミとの婚約を破棄する」


 カールの声は冷たく、どこか愉しげだった。

 ジーナは顔面に拳を叩きつけようとしたが、身体が鉛のように重くて動かない。


「それに……キミのその無駄に健康な身体……、魔術界の発展のため、人体実験の材料にしたいという人がいてねぇ」


 カールの細くて長い指が、ジーナの衣服に伸びる。

 抗いたいのに、力が入らない。声すら出せない。

 悔しさと恐怖で、喉の奥が焼けるようだった。


「誕生日おめでとう、ジーナ。この記念すべき日に、キミはより良い存在に生まれ変われるんだ……もっとも……」


 カールが哀れみと愉しみの入り混じった目を向ける


「楽しい人生は二度と望めないがね」


 衣が裂ける。

 その瞬間、ジーナは跳ね起きた。全身に汗が滲んでいる。


「――くそっ、最悪の目覚めだ」

 いつものギルドの私室。

 窓の隙間から、忌々しい朝の光が差し込んでいた。

 もう一度眠る気になれず、ジーナは起き出すと昨日脱ぎ捨てた衣類に袖を通し始めた。

 いつもより少しゆっくりとした動作だった。


「楽しい人生は二度と望めないがね」


 鋼の精神を誇るジーナだが、あの時を再現する悪夢の残滓だけは心の奥に食い込んでくる。

 今日はジーナの誕生日だ。つまりあの悪夢の元凶の日。

「ちっ、この日には必ずあの夢を見る……もうやめてくれ……」


 階下におりると早朝でギルドは静まり返っていた。

 受付もホールも誰もいない。

 ジーナはしばらく無人の空間を見渡し――思わず、笑った。


「……何甘えてんだ、あたしは」


 その声は、誰に聞かせるでもない、かすれた独り言だった。


――その時、スイングドアが軋み、足音が朝の静寂を破る。


「ジーナさん、おはようございます」


 黄金の鎧に身を包んだ騎士が、笑顔で入ってきた。

 ジーナは反射的に顔をそむけるが、自分でも気づかないうちに口元がほころんでいた。


「はえぇよ。おちおち思索にふける暇もないな」


「すみません」

 ハルは少しもすまなそうな顔をしないまま笑っていた。


「まあいい。朝飯があるか見に行くぞ」


 ジーナは背を向けて歩き出す。その背中に続く足音が、心地よかった。


 二人がギルドの酒場に足を踏み入れた瞬間、差し込む陽光、そしてパンの焼きたての香りが出迎えた。


 期待はしていなかったのに、シェフのルピタは今朝は早かった。

 「いつになく早いじゃないか」

 ジーナの瞳がさらに輝く。


「あら、おはよ。お二人さんは運がいいわね。新しい食材が入ったから試作を作っていたの。運がいいわね」


「よし、あたしが試食してやるよ」

「私も是非お願いします」


欠食冒険者の食いつきの良さにルピタも悪い気はしないようだ。

「ジーナったら、またたくさんクエスト受けてるんでしょ。今いくつなの?」

「えーと、5つかな」

「わかったわ。じゃああたしの特製5品目プレートを召し上がれ!」


 しばらくしてルピタが厨房から運んできたのは、見た目も鮮やかな大きめの木製プレート。

 ひと皿にバランスよく詰め込まれた朝食が、まるで冒険の地図のように配置されていた。


「おいしそう……」

 ハルも思わず呟いてしまう


 プレートの中央には、とろとろの鶏雑炊風スープが木の小椀に湯気を立てて鎮座している。生姜の香りがたちのぼり、食欲を刺激する。

 その左に、香ばしく焼かれた黒パン。その上にたっぷり塗られたハチミツが黄金色にきらめく。

 右隣には、ハーブと塩で軽く味つけされたアボカドと半熟卵。切ると黄身がとろりと流れる。

 プレートの上部には、しゃっきりしたにんじんとナッツのサラダが彩りを添える。素朴ながら噛むたびに香ばしさが広がり、頭がすっきりと冴えるような感覚がする。

 そして手前には、デザート代わりに添えられたドライフルーツのミニ盛り合わせ。自然な甘みが心をより落ち着かせる。


「あたしの5つの料理で元気をつけて、5つのクエストを片付けてね」

 夢中になって匙を動かす二人に、ルピタはエールを贈った。


「でもジーナさん、まだ一つしか終わってないですよね」

「うるさい。速攻終わらせる」


 ジーナの気分はすっかり良くなっていた。

 ざまあ見ろカール、あたしはしぶとく――そして楽しく生きている!


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