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芸術の地区へ、いざ出陣!(壱)

「うわぁっ……!」


 さくらが、ぱぁっと顔を輝かせる。キョロキョロと辺りを見渡した。金魚の形の提灯や、繊細な刺繍が施されたのれん、朱色から鼠色まで幅広い彩りの壁。街を歩くものたちは、町人とは思えないほど、美しい着物と繊細な金細工の髪飾りをしていた。

 鶯は、不思議なほどにキョロキョロせず、礼儀を尽くした。鶯は腕を組み、さくらの頭をぽんっと軽く叩く。さくらが足を止めた。


「あまりはしゃぎすぎるなよ。遠足じゃないんだから」


「えー、良くない? 自腹じゃん」


「いいのか? そんなこと言って。瓊さまに注意されたばっかりだろ。いよいよ、給料減るぞ」


「うぐっ……」


 さくらが言葉に詰まる。注意というのは、瓊が遠征通告をして、すぐのことである。


「そうだ、さくら。遠征に行く前に、これは言わなくてはと思っていたんだ」


「? なんでしょう?」


 さくらは、こてんと首を傾げる。何一つ心当たりが無さそうな報告者に、瓊は思わず、呆れたように眉を顰めた。


「あんまり演出をするでない。時間がかかる。〈菅原(すがわら)〉の費用、一厘払わせるぞ」


「理不尽過ぎません!?!?」


 さくらはぎょっとしたような顔をする。振り向きざまといった体勢だったが、慌てておへそを瓊の方へ向けた。

 〈菅原〉。〈旅籠〉の運営の大きな力となっている、高度人工知能(AI)技術。〈旅籠〉の人間以外全ての物体に埋め込まれており、(あやかし)に建造物が破壊されても、〈菅原〉本部に街並みの模型(モデル)があるため、すぐに修復できる。

 研究チームのおかげで、省エネルギーも進んでいるものの、〈旅籠〉全体にかかっている技術。一厘といえど、かなりの額になる。


「もちろん本気ではないが、それぐらいの心持ちで当たれということだ。なんで報告書提出で、最初から正座させたと思っている?」


「アッ……」


 美味しい抹茶でもてなされたおかげで忘れていたが、そういえば正座で謝罪していた。そのときはしっかり心当たりがあったのに、いつのまにか頭からすっぽ抜けていた。

 さくらはその時のことを思い出し、少々青い顔で頷いた。


「分かった……うん、頑張るわ」


 瓊についてはあまり知らないが、あの貫禄で冗談を言う方がイメージがつかない。本人が本気ではないと証言しているが、さくらの中ではさくらのイメージが優勢である。

 少々脅しすぎたか、と思った鶯は、話題を変える。


「まぁ、ここは芸術の地区〈天鈿〉だ。芸術を楽しむというのも、一種の礼儀だろう」


 そう、〈天鈿〉は、区民の九割が芸術家と名高い場所だ。提灯さえ抜かりない、芸術作品のような街並みでさえ注目を集めるのに、区民が描いた、個性豊かな壁画(グラフティ)にも目移りしてしまう。どこからか音楽も聞こえてくる。五感を研ぎ澄まし、全身で芸術を感じるための場所にふさわしい。


「えーっと、〈天鈿〉の彼岸の調査だっけ」


「そうだ」


 彼岸というのは、〈幽世送り〉の際に、(あやかし)が通る道だ。通るというか、押し出されるの方が近いらしいが、詳しいことは分からない。

 ちゃんと、彼岸を(あやかし)が通っているのかを調査するらしい。ちょうどこの頃、〈天鈿〉では夏頃に開催される、〈湧泉祭(ゆうせんさい)〉がある。〈湧泉祭〉は、彼岸にいる(あやかし)を湧き出る泉で流すという伝承を元にしたお祭りだ。

 さくらは顎に手を当て軽く考えたのち、鶯の方を振り返る。


「とりあえず、聞き込みだね」


「ああ。頼んだ」


「はいはーい♪」


 無愛想な鶯に対して、ルンルンなさくらが、近くにいた区民に声をかけた。


「すみませーん! 少しお時間よろしいでしょうかー?」


「ん……あぁ、なんでしょう? 道でしたら、あそこに地図がありますわ」


「あ、いえ、違くて……」


 おそらく、観光客だと思われたのだろう。しかし、地形であれば、遠征前に叩き込まれた。正直に言うと、割と細かい地形は忘れてしまったのだが……まあ、なんとかなるだろう。

 そんな適当なことを考えながら、〈湧泉祭〉のことなんです、と付け加える。


「ああ、〈湧泉祭〉ですね。何を知りたいのですか?」


「伝承について教えてほしいです。たとえば、彼岸はどこにあるか、とか」


「伝承であれば、会場の〈勢州(せいしゅう)〉にある泉ですけれど……当然ながら、そのような道は見つかっておりませんわ」


「なるほど……他に何かありますか?」


「他……んーっと……」


 区民の女の人は、頬に手を当てながら考える。そして、気付いたように面を上げる。


「お外からお越しになった方なら、泉餅(せんもち)をお食べになった方が良いですわ。伝承では、それを食べれば、妖を流した泉がその身に宿り、年中清らかでいられると言われておりますのよ」


「お餅! どこに売ってますか!?」


 さくらが、目を輝かせながら聞いた。思ったよりも食い気味の様子に、女の人は少したじろいたものの、さっき通り、おっとりと答えた。


「商店街のお餅屋であれば、どこでも売っておりますわ。まあ、私のおすすめは〈鐘楼屋(しょうろうや)〉」ですけどね」


 さくらは、このときすでに、決意が固まっていた。

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