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最終戦1

―――”一回戦目 開始”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



そして遂に、現代じゃんけん大会決勝戦の火蓋が切って落とされた。





唯一頼れるのは、ハッキングだ。

現代じゃんけんのアプリに忍び込み、不正が出来ないようにデータベースへのアクセスを封じること。

そうすれば、決勝戦で平等に戦う土台が完成するのだ。


「もうちょっと待ってくれ!」

「うん!」


しかしまだ時間を要するようで、青門が苦戦している。


「うーむ」

「……」


不自然な振る舞い。

対戦相手はこちらを半ば無視して、違う事に意識を傾けている様に見えるのだ。


チラ。


「……」


視線がこちらではなく、横の方向へと向いている。



そして訪れた運命の前半戦。



―――”一回戦 結果発表”



―――”郷田拳 グー”


―――”空富士鋏 グー”



「うぉぉぉ!!!」



”引き分け”



―――”残り時間 三分追加”


―――”2戦目 開始”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



圧倒的な熱狂に沸く会場とは裏腹に、僕の心情は落ち着いている。


何とも呆気なく一回戦が終了。

まるで相手はそれを仕組んだように、淡々と終えていったように思えた。


極めて不自然な勝負の展開。


「あ、あいこ?」

「や、やっぱり彼は不正してないのか?」


その違和感を抱えながら、二回戦へと入っていった。





―――スーパーコンピューターは彼の過去の戦歴を取り込んで、最適解を見つけ出す。

そしてその結果をじゃんけんの神様と相談後、総合的な見解をまとめて、最終的な答えを出すようにしている。


「むむ?」

「どうしたんですか、神様?」


じゃんけんの神様は彼の素振りから、結論を出したのだ。


「あいつ、」


しかし。

対戦相手は僕が選択肢を選んだ後に、優雅に手を出してきたのだ。

まるでこちらの回答が透けているかのように。



「―――もしかして、また準決勝みたいな長期戦になるのか!?」

「ああ、間違いないぜ!」


前回の試合を観戦していた観客達はそう予測を立てて、騒ぎ立てる。


「今回は99回連続あいこを越えて、もしかして1000まで試合が続くかもな!」

「それって今日中に終わるの!?」


それは同時に会場全体の予想でもあった。


しかし。

その予想は大きく外れてしまう。



―――残り時間、0秒。



熱狂していた国立競技場に、沈黙が張り付いた。



―――”結果発表”


―――”郷田拳 グー”


―――”空富士鋏 チョキ”



―――”勝者 郷田拳”



恐れていた事態が発生。

スーパーコンピューター、そしてじゃんけんの神様を持ってしても、敗北。

それも呆気ないほどに軽く。


「「「何だと!?」」」


その異様な光景に観客全員が度肝を抜かれた。


僕達のチームには、スーパーコンピューターの大群に、じゃんけんの神様。

最先端のテクノロジーに加えて、人類最強の人までついているんだ。


それに対して、対戦相手は無防備。




―――会場は別の熱を帯びた騒ぎを起こしていく。


がやがや。


「やっぱりこれ、何かおかしいって」

「そうだよ、異常だよ、異常」


僅かながらだが、観客達が気づき始めたのだ。

場の異常性に。


「もしかしてさ、不正してない?」

「かもかも」



日本中が意見を出し合い、一つの結論へとまとまり上がっていく。


「彼はずるをしているのではないか」


しかし推測から域が出ない。



―――現代じゃんけん大会決勝戦。


それはネットだけではなく、テレビでもラジオでも放送されていた。

お婆ちゃんの病室にも、その放送がラジオを通して流れていた。


「只今、空富士拳選手が一点先取された模様で―――」

「おや、」


「この大会主催者でもあり、同時に現代じゃんけん株式会社CEOの郷田拳が、この世紀の大勝負にリーチをかけました―――」

「郷田拳……」


お婆ちゃんはベッドから飛び上がり、

試合が行われている窓の外へと体を向けた。


「もしかして、あの時の……」


お婆ちゃんには一つの昔の記憶が蘇る。


「よいしょっと……」


するとお婆ちゃんは動き出し、病室で同じく現代じゃんけん決勝トーナメントを観戦している母親の元へと移動した。


「ああ〜〜〜!!!」

「鋏!!!絶対に次は勝つのよ!!!」


姉と母親はテレビ画面に釘付けになりながら、大勝負に一喜一憂している。

そこへ、お婆ちゃんがやってきた。


「……あのお婆ちゃん、どうしましたか?」


ぽつんと病室のベッドから車椅子に


座るお婆ちゃんの姿。

お婆ちゃんが口を開くと、


「私を現代じゃんけん大会の会場にまで、連れてって来れませんか?」

「いいですよ。もしかして、お婆ちゃんも興味あるんですか?」


「ええ。随分、懐かしい名前を聞いたもんでね……」




―――”残り時間 10分追加”


―――”戦目 開始”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



「いいか!出来るだけ引き伸ばしてくれ!」

「わかった!」


青門がパソコンを開き、電光石火で操作している。

画面にはびっしりと英語と数列が縦並んでいる。


「その間に、何とかハッキングしてやるから!」


画面に視線を送りながら、青門が話した。



―――”残り時間 7分”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



僕は出来るだけサポートを駆使しながら、最高の答えを出そうとしている。

それが意味のない行動だと薄々分かっていても。



―――”残り時間 5分”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



そして選択に迫られる直前。



「よし!!!ハッキング出来たぞ!」

「ほんと!?」

「ああ、これであいつはデータベースを覗けないはずだ」


パソコンを弄る青門が報告した。


つまりこれで二人は平等な土俵に立って、真剣勝負が出来るということを意味する。




「―――ん!?どういうことだ!?」


そして同時刻、郷田拳は、突然血相を変えて、驚いた。

グラスの不都合を調整するかのように、画面を何度も触っていく。


「くそ、だめだ!おい!速く直―――!!!」


そして、グラスに向かって怒声を撒き散らしている。

誰かと通話でもしているのだろうか。


「あれ?あの人、何してるの?」

「やっぱり怪しいわね」


会場がその異変に気付き、少しづつ騒ぎ始める。


「は―――!?」

「―――危ない、危ない……」


その様子を見て感づかれないように郷田拳は怒声を沈め、小さな声で通話先の者を再び叱りつけた。


「おい!速く直せと言っているんだ!」

「……」


やはり彼の不正は明らか。

そして、彼は無防備になった。



―――”残り時間 5分”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



―――今が絶好のチャンス。



「ふはは」


しかし何故か、CEOは堂々と立ち、笑いを浮かべた。


「どうして、あんな余裕で居られるんだ?」


どうやら諦めて、開き直ったのか?

と思っていると。


「空富士!答えが出たぞ!」

「わ、分かった!」


スーパーコンピューターが出した答えを確認すると、


「神様、これで合ってますか?」


次に、じゃんけんの神様に相談した。


「それで間違いないはずだ」


その承諾を得て、僕は選択肢を選んだ。


かち。



―――”残り時間 3分”


―――”現代じゃんけんの手が選択されました”



「これで僕の勝ちだ!」


そして僕は宣言した。


「ふはは」


しかし、相変わらず彼の余裕の構えは保たれたまま。

不気味だ。

僕達の完全武装に対して拮抗できる自信でもあるのだろうか。



―――”残り時間 1分”


―――”現代じゃんけんの手が選択されました”



「甘いな、お前たち」

「……!?」


彼は短く思考をした後に、すんなりと選択したのだ。

僕がスーパーコンピューターとじゃんけんの神様に頼って生み出したのに。


そして訪れた運命の瞬間。



”3戦目 結果発表”



―――”真壁守 パー”


―――”空富士鋏 パー”



”引き分け”



すると当たってほしくなかった予感が的中してしまった。


「うそ!?」

「あいつ、不正してないはずだろ!?」

「ど、どういうことなんだ?」


しかし結果は引き分け。

どうやら不正を使うからといって、彼の戦力は低くはなく、寧ろ、現代じゃんけんにおいて、猛者であるように思える。

こんな完全武装にも、怯まずに、引き分けに持ち込んできたのだ。


恐らく同じくAIを使用し、答えを出しているはずだ。

でも流石にスーパーコンピューターなんて持ち合わせていないはず。


「ふはは、私にもサポートはついているのだ」

「……」




―――”残り時間 三分追加”


―――”4戦目 開始”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



同じ過程で、僕達は同じ結果に辿り着いた。

そして相手も。



”4戦目 結果発表”



―――”真壁守 チョキ”


―――”空富士鋏 チョキ”



”引き分け”



―――”残り時間 3分追加”


―――”5戦目 開始”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



戦いはまるで前回の超長期戦の到来を醸し出していた。



「―――これじゃ、埒が明かない!」



”10戦目 結果発表”



―――”真壁守 パー”


―――”空富士鋏 パー”



―――やっぱり、日本の神には勝てないのか?


「空富士がもう答えが出来たぞ」

「うん、分かった」


でも、長期戦なら僕達の方が有利なはずだ。

何故なら、既に僕達はそれを経験しているから。


取り敢えず落ち着いてこのまま試合を進めていけば、案外勝てるのかもしれない。


ぽち。


相変わらずの先出し。


「先出しさせてもらいます」

「……」


と宣言しても、対戦相手はグラスでの通話に忙しいらしく、返事はなかった。


「そうだ!!!まだか!?答えはまだなのか!?」

「あと少しです!!!……出ました!答えは―――」

「―――よくやった!」


「……」


そして、


「それでは私も選択させてもらう」



”10戦目 結果発表”



―――”真壁守 パー”


―――”空富士鋏 パー”



”引き分け”



さらに試合は続いていく。



―――その頃、じゃん王は試合の中継を観戦していた。


「ははは……」


現代じゃんけん株式会社とスポンサー契約をしていた彼には、分かる。

郷田拳が不正をしていることを。


恐らく、少年は負けてしまうだろう。

あのCEOに。


少年はここまで真面目に戦ってきたのに、最後に不正している相手に負けるなんて。


「……」


それでもいいのか。


胸の中で葛藤が起きた。


俺に出来ることは何か、ないだろうか。


影響力。

それが僕にはある。


使ってみようか。

人の為に。


じゃん王は観戦を中断し、動画作成を始めた。


「ええっとですね、なんと、あのCEO郷田拳は―――」




―――”残り時間 三分追加”


―――”20戦目 開始”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



準決勝の超長期戦が繰り返されるのだろうか。


「CEO!一つだけのパソコンだと、もう限界のようです!」

「だったら、もっとパソコンを持ってくればいいだろ!!!」


郷田拳は通話先に喚きながら、試合に臨んでいる。

答えを出すのに、苦労しているようだ。


それに対して。


「空富士!!!もう答えが出たぞ!!!」

「分かった!!!」


ぽち。


相手よりも圧倒的に速く、正確に答えに到着していく。


「CEO!用意できました!!!」

「そうか!!!よくやった!!!」


「ふはは、こちらも出来たぞ」


だが、郷田拳にも複数のパソコンが用意されているのだろう。

遅れてから、最善手を出してくるのだ。

まだしがみついてきている。



―――その頃、現代じゃんけん系インフルエンサーのじゃん王の動画が人々の手元に渡っていく。


「えっと、これ、見た!?」

「なにそれ、じゃん王の動画?」

「うん、あのCEOが不正してるって暴露動画だよね」


情報はネットを通じて、



―――”残り時間 3分追加”


―――”31戦目 開始”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



「おい、これ見てみろよ!!!」

「うわ、じゃん王が暴露してるじゃん!!!」


そして日本中を暴露動画が突き抜け、国立競技場にも辿り着いた。


「おい!!!郷田拳!!!」

「このズルが!!!」


観客達が一斉に立ち上がり、CEOを糾弾し始めた


「ん?」


その様子を見て、困惑する彼。


もしかして、バレたのか?

俺のあれが。


そしてグラスでネットニュースを覗いてみる。

そこには、再生回数100万回を越える動画があったのだ。


暴露動画。

作成者は―――


「―――あのじゃん王め!!!」


「このズル!!!」

「大人の癖に!!!」


「うわ!!!」




「―――あの〜、総理大臣……」

「おや、どうしたんだね」


護衛チームと総理大臣が近づく一般人を警戒し、表情を強張らせた。

まさか危害を加える怪しい者か。


「サイン書いてくれませんか……?」


しかし一般人から発せられた言葉はサインをねだるもの。


「なんだ、そんな事かね」


旨を理解して、一気に表情を緩ませた。


「……」


かきかき。


手渡された用紙に筆を滑らかに走らせ、己の名前を達筆に記した。

そして快くサインを書いて、市民へと渡す。


「ほら」

「あ、ありがとうございます!一生大事にします!」


「……」


そして総理大臣に背を向けて、自分の席に戻ろうとする直前。


「あ、あのそれで最後になんですけど……」


再び踵を返し直し、その人物が恐る恐る総理大臣に話しかけた。


「どうしたんだね?」


サインをねだられて笑顔をほころばせた総理大臣は陽気に反応した。


「えっと……」

「何でも言ってくれ、私はこの日本で総理大臣をしているんだ」


一般市民は、メインアリーナに立つ郷田拳と総理大臣の間に、視線を交互に送りながら、


「郷田拳っていう人、明らかに不正行為をしてると思うんですけど、その……」

「……」

「総理大臣の力で、ど、どうにかしてくれませんか……?」


ついさっきまで笑顔で対応していた総理大臣の表情が曇った。


「……いいかね、私には何も出来ない」

「え……?で、でも今、何でも言ってくれって……」

「諦めてくれ。郷田拳は私よりも偉いのだ」

「そ、そんなぁ……!」


それを咎めようとしても、意味はない。

総理大臣ですら手に出せない相手、郷田拳。




―――”残り時間 3分追加”


―――”49戦目 開始”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



「どうしたんだ!?何!?」


相手の余裕に塗れた表情が消え去り、


「だったら、スーパーコンピューターを今すぐ用意すればいいだろう!!!」

「―――」

「え!?あるわけない!?」

「―――」

「馬鹿者!!!どうしてスーパーコンピューターが手元にないんだ!!!」


郷田拳が罵倒しながら、通話している。

怒りは収まらず、加速していくのみ。


ぶつ。


通話が相手の方から途切れた。


「あ!?どうして切るんだ!おい!返事をしろ!!!」


さらに怒りをグラスに注いでいく。


「く、くそ……」


そして、諦めたようだ。


どうやら念の為に用意していた複数のパソコンも既に根を上げて、壊れたらしい。

スーパーコンピューターは手に入らず、


答えが出ず、この勝負を切り抜ける必要がある。


「ふはは」


しかし怯えることはない。

この時間稼ぎが出来たお陰で、同時に、あのハッキングからもうじき回復。


もう少しだけ逃げれば、俺の勝ちになる。






「空富士!」

「私達がついてるわ!!!」

「私のグラスも使って!!!」


「え!?」



そしてみんなのグラスが集まり、演算力を強化していく。


仮に引き分け100連発を遥かに越えたとしても、問題ないはずだ。

国民全員のグラスの演算力をかけ合わせれば、怖いものなんてない。


「超長期戦だろうが、超超長期戦だろうが、超超超長期戦だろうが―――」

「―――かかってこい!!!郷田拳!!!」


青門が叫んだ。


「なに!?」


つまり長期戦になればなるほど俺の不利になるってことか。


だが、残念だったな。


既に我らのセキュリティーが幼稚なハッキングを捉え、

俺の究極的な勝利も時間も問題だ。


タイムオーバーだ!!!


「ふはは」



「ほら、答えが出たぜ!」

「うん!」


「神様、これで間違いないですか?」

「ああ」


じゃんけんの神様とスーパーコンピューターの組み合わせで、答えを出した。


これで勝利が出来るはずだ。


相手は完全に無防備。

自分の力で考えるのみ。


「僕の勝ちだ!!!」


宣言した。



”49戦目 結果発表”



―――”真壁守 グー”


―――”空富士鋏 グー”


”引き分け”


「何だって!?」


しかし結果は依然として引き分け。


「まだまだ甘いな、少年よ」

「ど、どうして……」


僕は勝利を確信していたが、一気に絶望へ真っ逆さま。


「俺の頭脳の侮るな、私はこの国の王なのだ」

「……」


そして郷田拳が頭脳だけで、僕達の最強の攻撃を防御したのだ。

結果引き分けに持ち込まれ、試合は引き伸ばされていく。


「こ、これでもだめなのか……?」


彼はサポートもないはずなのに、それでも



―――”残り時間 3分追加”


―――”50戦目 開始”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



「そうか、この試合を乗り切れば、再びデータベースへのアクセスが可能になるのか」

「ふははははは」


対戦相手が今日一番の不敵な笑い声をあげた。


「これでお前も、負けだ」

「……?」


どういうことだ?



「―――くそ!ハッキングが妨害されそうだ!」

「!?」


「奴らのセキュリティが気づいたんだ!!!」


妨害してきているらしく、あまり長くはアクセス拒否の状態を維持できないらしい。


「頼む!速く試合を決めてくれ!」

「で、でも!?」


キーボードを叩き続ける青門が汗水垂らしながら、


「どうすればいいんだ!」


そ、そんな事言われても、一体どうやって。


このままでは相手に再び不正、つまり負けが確定。

引き分けではなく、勝利が必要だ。


「……」


でもどうすれば。

じゃんけんの神様でも、スーパーコンピューターでも敵わない。


ここまでか。


「何か、あるはずなんだ」


何か策が無ければ。

現状を打破して、勝利へと繋がる一手。




あと少し俺が逃げれば勝ちだ!!!

この後は不正を使い、奴を捻り潰すだけだ!!!



「……」

「お願いだ!!!」

「速くどうにか決めてくれ!!!」


青門がハッキングしながら、僕に叫び続ける。



―――お婆ちゃんは言っていた。


自分の力で考えろと。

絶対にあるはずなんだ。


―――は!


その時、僕の頭に一閃の考えが浮かんだ。


「そうだ!!!一か八かの賭けに出てみよう」


僕は右手である形を創った。

その右手は震えている。


「……」



―――でも、もし失敗したら。



「くそ……やっぱり、やめようかな……」


空富士鋏は悟っていた。

今この瞬間が人生で経験する最高の時だと。


ここで失敗したら、一生消えない恥、最悪の思い出になってしまう。


「そうだ、ここは安全にいこう……」


そこで、自分に言い聞かせた言葉を思い出した。



―――



ここが最大の機会。

だからこそ、最大の賭けをしてみたい。


徐々に右手の震えが収まってきた。


そして、完全に震えが消えた。

それは既に僕が決心をしたから。



―――僕は二度と訪れない一瞬に、永遠を託したいんだ。



―――だって、輝いてみたいから。



「ふふふ……」


少年の口から笑みが零れた。



―――”残り時間 2分”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



「―――よし、次はこれを出そう」


郷田拳が崇高なる頭脳で、次の答えを選択しようとすると。


「ふふふ……」


少年が先出ししてきたのだ。

画面上で選択したのではなく、現実の中で。


「ん?何をやっているんだ、あいつは?」




「―――もうダメだ……」

「負けてしまう!!!」


国立競技場に居る観客達、そして放送を観戦している日本中の人々が諦めかけた瞬間だった。


「え―――?」


鋏が誰も予想しない行動を取ったのだ。


「な、なに、やってるんだ……?」

「う、うそだろ……?」


全ての観客の視線は、彼の右手に吸い込まれていった。


「……チョキ?」


制限時間まで、まだ数分前。

長考するなら十分に時間は残っている。


「鋏!!!あのバカ!!!」

「どうして、あんな事するのよ!!!」


移動中の2人の家族は、それを見て、床に崩れ落ちた。


この勝負が意味することは極めて大きい。

優勝賞金一億円。


彼のような平凡な人間が経験する最大の出来事である事は確実だろう。


一瞬一瞬がまるで宝石のような価値を持つはずなのに、彼は迷うことはなかった。

いや、だからこそ、二度と訪れないその一瞬に全てを託した。



―――あろうことか、現代じゃんけんの手を、鋏は先出しした。



鋏の双眸には迷いのない純粋な輝きが灯る。



「ふふふ……」



空高く聳え立つ富士山の如く、一人の少年が堂々と鋏を日本に魅せた―――。



―――それは、現代じゃんけん大会決勝戦で、空富士そらふじきょうが右手を上げて、チョキを先出しした瞬間だった。




「―――あいつ、一体何の真似だ!!!」


日本中が熱狂に包まれた。


全国テレビでの生放送はもちろん、局地のローカルでも生放送が行われている。

ネット上の主要なウェブサイト上でも同様、ラジオも例外ではない。


一軒家に住む核家族の家庭内において。


「ママ、パパ、これみてよ!」

「凄いことになってるのね!」

「ほう、この少年は度胸があるな!」


マンションに住む一人暮らしの男性。

ネットの配信で、現代じゃんけんの決勝戦を鑑賞している。


「すげー!!!」


渋谷交差点で通り過ぎる女子高生達。


「凄いことになってるね、現代じゃんけん大会!」

「あの少年、かっこいい!」


日本の片隅にある老人ホームで。


「おばあさんや、今、面白いのテレビでやってるよ」

「あら、ほんとうね」


重役たちが集まる都内の高層ビルの最上階にて。


「社長、これ見てくださいよ」

「ほう、面白い少年だ」


電車内にて、外国人観光客が話し合っている


「コレガ、ニホンノ、ブンカ、デスカ」

「スゴイ、デスネ」


そして、国立競技場の特別席で試合を観戦する現総理大臣まで驚き、開いた口が塞がらない。


「な、なんて奴だ……こんな大局面で、先出しだと!?」


移動中の家族。


「ふふふ……鋏。強くなったわね」


しかし、日本中でたった一人、お婆ちゃんだけはその暴挙の意図を射止めていた。



あらゆる世代を越えて、性別を越えて、国籍を越えて―――


―――日本中全ての注目が、一人の少年の鋏に降り注がれた。



「ふふふ……」



―――彼の鋏は雄々しく、優雅、そして輝きに満ち溢れる。



指の先に至るまで、幾ばくの震えもない。



―――最大の機会にして、最大の賭け。



「ふふふ……」


それはお婆ちゃんに教わった教訓ではなかった。

お婆ちゃんの教えを礎にして、自分が独創した戦略。



つまりそれは―――


―――空富士鋏が己の足で立ったことを意味した。

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