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最終戦前

「お前が決勝で当たる郷田拳は不正をしているんだ」

「え?」


それは極めて単刀直入な入り方だった。

放課後、僕と青門はファミレスで最終戦の計画を話し合っている所。


「だったら、僕に勝ち目はないっていうの?」

「そうだ」


そんなの理不尽だ。

ここまで僕が勝ち抜いてきたのは、全くの徒労だったていうのか?


「そ、そんなぁ……」


そう考えると全身から力が抜けて、椅子に深く崩れ込んだ。


「まぁ、そう落ち込むなよ」

「でも、僕は負け確定なんでしょ?」

「へへへ」


すると、


「但し、もしこちらから何もしなかったらの話だがな……」


彼は、にやりと、絶望に佇む僕に笑顔を滲ませた。


「……ってことは、何か策があるってこと?」

「ああ、奴の不正行為の手段は極めて原始的なものなんだ」

「原始的?」


猿?


「あいつは現代じゃんけん株式会社のトップ、CEOだから、その会社が運営している専用のアプリに自由にアクセス出来るんだ」

「そうなの?」


ちょっと何言ってるのか分からない。

でも取り敢えず分かっているふりをした。


「いいか、あいつは対戦相手が何を選択したのかを、常時、データベースを覗き込むことで把握してるんだ。」

「つまり、覗き見ってこと?」

「ああ」


なんて嫌らしいやつだ!

あんな歳にもなって。


「変態だ!」

「そうだ、奴は変態だ」


その言葉を発すると、周囲の人々から怪訝な顔を向けられた。


「……だからあいつがそのデータベースにアクセスできないように、俺がハッキングしてやるから」

「そ、そんな事出来るの?」

「別にそこまで複雑なことじゃない。ただ、時間が必要なんだ」


「こちらが、注文したドリンクになります」

「「あ、どうも」」


こと。

こと。


「それじゃ優勝を祝して、乾杯!」

「……」


とウェイトレスから運ばれてきたソフトドリンクを、彼と一緒に乾杯しようとすると、


「いいや、まだ勝利の結果が決まったわけじゃない」


すかっ。

乾杯が空中で華麗に躱されると、


「え?そうなの?」


ごくごく。

そのまま僕は一人でに飲み始めた。


「だってハッキングしてくれるなら、無敵じゃん?」


ぷは〜。

そして既に飲み干した。


「……」


相手は少し呆れた表情を浮かべた後、こう述べた。


「いいか、俺はお前を勝たせるわけじゃないぞ。ただ、相手と平等に戦う下地を用意するだけさ」

「そ、そうなんだ!」


流石、東帝中学生。

技術力と度胸と懐の大きさが違うや。


「ありがとう。優しいんだね」

「へへへ。流石に決勝戦で、CEOが不正行為で勝ったらつまんないだろ?」

「確かにそうかも」


言われてみれば、そうだ。

折角ここまでCEO以外、必死に戦って来たんだ。

その努力の積み重ねを、不正行為なんかで崩されたら、たまったもんじゃない。


「それにだ、俺はお前の活躍しているとこを見たいんだ」

「僕の……?」


彼は煌めいた双眸を僕に向けて、真剣にそう語った。


「ああ、もちろんそれは俺だけじゃなくて、みんな思っている事だけどな」

「そ、そうなんだ……」


僕はそんな事を面と向かって言われると、赤面してしまい、頭を掻いてしまう。


「知らなかったのか?お前、かなり有名人なんだぜ?」

「少し知ってるけど……」

「……」


「俺の中学でも、みんなお前を応援してるし、もしかしたら全国の人もそうかもだぜ」

「うそ……」


「まぁ、最高の大舞台で、最高の勝負を見せてくれよな」

「そ、そこまで期待されると、緊張するんだけど……」





ファミレスを出て、


「あ、あの人、空富士拳だ」

「ほんとだ。ねぇ、サインもらってこ?」


「あらま、あれって、空富士」



町のみんなが僕の存在に気づき、



何だか、変な感覚だ。






―――そして現代じゃんけん決勝戦当日の早朝。


僕は誰よりも早く起床して、

携帯電話に邪魔されて、睡眠すらまともに取れなかった僕が


軽く顔を洗って、外に出て、歩いていた。


自然に五感を澄ますと、これまで



小鳥の綺麗なさえずり。


心地良い澄んだ風。


そして昇り上がる眩しい朝日。








一ヶ月前ぐらいまではただの高校生だったのに。

今では有名人。


僕はあんまり変わってないんだよ、だって。

身長もそのままだし、見た目もそうだし。


「……」



でももし―――


―――一つだけ大きく変わったことがあるとするならば。



それは、僕の心だと思う。

未来に対する意思、とでも言うのだろうか。


あれから、


現代じゃんけん大会でしか得られなかった経験で、

成長できたんだと思う。


だから、


宝石のような瞬間なのだろうか。

今、このしゅんかん





「……」


僕は右手を握りしめ、拳の形を創った。

手はこれからの試合に怯えて、震えている。


「ちょき……」


それに、一抹の悲しみだって胸の中にあるんだ。

これがもし、僕の輝ける最後のチャンスなんて、考えてしまうと。



―――でも、だからこそ。


さらに力強く、右手を握りしめた。



輝けるだけ輝きたい―――


―――それがかりに、一瞬の煌めきだとしても。



僕は一度だけの大切な瞬間を思いっ切り生きてみたいんだ。

それが僕の答えだ。


「チョキ」


自らの双眸に、朝日に照らされた右手を、鮮やかに映し出した。

そこには、意思に溢れ、力強く握られた鋏があった。

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