掛かったままのカレンダー
私の部屋の壁には、何年も前から同じカレンダーが掛かっている。カレンダーには丸い印と時間、そして男性の名前が書いてある。
果たされなかった約束。
もう叶うことのない願い。
「佳奈子、ごめん。明日行けなくなった。待たせたら悪いから」
珍しく電話をかけてきた徹が言った。しかも非通知なのにうっかり出てしまった。こんな時間の非通知電話。普段は出ないけど。
「俺、迷子になっちゃったんだ。そしたら親切な女の人が電話を貸してくれた。でも、一緒に行かなきゃいけないらしくて。俺、佳奈子に伝えたい事があったから」
どうも要領を得ない。何か不測の事態が起きたのか?
「大丈夫よ。落ち着いて。明日は会えない事は分かった。それと、私に言いたい事があるのね?」
「そうなんだ。俺、佳奈子の家族になりたかった。でも今の俺では無理なんだ」
「どうして?何があったの?徹?」
「思い出せない。佳奈子、どうか幸せになって。俺が幸せにしたかったけど。佳奈子、俺、佳奈子が大好きだよ。海よりも空よりも深く愛してる」
電話が切れた。今は深夜。普段は起きていない時間。急に眠気が襲ってくる。釈然としないまま私は眠りに落ちた。
翌朝、徹のお姉さんからの家電で目が覚めた。まだ朝の八時だ。せっかくの休みなのに。夜中の電話を思い出した私は慌てて電話に出た。
「佳奈子ちゃん?落ち着いて聞いてね」
いつもは冷静で丁寧なお姉さんが挨拶もなく早口で捲し立てた。
「昨日の夜、徹が事故で」
その先の話は頭がぐわんぐわんしてよく聞こえない。考えたくなかった可能性を突き付けられて何も分からない。
「佳奈子ちゃん?聞いてる?」
「ごめんなさい。動揺してしまって……」
「そうよね。私もそう」
お姉さんの声は涙交じりだ。
「こんな時だけどお通夜とか葬儀とかあってね」
「はい」
ああ、現実なんだ。お姉さんは詳細を教えてくれた。婚約者として参列することになった。
あれから月日が経ち、私は母になった。徹の友人だった男性と結婚して子供が生まれた。徹の葬儀で知り合って親身になって支えてくれた人だ。
心にぽっかりと空いた穴を埋めるかのように惹かれていった。いや、私の心にはまだ小さな穴が残っている。その穴を意識しないで生きていられるようにはなった。
「ママー!」
男の子が必死に走ってくる。小さな手を私に向けて振る。満面の笑顔で勢いよく飛び込んできた。
「ママ、大好き!海よりも空よりも好きだよ!」
私は徹也を抱きしめた。