15:1日目 ジャスティン王子
カリームが流行り病で倒れたことで、冒険者ギルドは蜂の巣を突いたような大騒ぎとなった。
多くの冒険者たちは予防ポーションの効き目がないのではないかと疑念を持ち、在宅を考えるようになった。
一方でギルドマスターのメィリィは違う方向でも頭を抱える事となった。
領主であるジャスティン王子直々の頼みでもあった緊急クエストの担当冒険者が倒れてしまったのだ。
カリームからの途中報告を聞いても、このクエストは難易度が高く、カリーム以外に解決できる能力を持った冒険者はいないと思われた。
間違ってもジーナだけにはやらせるわけにはいかない。
彼女なら間違いなく依頼主のイレブン氏を怒らせるであろうことが眼に見えている。
このままではメイリィの面目は丸つぶれとなり、彼女の立身出世も遠のくのは明白だった。
とはいえこのまま座していても仕方がない。
悪い時ほど報告を早くせよ、はメイリィ自身が冒険者たちにいつも口酸っぱく言っている言葉だ。
ここは王子にいち早くギブアップ宣言をしてしまうのが次善の策というものだ。
「ミルミドン!馬車の用意をお願いしますわ!」
執事が手早く黒塗りの馬車を準備すると、領主の館への道を急いだ。
館は街の北側にあり、以前は王族たちがソシガーナの美食を楽しむための別邸として建てられた立派な誂えだ。
門を守る衛兵たちはメイリィの顔を確認すると、馬車を通した。
幸い王子は王都への出張もしておらず、在宅という事だった。
ソシガーナ領主ジャスティン王子は現国王の第四王子だ。
王位継承順は三番目だが、メイリィはジャスティンが王座に座る可能性は十分にあると睨んでいた。
第一王子はすでに亡くなり、現在の継承順一位となる第二王子は聡明だが身体が弱い。
今の流行り病がもしこれ以上広がるようならひょっとすることすらありえる。
第三王子は愚鈍であるという噂が流れており、いざという事になっても重臣たちが反対する可能性は高い。
メイリィが今のうちから財を蓄えておけば、ゆくゆくは政治活動を秘密裏に行い官僚たちの操作も可能だろう。
奇貨居くべし。とにかくジャスティン王子にメイリィは賭けているのだ。
信頼関係を強めていくのは何より大事だった。
王子は裏庭で弓の稽古をしているという事で、そのまま通された。
裏庭にある静かな弓場。昼下がりの光が、敷石に長い影を落としていた。
その中央で、ジャスティン王子が弓を構えていた。
「今日はどうしたのだ。ギルドマスターが急ぎの用件とは」
彼の長く伸びた髪は後ろでひとつに結ばれ、金糸のように淡く揺れていた。
右肩と腕が露わになっており、鍛えられた上腕が弓を引くたびに静かに盛り上がる。
肌には、稽古の熱が浮かべた薄い汗が光っていた。
「やはり、この方は他の王族とは違う……」
メイリィが小さく呟いたその声には、思い込みにも似た確信が混じっていた。
この王子に賭けている自分は正しい。彼こそが王座にふさわしいと、そう自分に言い聞かせながら。
「王子、今日は残念なご報告に参りました。イレブン氏の財産であるホムンクルスの探索クエストですが……断念することになるかもしれません」
放たれた矢が風を裂き、的に命中する。
「ほう。手がかりもなしというわけか」
王子は二の矢をつがえながら静かに問うた。
「いえ、手がかりはあるのですがその先を推進させる者――カリームが病に倒れてしまいまして。この複雑なクエストを解決できるものが他におりません」
メイリィはこんな失望させる報告をしながらも、王子の弓を引く手の指先に自分の視線が引き寄せられていることに気づいた。
何を馬鹿な。
自分がジャスティンに賭けたのは、彼の能力と天運を信じたからだ。他意は無い。
「何だ、そんな事なら悩む意味がわからない」
再び放たれた矢が風を裂き、的に命中する。
王子は弓を置くと、爽やかな笑顔を添えてメイリィへと振り向く。
「ジーナがいるじゃないか。彼女なら病気になることもないし、クエストも解決してくれるさ。最高の冒険者だ!」
「はい!そう!そうでしたわね。わたくし達にはジーナがおりました!わたくしったら……まったく」
王子は何を当たり前のことを、と言わんばかりに再び弓を構え始めた。
「それともジーナは他のクエストで忙しいか……だったら仕方ないね」
「とんでもありません!ジーナは昨夜クエストを解決したばかりで今は手が空いておりますわ!すぐに彼女にこのクエストを正式に受諾してもらいますので!」
「それは良かった。頼んだよ、メイリィ」
メイリィは苦々しい想いと、王子が笑顔で振り向いてくれた喜びとが綯交ぜとなり、世にも複雑な表情をしながら館を後にした。