元防衛大臣との一騎打ち開始(1)
帰宅すると、僕は実況動画に釘付けになっていた。
次に組み合わせは僕の相手になる
「」
彼もじゃん王と同じように現代じゃんけん系インフルエンサーの一人。
じゃん王と比べてしまえば人気などでは多少劣ってしまうが、圧倒的な二位を誇るユーチューバーだ。
特筆すべき点は、彼のスタイルは
しかしそこで、衝撃的な光景が繰り広げられていた。
ネット配信されている現代じゃんけん決勝トーナメント二回戦。
じゃん坊、対、真壁守の一騎打ち。
当然じゃん坊が簡単に勝つだろうと、観客はみんな考えていたのだが、
それは大きな間違いだった。
試合はおじさんの一辺倒。
「おい、どうしたんだ、早く出せ」
「えっと……」
じゃん坊はじゃんけんはもちろん、現代じゃんけんでも才能のある人間だ。
これまでずっと
そして
しかし。
上には上がいるようだ。
彼の戦略の支柱となっている
それはじゃん王が僕にも使用してきた種類と同じ戦略だった。
「」
だがそんな手は、このおじさんに全く通用していなかった。
国内でも有名なインフルエンサーの影響力を把握し、見透かし、
さらにそれを己の力に転換して相手に攻撃するような。
恐ろしいファイティングスタイル。
あらゆる能力において、隙のない理想形とも
「」
「」
圧倒言う間に試合は幕を閉じた。
一度も引き分けになることがなく、真壁守というおじさんが圧勝したのだ。
じゃん王も実況解説していたのだが、あまりの予想外の展開に、ただただ言葉を失い、
どっかで聞いたことがある名前、だとおも
それからだった。
この決勝トーナメント三回戦進出した謎の男、真壁守、という人物にスポットライトが注ぎ込まれたのは。
そして、直ぐにこの男性が只者ではないと知った。
元防衛大臣だったんだ。
まさか、あの同一人物だとは思わなかった。
相貌が隠遁生活でもしているかのように、ぼろぼろだし、
口ひげも顎ひげも伸びっぱなしだ。
しかし、現代じゃんけんにおいて、圧倒的な才能を輝かせる。
「お婆ちゃん、知ってるの!?」
「ええ」
まさか。
「そうね、彼は強いわ、かなり」
「お婆ちゃん、前に敵はいないって言ってたじゃん」
「ええ、でもそれはあくまで、現代じゃんけんにおいてよ」
「どういうこと?」
「もし純粋なじゃんけんでは、彼の方が強いわ。いいえ、恐らく最強よ」
「だったら、僕は勝てないじゃん」
「いい、彼は時代の潮流に取り残されて、」
「でも現代じゃんけんでは、私が最強よ」
お婆ちゃんは微かな笑みを滲ませて、そう高らかに宣言した。
「かっこいい、お婆ちゃん!」
「ふふふ……」
「そして拳も、
決勝トーナメント第三回戦。
状況は逆転した。
二回戦では僕は試合前から窮地に立たされていた。
超大物インフルエンサーから
しかしその全ての勢いが今、僕の背中を押してきている。
ファンも無茶苦茶増えたし、
有名人。
それだけで形容詞したら、
何処を歩いても、
元防衛大臣のエリート中のエリート。
じゃん王の話によれば、彼はじゃんけんの神様とも呼ばれる人物らしい。
会場は東京ドーム。
本来であれば、プロ野球の試合をするはずだったのだが、ビリオネアである開催者兼CEOの郷田拳がその圧倒的な影響力を振るって、ここを会場にまでしたという。
なんて力技。
やることの規模が違いすぎる。
満席の会場に座るのは、僕のファンが多いらしい。
有名人のじゃん王との勝負に勝利したんだ。
だから対戦相手の側にも僕を応援する観客がびっしり。
つまりこの状況は前回の逆、とでも言うのだろうか。
「次のバッターは、空富士鋏」
僕が会場に出ようとすると、場内アナウンスによって迎えられた。
「バッター!?」
そして野球で言う外野のセンターの後方に大きなスクリーンが設えられており、
堂々と僕の姿が映し出された。
「うわっ!」
自分の緊張している顔が大きく映ったので、驚いてしまった。
「うわっ!!」
自分の緊張している顔が更に大きく映ったので、驚いてしまった。
「うわっ!!!」
自分の緊張している顔がまた更に大きく映ったので、驚いてしまった。
「あの人、変顔でもしてるのかな」
「さぁ?」
「こ、こんなに人、いるんだ……」
アリーナの中央に歩みを進めながら、首を回して、観客席を改めて眺める。
「……」
その後、僕の視線は体の前の人間に、吸い込まれた。
「ふっふっふ」
「……」
つまり準決勝の対戦相手。
「ま、まさか、僕が元防衛大臣と戦う日が来るなんて……」
そんな事、夢の中の夢でも、描けなかっただろう。
緊張で全身を震わせる僕と比べて、彼は、両足をしっかりと地面につけて、落ち着いている。
彼の姿には、圧倒的な歴史が刻まれているように思えた。
真壁守。
東帝高校、そして東帝大学卒業。
その後、エリート街道を駆け巡り、最終的に一国の防衛大臣までに登り詰めた男だ。
政治家としての道も華頂を極めるものだ。
防衛大臣として長らく国を数多の脅威から守り、国民の安全の確保、保持に献身。
引退後も重要政治家として国の中枢に跨がり続けた怪物。
顔には深い皺が幾重にも刻まれ、その壮絶な人生の片鱗を垣間見せる。
その男が今、僕の前に屹立し、圧倒的な存在感を放っている。
僕のような一般人にはあまりにもかけ離れた人物、結果として萎縮してしまい、
自分が相手に相応しくないのではないかと無意識、そして意識的に感じてしまう。
そして彼はグラスを嫌っているのか、それを額から外し、ポケットにしまっている。
つまりそれは不必要な情報の遮断という意志の現れだろうか。
「……」
それに対して、この僕。
普通の中学生、特に特技なんてないし、冴えない。
えっと、僕なんかがこの場所に立って良いのだろうか。
周りを見渡して見た。
東京ドーム。
こんな大舞台で、米粒みたい小さく感じる。
「何だ、あの人達……?」
そして視線が目の前の奥に行くと、何ともフォーマルな格好をした観客の姿が見えるのだ。
一人だけではなく、複数人で。
「へっ……?」
対戦相手の後ろには、政界の役人達が堂々と面を構えていたのだ。
今現在の与党が大集合である。
「あっ!!!」
そしてその中央に、なんと―――
「―――あれって、総理大臣だよね」
「ああ、第52代総理大臣」
国のトップである現総理大臣が座していたのだ。
「丁度、視察が近場であったらしくてな、旧友の彼に駆けつけたっていってた」
「う、うそ……」
「……」
視界の奥に総理大臣が常時映っていると、こう、集中するのも一苦労だ。
普段は絶対にお目にかかれない、日本の歴史に大きく名前を刻む、偉大なる人物。
その人物がこの現代じゃんけん大会準決勝、そして僕の存在を目にしているという事実が未だに呑み込めていない。
「よろしく頼むよ」
「ど、どうも……」
そして試合直前、二人は握手を交わした。
僕はいつも通りの緊張のせいで、手汗がびっしょりだったのだが、彼の手は無機質のように冷たく、
硬かった。
後、僕の身長よりも彼は一回り大きく、相対した時、
目の前に大山が聳え立っているのかと思ってしまった。
なんていうか、校長先生と握手した時を思い出した。
「……」
大丈夫だ。
そう自分に言い聞かせる。
ここまで僕は不正もせずに、ちゃんと辿り着いたんだ。
自分が勝負する事に恥じることは何もない。
心を宥めていると、後方から一人の少年に対して、大きな歓声が送られた。
「「「空富士―――!!!」」」
「……!」
それに加えて、僕の敵になった人達は全員、僕の味方になって、加勢してきている。
葵桜高校、東帝高校、じゃん王のファン達。
モラルサポートだけではなく、技術的な援助でも同じだ。
東帝高校の現代じゃんけん研究会が開発した最新のAIだって、あるんだ。
「どうやら、君には沢山の応援がついているらしいね」
「……」
例え相手が元防衛大臣、政治界の大物だって、
恐れるに足らず、ってやつだ。
「……」
……だと信じたい。
しかしどうしてだろう。
完全アウェーゲームだって言うのに、肝心の対戦相手は堂々と立っている。
まるでこの状況が日常であるかの如く、穏やかな表情を浮かべ、こちらを見ている。
「―――真壁守、どうやら彼はじゃんけん界で滅茶苦茶有名らしいな」
「ほらこれ、彼のデータベースを見つけた」
「うわ!これって、何年分の戦歴なんだ!?」
「数十年分ぐらいあるぞ、えっと、半世紀ぐらいかな……?」
「半世紀だと!?」
東帝中学の研究会の生徒達が
どうやら彼には過去のじゃんけんのデータベースが大量に存在するらしく、
ネットでそれを見つけてくれた。
今、彼らがそのデータベースを用いて、最新のAIにインプットし、僕にとって最適な答えを弾き出してくれているとの事。
「まぁ、心配ないさ」
「そうだな、肝心の相手はグラスを外しているんだ。自殺行為だよ、あんなの」
「準決勝がこんなに楽に決まるなんて、空富士の奴、ラッキーだぜ」
蒼桜中学、そして東帝中学の生徒達が後ろからそう話している。
誰の目から見ても、状況は明らか。
その会話が聞こえてきたのだ、僕も少しだけ安心してきた。
「そうだ、僕は何も不安になることはないんだ」
「……」