校長先生との一騎打ち
―――過ぎていく一瞬一瞬が永遠のように感じられる半日をやっと過ごして、訪れた一日の中央部分。
雲のない空に堂々と太陽が昇り、現代じゃんけん大会会場となった体育館を照りつける。
校長先生との一騎打ち。
現代じゃんけん第二ステージの五回戦目。
まるで全校朝会の様子を呈している体育館では、全校生徒が弁当箱を手に持ち歩きながら集合している。
それは教師陣も同様のことで、職員室は既に空っぽ、たまたま保護者から掛かってきた電話も誰も取ることは出来ない状態だった。
「楽しみだわ、どっちが勝つのかしら」
「まぁ、私は生徒に勝ってもらいたいわね」
女性の教員が体育館に通じる廊下を渡りながら、二人が話していた。
「だってさ、あの校長だよ?いっつも話長いしさ―――」
「だよね。それに」
学校では校長先生は人気が欠けており、その理由は明らかである。
試合開始の時刻は12時ぴったり。
今日だけでは特別に授業が早く切り上げられた、という訳ではなく、自然と授業が終わったのだ。
まるで無言の圧力をかけられているかのように。
「ふはは」
「校長、絶対に勝ちましょうね」
そして遂に、出場者の一人である校長先生が、隣に教頭先生を連れて、その厳かな姿を体育館の入り口に現し、のしのしと歩いてきた。
いつものように高そうなスーツを着用し、威厳を醸し出す。
ぞろぞろ。
ぞろぞろ。
「あぶねっ、遅れる所だったぜ」
「こっちの席開いてるぜ!」
ギャラリーが体育館に集結し始めた。
そして正午過ぎで既に、観客席が全て埋め尽くされた。
その火蓋が切って落とされようとしていた。
「おい、空富士、あいつ一体何してんだ?」
「遅いわね。もしかして、遅刻するんじゃないわよね?」
「―――やばい!遅刻する!」
僕はちょっと緊張していたせいで、試合前にトイレに寄っていた。
その頃にはみんな集合していて、辺りには人の気配はない。
急いで手を洗って、廊下を走り、体育館に到着。
遅れないようにと、全速力でステージに通じる階段を降りようとした時だった。
「―――空富士鋏君、ちょっと待ってくれ」
「え?僕ですか?」
ちょうど階段の真ん中辺りで、教頭先生に声を掛けられて、止められた。
「ど、どうしたんですか?」
「……」
これまで話した経験もない人。
どうしたんだろう。
表情を覗くと、教頭先生は顔を強張らせている。
「―――いいかね、これから言う事は、絶対に内密にして欲しんだがね」
「は、はぁ……」
教頭先生は前置きを入れて、そして周囲に目線を泳がせると、こう続けた。
「校長先生はいつも大事なときになると、チョキを出すんだ」
「え―――?」
それは教頭先生からの告げ口だった。
僕はあまりにも唐突すぎて、情報の処理が出来なかった。
「それでは」
「……」
呆然と立ち尽くす僕を置いて、教頭先生はステージに向かい、去っていく。
「まさか……」
それから数秒後、僕は彼の背中を追いながら、熱狂に包まれる会場にへと、足を踏み入れた。
「―――空富士鋏君、だね」
「は、はい……」
全生徒、そして全教師に熱い視線を向けられたまま、二人のプレイヤーがステージに登壇、そして握手を交わした。
これが校長先生の手なんだ。
でかいし、硬い。
「それでは、試合を開始しよう」
「……」
やばい。
既に緊張しまくりで汗が全身から吹き出てき、止まらない。
思考もまとまらないし、これってどうすればいいんだろう。
「校長。―――です」
「そうか」
「……」
そしてこの機会に及んでも、教頭先生は相変わらず、校長先生の隣に立っている。
体を少しだけ傾けて、校長先生の耳に何かを囁いているのだ。
こちらと距離が開いていて、聞こえやしないけど。
そして遂に始まった。
決勝トーナメント進出を賭けた、運命の第二ステージ最終戦。
―――残り時間、5分。
―――”現代じゃんけんの手を選択してください”
「頑張れ!空富士!」
「そうだ!校長なんかに負けるなよ!」
歓声が響く。
大きな体育館中に。
何度も反響を繰り返し、それは他の声援に上書きされながら、どこかへ消えていく。
ステージ上から観客席と化した場所を一瞥してみると、どうやら殆どの人達が、生徒である僕に味方しているらしい。
その理由は僕の事に勝って欲しいというわけでないだろう。
ただ校長先生の人気がないために、どっちかと言えば彼に勝ってほしくない、そんな感じの精神状態。
でも味方は味方だ。
しかしながら、その声援が僕に有利にするかというと、そうでもなかった。
前回の試合ではだったけど、ここまで大きくなると、かなり萎縮してしまう。
「ふはは……」
それに前に立つ校長先生の存在も僕を緊張させる大きな要因だ。
「どうやら、緊張しているようだね」
「ま、まさか……」
僕が全身を震わせ視線を泳がせていると、その覚束ない様子を見て、校長先生が訊いてきた。
で、でも僕はそこまで怯える必要はないはずだ。
だって、ここまで勝ち続けてきたんだから。
「ふぅ〜」
取り敢えず一度大きく深呼吸。
古くなった空気を新鮮なものと切り替え、思考を冴えさせる。
落ち着いて、しっかり試合をするのみ。
「―――いいか、空富士!校長先生はパーを―――」
試合が始まり、場が緊張で張り詰めると、それを蹴散らすように一人の生徒が叫んだ。
「ふむふむ……」
観客が情報を投げつけた。
それを受け取り、相手の手の内を推測するヒントとして、蓄え始める。
「くだらん。噂に過ぎんぞ、そんな情報は」
「……」
思考を始めた僕に対して、校長先生はそう一蹴した。
「空富士!チョキを出せ!」
「校長先生!グーを出して!」
それから堰を切ったように色んな意見が飛び交う。
観客の殆どは、床から立ち上がり、全身を動かしながら観戦している。
「うーん……」
あまりにも速く、同時に情報が押し寄せてきているので、情報の処理が追いつかない。
「あれ……?」
ぞろぞろ。
「おい、お前、校長先生の事を応援してるのかよ」
「お前こそ、あんな生徒の肩を持っているのか」
すると、先程まで乱雑に集合していた観客達が、分裂し始めたのだ。
ステージ上で左右、対極的に位置する二人のプレーヤーに応じて、観客達が三分した。
僕を応援する人達はステージ側から見て、左。
逆に校長先生を支援する人達は、右。
そしてどっちにも属さない中間派の人々が真ん中。
派閥の内訳は、大まかにこうなっている。
僕の周りに集まってきた者は、殆ど全員が生徒達で構成されている。
一年生から三年生、男子女子、あらゆる垣根を越えているらしい。
それに対して、校長派の方は、殆どが教師陣で占められている。
中には生徒の姿も見られるが、数としては極めて少ない。
そして中間派のエリアでは、幾つかの教師、そして生徒達。
3つの派閥の中で最も少ない人口数。
「空富士!校長はパーを出すぞ!」
「空富士!騙されるな!」
「空富士!適当に出せ!」
分裂した3つの派閥が一斉に、ステージ上の二人に体を向けて、情報を圧倒させる。
―――残り時間、4分。
―――”現代じゃんけんの手を選択してください”
「……どれを信用すれば、いいんだ……」
これまでの経験を頼りに出来れば簡単なのだが、そうもいかないだろう。
ここまで複雑な状況に遭遇したことがなく、ただ情報の津波に流され、どうしていいか分からず、ただ思考がストップしているのだ。
「ふはは」
「……」
それに加え、相手である校長先生はこちらを凝視し続け、何もアクションを起こしているように思えない。
堂々と構え、状況を分析しているのだろうか。
「……」
情報が錯綜している。
「勝て!」
「負けろ!」
「運に任せろ!」
観客達は、大きく口を開き、両手を動かしながら、ただひたすら情報をステージ上へ注いでいく。
「校長先生には弱点があるんだ!」
「確か、校長先生には、こんな癖があったような……」
予測、推測、嘘、癖、弱点……
「俺のことを信じてくれよ!」
「いいや、あいつは信用するな!」
「適当に出しちまえよ!」
校長派、反校長派、中間派……
下級生、上級生、最上級生、新人教師、ベテラン教師、教頭先生、校長先生……
「くそ……」
あまりの情報の量に、築き上げようとしていた思考回路が音を立てて、瓦解していく。
「……一体、何を信じて、考えれば、真実に辿り着けるのだろうか……? 」
長考をやめたところで、もう一度、対戦相手から目線を逸して、観客達の方へと向ける。
「……」
そこには、同じ光景が映る。
「空富士!勝て!」
「校長先生!勝って!」
―――残り時間、3分。
―――”現代じゃんけんの手を選択してください”
「……」
無理なのではないだろうか。
こんな情報の大群から正解に辿り着くなんて、こと。
まるで大海原の底に眠る一粒の砂金を探せと言っているようなものじゃないか。
いや、仮に砂金を見つけても、それが本物だと限らない。
現代じゃんけんに、真実はあるのだろうか―――?
僕はただ、虚実という名の大海原に、溺れているのではないだろうか―――?
「……そうだ」
それならいっそのこと、情報を全て放棄して、運に任せてみたら―――。
甘い誘惑が目の前に垂れてきた。
―――残り時間、2分30秒。
―――”現代じゃんけんの手を選択してください”
画面上に映るメッセージを目に入れて、僕は指を伸ばしていく。
「……」
―――考えてもみろよ。
教頭先生が実は校長先生の事が大嫌いで、負けさせようとしているとか。
そういう可能性だって十分にあるじゃないか。
別にこんなじゃんけん大会に勝たせたって、それが地位向上に繋がるわけでもないし、
それにどうやって僕を口実で騙したなんて証拠が証明出来るだろう。
生徒や教師陣の証言も怪しいもんだ。
僕を騙すために、敢えて、こちら側に移動して、嘘を吹聴している可能性だってあるんだ。
一度冷静になって振り返ると、口から出る言葉なんて、極めて地盤が緩く、決断を決める上での決定打になることはないだろう。
「…………」
―――運任せで決める。
それとも―――。
―――自分で考え、決断をする。
二択が頭の中で錯綜する。
―――残り時間、2分。
―――”現代じゃんけんの手を選択してください”
震える右手がグラスの画面に迫る。
「………………っ」
その時だった。
走馬灯のように過去が脳裏を駆け抜けた。
そして、昨日の夜、お婆ちゃんとの会話が脳内に映し出された。
「―――現代じゃんけんにおいて、情報は力よ」
「え?」
お婆ちゃんは真剣な表情で言い切った。
嘘が入る隙間なんて、どこにもなかった。
「現代じゃんけんでは、情報が大事、ということです」
「でももし、情報が嘘だったら、どうするの?」
その言葉に、僕は疑問を呈した。
「いい、もし情報が偽なら、それを見分ければいいだけ」
「な、なるほど……」
まさに、今この状況と一致するではないか。
「見分ける……」
そうか。
情報と一口に言っても、それは多種多様。
まだ、自分にとって有益である情報を判別しようとしても、いないじゃなかいか。
―――残り時間、1分30秒。
―――”現代じゃんけんの手を選択してください”
「でも、時間がもうないんだ……」
右手を近づけて、選択肢を運任せで選ぼうとする。
「……っ」
走馬灯の続きが脳裏を流れた。
「これからの現代じゃんけんで、もし、自分で考えて決断するか、それとも運任せにするかの二択に迫られた時―――」
それも僕のお婆ちゃんが昨日、言ってくれた言葉だった。
―――残り時間、1分。
―――”現代じゃんけんの手を選択してください”
僕の指先が画面に触れようとした瞬間だった。
「……っ!!!」
お婆ちゃんから最後に言われた言葉が、胸の中を過ぎった。
「―――そんな状況に遭遇したら、絶対に運任せで決めてはいけない。何故なら、そこに、あなたの意思が欠如しているから」
―――意思。
「……」
「空富士!!!」
「校長先生!!!」
狭まっていた視界が広がり、大勢の観客の姿が一望出来た。
年齢という境界線を越えて、全員が、現代じゃんけんの勝負に真剣になり、応援する。
生徒も、教師も同じように顔に汗を滲ませ、全身を狂喜させる。
それは、現代じゃんけん大会の第二ステージの五回戦の様子。
一億人いた参加者から勝ち抜いて、参加しているものだ。
誰だって資格があるわけじゃない。
勝てば、大金を獲得できる優勝に近づく。
負ければ、僕は普通の生活に後戻り、平凡な人生がずっと終わりまで続いていくだけ。
でも、今、この瞬間だけは別だ。
観客が熱狂的に夢中になり、そして、僕の下す決断に重要性が宿る。
―――それなら、僕がこの重要な場面を運任せで決めていいのだろうか?
―――儚い人生の中で訪れた最大の機会で?
いや、いいはずがない。
人生は決断の連続によって紡がれていく。
その人生の中で、自分の意思を使わずに生きていったら、そこには何も残らない。
―――ならば、いっぱい頭を使って後悔したほうがいいのではないだろうか?
間違って辿り着いても、その道筋、そして答えは残るんだ。
生きた証がちゃんと刻まれているじゃないか。
―――残り時間、45秒。
―――”現代じゃんけんの手を選択してください”
―――画面から指先が離れていく。
「……つ」
もしかして、お婆ちゃんはこれが僕に伝えたかった事、なのかな……
やっと、理解出来たかもしれない。
―――それは現代じゃんけん大会に対する心境の変化とともに、人生に対する心境の変化でもあった。
僕はお婆ちゃんの言葉を信じる。
そして情報の力を頼りに、真実に辿り着く努力をしてみたい。
―――例え、そこに事実がなかったとしても、
―――例え、辿り着く事実が歪んでいたとしても、
事実に辿り着くまでの光景を、そして辿り着いた後の光景も、この目で見てみたいから―――。
―――それが僕の答えだ。
「……」
僕は画面上に表示される選択肢から完全に右手を離すと、再び長考へと戻っていった。
―――残り時間、30秒。
―――”現代じゃんけんの手を選択してください”
「―――あいつ何やってるんだ!もう制限時間までもうすぐだぞ!」
「何でもいいから!選択肢を選べって!」
観客が僕の様子を見て、動揺している。
「ふはは……」
それに対して校長先生と教頭先生は余裕の構えを持って、ステージ上に立っている。
絶対に勝てるという意思をその体に刻み、疑わない。
「校長。先程も言ったように、彼は―――」
「―――分かっている。ふはは、勝利は頂いたぞ、空富士鋏君」
そして校長先生は最後に、教頭先生の耳打ちを聞くと、選択肢を押した。
―――”大関英雄 現代じゃんけんの手が選択されました”
熱狂が迸る会場に、その機械的なアナウンスが響くことはなかった。
「くそ……」
一体、どこからそんな自信が湧いているのだろうか。
いや、今は、正解に辿り着くための思考に意識を注ぎ込むんだ。
無駄なことは後でいくらでも考えればいい。
忘れてはいけない―――。
―――今、この瞬間が、儚い僕の人生で輝ける数少ない局面だという事実を。
「……」
校長派と反校長派。
そしてそのどちらにもつかない中間層。
体育館中に錯綜している情報を整理しなければ。
―――残り時間、20秒。
―――”現代じゃんけんの手を選択してください”
僕は視界を狭めるために、両手を顔に被せ、最後の長考を開始した。
限定された視界を、反校長派の生徒に向けた。
「校長先生はパーを出すぞ!!!」
「そうだ!校長はいっつも、その癖を持っているんだ!」
僕の側に立っている生徒の意見を捉えた。
信じても良いヒントだろう。
―――残り時間、10秒。
―――”現代じゃんけんの手を選択してください”
両手によって限定された視界を、さらに横にスライドさせる。
「空富士!グーを出しなさい!」
「いいや、チョキだ、チョキ!」
「へへへ、パーでも出しちまえよ!」
中間派の意見は錯綜し、まとまりに欠けている。
恐らく、二人の選手の心を惑わし、楽しんでいるだけだろう。
信用するには心許ない意見ばかりだ。
ここに時間を費やしても、有意義とは言えないはずだ。
それなら、横に視界をずらして、校長派の意見を聞いてみるんだ。
「……」
どくん―――。
緊張感で心臓が激しく揺れ動き、全身の筋肉を強張らせる。
―――残り時間、一秒。
―――”現代じゃんけんの手を選択してください”
「空富士!グーを出せ!」
僕の反対側に位置する校長派の意見だ。
嘘で僕を騙そうとしているはず。
「そういえば、あの時―――」
試合前に、教頭先生も告げてきたんだ
「―――校長先生はいつも大事な時になると、チョキを出すんだ」
先程の教頭先生の言葉は嘘に近い。
だって彼は僕よりも校長先生に勝たせて、そして自分の株を上げることに興味があるはずだから。
つまり僕にグーを出させて、相手がパーで勝利。
だから僕はチョキを出せば、逆転勝利。
誘導。
信用には足らない決定的な情報。
そしてそれは正解を導く、反証となった。
―――残り時間、0,1秒。
―――”現代じゃんけんの手を選択してください”
自分に与えられた、様々な情報をかけ合わせていく。
そして遂に―――。
―――”チョキ”
結論を掴んだ。
―――それは僕が考え抜いて、到達した一つの答え、光景だった。
どくん―――
―――心臓の鼓動が最高潮に達した、その瞬間だった。
「っ!!!」
遂に僕の指先が、未来を選んだ。
―――残り時間、0秒。
―――”現代じゃんけんの手が選択されました”
「っ……」
強張っていた体が、一気に弛緩していく。
―――再び、グラスから操作音が流れた。
「……」
心地良い充実感が全身を突き抜けた。
―――”結果発表”
場が完全に静まり返ると―――
―――運命の瞬間が訪れた。
―――”大関英雄 パー”
音のない世界に、アナウンスが流れた。
―――”空富士鋏 チョキ”
「「「校長先生がパーで、空富士がチョキってことは」」」
観客全員が一斉に声を出した。
「ま、まさか!?」
目の前の教頭先生は、そのアナウンスに恐れおののき、口と目を限界まで見開いている。
―――”勝者 空富士鋏”
―――”決勝トーナメント進出、おめでとうございます”
「―――っ!!!」
「「「空富士が勝った!!!」」」
結果発表と同時に、観客が割れんばかりの叫びを体育館中に迸らせた。
「ば、ばかな……」
試合中ずっと自信に満ち溢れていた校長が遂にその仮面を剥がし、生きた表情の動きを見せた。
「ぼ、僕、また勝ったの……?」
自分で下した決断がここまで人々を動かしている。
前回の試合でそれを経験したはずなのに、全く別の経験のように感じられる。
一喜一憂する観客の顔を見ながら、起きた出来事を実感していく。
「すげぇ!!!あの校長先生を打ち破ったぜ!!!」
「天才だ!紛れもない、現代じゃんけんの神童だ!!!」
―――試合の結果が決まった。
そしてそれは、学校で唯一の生存者が選定されたという意味も込められていた。
「す、すごいわね、空富士君」
「ええ。私、てっきり大人が勝ち進めると思ってたのに……」
体育館の脇で試合の行方を観察していた教師二人が語っていた。
最終的に学校で勝ち残ったのは、人生経験が豊富な教師でもなく、勉強が得意な優等生でもなく、そして学校で最も偉い校長先生でもなかった。
それは、異彩の放たない一生徒である、空富士鋏、だったのだ。
「えへへ……」
僕は事実を飲み込み、喜んだ。
人生で多く経験できない大事な瞬間を、逃さないようにと。
「ってことは、次の対戦相手は学校外なのかな?」
「恐らくね」
「いいぞ!空富士!!!」
「このまま優勝しちまえ!!!」
第二ステージ五回戦に幕が降ろされ、僕はその後もずっと、昼休みが終わるまで、鳴り止まない歓声の渦に包まれていた。