13:1日目 愛を探して
甘い香りの紫煙たちこめる薄暗い空間で、リザードマンのガモレスはどんよりとした目付きでこの世の天国へ旅立とうとしていた。
上物のハシームの煙を吸い込むと、尻尾の先まで少しづつじわじわっと快感が広がっていく。
ガモレスは、この全身が心地よく麻痺していくような感覚が好きだった。
周りには老若男女あらゆる種族の同志たちが恍惚の表情を浮かべながら、寝そべっている。
ガモレスはここにいる名前も知らない全員を慈しみ、全員の平穏を願っていた。
これこそが究極の愛と言えるだろう。
先ほど地上階が何やら騒がしい気がしたが、この聖域には関係ない事だ。
長い長い平穏。
残念ながら永遠というわけにはいかないが。
その時は面倒だが聖域の外へ赴き、どこかの成金をこの愛の館へ勧誘して紹介料をもらうか、弱い奴らを脅してハシーム代を稼がせてもらうのだ。
それまでは、まだまだ平穏を楽しもう。
平穏を……。
グリグリッ
平穏を……?
グリグリッ グリグリッ
感覚が鈍くなっていたガモレスは、ようやく気づいたが、
誰かに硬いブーツの底で顔をグリグリされている!
「……きろっ…………トカゲ野…………らっ!……」
鈍くなっていた感覚が、次第に呼び覚まされていく。
「起きろっ! ヤク中のトカゲ野郎がっ!こらっ!」
凶暴な女が俺の顔を蹴りつけている!
隣には目にまぶしい金色の鎧を身に着けた男が立っている。
女はガモレスが目を開けたのを確認すると、首根っこをつかんで顔を近づける。
「おいっ!ホムンクルスをどこへやった!言えっ」
ホムンクルス・・・?
頭のめぐりが回復しきっていないガモレスには即答できなかった。
女はしびれを切らし、容赦なくみぞおちに拳をめり込ませる。
「ぐおっ!な なんの話だっ」
「とぼけんな。金持ちのイレブンのところのホムンクルスの女を連れてったろうが。どこだ?」
「ああ、あいつかっ……」
ガモレスはすべて話した。
最初は金持ちのイレブンを愛の館の会員にできないか探りをいれようと屋敷の周りをうろついていた。
そこに偶然出会ったのが買い物帰りのディアナだった。
ガモレスは屋敷の主の情報を得るためにこの女を利用することを思いついた。
自分は哲学者であり、様々な人の営みを学んでいるのだと名乗った。
その後も何度か偶然出会ったことを装いながら、愛想よく話しかけた。
疑うことを知らないディアナは世間話に応じるようになってくれた。
ディアナは素直な性格で、主人の人柄や生活の様子をよく教えてくれた。
イレブン氏は頑迷で、愛の館の会員としてはふさわしくないことがわかったので興味を失ったガモレスだったが、逆にディアナから質問を受けた。
「ガモレスさん、『愛』とは何なのでしょうか?」
その質問はガモレスにとっての得意分野だ。
ディアナが自由になる金をふんだんに持っているようには見えなかったが、いざとなれば主人の金庫からちょろまかさせることくらいはできるかもしれない。
「それで、こんなところにディアナを連れてきたのかっ!」
今度は金色の男が怒り出して、首根っこをつかんだ。
「つ……連れてきたけど、あいつは……これは違う気がします、と言って出ていっちまったよ。本当だ」
男は手を放してくれた。
「……彼の話が本当なら、その後ディアナは街に戻っていないという事ですかね」
「いちおう街の門番に話を聞いてみるか。あいつらがちゃんと仕事してりゃ覚えてるかもしれねぇ」
「もし戻っていなかったら一体どこへ……」
「ちょっと!うるさいのよ!あんたら……!」
周りのハシーム愛好者たちが瞑想を邪魔された事に腹を立て、難癖をつけ始めた。
女冒険者は、つかみかかったデミ夫人の脛に痛烈なローキックをキメた。
デミ夫人は泣きべそをかいてうずくまってしまう。
かわいそうなデミ夫人!愛も知らない凶暴な女に足蹴にされて……
幸いにも女は地上階への階段へ向かってくれた。
女は黄金騎士を振り返りこう言った。
「お人形がもし街に戻ってなかったら、愛を探して旅立った……ってことになるな。笑えるね」




