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堕天  作者: 澤西雄二郎
1/2

堕天 1/?

光の眩しさに目を開けながら、ゆっくりと立ち上がる。

手についた砂をはらいながら、辺りを見回す。

そして情報を解決していく。

景色は見渡す限りの砂

雲一つない空からは、太陽が容赦なく照りつけ、喉が渇いている。

そして自分の体に目を向ける。

服は着ているが、上下共にとてもみすぼらしい。

なぜだか背中が重く、後ろにふりかえっても、何も見えない。

「………?」

情報を整理させて、違和感を解決させていく。

まずなぜ自分がこんな砂の上、ひとりで倒れていたのか。

「…………」

その答えを必死に思い出そうとしたが、思い出せない。

それどころか、自分がなぜこの服を着ているのか、自分の職業は、年齢は、そして名前すらも思い出せない。

帰るべき場所があるのかも思い出せない。

唯一わかるのが、何も分からないってことぐらい。

服についた砂をはらいながら、もう一度辺りを見回してみる。

「………」

進んでみると何かあるかもしれない。

一歩、また一歩と歩き出した。





歩いてしばらく経つと、あたりが暗くなってきた。

吹く風も強くなり、先ほどとは打って変わってとても寒い。

一歩進むごとに足先が悲鳴をあげている。

「…………」

これは無理だと悟り、砂を壁にして寒さを凌ぐことにした。

かじかんだ手で砂を掘るのは大変苦労したが、柔らかい砂で助かった。

8掘り目ぐらいで、砂の中から光が見えた。

とても小さい光だったが、あたりが暗いので見つけるのは容易であった。

その光目掛けて砂を掘る。

「…………」

砂を掘って出てきたのは、光る板だった。

自分の手のひら程の大きさで、重さはそれなりに、形は長方形で、凹凸も何個か。

すると光が消えた。

触っていたから光が消えてしまったのか?

その板をそっと穴の中に入れ、しばらく触らないでいた。

しばらくすると、板が再び光だした。

よく見ると、光っている面と光ってない面があり、光は黒と緑の二色

緑は何やら矢印で上を指している。

「………?」

上を見て見たが、暗すぎて何も見えない。

試しにこの矢印に触れてみる。

「………!」

すると光が黒から肌色に変わり、何やら声もする。

「えっ?なになになに?」

板に戸惑いながらも、ゆっくり近づき、板をよく見てみる。

「あっ!お父さん…って誰!?」

そこには人がいて、何やら驚いた様子

板に向かって手を伸ばしてみるが、何も起こらず、その板の女性もなにも起こらなかった。

「えーっと……大丈夫?」

後ろを振り返る

誰もいない

どうやら僕に言っているらしい

「……」

首をたてにふる。

「そう………ちょっとまっててね」

そう言うと光はまた消えてしまった。

「まってて」と言われたので仕方ない

この寒い中待つことにしよう




光が消えてからしばらく経った。

遠くにぼんやりと光が見える。

それも次第に近づいてくる。

その遠くの光を見ていると、また板から光が出てきた。

さっきと同じように、緑の光を指で触り、上へやった。

「どこにいるのよ!?」

そんなこと言われたって……

「じゃあその持ってるスマホを上にあげて」

スマホ?

持ってるのはこの板だけ……

「……?」

「あ!あれね!」

どうやらこれはスマホと言うらしい。

彼女もこちらの光を捉えたらしい

すると、遠くに見えていた光がもっと近づいてきた。

あの光は彼女のものだったのか

どんどん近づき、やがて僕の目の前まで来た。

「うーわ、さっむー、ほら、早く乗りな……って、え!?」

モノから降りた彼女は僕を見るなり、口を大きく開け、驚いている。

「あんた……その背中……」

僕の背後を指さす彼女

後ろを振り返るが何も見えない。

「……?」

「いやあんた……羽……」

羽?

「羽が生えてるじゃない!」

「………」

そんなわけが無い

だって第1、僕には何も見えない

ただ背中がちょっと重いぐらいで、羽が生えてるなんてそんなわけが無い

「いやいやいや、なんであんたが信じないのよ?」

そう言って僕に近づくと、背後に周りこみ、羽があるらしい場所に手を伸ばす。

「………」

「いや、あるわ……」

どうやら羽を触っているらしい

だがこちらには一切の感触がない。

「羽……1つとってもいい?」

「……」

「ありがと……」


プチン


明らか不自然な音

振り返ると彼女が何かを持っている。

いや……

持ってない

指で何かをつまんでいるが、僕には何をつまんでいるのかが見えない。

「ほら!やっぱり羽あるじゃん!」

そのまま僕の目の先まで持ってくるが、何も見えない。

ただ綺麗な手がうつるだけだ。

「………?」

「そっかー見えないのかー、ま後で色々聞こ、よし、じゃあ乗って」

そう言って僕を手招きする。

これに乗るらしい

「ちょっと!何してんの!?」

「……?」

さっき乗れって……

「なんで車の上に乗るのよ!」

なぜだか分からないが怒っている。

それにこれは車というらしい。

彼女は車の一部を破壊し、中に座った。

「ほら隣」

そう言って車を叩く

そんなことして大丈夫なのかな?

この車壊れない?

「ドア閉めて!」

「……?」

「あー!もう!」

怒った彼女は僕の左にある車の一部を、僕に向かって勢いよく引き寄せた。

「……!」

飛んでくる!

……?

車の一部は直ったらしい。

「私エリナ、なんとでも呼んでね」

「………」

「………」

気まずいな……

車に乗ってから、会話がない。

というか僕は喋れないで、会話すら出来ない。

彼女は彼女なりに思うことがあるのか、真剣な顔をしたままだ。

「………」

「………ん?」

僕の前から何か出てくる

何やら文字が書かれている。

「あ、それちょうだい」

僕は文字が書かれている何かを渡した。

「あーね、面倒だわー」

その何かを見たあと、横から何かを取り出し何か文字を書きはじめた。

「…………!」

「?」

それを見てひらめいた。

僕だったら、言葉は喋れなくても、言葉はかける。

「あぁ!ペンね、どうぞ」

彼女が持っていたペンを借りて、さっきの紙に文字を書いた。

「…………ごめん、なにこれ?」

自分の書いた文字と、彼女が見ていた文字を見比べる。

「……!」

文字がかけると思い、一番使い慣れている言葉を書いてしまった。

「……おぉ、文字かけるんだ……ってえ!?」

書いたことを見て驚いている。

「あんた……喋れないし記憶ないし……やばいね」

そうして僕の背中にあると言う羽ことも話した。

「記憶ないんなら仕方ないよね……けどあんた自覚が無いってのも不思議よね……」

そう言うと、上を見上げてこう言った。

「家来なよ」

「?」

「いやーうちも色々あってさ、家に1人なら入れてあげられるし、それに可哀想だし」

いいの?

声にはできなかったが、彼女には伝わったようで、「いいよ」と言ってくれた。

そう思うと、一気に安心が込み上げてきて、そのまま寝てしまった。





「………」

「ん、おはよー」

目が覚めると、エリナさんがいた。

「あんた気持ちよさそーに寝てたよね〜」

少し皮肉気味に言われてしまった。

「……!」

さっきと同じように紙で伝えようとした時、体のすぐそばに、モノとペンが置かれていた。

「あぁこれは紙って言うの、そしてここは私の家、昨日はなしたじゃーん」

そう言われればそんなこと言っていた気がする。

うちって家のことなのかも

「けど不思議よね、文字の書き方とか意味は知ってるのに車とか知らないんだもんね」

「………」

「ま、記憶失ってるんだからしょうがないか、ちょっと待ってて」

そう言うとエリナさんはどこかに行ってしまった。

確かに言われてみれば、さっきまで体を横にしていたこの物の名前さえ分からないのに、文字や言葉は理解出来る。

砂は覚えていた。

服も覚えていた。

太陽や雲も覚えていた。

体の部位も覚えていた。

両親という概念も覚えていた。

これだけで記憶を取り戻せるかは分からない。

何か手がかりがあればいいのだが……

「おまたせ〜」

「………?」

「これはね、パンって言う食べ物、アテルおばさんが作ってくれたパンだから絶品だよ〜」

僕はそのパンと言うものを右手でつかみ、左手でちぎって食べた。

「………!」

「ね、美味しいでしょ?」

すごい

香りが……なんだろう

けどすごくいい香り

口に入れた瞬間、甘みがぶぁぁぁぁっと口に広がって、硬さがちょっと違ってて、それも食べてて楽しい!

「気にせず食べてね〜水はここに入ってるから」

エリナさんは透明な何かに注がれた水を指さした。

その後これは「コップ」という事とその中に入っている物の飲み方を教えてくれた。

「おーそうそう、これで食事は大丈夫だね」

そして目の前にあったパンを全て平らげ、「ご馳走様でした」と心の中で呟いた。

「今のは?」

「………?」

「さっきの手をこうやって合わせるやつ」

そう言うと両手の手のひらを胸の前で合わせるポーズをした。

「……?」

「もしかして無意識?」

そう言われても、さっき心の中で「ご馳走様でした」と呟いただけで………

僕は紙とペンを取り出し、エリナさんにたずねた。

「ご馳走様でした……?ちょっと知らないな〜、私たちはそんなことしないし、見たこともないや、けど文化の違いってやつかもね。」

「……?」

「この世界にはね、私たち以外にもたっくさんの人が暮らしてて、それぞれの文化があるの、もしかしたらさっきのは、その文化のひとつかもね。」

どうやら人はここにいる人だけでなく、もっとそれも思っている以上の人が暮らしているらしい。

「それにさ、初めて文字を見せてもらった時、あの文字も、さっきのポーズも、どこかの文化かもね。」

「………!」

つまり、その文化がある場所が、僕の帰るべき場所………?

僕の記憶となにか関係がある場所……?

「それってどういう意味かわかる?」

「………」

「植物や動物に食べ物を恵んでくれた感謝の意ね………難しい言葉知ってるね…」

けどさっきもエリナさんが言ってたように、どこにどんな文化があるのかは分からないようで、見つけ出すのは難しいらしい。

「んじゃ、ちょっと着いてきて」

エリナさんと僕は立ち上がり、部屋を出た。

「………」

「あぁ大丈夫大丈夫、一歩づつでいいからね」

ガタガタな坂がある。

エリナさんは早々と降りてしまったが、僕は一歩つづでなければ転んでしまいそうだ。

「皿洗いだね」

パンと水を運んできた板を置き、何かを捻って水を出した。

「………」

「これは蛇口、捻ると水が出る。だからこのお皿を洗おうか、見ててね」

「…………」

そう言ってエリナさんは水をお皿に当てて、擦っている。

「こっちのお皿と洗ったお皿、どっちが綺麗?」

「………!」

「そう!こっちの方が綺麗だね。こうして綺麗にして、もう一度使うの、それじゃやってみよう!」

「………!」

お皿を右手で掴み、水に当て、手で擦る。

汚れは少ないが、それでも擦って綺麗にする。

「……!」

「おぉー出来たね〜それじゃあ……これ持って」

エリナさんに渡されたのは、これまたお皿

「………?」

「あぁ洗うんじゃなくて、手を話してみて」

「……!」

お皿から手を離した。

パリーン

お皿は地面に着いた途端、音をたて割れてしまった。

「さっきは大丈夫だったけど、お皿とかものは落ちたり、強い衝撃が入ると壊れちゃうの、だから気をつけて」

「………?」

「あぁーお皿は大丈夫、なんか好きじゃなくなったの」

「………」

そんなのありかと思いつつ、割れたお皿を見てより一層注意を払おうと思った。




その後割れたお皿を片付け、時計の読み方を教えてもらったあと「この針が4になったぐらいに帰ってくるね〜」と言い、家から出て行ってしまった。

しかし困った……

何をしようか……

蛇口のある部屋を出て、ガタガタな坂の隣に扉があった。

「これは扉、色々種類はあるけど、ものとものを繋ぐ、つなぎ目にあるものよ」

だからこの扉はこの家とどこかを繋いでいるらしい

「………」

部屋があった。

そこはエリナさんの匂いが強く残っていた。

ここはきっとエリナさんの部屋なんだな。

それなら申し訳ない、そう考え、扉を閉めてほかの場所を見ることにした。




家中歩き回って気づいたことがひとつ。

さっきの部屋にも、蛇口がある部屋にも、エリカさんともう1人が書かれたものが立てかけてあった。

おそらくエリナさんのお父さんかな?

けれどもそのお父さんの姿は全く当たらない。

それどころか、僕が目を覚ました部屋には、蛇口の部屋にあったものと同じ服がかけてあった。

単にエリナさんのように一時的に出かけているだけかもしれない。

だが僕にはそういう風には思えなかった。

「…………」

なんて考えていると、何やら下が騒がしい。

ガタガタな坂を降りて、扉の前に立つ。

「この扉開けたらメッ!だからね」

と言っていたが、「メッ」ってなんだろう?

僕は扉を開け、外の様子を見てみる。

「またあんたかい!いい加減にしないと……」

「うるせぇクソババア!」

「なんですって……!」

何やら男と女が家の前で喧嘩している。

迷惑なんですけど……と言おうとしたが、残念なことにこれまた声が出せない。

我慢するしかない……と思ったその時

「うるせぇな!」

男が女に向かって手をあげた。

「…………!」

僕は男の手を掴み、少し睨んだ。

「んだ……てめぇ……?」

男は僕の方を見て、目を丸くした。

「…………?」

あっ

しまった……

「お前……その背中の……」

男の行動をやめさせるので必死で、羽があったことをすっかり忘れていた。

だからなんだよってなるかもしれないが、

ほかの家からも人が出てきている。

なんだか面倒なことになりそうな気がする……

「……ひっ」

すると男は僕の手をするりと抜け、どこかへ走り去って行った。

「ありがとね……」

「…………」

女が立ち上がり、礼を言う。

いえいえと手を振るが、女はまだ神妙なおもむきのまま、僕を視線から外さない。

「……あんたもしかして……?」

「…………?」

「エリナの言ってたヤツかい?」

エリナさん?

「あぁ!昨晩の」

「お父さんじゃなかったって言ってたけど、この人の事だったのね〜」

エリナさんの名前が出ると、周りの人々もなにかに気づいたらしく、少し盛り上がっている。

「…………?」

「なんでそんな紙で書くんだい?」

「…………!」

「あぁそれはそれは失敬、けど言ってたヤツで間違いないだろうね」

「…………?」

「すまないね、私はアテル・ヴァーケリア、みんなからはアテルおばさんって言われてるわ」

アテル……?

アテルおばさん……?

「……!」

「思い出したみたいだね。どうだい?美味しかったか?」

思い出した、名前だけ聞いていた、朝僕の分のパンを焼いてくれた、この人がアテルおばさんなのか

「……!」

「そうかいそうかい、そらよかったさ!」

「このおばさんの作るパンは世界一だからね!」

「俺ももう他のパンはダメになっちまったよ!」

そう言って女や周りの人もは大口を開けて笑いだす。

「急にエリナがパンくれって言うもんだから何事かと思ったのさ、そしたら男だって言うもんで、それまた何事かと思ったね」

エリナさん、そんなやり取りをしていたのか……

「けどその男がこんな優男で良かったよ、訳ありだけどね。」

やさお……?

わけアリなのは認めるが、やさおってなんだろう?

「しばらくはエリナのとこでゆっくりしていきな、あいつも寂しいだろうし」

「そうだな」「その方がいいわ」

そういえば

「…………」

さっき僕がとめたあの男について何か知っているか聞いてみた。

「あぁあれかい、あの男はエリナのストーカーさ」

ストーカー?

「ストーカーってのは…難しいね」

「あれだよ、好きでもねぇやつから追っかけ回されるんだよ」

なんだそれ

最悪じゃないか……

「今のでよく分かったね」

「……?」

「なんでストーカーされてるのかって?」

「そりゃあエリナがいい女だからだよ!」

「あんた!」

答えた男が隣の女に殴られていた。

「…………!」

「大丈夫さ、あいつらのじゃれ合いなんだから」

そう言うと男も女も周りの人も笑いだした。

「…………?」

目が覚めて2日目にこれはちょっとついて行けないかも……

「けどそれ以外も原因だね」

「…………?」

「さっきの男がしつこいんだよ」

「一週間前に退学になったらしいからな」

「ホントかい?」

「…………?」

「あぁごめんね、あんたはまだついていけないね……まぁつまりは面倒なやつってことね」

まだまだこの人たちの言っていることは分からないが、あの男に迷惑しているのは本当らしい。

「本当は私たちがどうにかしなきゃいけないのにね……」

「気づけばみんな年寄りで……」

「…………!」

「ハハッハ、気使わせて悪いね、ありがと、そうだね……今夜はバァーッとやろうじゃないか!」

独り言のように呟いたあと、周りの人に向かって叫んだ。

「おぉ!そりゃあいい!」「久しぶりね!」

「なら早速準備だな」「絶品のパン待ってるからな〜!」

これまた盛り上がる周りの人達、残りの紙の枚数も少なくなってきているので、なるべく質問は控えたいが……

「…………?」

「まぁ楽しみにしときな、エリナが帰ってくるのはいつって言ってた?」

「……………」

「あら、意外と早いのね、みんな〜16時ぐらいに帰ってくるってよ!」

「あいよぉ」「任せてちょうだい」

「それじゃあそれまでこれ読んでな」

そう言ってアデルおばさんは1度家に帰ってあと、何かを持ってきた。

「全部じゃなくてもいい、これ読んでな?」

手渡されたのは、とても分厚い本、僕の腕ぐらいあるかな?

「国語辞典っつうんだ、この中にはありとあらゆる言葉が入ってる、読んでみると、会話がもっと弾むかもな」

本を開くと、そこにはおびただしい量の文字が書かれていた。

「読み方は1番初めに載ってる、頑張れよ!」

そう言うとまた家に戻って行った。

僕も戻ろう。

玄関のドアを開け、蛇口のある部屋で、国語辞典を読むことにした。





「ただいまー……ってどうしたのそれ?」

エリナさんが帰ってきた。

時計を見ると短い針が4のところにある。

「…………」

「あーアデルおばさんからね〜」

荷物を一回地べたに置き、僕の隣に座る。

「結構読んだね〜どう?わかった?」

「…………!」

この本には厚さに似合うほど知識が詰め込まれていて、ものすごい分かりたかった。

図や写真もあって、なおわかりやすい。

「ストーカー」も載っていた。

思っていた以上に悪質なもの多いらしい、と学んだ。

けれどもアデルおばさんの言っていた言葉は載っていなかったな。

「じゃあアデルおばさんのとこ返しにいかなくちゃね」

席を立ち、僕の手を握る。

「ほら立って」

アデルおばさんに本を返しに行くために、家のドアをもう一度開けた。

「……?」

「あれ?アデルおばさんどうしたの?本?」

すると、アデルおばさんやほかの人達が立っていた。

「本なんかじゃないわ、いいからちょっと来て」

そう言うと、ほかの人たちが僕たちを囲って、歩き出した。

「…………?」

しばらく歩いたあと、これまた大きな建物の前に着いた。

「あ、ここって!」

「そうよ……」

アデルおばさんがその建物の扉を勢いよく開ける。

中には人がたくさん、さっきいなかった人もいる。

「おぉー!よく来たな!」「なんも無いとこだけどゆっくりしていきな」「なんかあっても俺達が守ってやるからな〜」「早く酒飲もーぜ〜」

「ようこそノースムーンへ、あなたを歓迎するわ」

ウォーー!

入ると歓迎の言葉や笑顔を沢山貰った。

どれもみんな優しそうだ

「うぉ〜触ってもいいか?」

「…………」

「あーすまねぇ、喋れないんだったな……悪かった!」

中には羽を触ってくる人もいたが、感覚がないのでどんなものなのか僕も触ってみたい。

けど全員が僕が話せないって言うことを認識してくれている。

「…………?」

「あぁそうだよ、私が企画したのさ」

すごいな

アデルおばさんの人望がこんなに人を呼んだのか……

「けど私にも言ってくれたら良かったんじゃない?」

「そりゃあ、あなたに向けたパーティでもあるんだから」

「へ?」

僕の隣で二人が話し始める。

それよりも目の前のこの赤いのはなんだろう……?

「あぁ、そうなんだね」

こっちを向いたエリナさんはどことなく悲しげな表情を浮かべている。

「…………?」

「ん?、なんでもないなんでもない」

エリナさんは笑っているが、隣のアデルおばさんは、少し暗い表情をしている。

この話はまた今度聞くことにしよう。

今聞いても、多分またはぐらかされる。

「おう!羽の兄ちゃん!」

奥から僕を呼ぶ声がした。

「うぉ〜すっげーな、まじで羽が生えてんだな……」

近づいてきた男の顔は真っ赤かで、足取りもフラフラしている。

「一回触らせてくれへぇ〜」

「…………!」

すると男がいきなり倒れてしまった。

咄嗟に男の頭だけは守ったが、大丈夫なのかな?

「全く……気にしないで、ただの酔っぱらいだから」

酔っぱらい……?

「このお酒を飲みすぎたバカのことを言うのよ」

みんな持っている飲み物の話だろうか

飲みすぎるとこうなるんだ……

「うぅ〜ヒック……悪いね兄ちゃん……あんた名前は?」

僕の膝の上で話す男

名前か……

名前は残念ながら何も思い出せない。

「確かに名前が無いのはちょっと不便かしらね」

「いっそ私たちで決めちゃえば?」

「そりゃぁいい……ヒック」

「いい?」

僕は首を縦に振る。

「やった!じゃあ〜」

「羽があるからハネマルは?」

「何それダッサ」

「ニイサはどう?」

「んーちょっと待ってね」

エリナさんが言い出した途端、ほかの人も次々に「これがいいんじゃないか」「こんなのはどう?」と声をかけてくれる。

意外にも名前を考えてくれる人が多く、1度紙にまとめてくれるそうだ。

最初にハネマルを言ってくれた人は隅で泣いている。

「なんだい?慰めてくれるのかい……?」

おじさんの隣に座り、話題がまとまるのを待った。

「できた!」

しばらくして、大きな紙を持ってエリナさんと他の人がこっちに向かってきた。

「さ!選んで!」

紙にはおびただしい量の名前候補が書かれてあり、ところどころ同じ名前が書いてあって、必死だったのが伝わる。

「…………」

右から順に、名前を眺めている。

エリナさんも他の人も、どういう感情か分からないが、とにかく僕の方を見つめている。

けどどれもいいんだよな…………?

なにか違う

この一つだけ異様に惹かれる何かがある。

僕はその名前を指さした。

「............」

「ん?これね〜」

その名前は

「ジノン」

おぉと歓声が上がる。

「この名前書いたの誰?」

が、辺りを見回しても誰も何も言わない。

「............?」

「私だよ」

すると、隅の席に座っている男が声を上げた。

視線が一斉に男に集まる。

男が立つと、みんなが驚きの声を上げる。

僕も男を見た。

「っ!」

瞬間、僕は席を立ち、後ろに半歩下がる。

何かは分からないが全身に鳥肌が立っている。

初対面のはずだ

だが、僕の体が「こいつはダメだ」と必死に警報を鳴らしている。

男は1歩づつ近づいてくる

背は僕より大きくて、整った顔、白髪で同じ色の羽が生えている。

そして僕が座っているテーブルまでやってきた。

「探していたよ、ジノン」

僕の名前を呼ぶ男

その声は、優しさを孕んで包み込んでくれるような声でどこか懐かしい

が、今の僕には何故か分からないが不快でしかない

「............」

「おや?どうしたんだい?いつものように優しい声で答えてくれないか?」

男は僕が声が出せない様子を見て、困惑しているようだ。

「あなたは?」

僕の代わりにエリナさんがたずねる。

「あぁ申し訳ない、せっかくのパーティを止めてしまって......」

そこで男はハッとしたのか、辺りを見渡し一礼する。

「私はマズレイ、天使です」

えぇーー!!

驚きの声で建物が少し揺れた。

「まぁ羽があるので分かりやすいかもしれませんが、一応証拠として」

すると男は僕の持っていたコップを指さし、上下に二回動かした。

「おぉすげぇ......」「............!」

すると水しか入っていなかったコップから、色々な種類の魚がどんどん湧いてくる。

「これが天使が起こせる奇跡です、信じていただけたかな?」

「おぉすげぇよ」「信じるも何もねぇ......」

「で、その天使さんが何をしに?」

「それはジノンを迎えに来たのですよ」

僕の迎え?

「えぇジノン、あなたは悪魔との戦いの最中、突然居なくなったではありませんか」

僕が悪魔と戦った?

「その結果羽も我々と違い真っ黒に染ってしまい......ですがあなたは生きていた!そこで私がお迎えに上がったのですよ?」

僕がこいつと一緒の天使だった?

確かに記憶は一切合切覚えていない。

こんなことがあったんなら、多少は合致がいく。

「にしても突拍子のない話だな」

「まぁまぁこちらにも色々あるのです、さ、帰りましょ」

「............!」

パン

マズレイが僕の手を握った。

が、僕はその手を強引に離した。

僕でも驚くほどの速度

辺りが静まり返る

「どうしたのですか?まだこの街が名残惜しいのですか?」

まずい

確信は無いが、こいつは僕にとって味方では無い

僕の無くなった記憶がそう言っている。

「............」

適当に頷いて、時間を貰おう

そうしたらエリナさんや街のみんなに事情を説明して......

「色々あるのはお互い様ですね、明日の正午また来ますので、その時までにお別れを済ませてくださいね。」

そう言って男はどこかへ飛び去って行った。

「............」

力が抜け、その場にヘロヘロと座り込む。

「............」

何かがおかしい

違和感を感じたのはエリナさんを見てからだ

さっきまでやいのやいのどんちゃん騒ぎだった人達が、何も喋らない。

それどころか、顔に生気が宿っていない。

「............」

揺さぶってみる

顔はあげてくれるが、言葉は発しない。

目の前で色々行動してみる。

しゃがんでジャンプしたり、逆立ちをしたり、持ち上げたりした。

何も起こらない。


ガコン


「......!」

大きな音がする方へ振り返る

時計の短い針が10を指している。

どうやら時計の音らしい。

「............!」

すると街のみんなが急に歩き出した。

そして建物を出て、各々の家へ帰っていく。

規則正しいというやつなのだろうか?

にしても綺麗すぎる。

おかしい............

「............!」

歩くエリナさんの前を塞いでみる

が、簡単に避けられて、家のある方へ歩いて行った。

やっぱりおかしい

これが本来の町の姿と言われれば仕方ないのだが、それでも昼の様子を見てしまったから、どうしてもおかしいと感じてしまう。

こうなってしまった原因があるのなら

原因はあいつか......?

あのマズレイと言う男

自らを天使と名乗っていたが、それは間違いないだろう。

だってコップから魚が出てくるわけが無い。

それに周りのみんなも驚いていた。

それに羽があった。

僕の見えない羽とは違い、しっかり視認できる上にあの羽で飛んでいた。

そんなの並の人間じゃできっこない

あいつが原因だと仮定すると、どうやってみんなをああさせたのだろうか?

あの心地よくも気味の悪い声

あれをどこか懐かしいと感じたのは何故だろう......

さっきから疑問が溢れ出して止まらない。

幸い食事はさっき済ませたので、空腹になることは無いだろう。

ひとまず今はは寝よう

さすがに状況が悪すぎる

1日経てば、みんなも元に戻っているかもしれない。

それにまだ完全にマズレイが悪者と決まったわけじゃない

「............」

かもしれないのか......?





「............!」

考え事をしながら横になっていたら、気づいたら朝になっていた。

急いで体を起こし、扉を少しだけ開けて様子を見る。

「............」

静かだ

昨日も静かと言われれば静かなのだが、今日はなんだか違う

「......!」

1件だけ家の扉が開いたのが見えた。

しかもエリナさんの家だ

やっぱり僕の勘違いだったんだ

1日経てば治ったんだ。

扉を開け、エリナさんの所へ走った。

が、やっぱり違った。

「............」

目に生気がない

どこを見ているのかはわかるが、目的があってそれを見ている、そんな気は全くしない。

「......!......!」

当然、僕の必死のアピールにも全く反応がない。

じゃあなんで家から出てきたんだろう......?


ゴーンゴーン


すると突然鐘の音が鳴った。

街の時計台からだ

けど昨日こんな音聞いた記憶は無い。

じゃあ......

「............」

「............!」

すると家からぞろぞろと人がでてきた。

そして膝を地面につき、何かを崇めるように頭を下げている。

そして空から、光が差し羽を生やした男が降りてきた。

「やぁジノン、答えは決まったかな?」

時計を見る。

まだ短い針は12を指してはいない

「ま、答えなんてどうでもいいんですけどね」

時計から視線を外すといきなり首を掴まれた。

「あなたを殺しに来たんですから」

「......!」

首を絞める力が強く、こっちが全力を出しても、手が離れない。

「あなたが生きていると知って心底焦りましたよ…記憶を失っていると聞いた時はどれだけ安心したか......」

「......?」

首を絞めながらいきなり語り始めたぞ......

なんなんだ......?

「けど私は眠れなかった、お前が生きているそれだけで私は安心できない!」

右手を天に掲げ、光を掴んだ。

「お前のこの『声』は実に素晴らしいよ」

「............?」

僕の......『声』............?

「あぁ可哀想に、記憶を失っているのだから、何も分からないだろうな、いいだろう。」

首の力はそのまま、マズレイは少し力を抜いた。

「冥土の土産に教えてやろう、貴様の声を奪ったのはこの私だ、この声は聞くもの全てに軽い催眠効果を与えるそうだ、こんな宝を使わずにしていたなんて......宝の持ち腐れにもほどある......」

「............」

「だから私が貰ったのさ、天使の崇拝と催眠は相性抜群、このまま全てをこの手でおさめてやるのさ......そのためにはお前を......!」

「............!」

いきなり手を挙げ、そのまま光を振り下ろした。

「っ!」

「!?」

「当たる」と思ったその時、視界が斜めになり、体が横に飛んでいた。

「何故だ......?」

「大丈夫!?」

「............!」

困惑するマズレイ、エリナさんが僕の体を掴んで助けてくれたんだ。

「なぜ私の催眠から抜け出せたんだ......」

「良かった〜あいつやばいじゃん、完全に殺そうとしてたよね?」

心配するエリナさんの後ろから、マズレイが迫ってくる。

「......!」

「っ!」

また光掴んで、振り下ろしてくる。

咄嗟に横に避けたが、バランスを崩してしまった。

「死ねっ!」

そのまま光を僕めがけ振り上げ、体に当たる。

「………………?」

しかし、光は僕の背中あたりで止まっている。

「くそっ!」

悪態をつくマズレイ

その姿からは天使とは思えないほどの悪意が感じとれる。

「次は無いっ!」

今度は至近距離で光を突き刺そうとする。

「ぐっ......」

しかし、マズレイの頭に石が当たった。

飛んできた方向を見ると、アデルおばさんが立っていた。

「............!」

「アデルおばさん!」

アデルおばさんは手を上げ、サムズアップしている。

投げて、当てたのもアデルおばさんだったみたいだ。

「貴様......」

マズレイはよろけながら立ち上がり、声を震わせた。


「覚悟しろ下等生物共よ!一人一人順番に殺してやる!」


するとマズレイが突然目の前から消えた。

辺りを見渡した。

「アデルおばさん!」

先に見つけたのはエリナさんだ。

マズレイはアデルおばさんの首を掴んで、光の玉を作っている。

「............!」

「止めなきゃ」そう自然と体が動いた。

そのままマズレイの顔面に本気の蹴りを食らわせた。

「っこ............まだ残っていたか......」

「............!」

そう言うと、宙に浮き上がり、空の彼方へ消えていった。

「............!」

アデルおばさんは目を閉じたまま開けない。

「ちょっといいか」

パーティにいたおじさんが、アデルおばさんの首元に手を当てる。

「......大丈夫、気絶してるだけだ、心配はない」

「............」

「それにありがとう」

「......?」

「俺たちの街を、家族を守ってくれてありがとう」

おじさんが頭を下げる。

「............!」

「あんたが居なかったら......」

「......」

奥で倒れているアデルおばさんも、街のみんなはまだ倒れている人が多い

それに僕自身もマズレイとの1戦でかなり体力を使ってしまったみたいだ

それより今はあれが欲しい

「どうした?何か欲しいもんでもあんのか?」

「............」

「ん?」

手を動かして四角と文字を書く仕草をやってみるが、なかなか伝わらない

「へっへへ......分からんど....エリナいるか?」

「これでしょ?」

後ろ家からエリナさんが出てくる。

その手には紙とペンが握られていた。

「!」

「あぁ!これな!これだな!」

「結構簡単な方だったけど?」

「いやわかるかよ」

「............」

「いや!俺が悪いんだ、すぐパってできなくて」

「......!」

「謝らなくていいんだって!」

「はいはい二人とも謝ってばっかじゃなくて、街の人どうにかしなくちゃ」

「おぉ......悪い悪い」

このおじさん、お酒が入ってないと意外に弱腰と言うか覇気がないな





今はある家のベランダにいる。

あれから街の人を介抱して回った。

まだ軽い催眠から抜け出せていない人や、解けたショックで気を失っている人など、容態は様々だが、1人として死者はいなかった。

けどこの事件自体、僕がいなかったらあのマズレイとか言うやつも来なかったんじゃ......

そうしたらこの街の人も催眠にかけられることも無かったんじゃ......

「まぁひと段落着いたって感じか?」

「............」

さっきのおじさんがまたやってきた。

今回は右手に何か握られていた

「ん?これは缶ビールだ、要するに酒だな」

そう言ってその缶ビールをグイッと呑む。

「っぷぁー、色々あったけど酒が飲めるだけ幸せだな......」

「............」

「俺が言えることじゃないけどな、お前さんが負い目を感じることは無いよ」

「......!」

「こういう言葉があるんだよ、いつなんときでも悪いのは人の幸せを奪った方なんだよ、あいつは俺から酒という幸せを一時的だが奪った」

「..................」

「お前は何も奪われてなくとも、俺が奪われてる、そんだけであいつは悪だ」

「............」

「な!エリナさんよ!」

ガンッ

「......!」

少し大きめの物音がした後、ベランダの窓が開いて、エリナさんが出てきた。

「盗み聞きなんて酷いなぁ〜」

「うるさい酒ジジイ!」

「いつから聞いてた?」

「初めから......最後まで」

「っかぁ〜!なおのこと酷いねぇ」

「だって仕方ないじゃない!あんな雰囲気の中割って入れるわけないでしょ!」

「ハッハッハ!」

「............?」

「あぁ、アデルおばさん達なら安心して、みんな意識はあって、元気よ」

なら良かった......

「んじゃ俺はまた場所変えるわ」

「えっ?いつもの場所でしょ?」

「今日はこの街のヒーローに場所譲ってやるのさ」

「......!」

そのままおじさんはベランダから下に飛び降りた。

「安心して、いつもの事だから」

2階のベランダって意外と高くないのかな?

そんなに痛くないのかな?

少し身を乗り出して地面を見たが、羽があったとしても飛び降りようという気にはなれなかった。





翌朝

「............?」

目が覚める。

何やら下の階がうるさい......

「............」

「あっおはよー」

玄関にはエリナさんが立っている。

しかし、その姿と立ち振る舞いは不自然にも程がある。

「............?」

「いやいや何も無いから、ね?」

「............?」

なぜだかドアから離れようとしない。

「ねぇ〜早く開けてよ〜」

「っ!」

「......?」

「今のなんにもないから!ね!」

さっきの声......

どっかで聞いたような......?

「ねー居るんだったら早く開けてよ〜」

けど喋り方がだいぶ気持ち悪いと言うか....

「ね?」

「!」

思い出した!

「どうしたの?」

「............!」

「えっ!マジで?」

この声、多分昨日のストーカー(?)男だ

喋り方が全く違って、本当に気持ち悪いが、声は間違いない。

「............」

「............まじか〜」

隠していたのはこの男らしく、手を頭につき、ため息をついた。

「そ〜どんな男かってのも?」

「......」

「それならいっか」

そう言うと、ドアを開け、半歩後ろに下がる。

「やっと開けてくれb」

ドアが開いた瞬間、エリナさんの後ろ回転蹴りが男の顔に見事命中

男は顔を抑えたまま地面に蹲っている。

「………」

この人を怒らせたらああなる

本能が恐怖を覚え、背中に冷や汗がツーと流れたのを感じた。

「あっ……あぁっ!痛ってぇ!!!」

「………」

男は立ち上がり血相を変えて向かってきた。

アデルおばさんと喧嘩していたあの時の顔だ。

「こっち!」

視界がぐわんと揺れる。

急に僕の手を掴んで、エリナさんは走り出した。

「待てコラァァ!」

男から逃げながら、玄関とは逆の扉を開け、外に出る。

「…………!」

「乗り方覚えてる?」

そこにあったのは、初めて会った時の車と

「………?」

「あぁ後でのお楽しみだね」

エリナさんはどこか楽しそうにエンジンをかける。

「アハハハ!ごめんね、急にエンジンかけて!」

「………」

後ろを見ると男が走ってきている。

「あぁ大丈夫、追いつけっこない、それよりちょっと寄り道だね」




「まぁ知ってはいたが行くんだね………」

「………?」

アデルおばさんとエリナさんが何やら話をしている。

「いいのよ、そんな顔しないで」

「………?」

「ん?、エリナの事か?」

僕の隣にいた男に何の話か聞いた

「エリナは親父さんをなくしててね…言い方難しいんだが、どっかに行ってるだけなのか、どっかに連れてかれたのか、はたまた死んじゃったのか、それすらも分からねぇんだ」

「だからエリナちゃんはお金を貯めて、車を買って、父親を探す旅に出るってわけ」

それでアデルおばさんに最後の挨拶を……

って事らしい。

あれ……

僕ついていっていいやつなの?

「ねぇジノン」

不意に名前を呼ばれる。

アデルおばさんだ

「こちらにおいで」

すると両手を広げ、僕を抱き寄せた。

「短い短い間だったけど、あなたは立派な家族よ、」

「だからお願い、エリナをどうかよろしく」

震えた手で力強く抱きしめる。

その声はどこか震えながらも、鮮明に聞こえた。

「じゃあ行ってきます……!」

「行ってらっしゃい」

「………!」

アデルおばさんの家の裏でみんなが手を振っている。

僕らの旅路の無事を祈るように。

家族の無事を祈るように。

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