年金暮らしの老夫婦、年金を貰い続けたいので何としても長生きしようと試みる
ある一軒家に老夫婦が住んでいた。
二人ともすでにリタイアは済ませており、気ままな年金暮らしを送る日々。
今日は縁側で日向ぼっこをしつつ、お茶を飲んでいる。夫がしみじみと言う。
「年金暮らしというのはいいものだなぁ」
「ホントですね」妻も答える。
「若い頃から一生懸命働いてきたからこそ年金を貰えているのだし、なるべく長く年金を貰い続けたいものだな」
「そのためには長生きしなければなりませんね」
「二人一緒にな」
笑い合う夫婦。
しかし、そんな二人に思わぬ災難が襲いかかる。
***
妻が病気になってしまった。
現代医学では手の施しようのないいわゆる「不治の病」であった。余命も宣告されてしまった。
入院することはせず、自宅の布団で横たわる妻。
病気の影響で、ゴホゴホと咳き込む。
「おい、しっかりしろ!」
心配する夫に、妻が弱々しい声で返す。
「この年ですから死ぬのは怖くありません。だけどあなたと別れるのと、年金を貰えなくなることだけが無念ですねえ」
「……!」
妻はまだ若い頃に払った額ほど、年金を受け取ったとはいえない。さぞかし無念だろう。
そして、夫がこう言い放つ。
「よし、ワシは医者になる!」
「え!?」
「医者になってお前を助ける! 長生きさせて、年金を貰えるようにする! だから、それまでなんとか頑張ってくれ!」
一念発起し、夫は猛勉強を開始した。
すでに高齢であるが、愛する妻の無念を晴らしたいという思いが脳に力を与えているのか、夫はみるみるうちに医学知識を吸収していった。
夫は瞬く間に医大に合格、驚異的なスピードで知識を身につけていった。
「あなたほど医者の才能がある人間に出会ったことはありません」
学長にもこう評されるほどだった。
そして、特例にて史上最速で医師免許を獲得することができた。
夫の手にかかれば、妻の不治の病を治すことなど朝飯前であった。
妻はすっかり完治し、元気になった。
「あなたのおかげでまだまだ年金を受け取れるわ」
笑顔の妻を見て、夫もまたしわの多い顔で微笑んだ。
***
しかし、夫婦に再び悲劇が訪れる。
名医となった夫が、急速に弱り始めたのである。
「しっかりして下さい、あなた」
「これはおそらく老衰だろう。もはやワシでもどうにもならない……」
どんな名医だろうと、“老化”には敵わない。
夫の命の蝋燭がみるみる短くなっていく。
妻に看取られながら、夫がつぶやく。
「ワシももう年だ。老衰になるのも当然なのだが……年金が貰えなくなるのは悔しいな」
「その気持ち、分かります」
妻には夫の気持ちが痛いほど分かった。
そこで妻は決心する。
「待ってて、なんとしてもあなたが長生きできる方法を探してみせます」
妻はさまざまな図書館や博物館を巡り、あらゆる文献を探した。
そして――
「ある海外の奥地に不老長寿の薬があるんですって。それを取ってきますわ」
「気をつけるんだぞ……」
「ええ、任せておいて下さい」
妻はその日のうちに海外に発った。
某国にたどり着いた妻は、原生林といえる秘境を歩き、時には猛獣と戦い、不老長寿の薬を求め続けた。
一度病で死にかけた彼女に、もはや怖いものはなかった。
やがて――
「我は不老長寿の薬を守る守護神……この薬が欲しくば、我を倒すしかないな」
「だったら……倒すわ!」
妻は守護神と戦った。
死闘の末、守護神を叩きのめし「おぬしにはこの薬を飲む資格がある」と薬を渡してもらえた。
あいにく、妻は自分で飲むつもりはないのだが。
すぐさま帰国した妻は、夫に不老長寿の薬を飲ませた。
「おおっ、ワシの寿命が数十年延びたぞ!」
「よかったですわ、あなた」
こうして二人はまだまだ年金を貰い続けられると喜び合った。
***
だが、そんな二人にもやはり寿命が迫ってきた。
「もう数年もすれば、ワシらは二人とも死ぬだろうな……」
「ええ、そうですわね……」
「しかし、ワシはまだ死にたくない。もっと年金を受給したい」
「私もです……」
二人が話し合い、出した結論は肉体をサイボーグ化しようというものだった。
お互いに向かい合って、お互いの体を改造し合う。
イチャイチャならぬカチャカチャだな、と二人は笑った。
「生身部分も残しておかんと“ロボットに年金を出せるか”と言われそうだから、気をつけんとな」
「そうですね。いくらか生身部分も残しておきましょう」
こうして二人はお互いの改造に成功した。
「やったぞ! これでワシらは半永久的に年金を受け取れるぞ!」
「苦労したかいがありましたね」
老夫婦はサイボーグと化し、とうとう不老不死を実現し、年金暮らしを満喫し続けるのだった。
***
ある日、老夫婦はテレビを見ていた。
緊急ニュースが流れてくる。
「地球に巨大隕石が衝突するというニュースが入りました。この隕石が衝突すれば、地球は木っ端みじんになる模様です……」
もはや衝突は避けられず、地球中の兵器をぶつけても破壊するのは不可能なようだ。
日本のみならず世界中が終末ムードになる。
夫が言った。
「隕石が衝突すると、年金が貰えなくなってしまうな」
妻が答える。
「それは嫌ですね。これからも年金を受け取りたいです」
二人はうなずき合った。
「ワシらがやるか」
「ええ、やりましょう」
隕石が衝突する日になった。
落下予測地点に、老夫婦がやってくる。
「あなた方はどいて下され」
「邪魔ですよ」
無駄と知りつつ集まっていた軍関係者やマスコミ、野次馬などを押しのける。
まもなく巨大隕石が迫ってきた。
肉眼で見ると、空から岩の天井が迫ってくるような絶望的なサイズである。
だが、二人は落ち着いていた。
「やるぞ」
「ええ、あなた」
妻が夫におんぶされるような体勢になる。
夫婦が両腕を砲口に変化させ、エネルギーを充填し始める。
「エネルギー充填開始!」
「10%、20%……30%……」
周囲は二人の様子を呆然と見守っている。
「充填完了!」
「発射準備完了!」
夫婦が声を揃える。
「発射!!!」
老夫婦から凄まじい勢いでエネルギー砲が発射される。
極太の閃光は巨大隕石に一直線に飛んでいき、その落下の勢いを食い止めた。
ギャラリーは感嘆の声を上げる。
「さすがにこれだけでは破壊できんな」
「ならば出力アップしましょう」
「うむ」
エネルギー砲がさらに巨大になる。
その巨大な光は、隕石を丸ごと包み込み、消滅させた。
周囲の人間は唖然とする。
だが、出力を限界以上に引き上げたため、夫の両腕が砕け散ってしまっていた。
「あなた、大丈夫?」
「問題ない。これぐらいなら自己修復できるわい」
言葉通り、夫の腕は瞬く間に再生された。妻は「さすがですね」と笑う。
こうして老夫婦は、一人の犠牲も出すことなく、巨大隕石から地球を守ったのである。
***
老夫婦は世界中の英雄となった。
大国の首脳たちが、こぞって老夫婦を祝福する。あらん限りの賛辞を贈る。
「あなたたちのおかげで世界は救われた!」
「コミックのヒーローのように偉大だ!」
「お二人の偉業は永久に称えられるだろう!」
当然、こんな話を持ち掛けられる。
「あなた方夫婦には莫大な褒賞金を与えよう。是非受け取ってもらいたい」
しかし、老夫婦は断った。理由はもちろん――
「そんなことより、年金をきちんと振り込んでもらいたい」
「そうですね、そろそろ振り込みの日ですし……」
完
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