現代じゃんけん大会決勝トーナメントに進出
―――キーンコーンカーンコーン。
昼休みの時間になったので昼食を食べようと思い、ふて寝から起きようとしていた矢先の事だった。
「むにゃむにゃ―――」
「―――空富士鋏君、空富士鋏君。至急、校長室へ―――」
「―――はっ!」
昼休みを知らせる鐘の音の直後に、突然の放送で呼ばれてしまった。
どうやら校長先生直々に招集をかけられているらしい。
ざわざわ。
ざわざわ。
「お前、何かやらしかしたのか?」
珍しい放送を耳にして浮足立ったクラス全体を代表して、クラスメートが訊いてきた。
「ううん。多分してないと思うけど……」
みんな心配そうにこちらを眺めてくる。
もう一度自分の胸の中に尋ねてみた。
記憶を辿り、最近何か悪いことをしたか、探し当てる。
……う〜ん。
やっぱり何もしてないはずだ。
でも胸騒ぎが止まらない。
僕は教室を机と机の間を横切りながら、扉を開けて、廊下を早足で駆けていった。
「―――あ、空富士だ」
「ほんとだ、現代じゃんけんの人だ」
校長先生を倒し、次の対戦相手が決まった時には既に、僕は高校内で有名人になっていた。
玄関や廊下、体育館、教室。
とにかく何処を歩いてもずっと傍から自分の名前を呼ばれている。
「いいなぁ、現代じゃんけんに才能があって」
「……」
極めて新鮮な経験だった。
むず痒いような、心地良いような、気まずいような。
―――職員室に到着すると、複数回扉をノックして部屋に入っていった。
がらがら。
「失礼しま―――」
「―――よぉ、じゃんけん少年っ!」
「うわっ!」
扉を開けると、早速、体育教師の勢いの良い掛け声が僕の方に飛んできた。
「あ、違った……えっと……よぉ、現代じゃんけん少年っ!」
「……」
先生はまだ現代じゃんけんの言葉に使い慣れていないらしく、一度言い直した。
「ん……でも、何かこれだと語呂が悪いな……やっぱりさっきの方が良かっ……」
「……」
ぶつぶつと呟いている先生は取り敢えずほっといて、
「凄いわね……」
「あの生徒がじゃんけん大会……じゃなくて、現代じゃんけん大会で……」
どうやら僕は教師陣にも有名になっているらしい。
職員室に顔を見せるやいなや、色んな角度から声を掛けられた。
「ど、どうも……」
頭部を手で掻きながら、顔を微かに赤面させる少年。
やはり、この認識されて起きるむず痒いような感覚には慣れることはない。
でもそこまで悪い気はしないけど。
「あ、校長先生が待ってるから早く行くんだぞ、近代じゃんけん青年―――」
「―――やべっ!」
とその体育教師の言葉で思い出した。
先程のむず痒い感覚が心から消え失せ、焦燥感と心配だけが支配した。
出来るだけ遅れないように、と職員室内で忍者に習って、摺足の術を使った。
「し、失礼します……」
校舎のどの部屋よりも、重厚な造りをしている校長室。
その入口にある木製の扉も綺羅びやかで、高価そうだ。
縁の方に彫刻のような紋章が施されており、それに沿って金や銀の装飾まで付いている。
ごっごっごっ。
職員室の扉をノックするよりも力強く扉を叩いて、
「入り給え」
その校長先生の重々しい反応を受けて、ゆっくりと扉を開けていった。
「……」
頼む、叱るような事がないようにと、心の中で唱えながら、入っていく。
「まぁ、ゆっくりしてくれ給え」
「……」
絢爛な校長席の前に着くと、僕は校長室に異常があることに気づいた。
部屋の隅に、大量の商品が積み置かれていたのだ。
それは他でもない現代じゃんけんチョコバーだった。
じゃんバーの山。
正に校長室で聳え立つ富士山の如し。
「まぁ、ここに君を呼んだのも、他でもない―――」
「―――いいかね、君は我々の高校の看板なのだよ」
「は、はぁ……」
と校長先生が言いながら、机越しに、僕の肩に両手と重い責任を乗っけてきた。
同時に校長先生の口からは滅茶苦茶甘い香りが漂ってくる。
多分彼もこの商品を注文した後に食べたのだろう。
「なので、これから昼食にこれを義務付ける」
と校長先生は床に散乱しているじゃんバーの一つを拾い上げて、僕に見せてきた。
「……」
つまりデザート的な感覚で登校日は摂取しろと……?
「これからも君には勝ち進めてもらう必要があるのだ」
「……」
「この商品には、現代じゃんけんのパフォーマンスを向上させる素晴らしい効果が―――」
と、校長先生はどこかで聞いた説明を諳んじて、僕に伝えてきた。
これ、誰が言ったんだっけ。
「―――ということだから、ちゃんと、摂取するように」
「……あい」
正直嫌で拒否したかったのだが、目の前に立っているのはあの校長先生なので、そんな事を口に出せず、
流されるままに事が進行していった。
「ああ、最後にもう一つ」
「は、はい……」
「決勝トーナメント1回戦の前日に、体育館で決起会を行うから、しっかり参加するのだぞ」
「け、けっきかい―――?」
……って何?
「それに加えてもちろんだが―――」
「はぁ……」
あれ?
最後に一つって、さっき言わなかったか?
「―――決勝トーナメントの試合には、全校生徒、そして教師陣も付いていく」
「ま、まじでっ!?」
しまった。
あまりにも唐突で、校長先生に変な言葉を使ってしまった
「……本当だ」
「……」
そしたら校長先生も真顔で変な言葉を返してきた。
「もぐもぐ……君の活躍には大いに期待しているよ……もぐもぐ……」
校長先生は小腹が空いたのか、床に積もっているじゃんバーの一つを手に取り、もぐもぐし始めた。
「……」
……ちょ、ちょっと待てよ。
今ふと思ったんだけど、校長先生がこの商品を知っているという事は、もしかして。
まさか。
「そういえば君、もちろん、このユーチューバーを知っているのだろう?」
「……」
……やっぱり。
校長先生は僕に、現代じゃんけん系ユーチューバーの頂点に君臨するじゃん王の、戯けたチャンネル画像を、厳かな校長室で見せてきた。
「い、いえ別に……」
そして僕は何故か知らないふりをかましてしまった。
「彼の属する大学は、私の出身校と同じ東帝大学。安心してチャンネル登録してくれ給ゑ」
「は、はぁ……」
何か今、校長先生の口元にアヒルが一羽宿ったような気がしたのだが、それはきっと僕の幻覚だろう。
「現代じゃんけんに関して様々な事を学ぶことが出来る。彼の登録ボタンを今直ぐに押すのだ」
「……」
「―――あ、空富士、帰ってきた」
「やぁ」
昼休みも既に折り返し地点。
僕はお腹が空いたので急いで弁当を食べようと意気込んで、教室に入った。
「怒られたの?」
「もぐもぐ……ううん」
早速、サンドイッチを頬張りながら、返答した。
それから数分後。
さらなる事件が発生。
「―――ねぇ、こっち来てよ!こっち!」
「え?」
和やかな教室に喧騒が巻き起こった。
クラスメート達が突如として、窓際に移動し始めたのだった。
「どうしたの?」
「さぁ」
二人は動じずに、弁当を食べ続ける。
「おい、空富士!こっち、来いって!」
「ぼ、僕?」
名前を呼ばれたので、サンドイッチを食べながら、教室を歩く、
「どうしたの?」
「窓の外、覗いてみてよ」
「の、のぞく?」
僕は促されるままに、首を窓に突っ込むと、校庭側に接している校舎の壁に、
垂れ幕がかかっていたのだ。
「なに……これ……?」
「あんた、有名人じゃん」
屋上には、校長先生と教頭先生の姿。
「よーし、出来たぞ」
「素晴らしい旗ですね」
旗下げである。
部活動で著名な活動をした時にやられるやつ。
白くて長いあの旗を、屋上から下まで垂れ下げたのだ。
「えっと、なになに……」
さらに首を長く伸ばしてみると、
そこには、
―――”現代じゃんけん大会決勝トーナメント進出 空富士鋏”
と堂々と書かれている。
「……」
恥ずかしい。
校庭の奥の門の付近では既に、通行人が立ち止まり、その垂れ幕を眺めているではないか。
「あら、空富士っていう人、この学校の生徒だったのね」
「スゴイ、有名人がこんなに近くにいるなんて」
「……」
僕は食べかけていたサンドイッチを、口から床へ落としそうになった。
「よかったな、空富士!お前も有名人じゃん!」
「いいなぁ、僕も有名になりたいなぁ」
「……」
そうして僕はこの辺りで有名になっていったのだった。
―――決起会って集会のことを言うんだ。
なんてその意味を知ったのは、実際に式が執り行われている会場での事だった。
「す、凄い……」
僕は一人だけでステージに上がり、下にいる全校生徒と教師陣の前に座っていた。
不思議な気分。
まるで校長先生にでもなった気分だ。
すると、応援団が僕と観客の間に入っていき、パフォーマンスを披露してくれた。
ちなみに、応援団と大げさに言っても、そんな部活があるわけではない。
中学に乱立する部活動を寄せ集めて、即興で作っただけである。
廃部寸前の合唱部、活動している所を見たことがない軽音部、そして毎回部活動時、女子会みたいな集まりになってお菓子を食べてるだけの名ばかりの吹奏楽部。
それらが嫌々集められ、ここに集結させられたのだ。
もちろん校長の命令で。
「空富士鋏の、現代じゃんけん大会決勝トーナメント進出を祝して―――」
「―――エールを送るー!」
ぼっぼっ。
ぴーひゃら。
かたっかたっ。
ベース、フルート、カスタネット。
仲違いの雑多な楽器が互いの個性を主張し合い、恐ろしい音色を生み出した。
「蒼桜中学がんば―――」
「―――応援団の皆さん……ありがとうございました……」
司会進行の生徒は、半ば応援を遮る形で、次に進めた。
「……」
僕はと言うと、口をぽかーんと開き、ただ呆然としていた。
「……それでは、決勝トーナメントへの意気込みをお願いします」
マイクを使って、司会の生徒がそう進行を進めると、こちらを向いてきた。
「え……?」
意気込み?
何をすれば良いんだ?
「よぉ!威勢のいい所を見せてやれ!近代じゃんけん青年!」
「……」
体育教師が再び吠えた。
「えっと……」
ステージ上で立ち上がり、用意されたマイクに歩いていく。
しーーーん。
と会場は、先程の応援の反響の残滓のせいで、静寂が鮮明に映し出されていた。
「っと……」
じーーー。
「……」
みんなの視線が僕の双眸に大集合し、
やばい。
緊張してきた。
すっ。
「……あ」
そして僕はあまりの緊張のせいで、殆ど無意識的に、チョキを空高く掲げた。
これが自分の意気込みらしい。
「いいぞ!近代じゃんけん青年!それでこそ、この学校の看板を背負う生徒じゃ!」
ぱちぱちぱち。
生暖かい拍手が巻き起こった。
「……」
……これで良かったらしい。
「それでは、これから校長先生からお話があるので―――」
最後に校長先生から挨拶と、今度の予定についてのお話があった。
「ええ〜それではね、私の話を始めようと―――」
「おい、また校長の独裁が始まったぞ」
「何とかしてくれよ、これは校長の為の集会じゃないってのに」
それから軽く小一時間、校長先生は話し続けた。