現代じゃんけん系インフルエンサーの頂点に立つ、じゃん王!
「こんちには!ええ〜、今日も―――」
僕は学校から帰宅後、自室でじゃん王の動画に釘付けになっていた。
「今日は、このプレイヤーを分析していきましょう」
じゃん王が投稿した今回の動画の種類はプレイヤー分析。
現代じゃんけん大会で残っている猛者達を分かりやすく研究し、視聴者達にも直ぐに実践できる珠玉のアドバイスをくれる内容だ。
「うんうん、楽しみだな。一体今日は誰を分析するんだろう」
僕は、胸の中に宿るわくわくさんと踊りながら、画面に見入る。
「今日の分析するプレイやーはこちらの方です」
そして画面に表示されたのは、一枚の写真。
「へ〜。この人か〜」
有益な情報を取りこぼさない為に、手元にメモ帳を用意している。
あと鼻水も。
……あれ?
この顔、何処かで見たことがあるような?
何というか、自分にそっくりなのだ。
「もしかして、僕の親戚だったりして?」
現代じゃんけん大会ではまだまだ生存者は多いんだ
僕の血の繋がった親戚が勝ち残っていても不思議ではない。
「それでは、空富士鋏君の分析をしていきましょうかね」
うっわ。
変な名前。
……って、これって僕と一緒の名前じゃん。
僕の親戚って、名前まで一緒なんだ。
偶然って、重なる時は重なるんだな。
折角だから今度、じゃんバーを持って挨拶しに行こう。
てな感じで画面に食い入っていると、
「ぶっ―――!!!」
僕は悟ってしまった。
って、おいおい。
さっきから間違えてるよ。
ここ。
僕はグラスに指をつついた。
そらぶじ、って書かれているじゃん。
僕の親戚の人の苗字が間違えられて、読み仮名を振られているじゃないか。
僕達の苗字の読みは、
そらぶじ、ではなく、
そらふじ、なのだ。
これじゃ、僕は、アヴァンギャルドで有名なイギリス人の作曲家になってしまうじゃないか。
まぁ、それでも僕は嬉々として、光栄に受け止めるだけだけど。
後でじゃん王に伝えなきゃ。
そうじゃないと、僕の親戚の人、そして僕達にも可哀想だ。
こんな有名なユーチューバーから苗字を間違えられて紹介させられたら、被害は甚大。
もしかしたら、余波が末裔まで響くかもしれない。
「彼の弱点は―――」
そして、じゃん王は、お待ちかねの分析に入っていった。
「うんうん」
僕はメモ帳にかきかきした。
「空富士鋏君の弱点は、影響されやすい、っと……」
めもめも……
僕の親戚はこんな弱点を持っているんだ。
まるで自分の事を見ているみたい。
不思議だな。
―――対戦相手が遂に、決まった。
今週の日曜日の正午。
しかし。
その大会までの約一週間の間、僕が地獄を味わうことになるなんて、夢にも思わなかっただろう。
新しい週の始まり。
新鮮な太陽が空へ昇り上がり、窓を通してこちらを覗いてきている。
ちゅんちゅん。
「むにゃむにゃ……」
可愛らしい音色を響かせる梢の上の小鳥たちのさえずりもいつものように、健在。
「ふわぁ〜」
そして、そんな自然の挨拶で起こされた僕。
「良く寝たな……」
どうやら、昨日寝てから途中で着信音によって睡眠を妨害される事はなかったらしい。
目覚めが極めて良いのだ。
でも起床時間が少しだけ早い。
少しだけ、ネットでも見ようかな。
ということで、グラスを起動させようとすると、
「あれ?」
電源が入らない。
どうやらバッテリーが切れているらしい。
充電器を取り出して、充電開始。
数分後に、再びグラスを起動させると、
デデンッ―――!!!
デデンッ―――!!!
デデンッ―――!!!
「―――うわっ!!!」
グラスを起動させた瞬間、津波のように着信音が押し寄せてきたのだ。
デデンッ―――!!!
デデンッ―――!!!
デデンッ―――!!!
「―――ど、どうなってるんだ!?」
デデンッ―――!!!
デデンッ―――!!!
デデンッ―――!!!
「……」
僕を飲み込もうとする着信音の津波を避けながら、何とか、状況を把握しようと試みる。
ネットニュースに急いで向かい、話題になっている記事を一覧してみると、一番上に衝撃的なニュースが載っていたのだ。
―――”空富士鋏は不正をしている!?”
「え―――?」
それは、僕に対するニュース記事だったのだ。
直ぐに記事を開いて、中身を確認。
「ど、どうして僕なんかが……」
丁度昨日の夜に投稿された動画が付随されている。
再生回数は既に数百万回を越えていて、日本中の人々に膾炙しているようだ。
「……」
呼吸するのも忘れて、クリックを繰り返す。
そして動画元に辿り、再生ボタンを押した。
「……!」
動画内容はタイトル通り、僕が不正行為をしている事を批判したものだった。
「ひ、ひどい……な、なんだこれ……」
さらに僕の心を抉ったのは、動画下のコメント欄だった。
最低、屑、ずる、などなど。
罵詈雑言の嵐が巻き起こっていたのだ。
「……」
こんな悪意の塊を一度に経験したことがなかった僕は、そんなコメント欄を見ていると、吐き気に襲われてしまった。
後から判明したことは、あの問題動画は、じゃん王が直接作成したものではなかったということ。
あくまでファンが勝手に作成、そして広がってしまったという。
直接じゃん王からの謝罪文までもが、送られてきたのだ。
どうやら、現代じゃんけん系インフルエンサーの頂点に屹立する彼と戦うことは、僕が悪役になることを意味していたらしい。
一夜にして、僕は普通の中学生から悪役に成り下がっていた。
「―――あんたってさ」
「―――あら、もしかして」
「えっと……」
朝ごはんを済ませるために、リビングに入ると、二人が食い入るように訊いてきた。
「い、行ってきます!」
「「……」」
怖くなって、朝食に手を付けずに、直ぐにリビングから飛び出して、登校を開始したのだ。
「やっぱり、あの反応、怪しいわね―――」
「ええ―――」
家族から走り去っていく途中で、何か会話の端が聞こえてきたのだが、恐怖心がそれをノイズと判断して、脳に辿り着く前に遮断してしまった。
「はぁ……はぁ……」
目覚めたばかりの体で走ると、直ぐに息切れを起こした。
玄関先で呼吸を整えていると、近所の学生達が僕に気づいたらしい。
「あ、あの不正した人じゃない?」
「ほんとだ」
「……」
僕は怖くなって、直ぐに逃げ出した。
「あ、待て!」
「そうだ!お前なんか―――」
「……っ!」
「―――はぁ……はぁ……」
走り疲れて、歩き始めた。
住宅地の真ん中にある通学路を進むと、視界の奥にごみ捨て場が見えてくる。
「あ、あの人よ」
「やだ、本物ね」
「……」
ゴミ捨て場の主婦達は、僕の姿を捉えると、顔を突き合わせて、陰口を叩いた。
「まさか、あんな人がこんなに近くに住んでたなんてね」
「よく堂々と外に出て、歩けるわよね」
「……っ」
出来るだけ内容を耳に入れないようにと、早足で通り過ぎて、電車に向かった。
「ねぇ、あいつがさ―――」
「ああ、あれだよ、あれ」
「最低だよね、不正とかさ」
「……」
小さな電車内で聞こえるのは、僕に対する悪口ばかり。
年齢、性別、職業も越えて、ただ僕にその悪意を向けてくるのだ。
僕は注意を逸らそうと、ひたすら拳を強く握り、時間が過ぎるのを待った。
数分ぐらいで目的地に着くはずなのに。
永遠に感じるのだ。
「あいつ、よくのうのうと大会参加継続してられるわよね―――」
「早く脱落してよ―――」
「……」
電車の扉が開くと、一目散にプラットフォームに駆けていった。
「はぁ……はぁ……」
全速力で走りながら、恐怖心を紛らわせようとする。
学校までの距離を一気に走り抜けた。
「……ふぅ〜」
ここまでくれば安全だろう。
目の前には、蒼桜中学。
一抹の希望を胸に灯し、門を潜っていく。
「あ、おはよう」
「……」
学校に顔を出すと、そこは別世界に変化を遂げていた。
儚い僕の希望は、呆気なく裏切られた。
「あの、お、おはよう……」
「ふん」
「……」
これまで仲良くしていた友達がいきなり素っ気ない態度で接してきたり。
「うわ、なにこれ……」
玄関の靴箱には、包装紙が開かれている、溶けかけたじゃんバーが放置されていたり。
軽いイタズラもよく見られた。
教室に入ると、みんなが集合していた。
「「「きたきた……」」」
「……」
そして僕のことを舐め回すように見てきて、視線を離すことはずっと一日中なかった。
「あんたさ、やってないよね、あれ」
「う、うん!」
「だ、だよね……」
幼馴染の理沙が慎重に訊いてきた。
「……」
「……」
そして二人の間で今日、会話が発生することはなかった。
―――悠久の時間が過ぎた。
それは誇張ではないように思えた。
一瞬一瞬、窒息しそうなぐらい、息苦しくて、辛かった。
校長先生も、例外ではなかった。
僕を事を呼びつけて、校長室で一時間ぐらいずっと、尋問まがいのことをさせられた。
最終的に僕は彼を説得できず、校長先生は僕を誤解したまま。
「私の大切な学校に、恥をかかせないでくれ給え」
「……」
校長先生から最後に言われた言葉が、帰宅後も頭の中で、反芻し続けた。
火曜日から大会までの間、僕は遂に学校に登校することも出来なくなった。
いや、家の外にも出ることも不能になったのだ。
だって、一番安全なはずの家の中でも、インフルエンサーの力は伸びていたのだ。
謎の電話がひっきりなしにかかってきたり、チャイムをいたずらに鳴らされたり、やりたい放題。
「おい!じゃん王に挑むとはいい度胸だな!」
「早く脱落したら、嫌がらせを止めてやるよ!」
窓から聞こえてくる罵声、罵倒。
「……」
自室にこもって、ずっと布団を被って寝ていたのだ。
魂から怯えていた。
鋭利な牙を向ける世界に。
でも。
それでも。
一番悲しかったのは、他人が僕を誹謗中傷することでなかった。
「―――あんたってさ、あんな事、してたの?」
「そうよ、流石にあれはないわ」
「ぼ、僕はやってないって!」
家族にまで嫌疑をかけられてしまったのだ。
夕食の時間になったのでリビングに入ると、平和な時間が地獄に様変わりした。
「……」
まるで世界中が僕の敵になってしまったような。
これまでに味わったことのない圧倒的な恐怖。
「ご、ごちそうさま……」
食事も喉に通らず、リビングで食べ物を摂取する事は出来なかった。
そのまま風呂にも入らず、自室に戻り、施錠を中から掛けて、ベッドに潜り込む。
―――ちゅんちゅん。
新しい朝がやってきたらしい。
でも、太陽と顔を向けるのが、怖い。
「……」
自然すら、恐ろしい。
僕の命を狙っているのではないか。
そんな防衛反応が起きて、精神を強張らせる。
試しに一度、昨夜電源を落としていたグラスを起動させると、
デデンッ―――!!!
デデンッ―――!!!
デデンッ―――!!!
「……」
デデンッ―――!!!
デデンッ―――!!!
デデンッ―――!!!
「……っ」
デデンッ―――!!!
デデンッ―――!!!
デデンッ―――!!!
「……っ!!!」
僕は急いで電源を落とした。
「……怖いよ……助けて……」
朝起きても、ずっとベッドを被り、その場に根を張って、動かない。
ただ全身を震わせて、時間が過ぎるのを待つ。
「……誰か……」
―――昼になっても、食欲なんて一切湧かず、そのままの体勢で蹲っていた。
そして気付けば、夕方。
「……い、嫌だよ……」
生まれて初めて、死にたい、と切望してしまった。
「そ、そうだ……」
窓からは夕陽が差し込んで、部屋全体を朱色に染め上げた。
それは直ぐに鮮血を連想させた。
「……」
僕は孤独のせいで、泣きそうになりながら、一階に降りていった。
今は、姉やお母さんにも、会いたくなかった。
だって、僕の事、誤解してるはずだから。
「―――まさか、鋏があんな不正するなんて」
「―――ほんとね、信じられないわ」
リビング前を通ると、二人は僕の事で何か話をしているらしい。
すり足で気づかれないようにと、通り過ぎた。
そして、僕の前には、お婆ちゃんの部屋に通じる部屋。
ゆっくりと扉を開けて、彼女以外、誰もいないことを確認して、中に入った。
相変わらず、お婆ちゃんはラジオを聴きながら、ベッドに横になっている。
「お、お婆ちゃん……」
「おや、どうしたんだい?」
「……」
すると、彼女が僕に気づいてくれた。
僕は静かに扉を閉じて、ベッドの近くに座った。
「ぼ、僕さ、アドバイス……欲しいなって」
それは嘘と本音が混じった言葉だった。
でもここに来た一番の目的は、お婆ちゃんと一緒に時間を過ごすこと。
胸の中で広がっていく孤独感が収まらず、どうしても、誰かと一緒になりたかった。
お婆ちゃんなら、僕の事を誤解しないはず、と胸のどこかで思っていたのだ。
「あら、そうかい」
「うんうん」
お婆ちゃんは、にこやかに微笑んで、答えた。
「それじゃ今日は、情報の真偽を見極める方法を伝授してあげるわ」
「聞かせて聞かせて」
僕は体育座りをして、話を聞いていた。
「まずは、情報を分析する必要があるの」
「分析?」
「ええ、そうよ。自分が受け取った情報の基本的な部分を考えていくのよ」
そしてお婆ちゃんは続けて、
「例えば、その情報が誰から誰に向けて発さられたのか、どういう目的で作られたのか」
「ふむふむ……」
僕は熱心に頭の中でメモを書き連ねる。
「高校で英文歩、習ってるよね?」
「英語?習ってるけど、どうかしたの?」
突然、脈絡のない単語が出てきて、呆気に取られてしまった。
「5W1Hって聞いたことあるかしら?」
「あ、あるある。英語の先生が口酸っぱく言ってるやつだ」
そういえば、授業であったな。
「もし思い出せなくなったら、あれを思い出してみるといいわ」
「ふむふむ……」
「WHEN、WHERE、WHO、WHAT、WHY、HOW、を思い出して、情報を分析してみなさい」
ああ、そういう事か!
「なるほど!やっぱりお婆ちゃん、凄いや!」
「ふふふ……」
「でもなんか、面倒くさいね、それって……」
だって、いちいちそんな事をしていたら、現代じゃんけんはあっという間に過ぎていく。
何かこう、もっと最短で楽に出来る近道とか無いかな。
「お婆ちゃん、近道とか―――」
あ、折角お婆ちゃんが親切に教訓を享受してくれているのに、失礼な事を言ってしまったかも。
「―――ありますよ」
「うそ!?」
でもお婆ちゃんは嫌な顔をせずに、寧ろ、予想していたかのような反応をしたのだ。
「時間が無い時は、特にこの、WHO、WHY、この2つの分析をしてごらん」
「うむうむ……」
かきかき。
すごい!
まさか、近道まで用意してくれてたなんて!
用意周到なんだなぁ。
「ふふふ……」
「……」
お婆ちゃんって笑った時も、凄い素敵な表情を浮かべる。
今もそうだけど、昔も大層綺麗だったんだろうな。
なんてしみじみと思っていた。
「最後にこれも覚えておきなさい―――」
「―――現代じゃんけんにおいて、時に、情報が邪魔になることもある、わ」
「え?」
僕は呆気に取られた。
「でもそれって、前に言ってくれた言葉に矛盾してない?」
現代じゃんけんにおいて、情報は力である。
それは僕のお婆ちゃんの言葉だった、はず。
「いいえ、例外もあるってことよ」
「なるほど……」
僕は脳内メモにかきかきし続ける。
「例えば、どんな時?」
「そうね」
訊いてみた。
「相手が最初から騙すつもりで、情報を発している場合とか」
「ああ、そういう時か……」
かきかき。
「でもでも、もしそんな例外に遭遇したら、どうやって対処したらいいの?」
「ふふふ……」
僕が質問を投げると、お婆ちゃんは待ってましたと言わんばかりの表情で、受け止めた。
「そういう時は、一度、全ての情報を遮断してみなさい」
「しゃ、遮断?」
「ええ、そして―――」
お婆ちゃんは続けて、
「―――仏になるのよ」
「ほ、ほとけ!?」
あの、仏様、を指しているのだろうか、
「ど、どういう意味、それって?」
「やってみれば、分かるわ」
「そ、そうかな……」
正直、想像もつかないや!
でもどうやら、今回のアドバイスタイムも終了みたいだ。
「それじゃ、これで―――」
いつもなら、ここで自室に帰るんだけど。
僕は座り直した。
「……」
「あら」
お婆ちゃんは何かを悟ったのか、ラジオの電源を消して、僕を見つめてきた。
―――沈黙だけが部屋に響き渡り、僕は切り出す言葉を見つけられないでいる。
「……」
僕はそもそも、お婆ちゃんに伝えるべきだろうか。
あの事を。
「ふふふ」
「……」
でもお婆ちゃんの笑顔を見ると、自然に、伝えたい言葉が胸から湧き上がってきた。
「み、みんながさ、僕の事を悪者扱いするんだ……」
「あらま」
「これ、見てよ……」
僕はグラスを起動させ、彼女に見せた。
お婆ちゃんは眼鏡をつけて、その画面を眺める。
根も葉もない罵詈雑言の嵐。
棘のある言葉や刃物のように鋭利な批判。
その一言一言は決して子供に対して向けられて良いものではない。
匿名性に隠れなければ、現実では絶対に発せられない暴力的な表現の数々。
「なるほどね」
「……」
お婆ちゃんはそれらをじっくりと目に留めながら、読み込んでいく。
「……」
あ、でも……
……お婆ちゃんも僕の事、信じてくれないかもしれない。
「あらあら……」
「……」
みんなと同じ様に、ネットに書かれた心無い誹謗中傷を信じて、僕を悪者扱いするんだろうか。
そう思ったら直ぐに、見せたことを後悔してしまった。
だってもし、お婆ちゃんにも誤解されてしまったら、この世界で誰も僕の味方になってくれる人が居なくなってしまう。
それだけは絶対に嫌だ。
ならば、最初からこの事を隠しておくべきだったのだろう。
そうすれば、少なくとも、お婆ちゃんからは悪口を言われることはないはずだから。
「お婆ちゃん、やっぱり、何でもないよ。僕はそろそろお風呂に入って―――」
そのままグラスをかけたまま、部屋から退出しようとすると、
「―――これは全部、デタラメだね」
「え……?」
お婆ちゃんは眼鏡を外し、澄んだ目で、僕の双眸を射止めた。
「ど、どうしてそれが分かったの……?」
「私には、わかります―――」
お婆ちゃんは毅然とした態度で、はっきりと述べた。
「―――で、でもさ……みんな、僕の事、信じてくれないんだよ!?」
僕は無意識的に、自分の鋏を強く握り、言葉を荒らげてしまった。
でもお婆ちゃんはそれに驚くことはない。
ただ僕の双眸をしっかりと見つめてくれる。
「学校の友だちも、先生も、お姉ちゃんも、お母さんも……」
「うん、うん」
嫌な出来事の数々。
誰にも相談できずに、心の中で溜まってしまった澱。
それが口から零れ落ちる。
「みんな、みんな……僕に……」
「辛かったね、鋏」
お婆ちゃんは、僕を否定することなく、ただ真っ直ぐに受け止めてくれる。
すると、僕の体が急激に熱を孕み、胸から何か、せり上がってきた。
目元には涙が溢れ出てくる。
「悪口……言ってくるんだ……」
大粒の涙が零れ落ちた。
それはお婆ちゃんの右手に掬われた。
「私は、鋏を信じますよ」
「……え……?」
お婆ちゃんは温かい手で、僕の震え上がる鋏を包み込んだ。
「僕の事……信じてくれるの……?」
「ええ」
そしてお婆ちゃんは、皺くちゃになった顔に、満面の笑みを乗せて、僕に力強く言ってくれた。
「たとえ、みんなが悪く言っても、私は鋏の味方でいるからね」
「お婆ちゃん……」
僕はお婆ちゃんに抱きついてしまった。
涙をいっぱい零しながら、顔をくしゃくしゃにしながら。
「いい子だから……ほら……」
「ごめん、僕……」
「いいんですよ……」
お婆ちゃんは優しく、僕を慰めてくれた。
僕はもうこんな年なんだ、人に悪口を言われただけで、感情的になってはいけない。
そんな事、頭では十分に分かっているはずなのに。
「ぼ、僕……辛くて……辛くて……」
泣き止もうとすればするほど、涙は止めどなく溢れてしまう。
「いっぱい泣いてもいいんだよ……」
「お婆ちゃん……」
お婆ちゃんは僕の背中をゆっくりと撫でながら、そんな自分に優しくしてくれた。
「……」
それから涙が枯れるまで、ずっと、ずっと、僕はお婆ちゃんに傍に居続けた。
お婆ちゃんも離れることはなく、僕を慰めてくれた。