現代じゃんけん第一ステージ最終戦
「「「3〜〜〜」」」
昼休みまで僅か、数秒という時刻。
全校生徒が一緒になって、現代じゃんけんのカウントダウンを開始した。
一年生から三年まで窓を開け放ち、掛け声を校庭にまで響かせているのだ。
「「「2〜〜〜」」」
奇妙な光景だった。
こんな大会で謎の結束力生まれ、一緒の行動をする。
「「「1〜〜〜」」」
とカウントダウンが丁度終わる時だった。
「空富士、耳、閉じたほうがいいわよ」
「え―――?」
僕達はそのカウントダウンには混ざらず、弁当を机に広げていた所だった。
そして突然彼女が両手を耳に当てながら、こちらを向き、そう忠告してきた。
「どうして―――?」
「「「―――ぜろ!!!」」」
キーンコーンカーンコーン。
「うわっ!!!」
窓ガラスが割れてしまうような轟音が、昼休みを告げるチャイムとともに、校舎から鳴り響いた。
耳栓をしなかった僕の耳は、雷でも落とされたかのような衝撃が走り、一瞬だけ、聴覚が麻痺してしまった。
「よっしゃ!今日も勝ち進んでやるぜ!」
「一億円!待ってろよ!」
カウントダウンが終わると、今日も現代じゃんけんが始まった。
大会序戦最終戦である。
「耳がじんじんする……」
「言ったじゃん、耳塞がないとって」
「……」
”現代じゃんけん大会にようこそ”
アプリは既にグラス上に開かれ、待機中になっている。
「お婆ちゃん、また会いたかった!」
「また変な声出してるし」
最終戦という事なので、難易度は高いことが予想される。
しかし具体的な内容はいまいち掴めず、特に予習とか復習とかもせずに臨んでいる。
「ふふふ……それでは行きますよ」
そして現代じゃんけん大会第二ステージの最終戦の火蓋が切って落とされた。
「―――それじゃ、私は、この手を出しますね」
なるほどと思った。
最終問題はこれまでの応用問題だ。
画面上に映るお婆ちゃんロボは、まず表情を歪ませている。
舌を出し、視線を真っ直ぐに送らず、横へとずらしている。
次に、彼女の横に戦歴が表示されている。
そこには、これまで9回戦って、全てグーで勝利。
最後に、お婆ちゃんロボの斜め後ろに異なるロボが立っており、メッセージを発している。
メッセージの内容は、お婆ちゃんは舌を出し、視線を逸らす時、嘘をついている、
という旨だった。
「ふむふむ……」
「なんか、前よりもかなり複雑になったわね」
基本的なじゃんけんのルールを元に、心理戦、確率論、情報戦。
それらを統合して、答える難易度の高いものだった。
これまで習った知識を総動員させて答えろと要求しているのだろうか。
まず与えられた情報を整理していこうと思う。
じゃんけんロボが宣言したパー。
それだけを見れば、チョキでこの勝負は決するはず。
基本的なルールの確認。
”現代じゃんけんの手を選択してください”
しかしまだ僕の指が画面の選択肢に触れることはない。
何故なら、まだ処理しきれていない情報があるから。
じゃんけんロボである彼女の表情。
それは明らかに平穏なものとはかけ離れている。
つまり心理戦的な情報。
それに加えて、じゃんけんロボの隣に出された戦歴には、これまで9回戦って、全てグーで勝利。
これだけを考えれば、さっきのようにパーを出せば勝てるが、それだけではまだ情報が欠けている。
そして最後に、彼女の斜め後ろに立つじゃんけんロボが教えてくれている。
彼女は嘘を付く時は、つまり信用できないということである。
それら全ての情報を統合し、思考を進めていくと、自ずと答えが浮かび上がってくるはずだ。
宣言したパーは証言によって嘘。
僕達がチョキを出すことを狙い、相手はグーを出す。
なので、僕達がパーを出せば、いいのだと。
そしてそれは確率で証明されている。
つまり結論はパーになる。
……はず。
正直、そこまで執着はしていないので、あまり不正解でも気にならない。
「―――パーでいいのかな?」
「ええ、多分そうだと思うわ」
二人の間では既に結論が生まれていた。
確かに前回よりも複雑だが、ちゃんと順を追っていけば、まぁ、簡単に解ける問題のはずだ。
「―――いいや、お前の回答は間違っているね!」
「何だと!?」
しかし、正答を巡って、教室では乱闘騒ぎが発生していた。
「喧嘩かしら?」
「さぁ?もぐもぐ……」
僕は弁当箱から、いつものサンドイッチを取り出し、口に入れた。
「あ、いいな、サンドイッチ。私にも頂戴」
「……その春巻きと交換なら」
肉汁が溢れているジューシーなおかずを見て、物々交換に応じた。
「う〜ん、仕方ないな。でもそれなら、私は卵入りの奴がいいな」
「……」
僕の一番好きな卵入りのサンドイッチが狙われてしまった。
先程までの肯定的な態度を翻し、一度、沈黙に徹する。
「どうしたの?嫌なの?」
「う〜ん。まぁ、春巻き二つぐらいなら、まぁ〜?」
僕は偉そうに、わめくと、
物々交換の平等性を吟味するため、試しに、春巻き二つと卵入りサンドイッチ一つを天秤にかけてみることにした。
「……ふむふむ」
まず春巻き二つを、左の方の天秤に乗せてみる。
「なるほど、こいつは重たいぞ……」
それから右へ、卵入りサンドイッチを配置しようとした。
「……よっこらしょっと。こいつも中々の怪物だ」
でもどうやら、この貿易は正常に機能するようだ。
「よし、それじゃ、その交換に応じようじゃ―――」
と言葉を発そうとした瞬間だった。
がくん!
「―――はっ!!!」
サンドイッチを置くと、天秤は一気に、卵入りサンドイッチの方に傾いてしまった。
どうやら僕は、あの黄金に輝いていた春巻きの肉汁に理性を奪われてしまったのだろうか。
「へへへ!」
「しまった!」
すると、彼女はそんな油断している僕を見て、まるでくノ一の如く、箸の先端を閃光のように煌めかせ、刃物と化した箸を、僕の弁当箱へと走らせる。
「隙ありっ!」
「うわっ!!!」
卵入りサンドイッチの体に鋭利な箸を貫き、一瞬で奪っていった。
「もぐもぐ……ちょっと、もぐもぐ……大きな声出さないでよ」
「……あ、でも……もぐもぐ……この春巻きも……もぐもぐ……美味い」
「もぐもぐ……だよね―――」
「―――てめぇ!」
「何だと!?」
しかし教室内ではさらに面白いことが起きていた。
自らの回答に自信のない生徒達は、教室内の友達と相談したり
その中にはアプリ内に搭載されている掲示板に意見を求めている者もいる。
現代じゃんけん大会でリアルタイムで更新される情報。
情報はさらに情報を呼び、洪水を起こし、何かを決壊していく。
教室内では、意見は纏まらず、ただ阿鼻叫喚の様相を呈していた。
「俺のほうが正しいに決まってるだろ!」
「いいや、俺の方が!」
必要以上の深読みをしてしまい、本来であれば、道筋を着実に追っていけば簡単に解ける問題でも、まるで難問のように感じられてしまうのだろう。
そしてそれは教室内だけでなく、現代じゃんけんに参加している多くの日本人も例外ではなかった。
掲示板は一瞬の内に更新されていき、スレッドの数は瞬く間に膨れ上がる。
”答えは何?”
”最新の答え”
”分かった人、ここに集合”
”答えに自信ある人、来て”
これらのスレッドは飽くまで、一部である。
数分もするとアプリの動作がかなり重くなっていき、操作することも難しい状態になってしまったほどだった。
「―――うむ。やはり弁当にはサンドイッチですな」
「いいや、白米よ」
僕達はあいも変わらず、そんな事にも目もくれず、弁当を食べている。
―――そして確実に制限時間が迫り、未だ回答に確信を持てない生存者達は焦り、思考を狂わせていく。
いや、確信を持っていたとしても、念には念をと、それで他の意見を求めようとする人も多い。
「一体、答えは何なんだよ!」
だが、一度情報の奈落へと足を踏み落とせば、最後、這い上がることは極めて難しい。
「―――ほら、この人は東帝大学出身だってよ」
「いいや、この意見の方が信頼できるよ!だって、あの大企業の社長から出てるんだぜ!?」
「お前たち、何もわかってないな!大事なのは、経験だよ、経験!このお爺ちゃんなんて、じゃんけん歴長いらしいよ?」
学歴、社会的地位、経験、あらゆる基準が交錯する中、
己の信ずる考えを基に、ひた走る生徒の姿。
辿り着く先に、正解はあるのだろうか?
それとも……
「―――でもさ、やっぱり、冷たくなった白米って、何か嫌じゃない?」
「私はそれが好きなの」
「うそ!そんな人いるの!?」
「ええ、ここにいるわ。あの歯を使って噛む感じがいいんだよね、分かるこれ?」
「ううん、全く」
いつものようにお互いが同意し合えない議論に花を咲かせる二人。
―――制限時間まで後一分を切った。
「キャー!!!」
学校はさらに混乱の波に流されてしまっていた。
「やべー!!!」
「もう時間がないって!!!」
四方八方から叫びや絶叫が聞こえてくる。
「ねぇー、ねぇー!正解は何選んだ!?」
「私はグーだったけどさ、でも、あの人はさ―――」
すると、ある女子が教室から出ていき、他のクラスの生徒と共に廊下で話し合っている光景も見られた。
答えを巡り、ただ奔走。
「えー!?でもでも、あの人はさ!」
しかし他人から正解を求めようとすると、さらに真実が遠くなっていく。
「うそ!?でもでもでも、あの人はさ!」
何が大切なのか、何を基準にしていたのか。
それらが霧散し、消えていく。
思考回路の根幹を失えば、情報の迷宮へと迷い込んでいき、出られない状況に。
そして、また一人と教室から出て行き、徐々に閑散となっていく。
「―――ごちそうさま。今日も美味しい弁当だった」
「お粗末様でしたっと」
弁当を早速食べ終わり、辺りを確認してみた。
すると、教室からは生徒の姿が消え、気付けば、僕達二人だけに。
「あれ?どうしてみんな教室から居なくなったの?」
「ホントだ」
机から立ち上がり、少し廊下に顔を出してみた。
「みんな、廊下とかに居るらしいよ?」
「へぇ〜。あ、ほら、空富士、私達正解してるわ」
「ほんとだ」
―――”お婆ちゃんロボ グー”
―――”空富士鋏 パー”
―――”勝者 空富士鋏”
―――”第二ステージ進出、おめでとうございます”
どうやら正解していたらしい。
「―――くそー!!!」
「負けちまったよ!」
そしてそれから数分後。
表情に多様な感情を貼り付けながら戻ってくる生徒達の姿。
「やったー!!!」
「私達、一億円に近づいたわよ!!!」
負けて床に崩れ落ちる生徒もいれば、
歓喜のあまり、抱き合う生徒達。
「……」
驚いた。
それが正直な感想だった。
「もしかして……」
理沙が聞き取れないほどの声量で呟くと、アプリを覗いて、生存者達の全体数を確認。
さらに度肝を抜かれた。
「え!?こんなにもう減っちゃたの!?」
「うわ!こんなに!?」
隣の理沙が叫んだ。
そして僕も追従した
それも無理は無いだろう。
なぜなら。
5000万人から、1000万人へ変化。
つまり、序戦終了の段階で、元々約一億人いた参加者の数は、一気に、一千万人まで激減。
最初の十分の1の数の参加者に。
第一ステージで、多くの脱落者が発生してしまったのだ。
「……」
僕は画面から視線を戻し、未だ第一ステージ最終戦の余熱を残す教室内を見渡した。
「でも、まさか、あんなに単純な問題だったなんてね」
「本当だよね。良かった、私、危うく間違える所だったよ」
それはじゃんけんには存在しない、現代じゃんけんの面白さ、斬新さの一面を垣間見た瞬間だった。
社会性が付け加えられた遊戯、現代じゃんけんにおいて、要求されるスキルは多様になったのだ。
個人戦よりも団体戦に近いこの遊戯では、単に運だけではなく、
論理的に計算する演算力はもちろん、どのように答えを導き出すかという思考力そのものも問われてしまう。
心理戦、確率論、情報戦。
様々な領域に干渉しながら、現代じゃんけんは進行していく。
状況に応じて、一体何が重要なのかを常に念頭に置きながら、情報を取捨選択しなければならない。
ルールは依然として極めて質素なのに。
相手の手を読んで、三択を選び、それで勝負する。
誰でも理解出来るはずだ。
しかしそれに辿り着くまでの過程が、じゃんけんとは異なる。
単純であったはずのじゃんけんが、現代じゃんけんに姿を変えて、その性質を複雑にしてしまったから。
そして、ふと、思った。
現代じゃんけんにおいて、真実は何処かで眠っているのだろうか―――?
そしてもし、それが存在するとして、僕は辿り着けるのだろうか―――?
情報が錯綜し、事実を歪めているような、この混沌とした現代じゃんけんで―――?
頭を掻きながら、結論を出そうとしてみる。
「……」
―――しかしその答えは、未だ空に投げかけられたまま。
何故なら、この画面上に映るのは理論上の世界。
誰かが創造し、運営している。
全てが特定のルールによって理詰めで動き、進んでいく領域。
しかしそこへ人間、社会が入っていけば、状況はあっという間に覆される。
その二つは機械のように単純明快な理論だけで構築されていないからだ。
そして最後に大きな波乱を迎えて、遂に、第一ステージが終わった。
「よぉーし、これから午後の授業を始めていくぞー」
「……」
これから待ち受ける予測もできない出来事を胸の内に予感しながら、僕はただ呆然と、日常に戻りゆく教室内を眺めていた。