友好国の善良王子ではなく、極悪な敵国王子と結婚します。
結婚相手を決める時期がきた。
このわたし――リエブ王国ドルチェ王女の結婚に政治が絡まないはずはない。
でも父は「ドルチェの好きにすればいいよ」と言ってくれている。
優しい! パパ大好き! と思うけど、
「だってドルチェが僕の言うこと聞くわけないしなぁ」
どうやら半分は諦めらしい。
そんなふうに自由に結婚できる立場のわたしだけど、結局は父や国や大陸全体の望んでるところに落ち着きそうだ。
相手は――友好国であるボナールのロネ王子。
わたしたちの結婚によって、大陸二大大国の結束がさらに強くなる。
世界平和に繋がると言っても決して大袈裟じゃない。
あとの世代にいいものを残す。それは、こういう身分に生まれた者の義務だと思う。
それに、ロネ王子はイケメンで。
細マッチョで。
性格も激よい。
欠点ないのだ。
結婚相手として何一つ文句のない人物。
で、自分で言いたくないけど、わたしも彼に負けず劣らずの教養と美貌の持ち主。
ここまで単純明快で綺麗に収まる縁談もないだろう。
婚約の話は既に向こうから来ていて、あとは返事をするだけだ。
形式上、小一時間、部屋で考えるフリをした。
そして今、父に答えを伝えに行く。
途中で、老婆に会った。
王家専属魔術師のギルだ。
早くに母を失ったわたしの乳母をしてくれた。
父と同じくらい、わたしが信頼する人だ。
「ギル――」
挨拶するより先に、彼女は言った。
「あなた様には、ある『能力』が備わっている」
✳︎
七日後。
早いようだが結婚式だ。
隣国、友好国から人を集めた大規模なものが開かれた。
わたしのお相手は――、
「本気でなんなんだこれは」
と鋭い目つきで睨む青年。
大陸同盟の敵国、ズランのリーシュ王子だった。
「どんな気まぐれだよ、お姫さん」
「さぁ?」
と、わたしはおどけてみせる。
「まあいい。我が国や俺と関係を持つことの意味はわかってるんだろうな」
わかってるね。
いにしえの禁術による武装を強行して大陸内で孤立する危険国。
人獣改造や魔界門の開発……非倫理的、非人道的な手段もいとわず力に固執する、現在この大陸情勢における絶対的な悪。
そしてあなたは、その次期トップに相応しい、徹底した極悪人だよね。
噂でしか知らなかったけど、目つきで大体わかった。
「今夜、楽しみだな……お姫さん。ククク……」
言動でもわかった。
式場の玉座で、父が不安げな顔をしていた。
わたしの言うことには口を出さない父だけど、流石にこの事態に動揺は隠せないらしい。
他の者たちも反応は同じだ。
ただ、魔術師ギルだけが暖かい目でわたしを見ている。
式は滞りなく進行して、牧師が言った。
「それでは、誓いの口づけを」
わたしは立ち上がった。
リーシュもニヤリと口端で笑って立ち上がった。
そしてもう一人、客席から立ち上がった。
「待ってくれ」
ロネ王子だった。
「王女、あなたが本当に好きなんだ。どうか考え直してほしい」
その気持ちに、嘘はないように見えた。
でも……。
わたしは彼から顔を背ける。
「いや、納得がいかない! せめて理由を教えてくれよ」
確かに。
誰がどう考えても順当な、正しい結婚だった。
断る理由を伏せるのはフェアじゃないだろう。
「わたしの唇には」
と、指差した。
「強力な魔力が宿っている」
会場にざわめきが広がった。
わたしは続けた。
「一度に限り、どんな悪でもたちまちのうちに滅してしまう、浄化の力だ。簡単に言えば――悪人を改心させることができる」
「何……」
と言ったのはリーシュだった。
「強い魂の持ち主には、そうした力が備わるものじゃ」
ギルが、か細い声でつぶやいていた。
「姫様は大魔術師にもなれる資質があったが……。まあ身分ゆえ……。代わりに、わしから、可愛い姫様へのささやかな贈り物として、小さな頃からその魔力を強く強く、お育てした次第……。どんな凶悪も改心できるよう……」
ニヤリと笑う。
静まり返った会場には、その声も充分響いたようだった。
ロネ王子は首を振った。
「いや、だとして、なんの意味があるんだ! ズランのような国はいずれ滅ぶ。友好を築く必要なんてない。脅威は自然となくなるじゃないか。むしろこんなことをしたらその流れを乱すぞ」
「……そんな話じゃないんだよ」
わたしは言った。
「悪……。悪は――」
隣に立つリーシュを見上げた。
「悪であることは、不幸だから」
場が再び静まり返った。
「……は。そんな理由。一生を共にする相手なんだぞ。そんな理由で……」
ロネが言った。
私は、ふうんと頷いて、
「そんなことにこだわってるんだね。じゃあ最初からわたしとの縁はなかったかな」
ふいと顔を背け、
そのままリーシュの肩へと手を伸ばし、
「っ」
戸惑う彼の唇に、口づけをした。
なんか歯が当たって凄くやりづらかったけど、できるだけ長く。
「ぷはっ!」
「……抵抗しなかったね」
息を整えながら、わたしは言った。
「あなたも、嫌だったんだよね」
そうして見た彼は、目つきこそ鋭いままなものの、どこか印象が違った。
まるで憑き物が落ちたように穏やかだった。
「行こう」
まだ式典は残っているけど、こうなればもう用はない。
彼の手をとって式場を出た。
「くそっ、なんなんだよっ――」
そんな誰かの声を背中に受けながら。
しばらく歩いて夕暮れの丘に着いた。
「あ……」
彼の頬を涙が伝っていた。
触れなくてもわかる。
暖かい。
心が流す涙だ。
「俺は……。これが……」
「これが、本当のあなた、ってことでいいんだと思うよ」
「……そう、か」
彼は頷いた。
よかったね。
あの日、魔力のことを知った時から、これがわたしの望みだったんだよ。
「…………本当に、ありがとう」
そう言って彼は、今度は自分からわたしにキスをした。
わ。
わ……。
なんだろ。これ。
「……うれしい、のかなー」
「……だろうよ。ふん、俺のキスだぞ」
「あれ? 性格自体は変わらない?」
「変わってたまるか」
「あははっ」
そうして、わたしたちは結婚した。
友好関係になった二つの国はその後一つになって永く栄え、ロネ王子のボナール国はパッとしなくなる。
それは時代の流れ、大きな運命というやつだろうけど、わたしの選択も少なからず影響しただろう。
でも、だから何だというのか。
国とか世界とか親だとか、一生の伴侶だとか。
そんな小さなことを物差しにしたくない。
わたしは、自分の選びたいものを選んだのだ。
「ね。リーシュ、好きだよ」
「ああ……俺もだ」
とベッドの上で、彼は顔を赤くした。
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