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12:1日目 麻薬窟へ

 教会の正面の入り口は乱雑に打ち付けられた木の板で封鎖されていた。

 さすがの鍵師ジーナもこういう扉は開けられない。

 ジーナ達は雑草が生い茂る敷地内に踏み込み、裏手に向かった。

「見ろ、まるで獣道だ。中毒者どもが行ったり来たりなんだろう」

 踏み固められた雑草の林を抜けると、教会の通用扉に着いた。

 扉には文字が刻まれており『皆に愛を』とある。

「このアタシにも愛とやらをくれるのか」

 そう冗談めかしながらジーナが扉を開ける。

 そこは意外にも、小綺麗な商会の受付といった部屋だった。

 カウンターでは緑色の髪の受付嬢が笑顔で出迎えてくれた。 

「いらっしゃいませ。愛の館へようこそ」

「リザードマンの旦那の紹介で来たんだけど」

「ガモレス様のご友人の方ですね。歓迎いたしますわ」

 ジーナはハルの方を振り返って、ニヤリとしながらウインクしてみせる。

「ヤツから詳細は聞いてないんだけど、ここでは何ができるんだ?」

「すべてのお客様に愛と平穏を。それが愛の館です」

「へぇ、ちょうどどっちも持ち合わせがなかったから助かるよ。じゃあ奥へ行かせてもらうぜ」

 受付嬢が手を出して催促する

「入場料はお一人様1万ゴートになります」

「は?ガモレスの紹介って言ったろ」

「お支払の意思はない、と言うことでしょうか」

「ヤツからは無料ご招待って聞いてたからな」

 受付女性の柔和な表情は瞬時に消え去った。

「ガモレスは金の匂いがしない客を紹介したりしません。あなた方は招かれていませんね」

 女性はカウンターの下に隠しおかれていた鐘をならした。

 すぐに背後の扉が開き、剣呑な顔つきの男達がぞろぞろと出てきた。

 彼らはカウンターの左右に分かれて進み、ジーナとハルを挟みこむように動く。

 全員が武装しており、片目を隠した男がジーナの顔を見てせせら笑う

「誰かと思えば魔人の女か。こいつは楽しめそうだ」

「彼らは何者です?」

 ジーナと背中合わせとなり、剣に手をかけながらハルがジーナに問う

「無貌団の連中だ……ギルドに入らずにゴロツキになった冒険者どもさ」

「ゴロツキとは傷つくねぇ。ちゃあんとこうして働いてるのにさぁ」


 用心棒達は武器を構えながら距離を詰めてくる。

「左右に二人ずつ。魔法職は無し。奴らは手練だ。やれるか?ナイト君」

「ええ。ケガさせないのは難しいかもしれませんが」

「ハハっ、言うねぇ。あいつらはあたしたちを生きて帰す気はなさそうだっていうのに」

 ジーナはあえてハルを振り返り、おどけてみせる。

 その直後にはポケットから出したムチがうなり、用心棒の一人の顔を弾く

「いでぇっ!」


 ジーナは目にも止まらぬ動きで、顔を押さえた男の相方に奇襲をかける。

 ムチを地面に落として、瞬時に抜いた短刀を片目の男に突き立てる。

 男は歴戦の冒険者だった。

 きちんと反応して盾で防ぐ。

「おいおい、あぶねえな。当たってたらどうすんだよ」

「目が左右非対称だったからね。帳尻合わせてやろうと思ったんだけど」

「こぇえよ。噂通りイカれてんな」


 歴戦の男は足払いを仕掛けてジーナを追い払って距離をとると同時に、剣を振った。

 その時にはすでにジーナは最初の位置まで後退しており、ムチを拾うと男の目に振るう。

 片目の男は目を押さえて動きが止まる。

 その隙にジーナは体勢を整えつつあるもう一人の男の顔面に鉄のブーツをめり込ませて戦闘不能とする。

 あとは片目の男にもこのコンボを決めるだけ……だったが、あの受付嬢はジーナの予想を超えて仕事熱心だった。

 彼女がカウンターの奥からクロスボウを発射し、矢が無防備なジーナの背後から脇腹に突き刺さる。


 勝機を掴んだ片目の男が、剣を振り下ろす。

「あばよ、魔人ちゃん」

 しかし必殺の剣はジーナに当たることなく受け止められる。

 ハルの長剣が男の武器を押し返していた。

 ハルはこの一瞬で二人の相手を片付けたのだろうか。

 ジーナがハルの背後を見ると、彼に挑戦した無貌団たちはすでに倒れていた。

(……やるぅ)

「遅くなってすみません。ジーナさん」

 片目の男はさすがに歴戦の冒険者だった。

 ハルに勝てないことを瞬時に悟り、後退りを始めていた。

 騎士は深追いはせずに、男が出て行ったのを見届けてからジーナに駆け寄る。


 クロスボウの矢はジーナの脇に深々と刺さっていた。

 街へ戻れば手当は可能だろうが、しばらく動くのは無理のように思われた。


 これを射出した受付の女を見やると、カウンターの奥で震えていた。

 クロスボウの矢も一発限りだったようだ。

 手練というわけではなく、幸運の一撃だったという事か。


「悪いけどそれ抜いてくれるか、ナイト君」

「いいんですか」

 ハルが刺さった矢を抜くと、ほとんど出血せず傷は塞がりつつあった。

 これが魔人の生命力か。

 ほどなくしてジーナはケロリとして立ち上がると、ポケットから羊の串焼き肉を取り出してかぶりついた。

「食うか?」

「いえ」

「キミは魔人を見るのは初めてだったか? まあそうだよな」


 これまでジーナは魔人としてどんな人生を歩んできたのだろう。

 なぜこの街に暮らしているのだろう。

 なぜクエストを全部受けたりしているのだろう。


「疑問でいっぱいって顔だね。キミわかりやすいよ」

 ジーナが愛の館のピカピカの大理石の床に、串を投げ捨てる。

「何も知らないバカな孤児の小娘だったのさ。幼馴染と婚約して舞い上がって……でもそいつはイカれた魔術師だった」

 ジーナの顔から皮肉な笑みが消える。

 「そいつと、そいつの仲間のイカれた連中にあたしは身体をいじくりまわされて……あたしは魔人になっちまった」


 ハルは激怒した

「つまり婚約破棄した上に人体実験したって事ですか……そんなこと人間の所業じゃない!」

 ジーナは元々は普通の人間だった。

 後天的に、人工的に、魔人とされた。

 いったい誰にそんな事が可能だというのか

「大魔術師ロロバル――幼馴染のカールはそいつの弟子になった」


 ロロバルの名はハルも知っていた。

 何だったら王宮で何度か見かけたこともある高名な魔術師だ。

 とてもそんな狂気の所業を行なうような人物には見えなかったが。

「ジーナさんなら、そんな目に遭わされたら蹴り飛ばしに行くんじゃないですか?」

「はっ!あたしのことがわかってきたじゃないか。もちろんそうしたかったさ!

でもな、ロロバルもカールも王都から消えちまったんだよ……跡形もなくな」

 確かにハルも大魔術師ロロバルについては近年は話を聞いたことがなかった。

 もっとも魔術師などにほとんど興味がなかったこともあるが。

「まあいつかカールと出くわす時があったら、今度こそ二度と呪文が唱えられない身体にしてやるさ。

 それまでは、世話になってるこの街でできる事をやるだけだ」

 ハルはしばしジーナの半生について思いを馳せたが、安易にまとめてしまってはいけない気がした。

 心の中で整理がつくのは少し先になりそうだ。

「さ、ナイト君。無駄話はここまでにして本命を探しに行こうじゃないか」


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