8/イレギュラーの痕跡
レベリング35日目。
「サシャ、下層に降りよう」
2人がかりでの中層レベリングに慣れ始め、サシャのレベルも上がりレベルは27になった。
いかにも順調で、これからもっと中層でレベルを上げようとサシャは意気込んでいた。しかし、セーフティに帰りぐちゃぐちゃに散らかった洞窟内を見てアルクは言った。
「え、まだレベルを上げてた方が無難じゃないの、下層はまだ入ったことも無いし」
「ひとまず洞窟を見てくれ」
洞窟内は足の踏み場もなく、収集物が雪崩をおこし、料理道具は定位置になく場所すら分からなくなっていた。部屋が散らかったから引っ越しでリセットしようとしている訳ではない。
散らかしたのはサシャでも、アルクでもないし、ダンジョン内で地震が起きた話は聞いたこともない。何より足元には大きな足跡があった。
「ひっどい有り様ね。……モンスターが散らかしたのかしら?」
しかし、それはおかしい。
だってここはセーフティだ。アルクがキャンプ立ててる場所がセーフティである以上は魔物は入れない。ダンジョンでごく稀に発生する異端“イレギュラー”と呼ばれるルール無用の化け物を除けば。
このダンジョンには“イレギュラー”がいる。アルクが一度下層で見かけて、ダンジョン攻略を一時諦める程の化け物がいる。
そして目の前、中層のセーフティにある魔物の足跡に残った魔力は前に見た“イレギュラー”の物だとアルクは確信していた。
ガチャガチャとアルクは洞窟内へ入っていくと、保存食や調理器具などを探し始め、サシャに答えた。
「ああ、とびきりのモンスターだ。“イレギュラー”が出た。逃げるぞ」
「……えーっと、化け物が近いから逃げるって事よね。なんで上層じゃなくて下層に行くの?」
「足跡の魔力を見るに上層に向かってる。縄張りを広げてるのか徐々に上層へ向かっているっぽいんだよな」
アルクが中層でオークを狩る時、“イレギュラー”の痕跡はなかった。最近上がって来たらしい。
「“イレギュラー”が上層に居る間に下層に行って距離を取りたい。見つかれば終わりと思ってくれ」
「……思うに、ぶっ倒せばいいんじゃないの?」
アルクは荷物を漁る手を少し止めて考える。
「良くて俺が1分持つかどうかだろうな。今日のレベリングが二時間後の出発だったら死んでた。入れ違いで助かったよ」
「逃げましょうか、さぁ早く!」
サシャと2人あっという間に荷造りを終わらせると下層へと向かった。
☆
「迷いなく進むけど道合ってるの? 迷子だったりしたら早めに言ってね?」
「迷子じゃねーよ! 中層の地図は頭に全部入ってるから安心しな」
2人は走る。
アルクはこのダンジョンに始めて入った時、上層中層を難なく突破して真っ直ぐボス部屋を目指した。しかし、下層で“イレギュラー”を見かけ、直ぐに引き返す。
外見は黒い狼。特徴は背中に生えた翼。何よりまずいのはブレスを放っていた事だ。
アルクのやや大振りな一撃必殺は機動力の高い相手には相性が悪い、くわえてブレスの威力は食らえば一瞬で骨まで融ける程。アルクは気づかれる前に逃げ出した。
そこからは上層中層を歩き回り、頭の中に地図を作り地の利で戦う事にした。その中でゴブリン系の多さや聞きかじりのダンジョン仕組みを理解し、おそらくダンジョンボスが相性不利のゴブリン帝と気づきアルクは頭を抱えた。
「下層での目標は、1番に“イレギュラー”に会わない事!これは会ったら死ぬと思え。2番にレベリング! 3番にダンジョンボス討伐! 今の実力じゃダンジョンボスに挑めば十中八九死ぬ、だからレベリングを優先していく」
「……オッケー!」
手持ちの食糧は少ないからと、道中でオークを道すがら倒す。
可能なだけ“イレギュラー”から離れたらレベリングの為にもセーフティを探さなくては。他の魔物が入ってこない利点は大きい。
「さっきからずっと下ってない?」
「上層は横に広いけど中層は縦に深いんだ。最短ルートはこんなもんだよ」
走る。
下層はどの位の広く深いのか、分からない。
しかし下り続ければ、ダンジョンボスと会えるはずだ。
「ここから下層だ」
1つの階段を境にモンスターのラインナップはガラリと変わった。
☆
下層のに降りると、モンスターの強化はそれほど劇的ではなく、苦戦する事もなく2人で上手く弱らせて、サシャが止め役だ。
出来るだけ“イレギュラー”の痕跡の少ない方へ向かっていくと、少し開けた部屋に着いた。
「あ、あそこの洞穴安全そうよ! セーフティじゃないかしら!」
「待て待て! 魔物の住みかとか罠かもしれんだろうが」
サシャは逃走でかなり疲労していたのもあり、奥の洞窟に浮き足だつ。アルクが咄嗟に止めるがサシャの体は最初からアルクの斜め後ろにあった。
「流石に飛び出さないわよっ!?」
「……うっかりだよ」
「うっかりー? 謝罪があっても良いんですけどねー?」
サシャの声をさえぎる様に「うっかりうっかり、ほら行こうぜ」と部屋へ入り中央まで2人が進む。
するとサシャが何かに気がついた。
「……足元!」
しかし、遅かった。疲れが勘を鈍らせた。
……ガコン。
「え? あっ」
間抜け面のアルクの足元で、何かを踏んだ音がしたと同時に機構の動く音がする。
アルクはうっかりやらかした。
慌てて部屋の外に出ようと考える前に、足元が消える。
2人の体を浮遊感が襲うと下へ下へと落ちていく。
「流石にごめん!!」
アルクの叫ぶような謝罪と共に、下層の更に下へ、最下層への避けようのない巨大落とし穴へと2人は落っこちた。




