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じゃん王との一騎打ち(パート2)

―――”残り時間 10分追加”


―――”2戦目 開始”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



早くも、決勝トーナメント二回戦の後半を迎えた。


「……」


状況はじゃん王の一辺倒。

空富士鋏は対戦相手の圧倒的な情報操作に屈し、何も手を出せず、絶体絶命。

このままでは、じゃん王に呆気なく敗れ、これまでに戦ってきた敗北者の二の舞いになってしまうだけ。


後半戦になってもトリックを見破れない空富士鋏。


東帝中学にも勝利して、この試合も頂いたと思ったのだが、

そんなのは幻想でしか無かった。


「早く決着をつけろ!じゃん王!!!」

「この雑魚を蹴散らせ!!!」


「……」


僕を追撃するかのように、四方八方から押し寄せる罵詈雑言の嵐。

心は荒れに荒れて、立っていることさえままならない。

視界の大部分が霞んできた。


「あ、あぶない……」


覚束ない足を床に滑らせ、一瞬バランスを崩し、倒れてしまう所だった。

片膝をステージにつけて、立ち上がろうとするが、


「これはもう諦めるしか……ないのか……」


あまり圧倒的な試合の展開に、希望が見えず、片膝往生。



―――”残り時間 9分”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



「―――ははは」


すると、前から誰かの影が降りてきた。


「―――どうだい、もう降参してみるというのは」

「え……?」


それはじゃん王だった。

彼は絶望に暮れる僕に近づいて、脱落しろと、言ってきたのだ。


「……」


どうする。

どうすればいいんだ。


勝つためには……


そしてまともな思考へと一瞬戻ると、再び、情報の津波によって絡め取られ、パニックに舞い戻ってしまう。



―――”残り時間 7分”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



デデン―――!!!


―――うわっ!



着信音の連撃。

耳を劈く不快な音が鳴り止まない。


「ええっ!!!このアプリも時代遅れなの!?」


そうこうしているうちに時間だけが過ぎ去り、前半戦の試合時間があと僅かまでに迫る。

心臓の鼓動は急速に加速していき、息継ぎのスピードをも越えていく。


デデン―――!!!

デデン―――!!!


「また来た!」


情報の津波。

感情の津波。


ただ圧倒的な大波に飲み込まれ、自分を見失い、気付けば崩れていた。

そしてそれを悟ることすら出来ない僕。


デデン―――!!!

デデン―――!!!

デデン―――!!!


「まただ!!」


敗北必死の絶体絶命的状況。


弱点が見えない。

相手の策略が見えない。


デデン―――!!!

デデン―――!!!

デデン―――!!!

デデン―――!!!

デデン―――!!!

デデン―――!!!


「やめて―――!!!」


そして膨れ上がる自分の弱み、脆弱さ。


既に僕の思考は、インフルエンサーの手の中に握られてしまったのだ。

後はじゃん王の好きなように、焼くなり煮るなり燻製なり、何とでも可能だ。



デデン―――!!!

デデン―――!!!

デデン―――!!!

デデン―――!!!

デデン―――!!!

デデン―――!!!

デデン―――!!!

デデン―――!!!

デデン―――!!!


「―――!!!」


完全に情報の津波に飲み込まれて、声を殺された。

情報がグラスに限界まで押し寄せてきたのだ。

すると、グラスの処理機能を越えて、


ぷつ!


電源が、一瞬だけ消えた。

そして黒くなった画面に、一人の顔が映し出された。


「え―――?」


それは、じゃん王の手のひらで惨めに踊る僕の姿だった。


「……」


血走って、呼吸を乱し、方向性を失った哀れな一匹の羊。


―――何をやっているんだ、僕は。


「…………」


ぷつん!


そして電源が戻り、グラスの画面が表示された。


「………………」


少しだけ、冷静になれた。



―――”残り時間 5分”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



冴えてきた頭脳は、試合開始直後に途切れた思考を思い出させてくれた。


―――僕はお婆ちゃんのくれたアドバイスを参照にしながら、この試合で戦ってみたい


「……」


そして、昨晩のお婆ちゃんとの会話をも想起させた。



「―――現代じゃんけんにおいて、時に、情報が邪魔になることがあるわ」

「……」


この今の状況、昨日お婆ちゃんが言ってくれた事にぴったりと当てはまると思うんだ。

僕はただ情報の津波によって情報の大海原に流され、そこで抜け出せず、彷徨っている。


「―――そういう時は、一度、全ての情報を遮断してみなさい」


そして、お婆ちゃんは対処法を教えてくれた。


「―――仏になるのよ」


そうだ。

お婆ちゃんの言葉通り、全ての情報を手放してみよう。

錯綜する情報から解き放たれ、


―――仏になるんだ。



かちゃり。


「そういえば、前回グラスを外したのって、いつだっけ……?」


現代じゃんけんの試合中、僕がグラスに指を掛けた時、

ふと、思った。


全く覚えていない。

正直、生まれる前からグラスを着用していたと錯覚するぐらいなんだ。


「……」



「あいつ、何をしてるんだ!!!」

「どうかしちまったのか!!??」


観客達が異様な行動を目の当たりにして、感情を昂らせた。


「え!?空富士、何してるの!?」

「近代じゃんけん青年!これは近代じゃんけんだぞ!」


後ろから馴染みのある声が聞こえてきた。

でも僕は行動を止めることはない。


「…………っ」



―――”残り時間 3分”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



「―――て!!!」

「―――だ!!!」


「………………っ!!!」



そして僕はあろうことか―――


―――東京武道館でじゃん王との対戦中に、グラスを外して、全ての情報から解き放たれたのだ。



「―――」

「―――」


「………………」


何も見えない。

何も聞こえない。

何も感じない。



―――そこには、ただ無があるのみ。



ここはなんて落ち着いた場所なんだ。

僕を惑わせる情報が一つもなく、ただ己の精神統一に集中できる。


「…………」


ゆっくり一息ついて、情報で荒んだ心を癒やしていた。

徐々に心気が整い、思考までもが冴えてくる。


「……ふぅ〜」


正に、仏にでもなった気分だ。


「……」


そしてゆっくりと瞼を開いていく。

一閃の光が双眸に射し込み、段々と世界に光を灯す。


「…………」


そこに現れたのは、新しい世界。

全てが真新しい経験で、美しい。


「………………」


でも、お婆ちゃんはこれを伝えたかったのだろうか。

確かに乱れた精神を正すことは出来るけど、特に、実用的な効果はありそうにないぞ。


と疑問を呈しつつ、新たな世界に足を踏み入れていく。


「ふむふむ……」


目の前のグラスの画面には、雑多なニュースが映っている。



―――”じゃん王が持つ史上最強の最新AI。正答率100%を誇る”


―――”あなたの持っているAIはもう古い!?”



―――”旧型のAIで困っている人に、大ニュース!?”


―――”このアプリを使えば、あのじゃん王にも勝てる!?”



「あれ……?」


ふと、一つの思考が湧いてきた。


「これって……?」


もしかして、じゃん王は、僕を誘導させようとしているのではないだろうか。

色んな情報を操って、相手の思考を絡め取り、縛り付ける。


だって、全ての情報は都合よく、じゃん王が勝てるように調整されているのだ。


「あ」


お婆ちゃんが昨日、例外の一例を出したような。


「―――相手が最初から騙すつもりで、情報を発している場合とか」


そうか。

見えたぞ。

相手の戦略の骨組みが。


じゃん王が僕に向けて、情報を操作してきているんだ。

だから、僕は負けてしまう。


「……」


それが一度理解できたら、後は簡単だ。

相手の戦略の裏を突けばいいだけなんだから。



―――それは一度、情報を完全に遮断し、俯瞰的に状況を眺めることで辿り着いた境地だった。



僕はあまりの情報の渦に、どうかしていたみたい。

これがお婆ちゃんの本当に伝えたかった事、なのだろう。


「……」


だが、これでじゃん王も終わりだ。

僕は看破したんだ、その幼稚な戦略の骨組みを、枠組みを。


「今度は僕が勝って見せる!」




―――”残り時間 1分”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



「えっと、相手は僕に、チョキを出させようとしているんだから……」



―――”残り時間 30秒”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



「つまり僕が出すべき答えは……」



―――”残り時間 1秒”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



「これだ!」



そして選択肢を選んだ。



―――”残り時間 0秒”


―――”現代じゃんけんの手が選択されました”



「ふふふ……」


空富士鋏は、口元を歪めて、笑った。

鋏に、現代じゃんけんの神様、空富士紙乃の魂が宿ったかのように。




「―――んん……どうしたんだ、あいつは……」


じゃん王は違和感を覚えていた。

前半までの動揺っぷりは見られないし、


それにあの不気味な笑い。

何かがおかしい。


でも流石に、気づいていないはずだ。

俺の戦略に。


「俺の勝ちに揺るぎはない……ははは……」



―――”結果発表”



再び沈黙が舞い降りた。

観客達は口を閉じ、両手を突き合わせ、結果を見守っている


「ははは……」

「ふふふ……」


完全無音の武道館に、二人の笑いが交差した。

一人の笑いは自信に満ち溢れ、片方の笑いには、拭い切れない疑いが塗れている。



―――”じゃん王 パー”


―――”空富士鋏 チョキ”



「え―――?」

「ふふふ……」


そして、空富士鋏の笑いが生き延びた。


「お、俺がパーで、あいつがチョキってことは……」



―――”勝者 空富士鋏”


―――”おめでとうございます”



「ど、どうして……ありえない!!!」


じゃん王は取り乱して、目の前に広がる現実を疑った。

そして、グラスの画面から相手の方へと視線を向けると、そこには、


「ふふふ……」


妖しい笑みを零しながら、高く聳え立つ、空富士鋏の姿。


「く、くそ!!!」




「―――どうしたんだ!!」

「じゃん王が負けただと!?」


想定外の試合の展開に、会場全体が同時に湧き上がった。


「ははは……どうせ、偶然だろう……」

「ふふふ……」



「―――ふふふ……」


僕は彼の戦略を見透かすことに成功した。

一度看破すれば、極めて簡単だったのだ。


彼は影響力を使って、僕を誘導しようとしているだけ。


つまり僕は、その逆か、

それとも無視をすればいい。


だって、彼はインフルエンサーだから。



―――とうとう、彼と一対一にまで持ち込んだ。

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