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19/31

じゃん王との一騎打ち、開始

―――運命の日


それは今日、日曜日を指し示す。


世界は僕に牙を向けた。

でもそれに抗ってやるんだ。


絶対に勝負には出ないと決めていたが、態度を翻し、僕は出場を決心した。


「……よし」


玄関で靴紐を結び、一言、呟いた。


「……」


理由は簡単だ。

お婆ちゃんにもらったアドバイスを、無駄にしたくないから。

お婆ちゃんから慰めてもらったから。


だから今日、外に出て、試合に挑むことにしたのだ。


それに、証明もしたかったんだ。

自分が不正行為をせずに、ここまで勝ち進めてきたんだって。


とにかく、ここで脱落するのは絶対に嫌だった。


―――そして、玄関の扉へと手を伸ばした。


「……」


一夜にして僕が悪者になったあの日以降、世界は暗く沈んでしまったと思っていた。

みんなが僕を誤解し、悪口を言ってくる。


がちゃり。


でも、玄関の扉の向こうに広がるのは、美しい世界。

空は晴れ上がり、心地良い風が全身を撫でた。


「……っ」


嘘のようだ。

昨日までずっとあんなに魂を震わせて、恐れていたのに。


空を自由気ままに飛び回る鳥。

燦々と町に輝く太陽。


「すぅ……」


一度だけ、新鮮な空気を思いっ切り吸った。


「出発しよう」


そして僕は会場に向けて、一歩を踏み出した。




「―――やっぱり、誰もこないか……」


そしてようやく辿り着いた高校には、人の気配はない。

なぜなら、誰も僕の高校から応援する人はいないから。


「あ、あれ……?」


それに、先日まであった垂れ幕も外されていた。

校舎の全貌が僕の前で見える。


「自分の力で向かうか……」


マイクロバスでの移動はなくなった。

公共機関を利用し、電車に乗り継いて、会場に行こう。



「―――今日、楽しみだわ。じゃん王が、不正者を成敗する所、見れるんだから」

「そうね」

「……」


電車の中でも、僕の事がことごとく誹謗中傷されまくっていた。


じゃん王のファン達だった。

小さな子どもから老夫婦まで。

あらゆる性別、年齢を越えて、僕を敵としてみなしてくる。


でも僕が今、それに怯むことはない。

何故なら、


「何、あの人……怪しいんですけど……」

「……」


……僕はサングラスを着用し、帽子を深く被って素性を隠してるから。

これじゃまるで、事件から逃れる犯罪者のようだ!


幾つもの駅を乗り継いで、辿り着いたのは、巨大な建築物。


「ここか……」


東京武道館。


僕は人生で初めて、生で視界に捉えた。

そして人生で初めて、足を踏み入れた。

もちろん人生で初めて、観客としてでもなく、選手としてアリーナに出ることになる。


「ゆ、夢……?」 


全てが幻想のように感じ、現実感が極めて薄い。


両足を交互に動かし前に歩いても、空に浮かんで、何処かに飛んでいきそうな感覚に襲われる。

全身は弛緩して、思考はふわふわしている。


「おい、押すなよ!」

「そっちこそ!」


受付には大量の観客の姿。

おしくらまんじゅうのように、端から端まで人がびっしり詰まっている。


ザッパーンッ!


何とか人の波に押されながら、受付に漂流すると、出場に必要な手続きを済ませた。


ザッパーンッ!


そして同じような要領で、人の波に攫われながら、アリーナに通じる大扉の前に流れ着いた。


「げほげほ……この先が、今回の対戦会場……」


大きな扉だ。

右手で触れてみると、重厚な歴史を感じる。


「ふぅー」


開ける前に、一度、呼吸を整えた。


「……」


そして扉を開き、広大なステージへと、一歩、足を踏み込んだのだ。


「……!!!」



―――ゴォォォォォオオオオオオン!!!



「……!!!」


会場の圧倒的な熱気に、言葉を失った。

一瞬、意識が宇宙の彼方へと吹っ飛んでいったような錯覚に襲われた。


「ぜぇ……ぜぇ……」


早速呼吸も忘れてしまったので、息切れが激しい。


圧倒的な人の数。

会場は満席に近い。

つまり約1万5千人、入っているという事になるのだ。


前回の対戦の比ではない。


「来たぞ!!!あのチーターだぜ!!!」

「よく堂々と姿を現したな!!!」

「恥知らずが!!!」

「……」


僕がアリーナへ顔を出すと、早速、じゃん王のファン達から手厚い歓迎を受けた。


「てめぇ!!!」

「おらぁ!!!」

「うぉら!!!」

「……」


罵声が四方八方から浴びせられる。

まるでシャワーでも浴びているようだ。

しかし体の汚れは取れず、積もるのみ。


「……」


ゆっくりと、真っ直ぐに、歩みを進める。


「……」


僕の双眸の奥には、対戦相手。

圧倒的な勢いに乗る、日本で今、最も有名なインフルエンサー。

たった一人で、東京武道館の観客席を埋め尽くすほどのカリスマ性を宿す天才。


「―――あれが、じゃん王……」


対戦相手は、現代じゃんけん系インフルエンサーの頂点に君臨する、じゃん王。

現代じゃんけん界のヒーロー、象徴、革命児、などと多様に形容される存在。


そんな彼が堂々と屹立し、こちらをじっと見つめてきている。


「ま、まさか、一視聴者の僕が、じゃん王と対決することになるなんて……」


自分の陣地に足を踏み入れると、そこで一旦静止した。


「一体、彼の目には、僕はどう映っているのだろう、ははは……」


僕から視線を逸らさないじゃん王を見て、一瞬、疑問に思った。


「―――どうやら羊が一匹、東京武道館に迷い込んで来たようだ、ははは」


今、じゃん王の口元が揺れ動いた。

でも二人の間に距離があるので、発せられた言葉を捉えることは出来なかった。


「……」


目を擦り、もう一度、目線を正す。

直ぐそこに、あのインフルエンサーが立っているのだ。


「うわ、本物のじゃん王だ……」


画面上でばっかり見ていたから、じゃん王って実は空想上の存在なのではないか、なんて心の隅で思っていた。

こうやって目の前で存在しているのが不思議で仕方がない。



―――””試合が開始します”



試合直前になると、二人が距離を狭めていく。


「げっ、まじのじゃん王じゃん……」


相手に聞こえないように、ぽつりと呟いた。

動いてる。

あの、じゃん王が。


「正々堂々、よろしく頼むよ、ははは」


二人が握手を交わした。

じゃん王から、笑い声が聞こえてきた。

この試合は余裕ってことか?


「……ははは」


僕の方からも笑いが出てきた。

何というか、歯の隙間から漏れるぎこちない笑い声みたいな。

それは恐らく相手に、試合に対する僕の自信の欠如を、如実に伝える信号として受け止められたかもしれない。


「……」


握手が終わると、自分の火照った右手が冷めた事に気づいた。

どうやら、じゃん王の手は氷のように凍えていたらしい。


あれ?

やっぱりじゃん王って、ロボット?

なんて思っていると、


「何、気安く触ってんだ!!!」

「そうだ!!!」

「我らのじゃん王に何をするんだ!!!」


「―――うわっ!!!」


握手を交わしただけで、ファンの人達が鬼の形相で僕に叱りつけてきた。

一瞬で全身が萎縮して、わなわな震え始める。


「じゃん王!!!絶対に負けるな!!!」

「こんなガキ、直ぐに倒せ!!!」


会場全体を轟かせる大きな熱狂の渦。


「ははは。まぁ、落ち着いてくれ」


じゃん王は熱狂するファン達をジェスチャーで宥めている。

パントマイム?


「……」


出来るだけ気にしないように、自分の持ち場へと戻っていく。

観客の方を見ないように。

俯きながら。


「……よし、これからだぞ」


そして陣地に到着。

視線を真っ直ぐ、前に向けた。


「……」


じゃん王の周りには、圧倒的なファンベースが構えている。

彼のファンは会場のほぼ全てを埋め尽くし、僕の視界の端までずっと続いている。


全体的に若者の層が多いけれども、その他にも三十代、四十代の客も疎らだが存在する。

エプロンをつけた主婦のような人もいれば、仲良さそうな老夫婦も出口辺りで立っている。


完全なアウェイゲーム。

対戦が始まる以前に、勝負の命運が敵に傾き、勢いを失うことなく、勝敗が決まってしまうような錯覚。


僕は負けろと、無言の圧力を念じられているのだろう。

恐る恐る、敵の観客を見渡してみると、みんな、僕を睨みつけてきて、挑発まがいのことまで繰り返す始末。


「なんだ!てめぇ!」

「舐めてんのか!?」

「……」


僕が立つ後方の観客席には、色んな人が応援に駆けつけてくれるはずだった。


蒼桜高校の校長先生から全校生徒。

そして決勝トーナメント1回戦で当たった東帝高校の生徒を含めた全校生徒と教師陣


でも振り向くとそこに座るのは、僕の敵であろう、じゃん王のファン達。

隙間なくびっしり集合している。


「んだぁ!てめぇ!」

「前向けよぉ!」

「……」


背中からもひしひしと感じるプレッシャー、胸の中で膨れ上がる重圧。

いや、左右からも無数に蠢く視線と口が僕の神経をすり減らす。


「も、もう、駄目だ……」


アウェイゲームで、折角用意してきた戦意が消滅しかけた時だった。

後方から声援が貫いた。


「―――空富士!頑張って!」

「―――近代じゃんけん青年!絶対に勝つんじゃ!」


「え―――?」


それはじゃん王に対してではなく、僕に向けられた声援だったような。

再び踵を翻し、後ろへと振り向いた。


「空富士!私はここにいるわよ!」

「そうじゃ!近代じゃんけん青年!わしもここじゃ!」


先程の声がしてきたほうへ、目を凝らして見てみると、


「「おーい!こっち!」」

「あ!」


幼馴染の理沙と、あの熱血体育教師の姿があったのだ。

どうやら、僕の事を信じてくれて、ここまで駆けつけてくれたらしい。


「……っ」


正直、二人の姿を見るだけでも、僕は泣きそうになるぐらい感極まってしまった。

あんなに僕が誹謗中傷されても、誤解されても、応援してくれるなんて。


「近代じゃんけん青年!見えてるか―――!!!」

「―――てめぇ!あんなガキの事、応援してんのかよ!」

「きゃ!」


すると、周囲のじゃん王のファンから一斉にバッシングを受ける、体育教師。

理沙も隣りにいるので、驚いて、その場に蹲った。

圧倒的不利な状況に立たされた二人。


これは大ピンチだ。

よくあるスポーツ会場でのあのトラブルが脳内に想起される。


「おい!ここから出てけ!」

「そうだ!」

「帰れ!!!」


ブーイングや帰れコールが辺りで響き渡った。


「……」


しかし体育教師は、勢いのある軍勢にも怯むことはなく、


「貴様ら、近代じゃんけんに失礼だろうが!!!」

「うわっ!!!」


怒声で殴りつけて、ファン達を威嚇した。

野生に潜む怪鳥の如く、両手を大きく広げ羽ばたき、その身を巨大に見せたのだ。


「な、なんだこいつ!!!」

「やべぇよ、あいつ……放っておこうぜ……」

「あぁ……」


そして月の表面のクレーターのように、体育教師の周りに隙間が出来た。


「よし、これで思う存分、観戦できるな」

「「……」」


二人のおかげで、パニックに陥った頭の中に余裕が生まれた。


大丈夫。

それに、僕はこれまで勝ち続けてこの会場に立っているんだ。

つまり対戦相手との力量はそこまで変わりはないはず。


「……」


後これも。


とんとん。


僕は目に装着しているグラスに手で触れた。


「……いける」


東帝中学生は傍にいないけど、彼らの道具なら持っているんだ。

最新AIが入ったソフトウェア。

そしてそれが搭載されているグラス。


彼らが独立して開発した優れ物だ!


「よし、落ち着いて、戦いに挑もう……」


そう心を入れ替えると、試合が始まった。



―――”現代じゃんけん大会決勝トーナメント第二回戦 開始”


―――”残り時間 10分”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



「それじゃ、まずは―――」



デデン―――!!!


―――うわっ!!!



試合開始直後、グラスから着信音が流れてきた。

先程まで取り掛かろうとしていた事を忘れて、グラスの画面に意識が吸い込まれていく。


「なになに……」


急いでニュースフィードを確認してみると、そこには、



―――”じゃん王が持つ史上最強の最新AI。正答率100%を誇る”



「なに!!!」


そんな記事が一番大きく、堂々と一面に乗っかていたのだ。

クリックして、内容を見てみると、


―――”あなたの持っているAIはもう古い!?”


「な、なんだって!?」


僕が持っているあのAIも含まれているのだろうか?


「これはもう、駄目なの……?」


東帝中学生からもらったソフトウェア。

グラスにインストールされて、準備万端なのに、それはもう古いっていうのか!?


「くそ!」


それなら、僕は負けてしまうのだろうか……

だって、じゃん王の持っているAIは最新、それに対して僕のは旧型。


誰か、助けて!


そう心のなかで叫ぶと、



デデン―――!!!


―――うわっ!!!



再びグラスから着信音、つまり、ニュースが流れてきたのだ。


「えっと、なになに……」


魔に取り憑かれたように、試合中にも関わらず、僕はグラスの画面に吸い寄せられていく。



―――”旧型のAIで困っている人に、大ニュース!?”



ネットで話題になっている記事が再び、僕のフィードに現れた。


「あ、これって、僕のことじゃん!!!」



―――”この最新アプリを使えば、あのじゃん王にも勝てる!?”



「うそ!?」


どうやら宣伝されているアプリをインストールして、使えば、勝利に近づけるらしい。

それならと思い、直ぐに記事の中にあるURLを辿り、グラスの中へとダウンロードした。


「よし……」


アプリを起動、最適な答えを弾き出した。

画面には、


「やっぱり、チョキらしい……」



「―――ははは」


じゃん王は、そんな情報に踊らされる僕を見て、笑っている。

自分が全て情報操作していることに気づかない愚かな一匹の羊。


直ぐに、俺の餌食に落ちてくれた。


「今回も楽勝のようだ」



「―――えっと、えっと……」


情報を整理しようとしても、あまりにも多すぎて、どうにもならない。

一体何が正しくて、誤っているのか。


情報の津波に飲み込まれ、これまで学んだ教訓を忘れ、そしてパニックに陥る。

一度バランスを崩せば、後は瓦解。


「やばい……やばい……」


何を基準に、どれを選べば良いんだ?


何をすればいいんだ?


僕はどうしてここにいるんだ……?


混乱。

困惑。


「―――空富士!騙されちゃ駄目!」


味方の声が場内に響いた。

しかし今の彼の脳内に届くことは無かった。


「やっぱり、チョキだよね……チョキ……」


最新型AI、旧型AI、アプリ……


その全てが指し示す選択肢は、チョキ。

与えられた情報によって、一つの答案に辿り着いた。


「へへへ……」



―――残り時間、10秒。


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



チョキしかないはずだ……


ぽち。



―――残り時間、0秒。


―――”現代じゃんけんの手が選択されました”



あまりにも呆気なく、前半の戦いが終了した。



「―――ははは」


じゃん王は勝利を確信した。


相手を力技で黙らせ、そして誘導。

それはこれまでと同じ戦法であった。


自分の影響力を駆使して、情報を意のままに操る。


「じゃん王!!!頼む勝ってくれよ!!!」

「信じてるぜ!!!」


熱狂的なファンが声を張り上げた。



―――”結果発表”



「ははは」

「お、お願い……」



静まり返る会場に、二人の対照的な声が発せられた。



―――”じゃん王 グー”


―――”空富士鋏 チョキ”



「僕がチョキで、じゃん王がグーってことは……」



―――”勝者 じゃん王”


―――”おめでとうございます”



「そ、そんな!!!」


どうしてなんだ。

僕はちゃんと、情報が示した通りにやったはずじゃ……


「ははは」

「……」


目の前には、けらけらと笑うじゃん王の姿。

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