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現代じゃんけん大会開始

―――そして運命の時刻。


正午である。


この日本に住む人間なら、誰でも空いているような時間にという事なのだろう。


比較的時間に余裕のある学生はもちろん、忙しい社会人にでも参加可能なようにも出来ている。

優雅に買い物している主婦だって、公園で老人ホーム主体のゲートボール大会をしているお爺ちゃんお婆ちゃんも、こぞって参加できるってわけだ。


「ほら空富士、そろそろ始まるわよ」

「むにゃむにゃ……」


でも今の僕のように授業中に堂々とふて寝をかまし、大会をそのまま寝過ごすような人間は例外である。


「困ったわね……」

「ふにゃふにゃ……」

「あ、もしかして……これなら起きるかも」


そんな哀れな僕の姿を見て、彼女は一度大きく深呼吸すると、



「―――デデンッ!!!」


「はっ―――!」



「……あ、起きた」

「いけない、いけない、新しいニュースが入ったらしい……」


僕は着信音で目を覚ますと、直ぐにグラスを起動させ、寝起きの体でネットニュースの大海にダイブしようとした。


「えっと、えっと……」


大きく助走をつけてダッシュ、ジャンプ台の端の所で、びょーんと天に向かって跳躍、ジャンプ台を激しくきしませた。


「よし!起動完了!今度はどんな新しい情報が―――」


そして空中で華麗に後方三回転半を決め、

頭から、硬くなった水面へと着地しようとすると―――


「―――あれ?何処にも新しいニュースがない……」


おかしい。

僕の趣味、趣向に合わせて四六時中ニュースのフィードが更新されるはずなのに、変だぞ。


「むむむ……」


まさに、キツネにつままれたような不思議な感覚。

ジャンプ台から勢い良く着地した先は、虚無、だったのだ。


「これってもしかして、現代における情報の神隠し?」


まさかこんなに時代が発展したっていうのに、未だ科学の隙間に神秘的な何かが食い込んでいるのか?


「妙に変だな〜……だってそうじゃない―――あ、これって稲川淳二さんじゃなくて、彼のモノマネをしている爆笑問題の太田光さんだったんですね……妙に変だな〜と思ったんですよ……妙に変だな〜……妙に変だな〜……」


稲川淳二さんのモノマネをする爆笑問題の太田さんの口調になりながら、ぼそぼそ呟いていると、


「―――くすくす……」


隣からすすり笑う妖しい声が耳に絡みついてきた。


「え!?幽霊!?」


一瞬、心霊現象かと思い、座敷わらしが傍に居るのではないか、と全身と魂を恐怖させたが、

それは隣の席の理沙から発せられたものだった。


「何か……おかしいことあったの……?」


震えながら隣に体を向けると、そこには奇妙に笑う理沙の顔。

もしかして彼女はやっぱり座敷わらしではないか、とその懐疑を強めた。


「私よ、その着信音出したの」

「うそ!?それってつまり……」


座敷わらしは携帯電話の化身だった……?


「もう一回やったげる」

「うんうん」

「いくわよ」


座敷わらしは何故か悦に入っているご様子だ。

鼻をリスのように膨らませて、そこに冬眠用の優越感を蓄えているように見える。


「デデンッ―――!」

「―――うわっ!」


耳を貫くあの機械音。

一瞬で穏やかな神経を逆なでして、不安を煽る警笛。

それが座敷わらしの口から人工的に巻き起こった。


「えっと、ニュース、ニュース……」


その巧妙に作られたグラス特有の機械音を耳にすると、本能的にグラスに顔を向かわせ、再び画面に釘付けに。

まるで現代社会の脚気検査。


「……」

「……いやだから、私がやったんだって」

「はっ!」


僕はグラスの画面から視線を離し、携帯電話の化身である座敷わらしの双眸を覗いた。


「「……」」


ぎこちない沈黙が重なった。


「……って、もう始まるわよ、現代じゃんけん大会」

「えっと、ログイン、ログイン……」


遅れないようにと、急いで専用のアプリケーションを開き、ログイン、そして専用の画面が開かれた。

滅茶苦茶操作時間に時間を要してしまったのは、アプリの反応速度が遅れているためだろう。

やはり日本中の人々が同時にログインして、使用しているから。




「―――勝てるかな、私達」


理沙があまり気にしない様子で、そう呟いた。


ぎゅるるる……


僕は空っぽになった胃袋で、的の得ない返事を返した。


「それより、腹減ったね」

「うん」


既に二人は現代じゃんけんを忘れてしまった。


「今日はどんな弁当を持ってきたの?」


僕は涎と好奇心を垂らしながら、理沙に訊いた。


「へへへ……」


理沙は口元を歪めると、弁当箱をバッグから取り出し、

徳川埋蔵金を隠すかのように大事にそれを抱えている。


彼女は自分で弁当をいつも作ってきている。

そしてあの表情、今日は自信作と見た。


「ふむふむ……」


僕は鼻を鳴らした。


「あら、もう分かっちゃった?」

「うんうん」


「それじゃ、当ててみてよ」


彼女は両腕で弁当箱を隠しながら、そう言ってきた。

それはつまり、挑戦状が叩きつけられたという事を意味する。


よし、ここは一発、当ててみよう。



「あのご満悦とした表情―――」

「―――流石ね。幼馴染として、長い間伊達に隣に座っている訳ではないわね」


彼女は僕の推理にこくこくと頷いた。


「この気品高い香り―――」

「―――うんうん」


しかし彼女は未だ、その余裕の表情を崩すことはない。


「そして、高級感漂う形状―――」

「―――うそ!? 匂いだけで、形まで分かるの?」


遂にその要塞が瓦解し始めた。


「その答えは、ずばり―――」

「まさか―――」


ごくり。


「―――これはいつもと違う弁当箱ですな」


「あ、そっち」

「檜の香りが―――」


すると、クラス中の喧騒がさらに加速、


「―――楽しみだぜ!!!一回戦!」


それで現代じゃんけん大会に参加しなければならないという事を思い出した。


「……いけない、早く準備しないと」

「えっと、かちかちかち……」


大会ページに赴き、参加ボタンを電光石火の如く、ポチッと押した。


”現在待機中”


待機画面には参加人数などの諸情報が表示されている。

待機人数、一億人超。


つまり。

日本の皆さんが集まってきたようだ。

このソフトウェアの上に。


一体どれぐらいの時間を要すれば、優勝者が決まるのだろうか。

そんな素朴な疑問が胸に押し寄せるが、どうにかなるのだろう。


「きたきた」

「わくわくするわね」


”現代じゃんけん大会へ、ようこそ”



そして現代じゃんけん大会の火蓋が切って落とされた―――。


―――へんてこりんなアニメーションの後に、別の画面にへと切り替わった。



でもどうやら、対戦相手は人ではないようだ。


「ふふふ、私がこれから暫く君の対戦相手になるからね」


お婆ちゃんのような外見を纏うロボットが画面に映っている。

マスコットキャラクター?


どちらかというと、対戦ではなく、チュートリアルと対戦を混ぜたハイブリッドのようなものだった。


しかしながら、それでも負ければ脱落という事なので、気を抜くことが出来ない。

ちゃんと表示される説明文を目で追いながら、操作を確認していく。


「よっしゃ、勝つぜ!」

「一億円ゲットしてやるわ!」


自分の教室の端の方から、勢いのある声が聞こえて来る。


というか、隣教室の壁を通じても喧騒が伝わっている。

恐らく教師も職員室にいながら、現代じゃんけん大会に出場しているのだろう。


がやがやがやがや……


「おえっ……」


学校中が小さな地震に包まれたかのように小刻みに揺れて、

久しぶりの学校酔いを経験してしまった。

苦手科目である数学以来だった。



―――最初の対戦が始動した。


「ふふふ……それでは行きますよ」


お婆ちゃんロボが、現代じゃんけんの開始を伝えた。


「来いよベネット、銃なんか捨てて、かかってこい」


まるでこれから死闘を繰り広げるかのような形相を顔に浮かべ、

例の筋肉もりもりハリウッドスターの名台詞を吐き捨てた。


「ベネットって言うの?このお婆ちゃんの名前?それに銃も持ってないわよ」

「……」


「野郎!ぶっ殺してやる!」


とお婆ちゃんロボが暴言を吐くわけもなく、それが自分の脳内で再生された妄想である事は明らかなので、

これ以上は割愛。


「一体、どんな高度な戦闘が繰り広げられるんだろうな!!!」

「ああ、だって優勝賞金一億円だぜ!?」


周りの生徒達は席から立ち上がって、興奮しまくっている。

確かに彼らの言うことは的を得ている。


「わくわくするね」

「でも、何だか緊張もする」


果たして、どんな勝負になるのだろうか、と緊張と期待をないまぜにしながら、二人で待っていると



「―――それじゃ、私は、この手を出しますね」


じゃんけんロボは、なんと、パーを出すと宣言した。


「「え―――?」」


彼女はこちらの手を考慮に入れずに、自分から手を伝えたのだ。


「……」


あまりのお婆ちゃんの断行に、二人は、いや学校中が放心している。

沈黙が訪れた高校に、お婆ちゃんロボットが、ぽつりと一言を呟いた。


「素直に答えてね」


と正に、しゃがれたお婆ちゃん口調で、そう伝えてきた。


「な、なにこれ……」

「か、簡単な問題だな」


拍子抜けしてしまった。


そしてもちろん、僕が選択できるものは、三択。


グー

パー

チョキ


画面には、


”現代じゃんけんの手を選択してください”


と、やたら機械調で書かれている。

適当に選択肢を選ぶという事は出来ないらしい。


「ふざけた対戦だ」

「私達を馬鹿にしてるの?」


学校中からバッシングを受けるお婆ちゃん。

これは高齢者イジメなのではないか。

つい、心のなかでそう思った。


……いや、現代じゃんけん高齢者ロボットイジメ?


「―――いや、これは当然かもしれない」

「どういうこと?」


弁当を食べながら、僕はもぐもぐ呟いた。

弁当を食べながら、彼女がもぐもぐ疑問符を顔に乗せた。


「これって動作確認とか、ルール確認とか狙ってるんじゃない?」

「ああ、なるほどね」


食べ物を咀嚼すると同時に、食道から理性的な説明がすれ違いでせり上がってきた。


これは動作確認とか、チュートリアルの意図も含めて行われているのだろう。

難易度は最低ランクまでに抑えられていて、簡単であるべきなのだろう。


制限時間が新たに画面に表示された。

残りわずか三分である。


日本中で同時進行で行われていて、回答が発表されるのは同時らしい。

なので少しの間待ち時間を要した。


別に周囲の人と相談してはいけないとかは明示されていないので、相談も可能なのだろう。

首を少し回して教室内を見てみると、グループでまとまったりして、一緒に考えながらやっている生徒もちらほらいる。


「あれ?空富士は何選んだ?」

「僕はチョキ」


理沙が横から顔を出してきた。


「だよね」

「うん」


そりゃ、相手が宣言した通りに、答える。

あとは制限時間が過ぎるまでただ待つのみ。



―――それから数分が経過。


「やっぱりサンドイッチが一番上手いよね」

「そうかしら」


そんな談義をしていると、

お婆ちゃんロボは、宣言通り、パーを出してきた。



―――”お婆ちゃんロボ パー”


―――”空富士拳 チョキ”



―――”勝者 空富士拳”


―――”おめでとうございます”



画面には、おめでとうございます、メッセージが書かれていた。

つまり一回戦突破。


なんと呆気ない勝利。

あまりにもどうでもよくて、それすら気づかなかった。


「ん?」


画面に変化が起こったのを僕は漸く見つけた。


「あれ、何か、僕達、勝ってたみたい―――」

「―――でも私のおかずのほうが」


彼女は未だに気づかない。


「―――よっしゃ!!!」

「一回戦突破だぜ!」


そのクラス内の歓声を聞いて、彼女が、


「あら、何か、私達、勝ったみたいよ―――」

「―――でも僕のおかずのほうが」


そして第一回戦の幕は閉じられた。


「って、あのロボット、本当にお婆ちゃんロボって名前だったんだ……」


あまりにも簡単な第一ステージ一回戦だったので、参加者が脱落することは殆どなかった。

アプリに表示されている人数を見てみると、依然として、一億人参加している。





―――昼休みも後半戦に突入。

一回戦を終えて、現代じゃんけん大会も二回戦目へと移行。


「ふふふ……それでは行きますよ」


お婆ちゃんロボが、現代じゃんけん第一ステージの二回戦の開始を伝えた。


「―――それじゃ、私は今度、この手を出しますね」


じゃんけんロボは例のようにパーを出すと宣言した。


「うわ!まただよ!」

「舐めてやがるな!やっぱり高齢者だからって、人生に経験があるからって俺達を―――」


しかし前回の対戦と一つだけ異なる点が一つある。


「―――あれ? 何か悪い顔してるな?」


それは彼女の表情が歪んでいること。

何か悪巧みを企んでいるかのように、薄ら笑いを滲ませ、視線は時計で言う一時の方向に向けられている。


これは嘘、ということなのだろうか。


”最も適切な答えを選んでね”


画面上には、そうも書かれている。


「……」


早速、現代じゃんけんの根本的なルールの他に、心理戦の要素が加わったということだ。

つまり問題のレベルが上った。

だがまだまだ難易度は低く、訊かれているものを問題として理解すれば直ぐに解ける程度のものだ。


と少し高を括っていたのだが、一つ疑問が生じた。


宣言通りに回答すれば、チョキを出すことによって、勝利が決定する。

が、じゃんけんロボは表情を崩しているので、

僕がチョキを出せば、相手はグーを出すという事なのだろうか。

なので、パーを出すべき?


それとも最終的に、負け以外選択肢を出せば、良いってことなのだろうか?

引き分けになるはずのグーでもいいのだろうか?


少しの間、その曖昧性について思考を巡らせていると、


「これってどっちだと思う?」


理沙が自分と同じ様な質問を投げてきた。


「それ僕も思ってた。多分どっちでも良いんじゃない?」

「だよね」


なんて話し合っていると、少し離れた所にいるグループから会話の一部が漏れてきて


「これってなんか受験みたいね」

「へ?どうして?」

「だってさ、”最も適切な答えを選んでね”って書いてあるからさ」

「ああ、なるほど」


「……」


確かに。

そうかもしれない。

耳をそばだて、気づいた。


「ふむふむ……」


理詰めで考えていと。


相手はパーと思わせて、チョキを出させようとしている。

つまり最終的にじゃんけんロボは、グーを出すはず。

よって、勝利条件は、パー。


もちろんグーでも負けることにはならないはずだが、確か問われているのは、


”最も適切な答えを選んでね”


この最もという言葉がある以上、やはりあいこではなく、勝利する必要性があるということだろうか。


一体ロボットが何を考えているのか検討もつかないが、それ以上追求する必要もないはずだ。

とにかくじゃんけんロボが怪しい顔を浮かべているという事実を、情報を理解し、それに基づいて回答すれば正解になるはず。


何かこの思考回路、やっぱり受験とかで辿ったことがあるな、なんてふと思ってしまった。

特に共通テストを解く時に、問題の製作者の意図を読み取って、それ以上を探索せずに、あくまで客観的な問題の一つとして解いていく。


だが考えてみれば、それは極めて当然の事だろう。

だって、もし主観の入る隙間があれば平等に作られたという訳じゃなくなり、どれだけ頭の良い生徒が居たとしても、不正解になってしまう可能性が発生する。

テスト後に、批判殺到で大変な事になってしまうはずだ。


「―――でもさ、やっぱり問題文に最もって記載されているから、パーの方が安全かも」

「あ、それ言えてるかも」


と理沙は、なるほど、と頷いて返事をしてきた。


最終的に、画面上で指示されているように、”最も適切な答え”、パーを選んだ。


結果発表まで後数分。


「―――あ、いいなそれ」

「これは駄目よ、私が時間かけて作ってきたんだから」

「……」


制限時間が過ぎるまで、弁当の物々交換をねだる僕に、それを拒否する理沙。



「「「3〜、2〜、1〜」」」



教室ではカウントダウンが一斉になされていた。

そして、


「「「ぜろ!!!」」」


遂に結果発表の時刻を迎え、今日一日の対戦が終了すると、同時に学校中で大きな喧騒が巻き起こった。



同時に画面上に結果が発表―――


―――果たして勝ち残ったのだろうか。



―――”お婆ちゃんロボ グー”


―――”空富士鋏 パー”



―――”勝者 空富士鋏”


―――”おめでとうございます”



「―――うわ!やべ!外しちまった!」

「嘘!グーって間違いだったの!?」


という感じで、このクラスでも他のクラスでも大声を上げる人が多かった。

やはりこの最もという単語って意外と気づきにくいから、僕も正直見逃して、適当に答えてしまう所だった。


「あ、当たってたみたい」

「ホントだ」



最初の問題ではあまり脱落者は見られなかったが、二問目で躓いた人は結構多かった。

改めてアプリの画面を開き、残りの参加人数を見てみると、


一億人から9000万人に変動していた。

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