元防衛大臣との一騎打ち開始(4)
”結果発表”
―――”真壁守 チョキ”
―――”空富士鋏 グー”
―――”勝者 空富士鋏”
―――”おめでとうございます”
―――”78戦目 開始”
―――”現代じゃんけんの手を選択してください”
一度神風を背中に受けた後、まるで精気が抜けていくかのように、彼から勢いが消えていったのだ。
「ふふふ……」
「……」
新たな対戦。
引き分けではなく、相手の敗北なので、十分間の猶予は与えられている。
しかし。
「少しだけ疲れが……」
少年よりも大きく遅れを取り、
そして未だに答えを弾き出すことが出来ない。
「……」
「良し!答えが出来たぞ!」
制限時間が確実に近づいていき、精神を蝕んでいく。
「……」
「選択完了!これで僕は安全だ!」
制限時間が限界まで近づいて所で、真壁守は漸く長考を終えて、選択肢を選んだ。
”結果発表”
”引き分け”
―――残り時間、3分追加。
―――”現代じゃんけんの手を選択してください”
非情なアナウンスが機械的に流れた。
三分間というあまりにも短な時間。
それは心身ともに疲労しきった彼にとって、死刑宣告にも似た宣言であった。
そして、気付けば形勢は完全に逆転。
対戦相手からは徐々に引き離されていくのみ。
しかし。
絶望に相対しても、彼の双眸から煌めきが消えることはない。
「……」
―――80回戦目。
―――残り時間、3分追加。
―――”現代じゃんけんの手を選択してください”
感情のない機械的なアナウンスが何度も東京ドームに繰り返される。
引き分け、そして対戦時間の延長、対戦再開。
現段階で既に、現代じゃんけん大会の最長記録を優に越えていた。
これまでは10回連続程度が引き分けが記録だった。
「ふふふ……」
「まだまだ、だ……」
しかしこの烈戦にも終わりの兆しが垣間見えてきた。
相手は息切れを起こし、今にも崩れそうだ。
しかし。
最終兵器であるはずのスーパーコンピューターがとうとう、金切り声を発した。
―――ギュュュィィィィン!!!
「何だこの音!!??」
この世のものとは思えない耳を抉る爆音が炸裂。
「ギンギンする!!!」
鼓膜が破れないように耳栓をしながら、傍に立っていると、
ピッ。
”相手はグーを出す確率が一番高いです”
それでも真壁守よりに追いつかれること無く、答えを出した。
「空富士!!!これで俺達も勝てるぜ!!!」
青門が僕の肩に腕を回してきた。
「うん!!!相手はもうかなり限界を越えているはずだ!!!」
もうすぐだ。
蜃気楼に見えた勝利が直ぐ目の前に現れた。
「―――例え、相手がスーパーコンピュータだろうと……」
―――”残り時間 10秒”
―――”現代じゃんけんの手が選択されました”
そして死の淵で真壁守は、手を選択した。
”80戦目 結果発表”
”引き分け”
―――”残り時間 三分追加”
―――”90戦目 開始”
―――”現代じゃんけんの手を選択してください”
―――ジュュュィィィィン!!!
鳴り止まない暴走音。
それは過激さを増していくのみ。
「―――まだまだあるぞ!」
「え!?」
後ろから叫び声が響いてきた。
振り返ると、そこには。
「援軍だ!!!」
そして更に会場の入り口から台車によって運ばれてくるスーパーコンピューターの大群。
一台、二台、三台、四台……
「よいしょっと……」
「これで完了だ」
かち。
かち。
かち。
―――ギュュュィィィィン!!!
―――ギュュュィィィィン!!!
―――ギュュュィィィィン!!!
「!!!」
圧倒的な機械音。
音圧によって
「……!!!」
「ふっふっふ……」
それなのに、相手は未だに喰らいついてくる。
過去の膨大な戦歴を用いて、最適な答えを弾き出す最新型AIの機能に対して、彼は暗算。
100戦目に近づいていくと、彼の戦歴のほぼ全てを飲み込んでいるらしく、インプットする時間だけでも手間を取ってしまう。
「―――ば、馬鹿な……彼は暗算で複数のスーパーコンピューターに対抗しているというのか……?」
「「「……」」」
観客達が閉口、
限界まで熱狂していた人々は逆に静まり返っていき、会場はスーパーコンピューターの稼働音だけが炸裂する、異様な静けさを宿す。
”90戦目 結果発表”
”引き分け”
「「「馬鹿な!!??」」」
沈黙を会場全体が破り、驚嘆の嵐が降り注いだ。
―――”残り時間 三分追加”
―――98”戦目 開始”
―――”現代じゃんけんの手を選択してください”
奇跡の数字へと近づいていく。
「……あぢぢ!!!」
気付けば、僕の周りにはスーパーコンピューターばかりが配置され、既に僕の姿は相手から見えないぐらいにまで埋もれていた。
身長を約2メートルを誇る現代じゃんけん最強のスーパーコンピューターを複数装備、
パフォーマンスを最大限にまで保てるようにと、その外縁には冷却機が完備されている。
排熱が激しく、僕は茹だるよう熱さで体調が悪くなってきてしまった。
「……いででで!!!」
それは気温だけでの話ではない。
複数のスーパーコンピューターが同時に稼働しているのだ。
―――ギュュュィィィィン!!!
―――ギュュュィィィィン!!!
―――ギュュュィィィィン!!!
「……」
すると、突如として音が変わる。
―――ジュュュィィィィン!!!
―――ジュュュィィィィン!!!
―――ジュュュィィィィン!!!
「あががが!!!」
暴走を開始したのだ。
反射的に音源の方へ視線を向けると、スーパーコンピューターの一台が黒い煙を上げて、
「うそだろ!!!スーパーコンピューターが調子を狂い始めた!!!」
「馬鹿な!!!」
東帝生徒達が急いでこちらに駆けて来た。
「早く、冷却するんだ!オーバーヒートしてるぞ!!!」
「待ってろ!!!」
「おらよ!!!」
急いで冷却機の出力を最大限にまで引き上げ、そして
万物を凍えさせる程の冷気が、複数の冷却機から同時に流れ出す。
「ぜぇ……ぜぇ……」
真壁守の全身から滝のように流れ出す汗。
頭を左右に揺らしながら、思考を進めていく対戦相手。
「諦めない……」
しかし双眸の光は失われていない。
必死にしがみつく。
すると不思議な事に、反対側に座る観客の一部が、
「真壁!応援してるぞ!」
「そうだ!諦めるな!」
僕の応援から抜けて、真壁守を応援し始めたのだ。
しかし応援を受ける真壁はそれに対してあまり芳しい反応を返さず、
寧ろ、煙たしいような表情を浮かべていた。
ピッ。
”相手はグーを出す確率が一番高いです”
「きたぁ!!!」
―――”残り時間 一分”
―――”現代じゃんけんの手が選択されました”
「……」
―――”残り時間 10秒”
―――”現代じゃんけんの手が選択されました”
そして二人の回答の時間差は極限まで遠ざかった。
少年側は
真壁守は残り僅かの所で、回答。
”98戦目 結果発表”
”引き分け”
―――”残り時間 三分追加”
―――”99戦目 開始”
―――”現代じゃんけんの手を選択してください”
そして訪れた大台への扉。
「はぁ……はぁ……」
三分間。
画面に表示された。
それが俺の寿命なのか。
全身から感覚が抜けて、今にも倒れてしまうようだ。
「最後まで……諦めない……」
そして真壁守は最後の長考を開始した。
精神が身体を越えて、勇敢なる意思だけで全身が突き動かされている。
「前に進むんだ……その先に……答えがあると信じて……」
暗闇に消えていく視界の中、彼は道の先にある光の筋を捉える。
―――ジュュュィィィィン!!!
―――ジュュュィィィィン!!!
―――ジュュュィィィィン!!!
複数のスーパーコンピューターはその身を削りながら、ひたすら演算を繰り返し、答えへと駆け抜けていく。
しかし処理能力限界の作業らしく、稼働している全てが黒い煙を周囲に撒き散らし、絶命の時を知らせる。
「冷却しても、もう限界だ!!!」
「やばい!!!爆発するぞ!!!」
「うそ!?」
あいこ99連発という、歴史的な超長期戦。
永遠に続くかと思われた勝負にも、
「真壁!!!お前なら出来るぞ!」
「機械になんて、負けるな!!!」
「が、頑張って……」
その姿に観客が泣き始めた。
「危ない!空富士、離れろ!!!」
青門がそう叫んだ瞬間、―――
ガガガァァァァァ!!!
爆発音を迸らせ、全てのスーパーコンピューターが命を落とした。
そして、その命と引換えに、究極的な答えが算出された。
「―――空富士!!!答えが出たぞ!!!」
「……!!!」
その指示を元に、選択肢を選んだ。
―――残り時間、1分。
―――”現代じゃんけんの手を選択されました”
「……」
真壁守は長考中、選ぶ気配はない。
このまま時間が過ぎてくれ。
お願いだ。
僕は最後に、天に願った。
「お願い……!!!」
―――残り時間、10秒。
―――”現代じゃんけんの手を選択してください”
その時、真壁守は時空の隔離を感じた。
五感が周囲と切り離され、己の精神と一体化したのだ。
「私は決して時代の流れに身を任せない……」
彼はその頑然とした姿勢を崩すことはなく、己の信条だけを貫き、答えを求める。
―――残り時間、1秒。
―――”現代じゃんけんの手を選択してください”
「老いゆく身でも、未来を自分の力で切り拓くんだ……」
試合が終わるその一瞬まで、諦めない。
―――残り時間、0,1秒。
―――”現代じゃんけんの手が選択されました”
「……」
かち。
その操作音を最後に、
「「「……」」」
会場全員が口を閉じた。
―――”100回戦目 結果発表”
東京ドームに、完全な無音が舞い降りた。
―――”真壁守 パー”
そして命運が下された。
―――”空富士鋏 チョキ”
「……」
「……」
―――”勝者 空富士拳”
―――”決勝戦進出、おめでとうございます”
「……」
その結果を目の当たりにした瞬間、真壁守は目を閉じた。
―――世界は、闇に落ちたのだろうか。
真壁守は暗い闇の中で、そう考えた。
そして永遠のように続いた刹那の後、目を開いた。
「……!」
彼の目の前に広がるのは、立ち上がり拍手しながら、こちらに体を向ける観客達。
勝負が終わり結果が決まると、拍手喝采を送られたのは、勝者ではなく、敗者に対してであった。
「素晴らしい現代じゃんけんだったよ……」
総理大臣が最初に大きな拍手を送ると、それを拍車に、会場全体を揺らす大歓声が沸き起こる。
そして一分間以上にも続く彼への拍手喝采が行われた。
「よくやった!!!」
「凄かったわ……」
「……」
そんな様子を見ていた少年の心が踊ることはなく、俯きながら、ただ棒切れのようにその場に立ち尽くしていた。
最後に、2つの手が重ね合わされた。
「「……」」
少年はどんな感情を感じて良いのか分からず、ただ虚無を胸に宿す。
「君のお婆ちゃんにも、よろしく伝えておいてくれ……」
「……」