18:1日目 二回目の風呂
ジーナは強引に誘ったクリスと共に、本日二度目の入浴を楽しんでいた。
本来この時間に入浴時間が割り当てられていた冒険者達は感染を恐れて宿へ引きこもってしまっていた。
「キミは逃げないんだな、少年」
上機嫌で湯につかりながらジーナは洗い場のクリスに声をかける。
「流行り病に逃げ場なんかないから」
「実にキミらしい合理的な答えだ」
ジーナがゆっくりと露天浴場の中で立ち上がった。
しなやかで引き締まった身体に、我儘に突き出した豊満な胸。
まるで泉から現れた豊穣の女神だ……
クリスは自分の薄い胸板に手を当てながら思った。
ジーナが柔らかな手つきで背中を洗ってくれた。
クリスはギルドの中でも積極的に他社と交流を持ってこなかった。
ここまで距離を詰めてくるのはジーナだけだ。
自分の探知石が目当てで近づいてきている女。
そうして長らく警戒してきたクリスも、今では彼女にだけは心を開いていた。
ジーナは優しい。
特に虐げられている者や、はみだし者に対しては。
詳しくは聞いていないが、想像もつかないほどの壮絶な痛みをこれまで経験してきたのだろう。
何も詮索してこないジーナの懐の広さが、クリスには心地よかった。
「ひっ!」
ジーナの指が突然、クリスの細い腰をまさぐる。
「もっとメシ喰えよ。少年」
前言撤回。ジーナは人の繊細さを理解できない困った人だ。
「ん?」
ジーナが突然警戒心のこもった声色になる。
「どうしたの?」
「なんか……おかしな感じがしないか?」
クリスは浴場を見渡してみたが、暖かな日差しが差し込むだけの何の変哲もない光景だった。
「何もないけど……」
「視線を感じたんだ。誰かに覗かれているのかも」
「ちょっとジーナ、やめてよ」
「まあ……気のせいか」
いずれにせよクリスはこれ以上入浴を楽しむ気が失せてしまった。
「探知石の作成がまだ残っているから、もう出ようか」
「そうだな」
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ジーナとクリスが受付に戻ると、臨時受付として何も教わらないままカウンターに座らされていたハルが心細そうにしていた。
「お待たせ、ナイト君。でももう少しクリスと受付の勉強しといてくれ。あたしはゴブリンの様子を見てくるから」
「えっ、私も行きますよ」
「クリスが石を作るのにまだ時間がかかる。その間、受付を手伝ってやってくれよ」
「どうせ誰も来ませんよ。それにゴブリンを侮ってはいけません。私も行きます」
ゴブリンは下級魔族であり、身体の大きさは人間の子供くらいにすぎないが非常に狡猾で卑劣で愚かな種族だ。
奴らは弱そうな女子供を集団で襲い、食糧にする。
ハルの騎士団時代は何度か巣の討伐に参加した。 王都圏ではゴブリンは発見次第駆除する事になっていたし、手頃な実戦演習相手としても最適とされていた。
演習とはいえ命懸けであり、戦陣から逸れた経験の浅い騎士が取り囲まれて死亡する現場も見てきた。
ハルにとってはゴブリンとは殲滅させるべき相手であり、侮れない相手でもあった。
「ジーナさん」
ハルの決意に満ちた目を見て、ジーナはなおも躊躇している様子だったが最終的には同行を認めた。
「絶対にわたしの指示に従って、勝手な行動はやめろよ。いいな」
ハルは頷くと、愛剣を腰に佩き立ち上がった。
ひさびさのゴブリン退治となりそうだ。