13/豚貴族は空を飛ぶ
アルクの起きる1時間前。
サシャは置き手紙を残した後、豚貴族のもとを目指した。
居場所を掴むため、サシャは昔の事を思い出すようにほんの1ヶ月前の記憶を思い出す。
ダンジョンと馬車が出発した街の位置関係。馬車での移動時間。奴隷として豚貴族の下で生活した時に見聞きした情報。
何より豚貴族の性格上、奴隷のために馬車で遠出しない事を考慮して住んでいる場所に大まかな当たりを付けた。
頭の中でだけ考えてても仕方がない。
サシャはさっそく宿の店主に聞き込みを行った。
「すみませーん。ちょっといいですか? 豚の貴族が居るって聞いたんですけども」
「……あー。全然関係ないけど、本当に関係ないんですけどね? この街の領主様は豚が心底嫌いらしいんですわ」
店主は面倒臭そうに首を向けるがサシャを見るなり、急に態
度を変えて喋りだす。
サシャは昨日宿代としてポケットに入っていた2つの内の宝石から1つを店主に払っていた。
「……ここだけの話ですが、豚と聞くと怒り狂ってそいつを奴隷にするって噂もあります」
サシャは店主が豚貴族の事を話していると確信を持った。
「何処に住んでるか知ってます? 相当広いスペースのある高い建物だと思うのだけど」
奴隷時代にサシャが見た景色はどこの貴族にだって当てはまりそうな情報だった。
しかし答えは明瞭に返ってくる。店主は答えを知っていた。
「そりゃ広いし高いですよ、街の中央のでっかい城が領主様の家なんですから」
「……ありがとう!」
サシャが宿屋の表に出ると、道の右側に城が見えた。
「あそこに居るのね」
案外、豚貴族の居場所は探し出してから5分もせずに見つかった。
やることは決まっている。殴りに行くのだ。
昂る感情のままサシャは駆け出した。
☆
「≪サンダー≫≪サンダー≫もいっちょ≪サンダー≫」
サシャは迷いなく魔法を放つ。どんどん放つ。
門番に向けて。閉じた門に向けて。
サシャが門から侵入する瞬間を見ていた奴にも。
「≪サンダー≫≪サンダー≫どんどん≪サンダー≫」
音速をこえる麻痺の一撃は次々と放たれる。
魔力を調整しているのでしばらく寝ているだけだ。死にはしない。
あんまり気絶させても悪いので一応目立たないようにサシャは走る。
しかし、城に入り、階段を駆け上がり、最上階に付く頃、サンダーを放った数は100を越していた。
最上階は豚貴族の自画像が道一杯に飾られている。
ここに居そう。むしろ豚貴族意外は立ち入りたがらないだろう。
それなりの期間いた場所だけれど殆ど見たことない知らない景色。でも、サシャがここで知った事もある。
サシャは大きく息を吸った。
「スゥ……。ブーーーターーー!!!!」
「──ああぁぁぁっ!?!?」
反応があった。豚貴族は豚の言葉を聞くと怒り狂って叫ぶ生態なのだ。場所はもう割れた。声のした部屋に駆けよってから立ち止まり、サシャはもう少し言っておく事にした。
「ここの豚領主ってー!!! 見た目以上に心が汚いわよねー!!!!」
「──こっころころっ殺す! ≪全員ここに来い≫!! 」
豚貴族の声は魔力が乗った詠唱だった。
奴隷の首輪をつけた者への命令権を行使したのだ。
サシャも何度か全体召集の為に命令を受けた事があった。
直ぐにでも、下の階からサシャと接触しなかった大勢の奴隷が正規の兵を連れてやって来るだろう。
「でも私の方が早いわ」
「ちっ。下の馬鹿共は何をしている!」
扉を開けると豚貴族が舌を打ってサシャを睨む。
豚貴族の左右には屈強そうな男が2人。既に剣を構えていた。
サシャは魔法を唱える。
「≪サンダー≫≪サンダー≫」
「うっ!」「ぐへっ!」
抵抗の1つもなく、魔法2発で男達は地に伏した。良く見れば首に奴隷の首輪をつけている。
あっさりやられた男に豚貴族は顔を赤くして怒鳴ると男の体を蹴りつけた。
「いくら払ったと思っているんだ能無しが!」
サシャの眉間にシワがよると、3発魔法が放たれた。
「≪サンダー≫≪サンダー≫≪サンダー≫」
1発目は豚貴族の足元へ。豚貴族は情けない悲鳴を上げる
。
2発目は肖像画の眉間へ。豚貴族はやっと現実を把握し始めて黙りこんだ。
3発目は天井へ。最後の魔法は威力の証明としておもいっきり放つ。
「なっ!?」
部屋の上半分が消失し、綺麗な青空が広がって見えた。
最上階から見る空はいつもより近い。
「綺麗ね!」
サシャは豚貴族の喉元へと剣をあてがった。
☆
豚貴族が命令の魔法を叫んでからたった30秒。
天井のなくなった部屋へ、剣を構える兵士達がなだれ込んで来た。
「フハハハハハ! A級ダンジョン打破者舐めんじゃないわよ! 近づいてご覧なさい、こいつの命はないわよ!」
「お、おい! ≪剣を下ろせ≫! 衛兵共も剣をさっさと下ろさないか!」
豚貴族はまだ生きていた。
豚貴族の首元でサシャの剣がギラリと光る。
衛兵達に動揺が広がり、それに合わせて剣は下げられる。
続々と集まる衛兵にサシャが舌を打つと豚貴族は震えた。
「いい!? 今すぐ所持している奴隷の権限、その全てを手放しなさい! 聞いてんの、豚!」
「待て! 待て、金ならある──ッひ!」
サシャの剣が僅かに動き、豚貴族の首に一筋の赤い線が浮かぶ。
「いつ無駄口を許したかしら? 命と権限、どっちが大事か今すぐ選びなさい!」
「分かった! 分かったよ! ≪私の所有する奴隷権限その全てを破棄する≫!! これで良いだろう!? 早く離せ! 離してくれ!」
サシャには最初から豚貴族を殺すつもりはなかった。
「ええ、それじゃあ」
サシャが手を離すと豚貴族は一目散に衛兵に駆け寄ろうとするも、体がピタリと止まる。サシャの手が襟首に伸びていたのだ。
襟首を掴んだサシャはくるりと豚貴族を回転させ、大きく腕を振りかぶった。
「や、やめっ!」
「一発殴らせなさい!」
「ブグヘッ!?」
殴られた豚貴族は空を1秒ほど飛んだ。ただの豚だ。
「結構いい気分ね!」
豚を殴り、サシャは辺りの衛兵に警戒した。
しかし襲われる事はなかった。
衛兵のほとんどは乱闘を始めており、既に機能していない
。
「あぁ。ここまで待遇が酷かったかあ」
首に跡がある者が、跡のないものを襲う。
その足元には点々と衛兵達の奇抜なアクセサリーが転がっていた。
城のあちらこちらが騒がしい。
豚貴族は喧騒に紛れて逃げようと隠し通路のある本棚に向かうが、またもや動きが止まる。
サシャではない。倒れていた屈強な男達だ。
「さっきはどうも。能無しはオメーだ馬鹿たれ!」
「蹴ってくれた礼だこのやろー!」
うめき声を上げる豚貴族尻目にサシャは城から逃げ出した。
「馬ー! 馬どこー!?」
サシャは足となる馬を探して城の敷地内を走る。
貴族を殴った以上追われる身になるだろう。どうしても馬は欲しかった。
誰か教えてくれないかなと冗談半分で叫んでいると、横合いから男がでてきた。
「馬ならこっちです!」
「んー、嘘ならサンダー打つからね!」
首の跡を見るに奴隷だった筈の男。奴隷から解放したのが目の前のサシャと知ってる訳でもないのに案内を請け負った。
サシャが男に着いていくと馬小屋にたどり着いた。
男が早口に喋る。
「こっちの葦毛の馬に乗ってください。言うことも聞くし足も早いです。乗馬経験はありますか?」
「ええ、村で乗ってたから。でもいいの?」
奴隷から解放されて見ず知らずのサシャを助けるお人好しまではまだ分かる。でも豚貴族の借り物とはいえ愛馬と言えるだろう子をサシャにと言う理由は分からない。
「……僕はあなたをダンジョンに入れた兵士の1人です。ただの罪滅ぼしですので気になさらず」
少なくともサシャの記憶にはない。その程度の事と考える事も出来る。
「気にするなはこっちのセリフでしょ。立場は逆でもおかしくなかったんだから」
「無理ですね。もしもはあっても今は今ですから」
サシャは促されるまま馬に乗った。
「意外と強情ね、あんた」
「出来る事があれば何でも言ってください。あちらの道を通れば安全に外に出れるはずです」
男はサシャが何をやらかしたか気づいている口ぶりで逃げろと言う。
覚悟を決めた瞳にサシャは1つ頼みを告げた。
「じゃあ1つお願い良いかしら」
「もちろんいくつでも」
「私は村で暮らしていた時に拐われたから、きっと両親が心配してるの。村の両親に、サシャは元気にやっているので心配無用だ、と伝えて頂戴」
男には覚悟があった。サシャをこれから追いかけるだろう国防隊に命をかけても足止めを果す覚悟があった。
1度大きく息を吐き、男は頷いた。
「分かりました。必ず生きてその言葉を伝えます」
サシャはその言葉を聞いて、馬で駆け出す。
その直前。
「ああ、それからタンスの上から2段目、左の引き出しの奥にオヤツがしまってあるから処分する様に、も追加で」
「……分かりました」
言伝てがサシャ本人だと断定するための情報とは分かりつつ男はつい渋い顔をする。
そのオヤツはもう腐ってるんじゃないだろうか。