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現代じゃんけん大会決勝トーナメントまで

決勝トーナメント一回戦は日曜日の正午に行われる。


運命の決戦の日。

週末の休日という事なので、いつもなら一日中ベッドの上で、ごろごろしているはずだったのだが、今日は例外中の例外。

朝早くに起床してしまった。


「……」


いや、もっと実を言うと、前の日からずっと眠れず、そのまま目が覚めていた感じに近いかもしれない。


「―――ほら、お弁当、用意したから忘れずに持っていくのよ」

「あ、うん」

「会場は何処なの?」


相変わらず寝癖を炸裂させている姉が訊いてきた。


「東京体育館。めっちゃ広い所」

「ああ、あそこね」

「うん」

「まさか、あんたがここまで勝ち進むとはね〜」


姉はそこまで興味なさそうに、ぼりぼりと体を掻きながら、何処かへ消えていく。


「……」


みんな、僕がここまで勝ち進めたのに、結構どうでもいいのかな?

なんて、思っていると、


「あ、ちゃんと放送で見るから、しっかり勝つのよ」

「……」


と、姉が振り向きざまに言ってきた。




「―――いってらっしゃい」


休日の空ってどうしてこんなにも開放的なんだろう。

別にただ快晴なのに、世界が広がったような感覚がする。


ちゅんちゅん。


「ふぁ〜」


小鳥の囀りとあくびが重なった所で、休日の学校に足を伸ばした。



「―――それじゃ、今から現代じゃんけん大会決勝トーナメントの会場に向かいますね」


学校に到着すると、そこには平日と同じような光景が待ち望んでいた。

校庭に集合する全校生徒、全教師陣。


「まさか、空富士が決勝トーナメントに出るなんてな」

「まだ信じられないよね」

「……」


それに平日よりも圧倒的に熱量を持っているのが感じられる。

みんな休日だからか、生き生きとしているようだ。


移動方法は数台のマイクロバスによって行われる。


これはまるで部活の遠征だったり、県大会、全国大会に向かう時の光景にそっくりだ。

校長先生が引率で、僕達を連れて行く。


「東京体育館なんて、初めてだわ」

「私もよ」

「でも私は観戦でなら、前に行ったことがあるけど」


会場に到着すると、相手側のマイクロバスが駐車場に見えた。

恐らくもう会場入りしているのだろう。

それにしても生徒数も多いし、僕らの高校が乗るバスよりも豪華な感じも受ける。


東京体育館。

これまで部活などで活躍してこなかった僕にとって、全く縁のない施設だ。


様々な競技の全国大会やら、なんと、世界大会まで開催される名誉高い会場として知られ、

メインアリーナはとにかく広い。

そして滅茶苦茶綺麗な内装をしている。


こんな大きな会場に来ただけで、僕は完全に怯えてしまっていた。


「よーし、着いたぞ」


校長が僕達のバスの先頭に座っており、一番先に元気よく降りていった。


これって部活だな。

大会の時のあの緊張した感じにそっくりだ。


僕は生徒達と一緒に行動、玄関を入り、そしてメインアリーナへと向かっていく。


「ねぇ、あっちの高校はみんな揃ってるらしいね」

「うん」


メインアリーナに通じる扉の前に差し掛かったの時、扉越しに喧騒が伝わってきたのだ。

そして遅れないようにと、扉を開くと―――



「「「―――東帝!!!」」」


「うわっ!!!」


相手側の応援に圧倒されてしまった。


「す、すげぇ……」


既に準備万端で、僕達の中学の陣地をはみ出るぐらいまで観客席が埋め尽くされている。

とにかく人が多い。


決勝トーナメントの最初の相手は他校。

いや、他校なんて軽く分類したらちょっと怒られるかもしれない。


東帝中学。


日本でもトップクラスの中学だ。

トップクラスって表現は曖昧だけど、まぁ、全体的にずば抜けている。


僕達よりも偏差値が高く、所謂エリート校に属し、県内でもその圧倒的な存在を光らせている。

部活活動も有名で、スポーツから文化系まで幅広く活動を展開し、

その全ての領域において華麗なる結果を全国的に出している。


著名な卒業生を極めて多く輩出し、新たな時代を切り開くビジネスマンや政治家、

など挙げていってもきりがない。


つまりその高校から出場者が決勝リーグに進出しても、何ら驚くに値しない。

いや、当然と言ってもいいのだろう。


会場の中央に立つのは、大人でなく、女子生徒。

伝統のある制服を身に包み、黒髪をストレートに背中まで流している。

容姿も端麗で、やっぱりこう、エリートって感じがする。


「……」


しかし。

まさか対戦相手が先生ではなく、生徒とは予想も出来なかった。


だって、社会の最前線で未来を切り拓く人材を育てるのは教師であり、彼らのほうが知識、そして経験も圧倒的に豊富である。

故に、生徒ではなく教師陣の誰かが決勝リーグに上がってくるとばかり考えていた。


日本における最高学歴をかざしし、社会を作り上げてきた錚々(そうそう)たる経歴を人生に刻む校長先生や教頭先生、教師などなど。


一体どれほどの激戦を経て、あのエリート校から這い上がり、ここまでやってきたのだろう。

心の中で想像すら出来ない境地。


「ほら、花鈴、相手、来たみたいだよ」

「うん、行ってくるね」


エリート校の圧倒的な応援をその一つの背に受けて、壁際の方から、対戦相手は東京体育館メインアリーナの中央部分ヘと、足を踏み出した。


全国大会優勝常連という理論上最高の吹奏楽の演奏。

同じく全国大会優勝常連であるチアリーディングの華麗なる舞。


これから日本の未来を背負っていく最高の頭脳が勢ぞろいし、出場者である彼女の後ろに待機している。


天才、秀才、神童。

一人たりとも、才能という点で、普通に生きるという事に決して収まることの出来ない者達。



「―――す、凄い……」


ぱちぱち。


全国じゃんけん大会決勝トーナメント一回戦に火蓋が切られる前から、僕は既に意気消沈、負けていた。

というより、相手校の応援に見惚れていた。

まるで観客のように拍手を送る。


「空富士!あんたはコンサートに来たわけじゃないでしょ!」

「あっ!」


そうだった……


滅茶苦茶綺麗な女子生徒達が、荘厳な演奏の中、華麗な服装を纏い、宙を舞う姿に魅了された。


あの音楽って、ベートーヴェンだったけ?

それともモーツァルトか?


―――もしかして、カイホスルー・シャプルジ・ソラブジ?


空富士はソラブジの大ファンなのだ。

まるで早口言葉だ。


正直あんな凄い大演奏を間近で聴けるだけでも、今日、ここに来た甲斐があったもんだろう。


それじゃ、今から帰宅しようかな。

……まじで勝てる気がしない。


「……」



僕達の中学は前述したように、特色のない普通の学校。

エリート中学のように眼を見張る応援も無ければ、秀才達による手厚いサポートも存在しない。


「よーし!空富士君、我が蒼桜中学の底力を見せ給え!」


僕らの校長先生はこれまでの不正に近い横柄な態度を翻し、今度は僕を応援し始めた。

それはもちろん、僕がこのじゃんけん大会で勝ち進めば、学校の評判が向上するという実用的な判断からの事だろうと思うけど。




―――”それでは、現代じゃんけん大会決勝トーナメント一回戦を開始します”


「「「……」」」


巨大な場内にアナウンスが流れると、相手側の応援が静止した。

まるで内申点を気にしている生徒が担任教師の口を開くのを見ると、静かになるように。


そして意外にも、重たい沈黙を破ったのは、僕らの高校だった。


「「「蒼桜中学ー!」」」


我が蒼桜中学の応援が、僕の後方からやってきた。

雑多な理由で廃部寸前の、合唱部、吹奏楽部、軽音部などが混じっただけの即興の応援団。


「「「ふぁいとー!」」」


どんどん。

ぎぎぎーん。

がしゃーん。


ギターやら、和太鼓やら、トロンボーンやら、本来組み合うはずのない楽器の数々が奇妙に交差し合い出来上がるハーモニー。


「……何か、心を揺さぶられる音楽だ……」


人類はそれを、不協和音、と名付けた。


「……えっと、この後は、何かある?」

「……」


応援開始、数秒後に一人の応援団員が気まずそうに呟いた。

既にネタ切れらしい。


しかし―――



「「「―――東帝!!!」」」


大地を揺るがす程の相手校の応援によって跡形もなく掻き消されてしまう。

そしてそのまま僕の中学の応援団はやる気を失い、即座に座った。



「「「城ヶ崎花鈴!!!」」」



炸裂する応援に会場が包まれる中、二人の対戦相手が至近距離まで近づき、足を止めた。


「あ、あの……」

「あ、はい……」


彼女が先頭を切って、握手を求めてきた。


「はぁ……はぁ……」


僕はというと緊張しまくりで、全身を小動物のように震わせて、わなわなしている。

完全に不審者丸出しだ。

両目は血走って、鼻息を猪のように荒くまでしている。


「やばい……やばい……」


手汗がナイアガラの滝のように流れ出していた。

なので手を重ねる寸前に、ズボンで一度拭いてから右手を差し出した。


「と、止まらない……」


でもちょっと、これは流石に汗を掻きすぎている。

き、嫌われないといいな……


出場者である二人が接近、会場の喧騒よりもお互いの息遣いが聞こえるまでになった。

そして、


「「……」」


二人の手が重なった。


「……!」


でも僕の懸念は無用だったらしい。

だって、彼女の手もかなり濡れているし、二人の手はもう、ぐちゃぐちゃで、はちゃめちゃだ。

ナイアガラの滝が東京体育館に2つ流れているような感じ。


「じょ、城ヶ崎花鈴と申しますわ……」

「ぼ、僕は、そ、空富士鋏、で、です……」

「よ、よろしくお願いしますわね……」

「ど、どうも……」


彼女も僕と同じようにがっちがっちの表情だった。

ロボットみたいに固く、ぎこちない。


僕としては、相手に笑顔を咲かせたいのだが、結果的に咲いたのは、相手を愚弄するような戯けた表情だった。

恥ずかしい。


「……」


でも、東帝中学生も緊張することなんてあるんだ。

なんだか、親近感、湧くな。


「くんくん……」


それに、彼女からは甘い香りが漂ってきた。

チョコレート?


「……」

「……」


握手を済ませると二人はある程度の距離を取るために、背を向けながら歩き、そして定位置に到着。

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