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元防衛大臣との一騎打ち開始(2)

―――”制限時間、10分”


―――”現代じゃんけんが始まります”



―――そして遂に、決勝トーナメント第三回戦の火蓋が切って落とされた。



「どうやら、君たちはAIを使っているようだね」

「……」



何のことでもない。

それならば、この私がそのAIを、出し抜けばいいだけのことだ。


私にだって理論上の知識は十分に備わっているのだ。


彼らが使用しているAIのモデルも他と基本的には構造は同じである。

対戦相手の過去の戦歴を基に、相手の最適解を導き出す。

要はそれだけだ。




ならば、私も同じ結論に達して、その逆手を取る。


いいや。

それだけでは駄目なのだ。


―――私が最強であることの証明をしてやる。


ただ勝つだけではなく、

その圧倒的な差を越えて、そして相手に勝つ。

自分の力だけに頼り、


「決めちまえ!少年!」

「そうだ!相手は無防備だぞ!」


観客は退屈そうに声を出した。


「これじゃ、全く試合になりそうにないな」

「ああ、相手はグラスすら装着してないんだ」


誰もがこの試合を真面目に捉えていないと考えていた。

しかし。




「―――おい!空富士!次の答えが出たぞ!」

「分かった!」


すると、どうやら、既に東帝高校の生徒達が答案を用意してくれてきたらしい。


「この勝負は、僕が勝つ!」


そして、僕が現代じゃんけんの手を選択しようとすると、


「それでは、先出しさせてもらおう」

「え―――!?」



―――”残り時間 2分”


―――”現代じゃんけんの手を選択されました”



あろうことか、相手が僕よりも速く出したのだ。


「ば、馬鹿な」


画面に伸びる手が静止した。


「あいつ、コンピューターより先に答えに辿り着いったていうのかよ!?」


東帝生達も脇で驚いている。




そして訪れた最初の結果。



”一戦目 結果発表”



―――”真壁守 グー”


―――”空富士鋏 グー”



”引き分け”



「え―――?」



会場に沈黙が走った。

それは誰もが予測していなかった結果。



―――”残り時間、三分追加”


―――”二戦目 開始”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



「まじかよ!」

「あいつ、自分の頭脳だけで戦おうっていうのかよ!」

「無謀だぜ、無謀!」

「何を考えてんだ!」


そのアナウンスと同時に、会場が大いに沸き立った。


「「……」」


二人は視線を絡み合わせ、睨み合う。




”4戦目 結果発表”


”引き分け”



―――”残り時間 三分追加”


―――”5戦目 開始”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”




既に試合は五回戦を迎えた。

これまでの大会ではここまで引き分けを繰り返した事はなかった。

つまり未知の領域。



「何だ、何だ。まだ決着がつきそうにないぞ」

「おい、どうしたんだ、少年!」

「もしかしたら、これは長期戦になりそうだな」


観客がざわめき出した。


誰もが一辺倒の試合で終わると思っていた。

それもそのはずだ。


少年の背中には、最先端の時代が味方についている。

それに対して、対戦相手の真壁守は、全ての情報を遮断しているんだ。




”9戦目 結果発表”


”引き分け”



―――”残り時間 三分追加”


―――”10戦目 開始”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”




10回戦開始。


開始僅かで、引き分けの回数の桁が一つ増えてしまった。


一台のパソコンを用いても、さっきまでは瞬時に最適な答えを出しているのだが、

今では少しだけ手間取っている。


「それでは、先に出させてもらう」

「……!」


相手は何も持たないのに、先出しを繰り出す。

冷静に、そして、大胆に。


その数秒後にこちらも答案が出た


「こっちも選ばせてもらう!」


そして、選択完了。



しかし引き分け。

決着が決まることはなかった。



―――”残り時間 三分追加”


―――”11戦目 開始”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



試合は平行線をたどる一方。




「―――おいおいおい!!!」

「こいつはやばいことになってきたぜ!」

「20戦目だと!?」


観客は熱狂し始めた。

想定外の展開に。

無防備な男が、武装した少年に対して、勇敢に立ち向かっているのだ。



―――”残り時間 三分追加”


―――”20戦目 開始”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



「やばい!一つだけのパソコンだと、もう限界かも!」

「そうか!ちょっと待ってろ!」


脇のテーブル上に置かれたパソコンは限界を迎えている。

引き分けの時に追加される制限時間ぎりぎりで、答えを弾き出している状況。


どうやらバックアップがあるらしい。

東帝高校生達がアリーナから全速力で出ていった。


「今回も、私が先出しさせてもらう」


僕達が慌てふためいている最中に、真壁守は涼やかに先出し。


「またかよ!」


それに制限時間が迫ってきている。


「頼む!早く答えを出してくれ!」


願いが通じたのか、制限時間間際で、



”相手はグーを出す確率が一番高いです”



とパソコンの画面に表示された。



「ふぅ〜。何とか間に合ったようだ……」


少しだけ冷や汗を掻きながら、僕は安堵した。



―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



つまりグーを出せばいいんだ。


「よし!君に決めた!」



ポチッと。



―――”残り時間 1分”



―――”現代じゃんけんの手が選択されました”



僕も彼を追いかけて、選択肢を選択、そして結果画面に強制移行させた。



「ふっふっふ」

「……」



”20戦目 結果発表”


”引き分け”



そして何度も繰り返し聞いたアナウンスが場内に流れた。


「うおおおお!!!」

「すげぇ!!!」

「あの男、一体何者なんだ!!!」


その驚くべき芸当に、観客達がどよめきを起こした。


「ふっふっふ」

「……」


不気味な笑みを浮かべ、こちらの様子を窺う対戦相手。

鉄壁の防御で、敵からの攻撃を許さない。





―――それから時間が経過。

さらに長丁場を引き伸ばしていく。



―――”29戦目 開始”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



僕は再び危機を迎えていた。

傍にあるパソコンに真壁守の戦歴を入力したのだが、

情報力が多すぎて、処理するのに、時間がかかっているらしい。


「頼む!早くしてくれ!」


相手はとっくに先出したっていうのに、こっちのパソコンはまだ何も答えを出していないのだ。



―――”残り時間 30秒”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



「こんな所でどうしたんだ……?」

「……」


真壁守は汗を滲ませる僕を見て、一言、呟いた。


こんな所……?

今彼はそう、言ったのか?

まさか、まだまだ持久力が残っているというのか?


だって既に普通の人間が到達できるような領域から逸脱しているように思えるんだけど……



”相手はグーを出す確率が一番高いです”



制限時間残りわずかの所で、やっと画面に最適解が表示されたのである。


「来た!」


僕は曇っていた表情を明るくして、電光石火の如く、選択肢を選んだ。



「押せ押せ押せ!」



カチカチカチカチ!!!



―――”残り時間 1秒”


―――”現代じゃんけんの手が選択されました”



「あ、危なかった……」


正に間一髪。



”29戦目 結果発表”


”引き分け”


相変わらずの引き分け。








「―――そうだ、これで終わりではあまりにも興がないだろう」


相手は勝つことが己の運命であるかのような口調で呟いた。


「……」


怪しい。

絶対に、相手の手を計算する道具をどこかに隠し持っているに違いない。


だって、こっちはAI搭載のパソコンの中で、時間いっぱい使って相手の最適解を見つけ出したのに。

頭脳以外、何にも頼らず暗算だけで、ここまで先導してきているというのか?


もしこれ以上のデータを用いて演算するには到底制限時間には間に合わない事になる。

つまりそれは、僕の負けをも意味するかもしれない。


「……おじさん」

「どうしたんだね?」


僕は試合の僅かな隙間を使って、ちょっとだけ質問会を開くことにした。


「本当に、どこからも情報を入手しないで、自分の頭で計算してるの?」


単刀直入に訊いてみた。


「ああ、そうだ」

「う、うそ……」


やっぱり、そうらしい。

真っ直ぐな目で、堂々とこちらを見てきた。

そこに、虚実の入る隙間はなかった。


「……」


ん、それに。

今気づいたことがあるんだけど、


「グラス、どうしていっつもポケットにしまってるんですか?」


選択肢を操作し終えると、対戦相手は絶対にグラスをポケットに入れるのだ。

試合中なら別に、手に持ってても良いはずだろう。


「これの事か」


真壁守は内ポケットからそれを取り出して、嫌悪の双眼で、眺めた。


「あ、それ」


近くでよく見ると、そのグラスは一番古いモデルだった。

重くて、操作性悪いし、全体的に機能性が酷い初期型。

恐らく買い替えていないのだろう。


でもまだまだ綺麗な状態で、傷や垢なども無く、新品かとも思ってしまった。


「私はグラスが嫌いなんだ」

「え?」


グラスが嫌い?

あんな素晴らしいテクノロジーの何処に嫌われる点があるのだろうか

いっつもどこでも情報は手に入って便利だし、それにスタイリッシュだし。


もちろん、現代じゃんけんでの必須品だ。


「でもそれがないと、かなり不便な勝負になりませんか?」

「ふっふっふ……」


僕の質問に対して、


「私は機械になど頼らん」

「……」


真壁守は、毅然とした態度で述べた。









―――”30戦目 開始”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



「大変だ、もうパソコンが―――」


制限時間間際、僕は無力さを感じながら、ただ、パソコンに祈りを捧げていた。


ギリギリギリィィィ!!!


「うわっ!」


その祈りを跳ね除けるかのように、いきなり不快な音がパソコンから鳴ってきた。

複数の金属を擦りつけるような轟音。


「ちょっと、パソコンから変な音が出てるんだけど!?」


熱も狂ったように放出。


「心配するな!今持ってきたぞ!追加のパソコンだ!」

「分かった!」


メインステージの入口部分から走ってくる生徒達の姿。

彼らは台車で新しいパソコンを運んできたのだ。


「よいしょっと……」


そして、隣のテーブルの上に追加されていく。


「ふっふっふ」

「……」


力の限界を迎えて瀕死になったパソコンに四苦八苦している様子を、対戦相手の真壁守は、余裕の表情を乗せて、眺めている。


「これで、追加完了だ!」

「……す、凄い!」


「それにだ、こいつは速いぜ!」


新たに戦力となったパソコンの表面部分を叩いて、青門は自慢するように呟いた。


「ど、どれくらい―――?」


僕は純粋な興味心で尋ねた。

そしてその言葉は真であった。


「―――よし!正解が導き出されたぞ!空富士!」

「……すげぇ!」


そして幾つもの文明の利器の力を合わせ、今度は、瞬時に答えを弾き出した!

さらに飛躍された演算力は伊達じゃない!


「それでは先に」



―――”現代じゃんけんの手を選択されました”



「あぁ!!!また先を越された!!!」




―――”現代じゃんけんの手を選択されました”



対戦相手に少し遅れて、僕は追従した。


「は、速すぎる!」


複数のパソコンでこっちは計算しているんだぞ!?


彼の方を見ると、ゆったりと、全身をリラックスさせて、試合に臨んでいる。

恐らく彼にとって、まだまだ全力からは程遠いのだろうかと、恐ろしい予感を垣間見えさせる。


「ふっふっふっ」

「く、くそ……」




そして訪れた結果発表。



”30戦目 結果発表”


”引き分け”



「またか!」




「―――おい、あいつ、化け物じゃないか!!!」

「ちょっと、俺、真壁の方に応援したくなってきたかも……」

「そうだよな、だって何も持ってないんだぜ?すげぇ……」


そして、これまで僕を応援してきた観客達が僅かながら、真壁守の味方に回ってきたのだ。




―――”制限時間は3分”


―――”31戦目 開始”


―――”現代じゃんけんが始まります”



複数のパソコンは一つの目標に向かって、ただ似たような演算を行う。

相手の膨大な過去の戦歴を丁寧に横断し、そして、最適な答えを弾き出す。


その答えに至るまでの過程は、対戦相手も同じだった。

確率の計算を頭の中で行い、自分の



”39戦目 結果発表”


”引き分け”



―――”40戦目 開始”


―――”現代じゃんけんが始まります”




そして早くも40回戦目。

更新が止まらない現代じゃんけん最長記録。

なんと、その勢いは消えるところか、増してきている。



記録更新する度に、観客も熱狂の様子を見せ、会場は喧騒を強めていく。


「すげー!!!現代じゃんけんって、こんなに引き分けすることあるのかよ!!!」

「見たことねーよ!!!こんな試合!!!」


「う、うそ……」

「……」


応援していた後ろの観客達も、対戦相手の曲芸に言葉を失い、ただただ絶句。


「「……」」


対戦終了予定時刻は既に大幅に越えているのに、

現代じゃんけんの戦いはまだ終わりの片鱗すら垣間見えない。

寧ろ、これから激化していく様子を呈している。


二人の対戦相手はお互いを睨み合い、火花を散らしている。



ギリギリギリィィィ!!!

ギリギリギリィィィ!!!

ギリギリギリィィィ!!!



「しまった!!!新たに用意したパソコンも変な音を出してきたぞ!!!」

「うそだろ!?」


「先出しさせてもらおう」

「……」


そして、真壁守がリードした。

パソコンの大群は彼の前ではただのガラクタなのか。


このままだと僕は最適な答えを出すことが出来ずに、自分の力で選択を選ばなければならない。

それでは絶対に駄目だ。


「どうするんだ!?」

「流石にここまで考えてないぜ!だって、そうだろ!?」


先程まで用意周到さを見せていた東帝高校達は予想外の長丁場にパニックに陥り、その場で立ち尽くしている。


「あ、あれ、持ってくるか?」

「馬鹿な!?あ、あいつをか!?」


すると、僕から少しだけ離れ、二人は耳打ちして何かを話し始めた。


「状況を見てみろよ!?」

「……でも、あれはまだ実験段階中だろ?」

「……だって他に、方法はないじゃないか……」

「……」


一体何を話しているんだろう。

僕は注意深く横から観察していた。


「……」


どうやら対話が終了したようだ。

こちらへ戻ってくる。



「―――なぁ、空富士……後少しだけ待ってくれないか!?」

「え?」

「これから秘密兵器を持ってきてやるから、その間だけ、辛抱していてくれ!」

「ちょ、ちょっと待って!」


そして東帝高校生達は、僕の陣地から離れ、会場から姿を消していった。


「ど、どうしたんだろう……」


技術的なサポートが居なくなり、一気に自分の依存性、脆弱性を噛み締めた。

二人は一騎打ちの状態。


「ふっふっふ」

「……」



「―――早く、答えを出してくれ!!!」


僕はただ両手を合わせて、一秒でも早く演算を終えてくれるのを待つだけだ。



”相手はグーを出す確率が一番高いです”



そして数秒後、待望のメッセージが画面上に躍り出る。



「きたぁ!」


かちかちかち。



―――”残り時間 2分”


―――”現代じゃんけんの手が選択されました”



”40戦目 結果発表”


”引き分け”



「ふっふっふ、どうやら今回も引き分けらしいな」

「……」


相手に焦りは見えない。



「ふぅ〜、危なかった……く、苦しくなってきたが、取り敢えずこの場を凌いだぞ……」


額から滑り落ちる冷や汗を腕で拭い、一時の安堵に身を任せる。


しかし数戦後に時間が間に合わなくなるのは確実だ。

そして機械に頼らず、無防備な状態で対戦相手と対峙すれば、勝敗は明白。




―――”残り時間 三分追加”


―――”49戦目 開始”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



ギリギリギリィィィ!!!

ギリギリギリィィィ!!!

ギリギリギリィィィ!!!



「もう駄目だ!!!」


僕の隣にあるパソコンの大群は故障寸前。

不快な機械音の多重奏を奏で続ける。


48回目の引き分けでは、制限時間まで残りわずかで回答が算出されてしまった。

つまり49回では絶対に間に合わない。


そして今日の試合で初めて、己の力のみで、手を選択することになった。



「どうしたんだ、機械は使わないのか」

「……」


その様子を超然と立ちながら、言い放つ真壁守。

まだまだ疲労の様子は垣間見えず、ただ自信だけが滲んでいる。




―――”残り時間 2分”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



一体、何を頼りに真実にたどり着けば良いのだろうか?

相手はじゃんけんの神様なんだ。

隙なんて、あるわけないじゃないか。


隣のパソコンは黒々とした煙を撒き散らし、完全に故障。

画面には、僕の絶望した顔を映るのみ。


「……」


これまでの現代じゃんけんの経験なんか、役に立つとは思えない。

現代じゃんけんにおいて、情報は力。

その言葉は確かに事実だと思う。


でも、情報すらない場合はただ無力である。



―――”残り時間 1分”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



ぐるぐる頭を回転させながら、ただ時間が過ぎ去っていく。

二度と巻き戻らない大切な時間。


思考しても、思考しても、勝利へ道を進んでいるとは思えない。

だって、そもそも相手のガードが硬すぎる。


「ふっふっふ……」

「……」


しかし、じゃんけんの神様はその真逆のようだ。

余裕の表情で、僕を観察、そして何故か、こくこくと頷いているのだ。


「見えたぞ、君の手が」

「え―――?」


衝撃の一言が彼の口から零れた。

それは僕を既に看破したという勝利宣言だったのだ。


「それでは、1勝させてもらおう」

「そ、そんな、ばかな!!!」


一体、どうやって相手は答えを出したんだ……?

僕の表情や動作を観察して、

心理学的な洞察によるものなのか?


それとも、やはり、数学的な視点から現代じゃんけんを捉えて、

確率などの概念を操っているのだろうか?



いや、もしかすると―――。



「ふっふっふ」

「……」



―――真壁守は全ての領域の知識、そして経験を総動員させて、一つの究極の答えに辿り着いているのだろうか。



彼の圧倒的な経歴を考慮すると、そう断言するには難しくない。


最高峰の学歴で築き上げられた圧倒的な知能、

最高峰の政治人生によって培われた能力、

最高峰のじゃんけん道によって磨かれた現代じゃんけんへの極めて余りある素養。


屹立しているのだ。

そんな人物が。

僕の眼前に。

神の如く。



―――”残り時間 1分”


―――”現代じゃんけんの手を選択されました”



「それでは、先に出させてもらうよ」

「……!!!」



繰り返される先出し。


「ど、どうなっているんだ……」

「あいつは間違いなく、神だ!!!」


東京ドームの観客の熱狂が津波のように押し寄せる。




―――”残り時間 30秒”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”




「……えっと、えっと……」


頭を必死に動かそうとするのだが、思考は何処にも飛躍しない。


霞む視界に映る対戦相手を見て、何か探れないか、舐めますように眺める。

しかし収穫はない。


これがじゃんけんの神様の力なのか……


ただ、自分が惨めに感じるだけだ。

僕はあの一億人からここまで勝ち抜いてきたんだ。

その事に対して、幾ばくかの誇りを持っている。


前回の試合だって、あの有名なインフルエンサーに勝利。


でも、上には上がいることを知らされた。

それもただの上なんてもんじゃない。

雲の上、遥か宇宙の彼方。


格が違いすぎる。


僕は現代じゃんけんにおいてはそこそこ強い方なのかもしれない。

だが、純粋なじゃんけんでは、まるっきりの初心者に近い。



―――”残り時間 1秒”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



何を選択していいか分からず、震える右手が画面に伸びていく。



―――”残り時間 0秒”


―――”現代じゃんけんの手が選択されました”



適当だった。

相手から誘導されているのだろうか、それとも会場の熱狂に妨げられているのだろうか。

それすらも良くわからない。


「負けた……」


そして、結果発表すら行われていないにも関わらず、出した直後に自分の敗北を予期した。

確信に近いものだった。



”49戦目 結果発表”



―――”真壁守 グー”


―――”空富士鋏 チョキ”



―――”勝者 真壁守”


―――”おめでとうございます”



「ふっふっふ」

「……」


自らの予想通りに刻まれた最初の敗北。

既に試合が二時間以上経過して、定められた初めての決定的な結果だった。


「いいぞ!その調子だ!!!」

「決めちまえ!!!」


観客はますます僕から離れ、じゃんけんの神様についていく。


当然だろう。

テクノロジー全てを駆使しても、こんな惨めな姿を晒しているんだ。


「どうやら、私が勝ったようだ」

「……」


ふらふらさせながら、相手の言葉を受けて、前を向く。

双眸に映るのは、未だ鉄壁の牙城を保つじゃんけんの神様の姿。


「ふっふっふ」


すると、真壁守の双眸が燦々と輝き始めた。

星のような煌めき、まるで大人の体に残された純粋な稚気の心のようだ。


「……」


その眼が伝えている。

この瞬間を心の底から楽しんでいる、と。

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