6/アルクの実力
レベリング20日目。
「ルルラリルロー」
上機嫌なサシャが適当な呪文なのか、ひどく音痴な鼻歌なのかを唱える、当然魔法は出てこない。鼻歌である。
サシャがオークに始めて1勝をあげた帰り道、アルクにうるさいと小突かれてブスくれたサシャは、ふと立ち止まりダンジョンの壁を指差した。
「ここ変じゃない? ちょっとだけ他と違う」
「どこがだ? 全然分からん」
「ここよここ。色っていうか、凹凸の法則性が違うっていうか、見れば見る程やっぱり変な気がする」
サシャの言う壁にアルクは顔を近づけて見るが何も感じない。魔力に関する物じゃないのだろう。
「あんまり触ったりはしない方が良いぞ」
ダンジョンには触れたり踏んだだけで作動する罠もある。
宝箱が奥に眠ってるなんて話もあったが絵本の中以外じゃまず聞かない。
サシャは感覚派の天才だ。何かある、と言うなら警戒はした方が良いだろう。
……ガコン。
「え? あっ」
「離れろ離れろ!」
サシャの才は武術用らしい。壁の中から聞こえるギミックの作動音に、壁を触っていたサシャが間の抜けた声をだした。
慌ててさがると、既にアルクでもハッキリ分かる異変が壁に起きている。
徐々に壁が左右に開くと道が現れた。
「これは」
「隠し扉じゃない! ワクワクしてきた! ……うぐぅ」
サシャはど突かれた。
「……ごめん」
落ち着いたサシャに、アルクは隠された道へ偵察すべきと話した。こうした道の奥には基本モンスターが潜んでいるので、放って中層を徘徊させるより今倒したい。
サシャは話半分で力強く頷いて賛成した。
アルクを先頭に二人は道へ踏み出した。
しかし足は直ぐに止まる。
広い空間に出たのだ。中央には敵が一体たたずんでいる。
「何あれ」
「ゴブリン系の上位種っぽいけど、ゴブリン将軍? ゴブリン帝ではないだろうし」
「説明するきある? 私が分かんないじゃないの」
2メートルはある背丈で鎧を纏い、手にする長い棍棒は丸太を荒く削ったみたいな形だった。
ゴブリン将軍の特徴に一致する。ならば適正レベルは45。ゴブリン帝なら刀を持っている筈である。後浮く。
棍棒の試し振りをしているゴブリンは地に足を着いている。体が浮いていない事を確認してアルクはサシャに言った。
「ゴブリン将軍もこっちに気づいてるっぽいし、さくっと倒してくるわ」
「はっ?」
「サシャは引っ込んでろ。何かあったら叫べ」
「はあぁー? 勝てるんでしょうねぇ?」
サシャの何も出来ないと告げられた苛立ち交じりの声にアルクはピースサインを突きつけ笑った。
「余裕」
「そう。悔しいけど……行ってらっしゃい」
見送りを受けてアルクは笑いながら部屋の中央へ、ゴブリン将軍の元へと一直線に駆け出した。
お互いがハッキリと相手の姿を視認すると、走るアルクとの距離が縮まらない内にゴブリン将軍が叫びを上げ棍棒を横にかまえる。
「グァァァー!」
殺意の籠った腹からでる太い叫び声。そのままの勢いで振るわれた棍棒。しかし標準はアルクではなくその足元に向いていた。
地面の表面を殴り飛ばし、棍棒で砂を持ち上げる。
「煙幕か! ゴブリンにしちゃ頭脳派だな!」
アルクはどこから来るか分からない中、煙幕にかまわず突っ込むと拳を握った。
左手で頭部を守り、右手を腰の位置で引く。真っ向から迎え打つつもりだった。
ゴブリン以下の頭脳で短い詠唱を唱える。
「≪超回復≫≪超回復≫」
アルクが超回復と1度言うごとに拳が赤みを帯びて輝き出し、熱を帯びる。
「≪超回復≫≪超回復≫」
アルクは天才だ。もともと超回復は扱いの難しい能力であり、失敗すると一瞬で腕を生やす程のエネルギーが暴発し、逆に死にかねない。アルクは書物で読むまでその性質を知らなかった。
「≪超回復≫!!」
そこで、アルクはエネルギーを操り指向性を持たせれば攻撃に使えないかと考え、才能に任せてあっさりと実用化に成功した。溜めて一撃の必殺技が。
「こんなもんだろ! 何処でも来い!」
「……グァ!!」
ゴブリン将軍が右から飛び出して棍棒を振り下ろすと、ゴリャ、と鈍い音が続いた。
棍棒を直に受けて左腕が折れたアルクだった。
アルクは余裕そうに笑って右拳を振り抜いた。
「死んどけ!」
拳は赤く輝いて、剣を弾く筈だった鎧も、ぶ厚い肉体も、真っ直ぐにぶち抜く。
「グ……ァァ……」
ゴブリン将軍の胸には大穴が空いていた。体と棍棒が音を立てて倒れると、ものの数十秒の間漂っていた緊迫感が消えてなくなる。
アルクは攻撃を食らっても治せる。一撃当てれば倒せる。殺しきれない威力の近接戦しかゴブリン将軍に手札がない時点でアルクの勝ちは決まっていた。
アルクは自分の体を見て詠唱し、折れた左腕と炭状になった指先を超回復を使い一瞬で治した。
ドタドタと慌ただしい足音でサシャがアルクに近づいた。
「勝ったぞー」
「指が消し炭にならなかった!?」
「死ななきゃ治せる」
アルクが綺麗になった手をヒラヒラとふる。
治ったから問題ないという態度に、サシャの心配そうな表情がどこか呆れ顔に変わった。
「治せる犠牲はチャラじゃないからね? というか、1人でダンジョン攻略出来たんじゃないの?」
「1人だったら多分だけど無理筋」
アルクの言葉にこめられた意図を察してサシャの頬が僅かにひきつった。
「まるで2人なら行けるかもみたいな言い方じゃない」
「そんなに期待はしてない」
「それはそれで何だかなぁ! 」
アルクの予想だとこのダンジョンのボスはゴブリン帝だ。シンプルに強いし相性も悪い。
「私って大器晩成タイプだから! これから強くなっていくから!」
「ぼちぼち期待する。ゴブリン将軍も倒したし、探索再開しようぜ」
「ああ、そうね。ここが私の頑張りどきね!」
2人は部屋中探した。しかし何も見つからなかった。
見える範囲で入り口意外の道が無いのは最初から分かっていたが、隠し扉や隠し財宝の類いも発見できず、入手出来たのは棍棒だけであった。
「サシャ使うか?」
「無理よ。渡そうとしないでくれる? 潰れるからね?」
ため息を吐いてサシャの目線が地面に下がる。
そこは棍棒のあった場所。サシャが調べ忘れていた場所だった。
「ここ、ちょっとだけ変よ。色っていうか、凹凸の法則性みたいな物が変!」
「相変わらず見た目は分からないが、これには魔力があるな。扉の先は小箱程度しかスペースはなさそうだぞ」
「つまり?」
「お宝の可能性が高い、ゴブリン将軍の足元にあるってのも定番の1つだ」
「開けるわよ?」
アルクのやったれのアイコンタクトにサシャが頷き、床を撫で始める。直ぐにガコンッと音がして床に出来た小さな扉が横に開いた。
「これは……!」
「すごい、すごいわ! 私達トレジャーハンター名乗れるんじゃない!?」
扉の先にはぎっしりと、色とりどりの大きな宝石が入っていた。
小箱サイズと言ってもその宝石の量は2人が両手いっぱいでも持ちきれない。
「これは、…………全部売ったら3億位か」
「……そんなに? でもいくつかは思い出として手元に残したい気もするし……うーん」
2人はダンジョンを出る前提で次々夢を語る。
ダンジョン脱出の理由が1つ増えた。