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決勝トーナメント一回戦後半

―――”残り時間 10分追加”


―――”2戦目 開始”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



後半戦開始直後、僕は走った。

目的地は後方の観客席。


「……あの、誰か対戦相手、城ヶ崎花鈴の事、知ってる人とかいます……?」


そして辿り着くと、小声でみんなに訊いた。


「何でもいいので、誰か、昔、彼女の友達だったとか―――」


誰もいないかと、諦めかけた瞬間だった。


「―――あの」

「……!」


一人の女子生徒が、僕の前まで駆けつけてきてくれた。


「私、あの子と小学校まで同じだったんだけどさ、役に、立つかな?」


僕とは面識の無い蒼桜中学の上級生だった。


「本当ですか!?」


僕は食い入るように反応した。


「ええ」

「何でもいいんです!彼女の事を、教えてくれませんか!?」

「で、でもそこまで仲良くなかったから、あんまり信用しないほうが良いかも」


彼女は一瞬躊躇するような動作を見せたが、


「それでもいいので、お願いします!」


と熱心に尋ねてみた。


「これで負けても私のせいにしないって約束してくれたら、話してあげる……」

「だ、大丈夫……」


……条件付きで承諾してもらった。




―――”残り時間 7分”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



「―――城ヶ崎花鈴は、才女よ」

「や、やっぱり……」

「それも圧倒的にね」


彼女の話では、対戦相手はかなりの天才。

小学校からその際立つ異彩を周囲に放っていたとの事。

勉強からスポーツ、委員会、生徒会、学校で勤しむこと殆ど全てにおいて、完璧にこなすタイプの生徒だった。


上級生は懐かしむように、過去を語る。


「……」


それは中学の進学先が東帝である事からも十分に納得できる。


「でもね―――」


すると、彼女の表情が少しだけ歪んだ。


「一つだけ彼女にも弱いところがあってね」

「う、うそ!?」


天才にも、弱点……?

それは極めて興味深い。


「それって、何……?」


僕は生唾を飲んで、上級生の口から零れる真実を待ち望んだ。


天才の弱点だって。

想像すら出来ない。


「それはズバリ―――」

「……!?」

「―――恋愛よ」


「れ、れんあい……?」


ま、まさか。

天才に恋沙汰が苦手だと……!?


だって、彼女は才女だし、それに美女だし。

表立った欠点は見られない。


これまでずっと学校では恋愛無双ぐらいかましていた、と思うのが論理的な結論だろう。


「……」


ぽかーん。


僕は開いた口が塞がらない。

2つの目も大きく見開いている。


「で、でも、それぐらいかしら……」

「ありがとう!」


そして会話が終了しかけた。


貴重な情報が手に入った。

勝利に近づくヒントになることは間違いない。


でも少しだけ、まだ足りないような気がする……。 


「……」


取り敢えず、僕はそれを持って、自分の陣地へと舞い戻ろうとすると―――


「―――あ、そういえば……!」


彼女は何かを思い出したらしく、僕を呼びかけた。


「―――ちょっと、待って!」

「え?」


振り向くと、彼女の表情が転調していた。


「これはあくまでも小学校の時の風の噂に過ぎないわ」


僕は限界まで上級生に近寄ると、彼女が耳打ちしてきてくれた。


「うん!」


前置きを用意、そして彼女は囁きながら、衝撃の噂を告げたのだ。


「彼女には片思いの相手が居てさ、その時、気持ちを伝えるかどうかで、かなり悩んでいたらしくて―――」


「……!」


「―――最終的に告白するか決めるキッカケになったのは、占いだって、女友達が言ってたわ」

「なるほど!」


さらなる天才の弱点。

それは意外な所に潜んでいた。


「ありがとう!!!」


ぺこりと僕は一礼して、走って自分の持ち場へと戻る。


「い、いけるかもしれない……」


これまでの推理と合致する。

ずっと何も掴めずにただ負けを待っていた状況に打開の気配。


胸には希望が滲んでくる。

ぽかぽかと温かい感情。


すっと、会場全体が明るくなった気がした。


「……」


賭けてみよう。


道筋はちゃんと自分で作って、そこを辿り、ここまで到着したんだ。

これが僕の軌跡。


思考を終えて、前を見てみると、東帝中学の状況は一変していた。


「あれ?どうしたんだろう?」

「……」



―――”残り時間 5分”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”




「―――もう、いい……」


城ヶ崎花鈴は、周囲で答えを巡って争う人達に、言い放った。


「「「え?」」」


喧嘩を止めて、彼女の方へと振り向くと、そこには表情を歪ませる一人の少女の姿。


「ど、どういうことだよ、花鈴……」

「そうだ、ほら、俺が苦労して出した答えを……」


現代じゃんけんという乱戦において、道筋を立てる思考の基盤など元より存在せず、自分の信条を頼りに構築せねばならない。

この世に存在し得るあらゆる分野、科目を全て模索し、千差万別の状況へと対応、そして応用させていく。


それが一瞬でも欠けてしまったら、後は情報の津波に飲み込まれてしまう。


「私が一人で決めるから」


その乱戦に対して、彼女は初心者そのものだったのだ。


全国じゃんけん大会の決勝トーナメントで、極度の緊張、慣れない状況の中で、脆弱だった基盤が揺れ動き始め、

亀裂が入り、そして木っ端微塵に崩れていった。


彼女自らが、東帝中学最高のサポートを打ち切ったのだ。


「……」


ここまで勝ち進めてきた人物に強制的に自分達のアドバイスを聞かせる事は出来ない。


「「「……」」」


ただ去っていく彼女の後ろ姿を、何も出来ず、サポーター達。




―――メインステージの中央部分に到着すると、城ヶ崎花鈴は一言、呟いた。


「あ」


これって、恋愛、みたい。

ふと、彼女は過去を思い出したのだ。


あの時、経験した恋。

まるで、この現代じゃんけんは、正解までの筋道が用意されていないゲームのようなものだ。


どうやって相手に近づいたらいいか分からず、悩んだ日々。


教科書を開いても、もちろんやり方なんて載ってないし、

だからといってネットに頼っても、千差万別な情報が錯綜している。

矛盾だらけの、食い違う意見ばかり。


最終的に手元に残ったのは、非科学的なアドバイス。


占い、だった。


スポーツ万能、そして頭脳明晰。

一見すれば完全無欠である彼女の弱点は意外な所に隠されていた。

そしてそれは勝負が局面に接近すればするほど、顔を覗かせる性質の悪いもの。




―――”残り時間 3分”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



「あれ?どうして彼女は、一人、なんだ?」

「……」


城ヶ崎花鈴はメインステージに、孤立していた。


いや、今はそんなことは置いといて、さっきの情報を元に、考えなければ。


「えっと、今日の運勢は、っと……」


急いでグラスを操作し、アプリを開く。

メニューをスクロールダウン、そして一つの項目をクリックした。


”今日の現代じゃんけんの運勢♪”


「ふむふむ……」


”今日のラッキー手は、パー♡”


「ほう……」



―――”残り時間 1分”


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



「よし決めた!」


今日のラッキー手は、パー。

つまり僕はその逆手を摂って、チョキ。


ぽち。



―――”残り時間 1秒”


―――”現代じゃんけんの手が選択されました”



「……」


相手も既に選択を終えているらしく、こちらを向いて、立っている。


「「……」」


二人の視線が重なった。



―――”結果発表”



先程までの喧騒が鳴り止んだ。

会場には沈黙が舞い降りて、全員、運命の結果報告に、耳を傾ける。



―――”城ヶ崎花鈴 パー”


―――”空富士鋏 チョキ”


「へ?」

「うそでしょ?」


「空富士がチョキで、相手がパー、なら―――」



―――”勝者 空富士鋏”


―――”おめでとうございます”



「あ、まじだった……」


恐らく、僕以外、誰も予想はしていなかったはずだ。


勝利してしまったのだ。

あの東帝中学に。

そして優勝へと大きな歩みを進めたのだった。


「「「……」」」


相手側が急降下で、失意に沈んでいった。

先程までの絢爛な応援は何処へ。


「そ、空富士!!!よくやった!!!」


反対にこちら側では、応援が炸裂した。

雑多な楽器をがらがらと叩き、ずっと萎えていた応援団が、仕事を再開させたのだ。


ぴーひょろ

がたがた

ばしゃーん


「あ、蒼桜……ちゅ、高校!?」


しかしあまりにも衝撃的な展開だったのか、応援団の声と演奏と所属する学校の名称が裏返っている。


「ど、どうも……!?」


ぎこちない応援が満ち溢れ、僕もあまり勝利を実感できていなかった。



そして決勝トーナメント第一回戦は幕を閉じたのだった―――。















―――決勝トーナメント第一回戦を勝ち抜いた後、東帝中学に招待された。


僕の通う高校から電車に乗って、約数十分。

都心の真ん中に存在するそのエリート中学は、正直大学かと見間違えるほどの規模。


「俺は、青門学っていうんだ」

「僕は、空富士鋏」


「「よろしく」」


二人は赤門の前で、自己紹介、そして握手を交わした。


「ここが東帝中学の現代じゃんけん研究室だ!」

「すごい!」

「だろ?」


そのまま彼は僕を校舎の中へと案内してくれた。

そして、校舎の二階にあったのは、なんと、現代じゃんけん研究室。


部屋の中には、工学類の道具やら、コンピューター科学類の道具やらが散乱している。

大小中のあらゆる大きさが揃ったコンピューター、真っ白なロボット達。


「へへへ、俺達はここで日夜、研究を重ねているんだ」

「なるほど……」

「ほら、こっちにもあるんだぜ」

「あ、うん」


青門は僕を連れて、入り口の反対側に連れて行ってくれた。


「これ、なんだか分かるか?」

「え?」


目の前のテーブルにあるのはノートパソコン。

ノートパソコンの画面は開かれており、そこで、現代じゃんけんが繰り広げられている。


そして二人のロボットがテーブルの脇で、現代じゃんけんと言う名の戦闘を繰り広げているのだ。

誰の操作も必要とせずに、まるで意識の宿った人間の如く。


「えーっと、何が起きてるの?」


僕は混乱した。

もしかして、ロボットの反逆?


「なんとこいつらは、現代じゃんけんAIによって動いてるんだ」

「あのAI!?」

「ああ、人工知能さ」


彼は自慢げに鼻を擦りながら、言った。


「凄い!」


まさかAIをじゃんけんに使うなんて、時代はここまで進んだんだ!

あ、現代じゃんけんだった。


「こいつは、相手の戦歴から勝負を演算して、最適な答えを出す仕組みになっているんだ」

「?」


彼は片方のロボットの内部を開きながら、説明してきた。

でもちょっと説明が抽象的すぎて、良く分からない。


「そして、相手の過去の結果が多くあればあるほど、最適解に辿り着く精度が向上するようにも作られてる」

「な、なるほど!」


勉強に疎い僕にとって、コンピュータ科学やら数学などの知識を必要とする説明の理解には到底及ばないのだが、相手が熱心に説明してくれている。

なので理解できなくても、熱心に頷きながら、話を聴くふりをしていた。


「このAIは―――」

「―――ふむふむ……」


難しい話に飽きたので、適当に周囲に目を泳がせていると、後ろに怪しげな扉がある事に気づいた。


「それで、俺達は独自に―――」

「―――ん?」


扉には立入禁止と注意書きが掛けられており、どうやら入っていけないらしい。

でも扉が中途半端に開かれているために、彼が説明に夢中になっている間、僕はこっそりと覗いてしまった。

目の立ち入りは禁止されていないはずだ。



そこにはなんと、鶴が機織りをしていて―――。


―――何ということはもちろんあるわけなく、



「あれ、何だ?」


隙間から見えるのは、機械。

僕の身長よりも一回り大きいコンピューター?


正直、その恐ろしい外見から、軍事兵器かと思ってしまった。



「―――んじゃ、最後にほら」

「あ、どうも!」


東帝中学現代じゃんけん研究室案内が終わると、青門はその独自に開発したAIをグラスにダウンロードしてくれた。


なんて器量の大きい人なんだ。


「いいか、お前は俺達を倒したんだ。次負けたら、俺達の学校の名前が汚れちまうからな」

「あ」


なるほど、言われてみれば、僕はかなり重圧を背負っているらしい。

2つ分の学校の責任が僕の小さな肩に乗った。

その一つは日本を代表するエリート中学!


「あ、トイレ借りていい?」

「ああ。この部屋を出ていって、そのまま突き当りの右にあるぜ」


僕は何故か尿意を感じたので、そこで解散することにした。


「じゃあな、空富士」

「青門、またね」


がちゃり。


扉を開けて、外に出ていった。


すると、


「―――あの、サインください!」

「あ!!!」


東帝中学現代じゃんけん研究室から出ると、僕を待ち構えていたのは、東帝中生徒達。


「空富士君!私にもサイン!」

「俺にも、俺にも!」

「……」


僕を取り囲むように群がる他校生徒達。


―――なんて光景だ!


一ヶ月ぐらい前までは、僕はただの冴えない中学生。

勉強もスポーツもあんまり出来ないし、それに影響されやすいし。


まさか他校の生徒にまで、名前が知れ渡るとは。


人生って生きてみないと、何が起こるのか分からないものだ。

なんて、しみじみと思っていると、尿意が強まったので、忍者のようにその場から消え失せ、トイレに入り、用を足した後、帰宅した。


ボンッ!


「げほげほ……あれ!?空富士君、何処に行ったの!?」

「な、何この煙……き、消えた!?」

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