23:1日目 深夜の地味クエスト
「さぁて、やるかぁ」
満腹の余韻をかみしめながら、立ち上がったジーナは酒場の奥の扉を開いた。
その先には、静まり返ったギルドの廊下。時刻はもう夜も更け、冒険者たちの姿はほとんどない。
ハルは今日の別れの挨拶をしようとジーナを追いかけた。
「ジーナさん、そろそろ宿に戻って休もうかと……」
「おう、今日はおつかれさん」
「ひょっとしてジーナさんはギルドの部屋で寝泊まりしてるんですか?」
「ああ。まああたしはまだまだ今夜もクエストが残ってるけどな」
「……え?」
ジーナは壁にもたれて腕を組み、ぐいと親指で奥の扉を指し示す。
それは――ギルドの備品庫。中には冒険者ギルドの最重要財源――流行り病予防ポーションの瓶の山が眠っている。
「なに、数を数えるだけの簡単なお仕事だ」
ジーナは、今日中に予防ポーションの在庫数を数えるクエストをギルドマスターから受けていた。
とはいえ何千本あるのかもわからない瓶をこれから数えるというのか?
「今から……? 一人で?」
「あたしはまだまだ元気だ。魔人の体力、なめるなよ」
体力はあるかもしれないが、今日1日付き合った結果、この単純作業のクエストにジーナが向いているとは到底思えない。
「……ジーナさん」
ハルは一瞬だけ目を閉じ、息を整えてから言った。
「私はジーナさんのパーティーメンバー――相棒、ですよね?」
「お、おう」
「じゃあ私もやります。やらせてください」
ジーナは少し驚いた顔をしていたが、さっと振り向くと備品庫の扉に手をかけた。
「勝手にしろ」
二人は倉庫の扉を開ける。
並べられた木箱、ぎっしり詰まった小瓶たち、そして書きかけの帳簿。
かすかな薬草の香りが、夜のギルドの空気に溶けていく。
終わりが見えないクエストが、静かに始まった。
作業は、地味で、果てしない。
「ジーナさん、こちらの箱は六十本ありました。同じ箱が三つあるので、ここの合計は百八十です」
「えっ、もう終わったのか……? あたしまだ、二箱目の途中なんだけど」
ジーナは自分の書いた帳簿を見て、うんざりと頭をかいた。多分世界で一番苦手なクエストだ。
「数を三の倍数でまとめて、見やすい位置に印をつけてから数えると、早くてミスも減りますよ」
ハルはジーナの受け持つ箱でやり方を示してみせた。
「……すごいな、お前。こういうの得意なのか」
「はい。父には騎士にも算術や読書はちゃんとやれと叩きこまれました。元々は祖父からの教えだったみたいです」
「……じいさんも騎士だったのか?」
「そうです……実は彼は、かつてこの街にあった大ダンジョンを攻略した部隊の一人でした。もう三十年前の話ですが」
「こいつは驚いた。『不景気勇者隊』の一員だったのか!」
「なんですか、それは?」
「すまない。この街のジジババはそう呼ぶのさ。気にするな」
かつてこの街に冒険者を無限に呼び寄せていた大迷宮――勇者隊による攻略と共に、街の経済は一気に冷え込み、現在まで続く不景気に至る。
「まあキミのじいさんらが迷宮潰してくれたおかげで、今の冒険者ギルドができてあたしも世話になってんだけどな」
「不思議な縁ですね」
「で、じいさんは王都の英雄になったってわけだ」
「ええ……ただ祖父は……迷宮からは生きて帰ることはできませんでした。私は誇りに思っています」
「……そうか。すまね」
その後は、かすかに紙のめくれる音と、瓶の擦れる音だけが響くだけとなった。
ふと、ジーナは横目でハルを見る。動きが鈍るどころか、彼は集中力を切らさずに数え続けていた。
「ちょっとは休んでいいぞ」
「いえ、平気です。終わらせましょう」
(……真面目すぎるだろ)
やがて、最後の箱を閉じ、帳簿に記録をつけ終えたときには、すっかり深夜に差し掛かっていた。
「……終わった、な」
「ええ。お疲れさまでした」
ハルがほっと息をつき、ジーナも軽く伸びをした。
長い一日がようやく終わろうとしている。
そして、ハルが宿に帰ろうと立ち上がった瞬間――
「じゃあ、あたしはちょっとだけ出かけてくるわ」
「……え?」
ハルの眉が、ぴくりと動く。
「最後にちょっとだけやる事がある。キミは帰ってもいいぞ」
「……行きますとも。どこへでも、お供します」
もうジーナは驚かなかった。ハルはそういうやつなのだ。
「ジーナさんの……相棒ですから」
一瞬浮かべた嬉しい笑みを、またも強引に振り返って隠したジーナは歩き出した。
ギルドの扉が、静かに開かれる。
真夜中の街に、ふたりの影が伸びていった。




