妖退治は任せなさい!(弐)
〈裂守〉。この世界、〈旅籠〉に現れる妖を、〈幽世〉に隔離する統治組織。忍者のようなものでもあり、〈旅籠〉に治安維持にも協力している。
〈旅籠〉中心地区である〈伊勢国〉で、〈裂守〉の一員であるさくら、鶯は、今……正座をしていた。
「さくら、鶯。何か言うことは?」
「「大変申し訳ございませんでした……」」
さくらは分かりやすく肩を落とし、鶯は不満を隠しきれていないが、素直に反省していた。
目の前に仁王立ちする、袴がよく似合っている男性は、瓊。〈旅籠〉、そして〈裂守〉のトップである〈神意〉の称号を得た人物だ。そして、そんな瓊さまを宥めている金髪の美女は、秘書の玉藻。傾国の美女と言われても頷けるほどの美人で、母性の塊のような存在。瓊はカリスマ性が高く、玉藻は民からの支持を得ている。
瓊は、はぁ、とため息をついた後、床の間の中央に置いてある紫色の座布団に座る。玉藻は、事前に立てていたお茶を瓊に出し、次にさくらと鶯にも出した。
「菓子折りが無くてごめんなさいね。一応、甘いお抹茶にしたのだけど……飲めるかしら?」
「「お点前頂戴いたします」」
「ああ、いいのよ」
首を傾げ、同時に顔を上げた二人を見てから、苦笑いを浮かべつつ、瓊の方を振り返る。すると、瓊は作法も何もなく、ズズズ、と普通に飲んだ。
何かを察したかのような表情を浮かべた二人に対し、玉藻が控えめに言った。
「瓊さまが、こんな感じだから……」
それを聞き、二人も上司に合わせ、普通に飲む。先に飲んでいたさくらが、目を輝かせた。
「美味しいー!玉藻さま、美味しゅうございます!」
「っ、美味しい……」
普段、上司に対しては敬語の鶯も、思わずタメ口で呟いた。二人とも甘党なのもあるが、だとしても、絶妙な味で素晴らしい。
二人は満足げな顔で飲み切った。今気付いたが、薄茶色の陶器には、かなりの装飾が施されていた。一端の部下に出すようなものではない。おそらく、〈天鈿〉で作られたものだが、その中でも上等なものだろう。さすが、〈神意〉である。
玉藻は茶器を片付けたのち、瓊に書類を渡す。瓊は書類を受け取り、軽く目を通したのち、ふたりに向き直った。
「昨今の急激な妖の増加、同時に増えた妖の突然変異体……本件は巨大化した猫又だったらしいな」
「ええ。二本の尻尾があったので、間違いないかと」
猫又の〈幽世送り〉の任務は、今まで二度遂行したことがある。おそらく、他の〈裂守〉も含めば、ある程度の数は積もるはずだ。
そんなにも記録があるにも関わらず、あそこまで巨大化した猫又は類を見ない。もちろん個体差はあったが、元が人の身長のようなものなのだ。あれは、個体差の範疇ではない。
「他にも、突然変異体は十六件、妖の隔離任務は、今月だけで三十二件だ」
瓊は扇を取り出し、ぱっと広げた。瓊の口元に、描かれている鷲が舞う。
「これは、明らかなる“異変”だ。〈旅籠〉に、“何か”が迫っている」
瓊の鋭い視線を、さくらと鶯は、神妙な面持ちで見つめ返す。
主に五つの地区に分かれるこの都市には、多くの人が住んでいる。そんな人々を守るのが、〈裂守〉である。〈幽世〉から妖が来るため、その脅威から守り抜く忍。
現在の〈神意〉の予測は、〈幽世〉に何か異変があったというもの。調査も、我ら〈裂守〉の大切な務めである。
「ということで、君たちには遠征に行ってもらいたいと思う」
「遠征、ですか?」
さくらの問いに、瓊が黙って頷く。
「遠征先は……〈天鈿〉だ」