最終戦2
「な、なんだあいつ、何の真似だ……!?」
その暴挙を目の当たりにした、ビリオネア兼CEOの郷田拳は、困惑した。
絶対に予測できなかった意味不明の行動に、ただ口を開口。
「日本の神である俺を、馬鹿にしているのか……」
沸々と困惑から怒りへ変わっていく。
「ふざけた真似をしやがって!!!」
日本中から見られているというのに、こんな子供に愚弄された。
「……くそ!!!」
未だにデータベースを覗けず、画面に映るのは役に立たない情報。
いや、待てよ。
彼はチョキを宣言したということは。
つまり、俺にグーを出させようとして、相手はパーで待っている?
いやそんな単純な小細工など、恐らくしてこないはずだ。
それなら、その裏をかいて、俺はチョキを出せば勝ち?
「……」
どっちが正しいのだ?
グーを選び、そのまま出すのか。
それとも、
チョキを選んで、裏の読みを出すのか。
恐らくこれ以上の裏を読んでも仕方がないだろう。
そこまではないはず
グーか
チョキか
二者択一。
いや、こんな大勝負にそんな単純な誘導などしてくるだろうか。
それなら相手の裏の裏を読んで……。
有り得ない。
そんな事。
相手の罠に嵌り、裏の裏の裏まで思考を進めていく。
しかしただ堂々巡りをしているだけで、正解が見えてこない。
―――”残り時間 1分”
―――”現代じゃんけんの手を選択してください”
「―――くそ……!!!」
いくら頭を回転させても、答えが出ない!!!
どうすればいいのだ。
このまま運に任せて、日本の前で恥をかく可能性あるのだ。
そんな事は絶対に出来ない!!!
それなら、何か、確実な方法で勝利を探さなければ。
「……」
ちょっと待てよ。
その時、男の思考に、一閃が過る。
「ふはは」
CEOの口から不敵な笑みが零れた。
―――勝った!!!
必勝法があるじゃないか。
それは発送の転換だった。
今焦って勝ちに行く必要はないんだ!!!
「……ふぅ」
何もこのチートは一時的にハッキングされているだけで、もう少しで修復する。
つまり、この勝負さえ乗り越えれば後はチートを使って確実にこのガキを捻り潰せばいいだけ。
ここでリスクを負って、勝ちに行く必要なんてありはしないんだ。
あいつの小細工にそもそも嵌るなんて愚行をしなくてもいい。
なんだ、簡単なことじゃないか。
あそこまで悩んだ俺が馬鹿だった。
「ふはは」
あいこで行かせてもらう。
甘かったな。
俺の逃げ切りだ。
「お前の負けだ!!!」
―――”残り時間 1秒”
―――”現代じゃんけんの手を選択されました”
二人の笑いが国立競技場で交差し、響き渡った。
「ふふふ……」
「ふはは……」
”50戦目 結果発表”
―――”真壁守 パー”
―――”空富士鋏 チョキ”
「ふふふ……」
「……」
そして空富士鋏の笑い声が国立競技場を支配した。
―――”勝者 空富士鋏”
―――”おめでとうございます”
「ふふふ……」
「嘘だろ!!!」
郷田拳が限界まで目を見開き、その結果に叫んだ。
なんと、先出しした少年が二回戦を勝利したのだ。
―――日本が再び熱狂の渦に包まれた。
「やったぜ!!!あの少年が!!!」
「すげぇぇぇ!!!先出しして勝ちやがった!!!」
―――”残り時間 10分追加”
―――”51戦目 開始”
―――”現代じゃんけんの手を選択してください”
「くそ……悔しいが、」
「ふはは……だがお前の小細工もここまでだ!!!」
拳の双眸には映るのは、復活したチートの画面。
相手の手を常時把握する究極の不正行為。
「羽陽曲折あったが、これで試合は終わりだ!!!」
「―――あいつ、また不正行為を再開させたぞ!!!」
「せっかく勝ったのに!?」
「ど、どうすれば……」
そして制限時間が迫り、少年は為す術もなく、適当な手を選択する。
非情な結果。
神の前で人間は無力な存在。
「く、くそ……」
―――”残り時間 一分”
―――”現代じゃんけんの手を選択されました”
そしてCEO郷田拳がすぐさま追従。
「ふはは……」
―――”残り時間 一分”
―――”現代じゃんけんの手を選択されました”
「ふざけるな!!!」
「そんなずるして勝って、恥ずかしくないのか!!!」
観客達の罵倒を受けながら、
「ふはは……勝ちは勝ちだ……」
郷田拳は笑みを浮かべた。
「ま、負けた……」
空富士鋏は敗北を確信した。
相手は不正行為で僕の出した選択肢を覗き込み、その後に選ぶことが出来るから。
「くそ!!!どうしてこんな事になるんだ!!!」
「酷すぎるわ!!!こんなの!!!」
頭を抱えながら、非情な現実に観客達が嘆いた。
”51戦目 結果発表”
―――しかし、そこで奇跡が起こった。
―――”真壁守 チョキ”
―――”空富士鋏 チョキ”
”引き分け”
「え―――???」
それは日本の神であるはずのCEO郷田拳の口から零れた言葉だった。
不正を使用して、絶対に勝利を確信したのに。
「―――あ、あいこ……?」
どういうことだ。
だって俺のチート画面には、相手がチョキを出したって表示されているのに?
「え―――???」
その予想外の結果に驚いたのは、空富士も同じだった。
相手は不正を利用したのにも関わらず、あいこに持ち込んできた。
しかし対戦相手の表情に偽りがあるようには思えない。
本気で困惑し、動揺している。
「―――日本の誰かが、こちらにハッキングしてるようです!!!」
「え!?」
グラスから叫び声が漏れてきた。
「だったら、つまみ出せばいいだろう!!!」
「無理です!!!人数が多すぎます!!!」
「何!?」
この試合には日本中の注目が注がれている。
青門以外の誰かが現代じゃんけんアプリに忍び込んで、情報を撹乱させたのだ。
データベースの中は乱れに乱れ、参考にはならない。
「くそ!」
郷田拳が怒りを撒き散らすと、
「ざまーみやがれ!!!」
「このずるめ!!!」
観客達が再び非難の声を上げた。
「ぐぬぬ……」
会場の様子を見て悟った。
俺は絶体絶命。
―――日本中が一人の少年の為に、集結したのだ。
しかしそれはもう一つの事実を意味する―――。
―――事実が錯綜している。
日本の神である郷田拳ですら、真実が何処にあるのかが分からない状態。
「ど、どうなっているんだ……」
俺は拳の中に、日本の全てを掌握しているというのに。
「どれが正解なんだ……」
混沌とした中、現代じゃんけん大会決勝延長戦が始まった。
―――”残り時間 三分追加”
―――”52戦目 開始”
―――”現代じゃんけんの手を選択してください”
―――同時刻、電車から降りて三人の家族が移動を始めた。
「お婆ちゃん、また鋏が延長戦に入ったらしいですって」
「あらま」
「いいぞ!鋏!」
「―――残念だな、少年よ」
相手が圧倒的な有利に立っているなら、取るべき行動は一つだけ。
CEOは目を閉じて、画面に手を伸ばした。
「俺は運任せで決めさせてもらう」
「え―――?」
そして高らかに、日本の神が宣言した。
「もし勝ちたいなら、証明してみせろ。事実を制限時間内に見つけてみるんだな」
「……」
―――”残り時間 3分”
―――”現代じゃんけんの手を選択されました”
「!?」
それが三択の内、何であるか。
グーか
チョキか
パーか
三分の一の確率で勝利。
三分の一の確率であいこ。
三分の一の確率で敗北。
「逃げたぞ!!!」
「あのズルが運任せで選択肢を決めやがった!!!」
―――日本中が一人の少年に協力して、ただ一つの事実を探そうと躍起になっている。
CEOの出した現代じゃんけんの手。
コンピューター科学、心理学、数学、知恵と経験。
それらを全て駆使しても、最終的に出された結果は、
「グーだ!!!」
「チョキだ!!!」
「パーだ!!!」
錯綜している。
「―――俺はこんな事の為に、現代じゃんけん大会を開いたのだろうか」
郷田拳は、熱狂に包まれる国立競技場の中央で立ち尽くしながら、
物思いに耽っていた。
耳に数万人の聴衆の喧騒は入らない。
「確かに己の力を誇示して、相手を捻じ伏せる事は興になる……」
「……」
「……だが、俺は何か、望んでいたのではないだろうか」
双眸には郷愁的な色合いを帯びる過去の想起が映る。
「しかし、思い出せない。あれはもう、大昔の出来事だったからな」
心の奥底に眠る思い出。
俺はそれを思い出す為に、この大会を開いたんじゃないだろうか。
大金をはたいて、大勢の人を巻き込んでまで。
でも、何だったんだ。
俺は何を思い出そうとしているんだ。
決して忘れたわけじゃない。
ただ記憶が頭の奥にあり、取り出せないだけ。
「俺は誰かを、待ち望んでいたのでないか」
―――日本中で、現代じゃんけんの三択が叫ばれている。
「グーだ!!!」
「チョキだ!!!」
「パーだ!!!」
津々浦々で観戦している人々が画面越しに叫び続ける。
国立競技場でも同じだ。
「グーだ!!!」
「チョキだ!!!」
「パーだ!!!」
会場全員が一人の少年に向かって、錯綜した情報を投げつける。
「何か、あるはずなんだ」
でもそれらは空富士鋏には、雑音にしか認識されない。
「運ではなく、自分の意思を紡いで導くことが出来る答え」
すると、
デデン―――!
―――ん?
グラスから着信音。
「今、お婆ちゃんと一緒に会場へ向かっているところよ」
「あ、お婆ちゃんも来るんだ!」
「楽しみにしててね!」
「うん!」
「ふふふ……鋏、絶対に勝つのよ」
「頑張るね、お婆ちゃん。ふふふ……」
グラスを通じて通話した。
会う。
再開。
その言葉が心のなかで反芻した。
「……」
「もしかして、CEOの郷田拳は誰かと会いたくて、この大会を開いたのか?」
もしそれが本当だとしても、
でも、一体誰と・・・・
―――俺はあの時、何の手を出したんだったのだろうか。
そしてどうして俺はこんな大会を開いたんだ。
確かに金の為、ということもある。
それ以外、いや、本当の目的は他にあるはずなんだ。
思い出せない。
どれだけ過去を辿っても、記憶の奥底に眠って、手が届かない。
「ん?」
あいつ。
目の前の少年の笑みが、郷田拳の双眸に映し出された。
「ふふふ……」
何処かで見たことがある笑い方だ。
―――すると、現代じゃんけん決勝戦の会場に空富士紙乃が現れる。
「まぁ、こんなに大きな会場なんですね」
「ほんとだ!私、初めて来たかも、国立競技場なんて」
「鋏はあっちの方で戦ってますって」
「―――おい!!!何でもいいから手を選択しろ!!!」
「そうだ!!!制限時間まで後僅かだ!!!」
「……」
少年は長考から意識を戻さず、ただ己の世界に浸っている。
「グーでも、チョキでも、パーでも何でもいいんだ!!!」
「運任せにしろ!!!」
「―――あのCEO、自分で出した手、本当に覚えてないんですか?」
「ああ、俺は適当に選択肢を押したんだ」
「え!?」
「この世界で正解を知っているやつなんか、どこにもいないよ」
「うそ!!!」
郷田拳は嫌味なく、本気でそう語った。
だれもデータベースにアクセスできないし、これは本当に、誰も分からない状態なのだろう。
―――しかし少年の集中力が途切れることはない。
「あるはずなんだ。何か、事実がそこにあるはず……」
そうだ。
「僕は自分の意思で、未来を切り開きたいんだ」
不自然な箇所がこれまで沢山あった。
突然公表された現代じゃんけん大会の開催。
誰でも参加できるように無料、そして莫大な賞金。
それに加えて、第三回現代じゃんけん、なんていう名称。
数々のヒントを組み合わせて、一つの答えに近づいていく。
―――彼はやっぱり、誰かと再会するためにこの現代じゃんけん大会を開催したのではないか。
でもそれは飽くまで予想の域を過ぎない。
何か決定的な証拠が無ければ、意味をなさない。
もう時間も残されていない。
―――一体誰に会いたくて、開いたんだ。
「くそ!」
その時だった。
後方から、馴染みのある声が聞こえてきた。
「ふふふ……」
「お、お婆ちゃん!?」
そうだ。
この声。
もしかして、あの序戦の時のお婆ちゃんロボとそっくりの口癖。
まさか。
徐々に形成されていく真実の形。
―――そしてお婆ちゃんが熱戦を繰り広げる二人の元へと、家族に車椅子を引かれながらやって来た。
「あら、鋏。決戦戦も、頑張っているみたいね」
「もう、だめかもしれない」
「最後まで、諦めちゃ駄目だよ」
「う、うん」
そしてお婆ちゃんは僕の対戦相手である郷田拳に向かっていく。
「ん、誰だ?」
「あの、久しぶりですね……」
「え―――?」
郷田拳の双眸に、一人の女性が映し出された。
それは半世紀以上も前に知り合った懐かしい顔だった。
もう二度と拝むことの出来ない顔だと思っていたのに。
視界に映した瞬間、ある記憶が鮮明に戻ってきた。
「あ、あなたは―――」
―――空富士紙乃と郷田拳が今、時空を越えて、現代じゃんけんの元、再会した瞬間だった。
「懐かしいですね……あの時は名前も知らない同士で……」
―――二人の間で時間が止まり、そして遡った。
「まさか、あの時の―――」
―――辺りは静寂に包まれ、二人の息遣いだけが聴覚を刺激する。
「少しだけ遅れましたけど……」
お婆ちゃんは笑顔で、彼に語りかけた。
「私の名前は、空富士紙乃と申します」
「俺の名前は、郷田拳です」
―――それは、半世紀という時間を越えての自己紹介だった。
―――――――――
――――――
―――
―――現代じゃんけん。
その誕生は半世紀以上も前の出来事だった。
普通のじゃんけんに飽きた、当時の空富士紙乃は、社会性を付加したじゃんけんの応用系、現代じゃんけんを考案した。
当時はパソコンも国民のみんなに手が届くような時代ではなかったので、紙を代用する事で、試合を成立させたのだ。
制限時間を設け、相手の手を予測、そして小さな紙切れに書いて、ポケットに入れる。
残り時間が過ぎたら、対戦同士、同時に開封。
結果発表となる流れだった。
初代現代じゃんけん大会。
記録になんて何処にも保存されていない幻の大会だった。
あれは俺が幼稚園の時の話だ。
―――――――――
――――――
―――
「なに、これ?」
町の電柱に張られた一枚の紙切れ。
”第一回現代じゃんけん大会”
「そんなのがあるんだ」
町で開かれた謎の大会に好奇心で参加した。
そして俺は運が良かったのか、子供ながらにもその大会で勝ち進んだ。
「お前、小さいのに、強いな!」
「えへへ……」
ただのじゃんけん大会と最初は思っていたのだが、現代じゃんけんという新しい遊戯らしい。
「えっと、これでいいんだよね」
最初はルールに戸惑ったが、やっていく内に慣れていった。
当時は小さな紙切れに書いて、それを後ろに隠し、制限時間が過ぎたらお互いに公開する流れだった。
―――そして遂に俺は優勝寸前まで快進撃を続けた。
「あら、君、若いのね」
「ど、どうも……」
そしてその決勝で出会ったのが、彼女だった。
「この現代じゃんけんって、お姉ちゃんが作ったの?」
勝負が始まる前、俺はそう尋ねた。
「ふふふ。そうよ、この私が現代じゃんけんの創案者よ」
「す、すごい……」
目の前にいるお姉さんは鼻高々にそう宣言した。
「後、この大会も私が主催してるの」
「そ、そうなんだ……」
既に会場はそこそこ多くの観客に包まれており、緊張であまり言葉が纏まらない。
「それじゃ、早速、現代じゃんけんを始めて行きましょうか」
「う、うん」
でも俺は勝負事には熱く、例え、相手と年齢が離れていても、負けたくなかった。
―――――――――
――――――
―――
「―――おい!!!空富士!!!!」
「時間だ!!時間!!!」
―――”残り時間 1分”
―――”現代じゃんけんの手を選択してください”
「何か、あるはずなんだ!!!」
少年の耳には
ただ何かを掴むために。
そこに、事実があると信じて。
「―――くそ!!!」
まだ完全には思い出せない。
何か大切な記憶があるはずなんだ。
もう、ここまで来ている。
―――その時だった。
「―――もし良かったら、また、現代じゃんけんでも、しますか……」
「え……?」
空富士紙乃は、郷田拳に提案した。
そして車椅子の上で、右手を宙に上げた。
パー。
郷田拳の双眸に、パーが映し出された。
「それは―――」
―――――――――
――――――
―――
決勝戦は二点先取のルールで、あいこの場合はひたすら続いていく。
しかし決勝戦の結果は呆気ないものだった。
「うーん……」
途中相手が苦戦したのか、彼女が顔を歪ませてくる。
「も、もしかして、僕、勝てるかも……」
なんて、甘い考えが顔を出したが、
「ふふふ……」
それも相手の戦術だったのだろう。
俺が油断している間に、相手が下唇を微かに歪ませていた事にすら気付けなかった。
「―――それじゃ、現代じゃんけんの手を公開よ」
「あ……」
直ぐに俺は一点を先取された。
「く、くそ……!」
「ふふふ……」
焦った俺は後半戦、思い切った行動に取った。
「―――ほら、現代じゃんけんの手を公開よ」
「「はい」」
俺は最終的に、無意識で手を出したのだ。
すると彼女は同時に、右手でパーを出した。
「ず、ずるいよ、お姉ちゃん……」
勝負に年齢は関係ないと頭では分かってたけど、まだ幼稚園児だった俺は決勝戦で感情的になり、
「……」
泣いてしまった。
「ふふふ……泣かないの」
「だって、だって……」
すると彼女は右手をパーの状態にしたまま、俺の頭の上へと持っていき、撫でてくれた。
「いいこ、いいこ」
「……」
涙は止まることはなく、寧ろ、止めどなく零れ続けた。
―――空富士紙乃のパーは暖かった。
「またいつか私と再戦する時まで、現代じゃんけんで強くなるんだよ」
「うん、俺、もっと強くなる……」
―――そしてそれから一年後。
あの場所で開催された現代じゃんけん大会の気配はなく、
練習に練習を重ねて、それで俺が今度は第二回を開催した。
人も十分に集まり、同じ様に決勝戦まで登り詰めた。
でも対戦相手は、彼女ではなかった。
いや、そもそも彼女は第二回現代じゃんけん大会に現れもしなかったらしい。
何処かに引っ越しでもしたのだろうか。
そう思い色んな人に訊いてみて回ったが、誰も彼女の事を知る人は居らず、
そのまま時間が過ぎ、俺の心の片隅にしまわれてしまった。
「……」
でもあの時感じた、彼女のパーの温かみだけは、心の奥底で忘れることはなかった。
恐らく俺は無意識の中で、この第三回目の現代じゃんけん大会を開いたのだろう。
社会人になり、社長に登り詰め、お金がだけが増えていく中、
もし、もう一度、あの時のように現代じゃんけん大会を開催すれば、もしかして
そうだ。
俺と彼女の年齢差を考えると、彼女はもう、年かもしれない。
つまりこれがラストチャンス。
出来るだけ大会の規模を大きくし、それに賞金だって出来るだけ弾ませる。
そうすれば、彼女も参加してくるだろう。
俺は彼女と再戦したかった。
「―――また今度、私と現代じゃんけん、しましょうね」
「……また、会えて……嬉しいです……」
「……思い出すことが出来たよ」
男は涙ぐんだ表情で、呟いた。
俺があの時出した現代じゃんけんの手、そして今出した手も―――
―――グーだった。
日本中が探し出せなかった現代じゃんけんの答えは、一人の男の心の奥底に眠っていた。
それは時空を越えて、現代じゃんけんによって運命を結び付けられた二人が再開することによって、解き明かされた。
―――”残り時間 30秒”
―――”現代じゃんけんの手を選択してください”
「俺は、グーを出したんだ」
「え?」
「お前のお陰で、全て思い出せたよ」
「……」
「まぁ、それを信じるかは、お前次第だがな」
「……!」
それは、社会性が付加された現代じゃんけんだからこそ、可能になった選択肢だった。
「……」
そして郷田拳は童心に帰って、呟いた。
「懐かしいな、あの頃……俺はまだ若かったな……」
「ふふふ」
彼は笑った。
胸の中で眠っていた大事な記憶を思い出せたから。
「……」
郷田拳の屈託のない笑みを見ると、空富士鋏もつられて笑顔を浮かべてしまった。
「「ふふふ」」
「―――それじゃ、僕はパーを出せばいいってことか……」
彼の言う通りに、僕はグラスの画面に手を伸ばしていく。
―――グー
―――チョキ
―――パー
「これで僕は優勝……」
画面に触れる寸前の所で、僕はこれまでの軌跡を思い返した。
―――”残り時間 10秒”
―――”現代じゃんけんの手を選択してください”
「……」
僕は郷田拳の情報を信じる。
それが僕の答えだ。
そして、空富士鋏が紙を出した。
―――”残り時間 1秒”
―――”現代じゃんけんの手が選択されました”
―――それは鋏が現代じゃんけんの神様、空富士紙乃の意思を受け継いだ瞬間だった。
「お婆ちゃん……」
未来を創り終えて、僕は隣を見た。
そこには、
「「ふふふ」」
空富士紙乃と郷田拳の二人が微笑み合って笑っている光景。
思い出話に花を咲かせているようだ。
―――すると、僕に気づいたお婆ちゃんがこちらを向いた。
「強くなったわね、鋏」
「ありがとう、お婆ちゃんのお陰だよ」
「「ふふふ……」」
鋏と紙乃が笑いあった。
―――”52戦目 結果発表”
―――鋏の間には、拳、そして紙乃が結果を見守っている。
「「「ふふふ……」」」
現代じゃんけんの元、三人が笑い合った。
―――”郷田拳 グー”
―――”空富士鋏 パー”
―――”勝者 空富士鋏”
―――”優勝 おめでとうございます”
第三回現代じゃんけん大会は幕を閉じた。