妖退治は任せなさい!(壱)
にゃああ"ーーおーーん!!
巨大な白猫が、鳴きながら街を壊す。これまた御伽話のような光景で、色鮮やかな古風建築が建ち並ぶ街のおもちゃを壊すように、白猫が暴れている。
慌てる人々の上空を、影が通り過ぎる。可笑しいほどに人々は同時に空を見上げ、目を輝かせる。そして、ある商人の男性が叫んだ。
「〈裂守〉さまが来たぞー!!」
ワァァァァァァ!!
人々が歓声を上げる。そしてその応援に応えるように、上空を通った影───人物は口角を上げる。
「ふふん、まっかせなさーい!」
薄桃色のワイヤーで街の上空を駆け抜ける少女は、そう声を張り上げると、ポケットの中から、桜の花びらを撒いた。残念ながら偽物だが、演出としては十分である。少女の予想通り、人々は喜んだ。
ワイヤーを渡りきり、少女は一度建物に足をつく。そして、次の建物へとワイヤーを投げようとした……が、少女のつむじに、見事なチョップが炸裂する。
「いだっ!?」
「要らん演出をするな、さくら」
少女───さくらは、頭をさすりながら、注意をしてきた男の方を振り返り、ジーッと睨む。
男は、亜麻色の長髪を後ろで一つで纏め、刀を担いでいた。黄緑色の瞳は切れ長で、その目をなぞるように、翠色の目弾きがされている。
冷たそうな印象が強い男に対して、さくらは非常に子供っぽい。それを肯定するかのように、不満げに膨らませた頬が、真っ直ぐ切り揃えられたおかっぱの黒髪に触れた。
「んもー!いいじゃん別にー」
「さっさと倒すぞ」
「ちぇー……」
言葉のキャッチボールを、パスしてこないどころかボールを床に投げつけるが如く、バッサリ切り捨てる男に、さくらは唇を尖らせた。
しかし、ふぅ、と息をついたのち、さくらは真面目な表情をする。赤みの強い桜色の瞳が、巨大な白猫を捉えた。男の黄緑色の瞳も然り。
「行くぞ」
「りょーかいっ!」
二人は息ぴったりに、さくらはワイヤーを投げ、男は跳んだ。僅か四秒にして、白猫の目の前まで距離を詰めた。
男は薙刀を取り出し、峰を頭に叩きつけた。濁った鳴き声を上げた白猫は、男がいるであろう頭上を向いた。しかし、そこには空しかない。
不思議そうに、白猫は黄色い瞳をパチパチと瞬かせた。その瞬間、男が柄で白猫の顎を打った。白猫は反射的に口を大きく開けたが、鳴き声は声にならなかった。
そして、その口に鯖が放り込まれた。
男が白猫の時間稼ぎをしている間に、さくらが確保していたものだ。
あのとき、桜は白猫付近の店で、魚屋さんを見つけた。白猫へ向かうワイヤーに、もう一つ違うワイヤーを巻きつけ、下まで降下する。
ワイヤーを持ったまま、美味しそうな、あわよくば自分が食べたかった鯖を抱えた。
「ちょっと失礼!」
「えっ!?」
「おっと」
さくらはワイヤーに引っ張られるように上昇するが、ハッと気付いたようにピタッと止まる。そしてポケットをガサゴソと漁ると、紙幣一枚、硬貨二枚を取り出して、店主さんに投げた。
「おつりゼロだからー!」
そう言い残し、さくらは一気に上昇する。店主はキャッチしたお金とさくらを交互に見たのち、
「ま、まいどありー……?」
困惑した様子で、呟いた。
対してさくらは、自信に満ち溢れた顔で、また白猫へのワイヤーを渡る。なぜか白猫が上を向いている状況に虚を突かれたものの、柄を上に持った男を見て、納得したように小さく頷く。
案の定、男が白猫の顎を突いた。喉元を押され、白猫は口を大きく開けた。その口に、さっきの鯖を放り込んだ。
…っ"にゃあっ?
またまた不思議そうに鯖を頬張る白猫に、さくらは羨ましそうな視線を向けるが、一旦白猫の後ろの建物まで移動し、ワイヤーを回収する。そして、タンッという小さな音だけを立て、地上に降り立つ。
そして走り、白猫の四つの足にワイヤーを巻きつける。そしてそのまま、もう一つのワイヤーで建物の上まで上昇した。
ふに"ゃああ!!
白猫はそう叫び、くるんっと横転する。あのもふもふの毛がなかったら痛そうだ。
「鶯!」
さくらは、男───鶯の名を叫んだ。鶯は頷き、薙刀の刀身を指でなぞる。すると、刀身が透明な、水のような質感になる。
町人たちは、貴重な〈幽世送り〉の瞬間に目を見張る。
「〈封〉!」
鶯はそう掛け声を挙げながら、白猫に刃を突き刺した。しかし、刃は水に馴染むかのように、白猫に浸透していった。
やがて、白猫は空気に溶けるかのように、すぅっと呆気なく消えた。
ワァァァァァァ!!
人々の感嘆の叫びを一身に受けながら、二人はお互いに笑いかけた。