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校長先生との試合前

今日は一日中、起床してからずっと、何事にも集中できなかった。

朝ごはんを食べている時も、通学中も、授業中も、ずっと、正午に行われる現代じゃんけんの勝負で頭がいっぱいだったのだ。


だって、今度の対戦相手は校長先生。

言ってみれば、彼はこの学校の王様だ。

僕はその王に、挑戦を挑むのだ。



「―――来週の月曜日に、校長先生と対決するんですって!?」

「う、うん……」

「うっそ……それ、すごくない?」


それは丁度、第二ステージ五回戦の日程と対戦相手が決まった金曜日の夕方の出来事。

土日を挟んで、月曜日に試合があるのだ。


「でもあんたが本当にここまで勝ち進めるとは夢にも思わなかったわ」

「し、失礼な……」


僕はちゃんとお婆ちゃんから現代じゃんけんの遺伝子を受け継いでいる。

なんて、繰り返された懐疑に対して、繰り返された反論を繰り返そうとしたら。


「ね、お婆ちゃん……」

「 」


空白が返された。

僕は彼女に話しかけようと横に振り向くと、そこには空の席。


「……お婆ちゃんね、病気が悪化してきたみたいでさ、今日も部屋で休んでるのよ」

「そ、そうなんだ……」

「医者からも、もうあんまり、長くはないからって……」


お母さんはそう言った。


「う、うん……」


お婆ちゃんの様態は日に日に悪化の一途を辿っていると、医者は説明したらしい。

年齢も年齢だ、やはり、仕方ないのだろう。


明るかった夕食が一気に暗くなった気がした。


「ご、ごちそうさまでした」


僕は夕食後、お菓子を持って、お婆ちゃんの部屋に赴いた。




「―――どう?具合は?」

「おや、どうしたんだい」


部屋をノックして、扉を開くと、お婆ちゃんはベッドの上で、いつものようにラジオをかけて、歌謡曲を聴いていた。


「これ、お見舞い」

「あら」


僕は余っていたじゃんバーを手渡しした。

あれ以降、じゃんバーの購入はストップしたのだが、まだ部屋に少し残っていたのだ。


「もぐもぐ……やっぱり、これ、美味しいわね……」

「だよね……もぐもぐ……」


僕も食後のおやつとして、もぐもぐ。


「これからさ、校長先生と対決するんだ」

「スゴイわね、鋏」


来週の月曜日。

考えるだけで胸が落ち着かない。


「何か、アドバイスとか欲しいなって。ここまで来たのに、戦い方がわからないんだ」

「そうね……」


「さっきお婆ちゃん、じゃんバー、食べたよね」

「……」


お婆ちゃんは歌謡曲の流れるラジオの音量を下げて、少しだけ真剣な表情になった。


「それじゃ、こんなのは、どうかしら」

「うんうん」


僕は待ちわびていた、どんな金言をくれるのかなと。


わくわく。


そして遂に、現代じゃんけんの神様、空富士紙乃の口が開いた。


「―――現代じゃんけんにおいて、情報は力、よ」

「え?」

「まずはこれが、現代じゃんけんの基本ね」


情報は力?


「それってどういう意味?」


僕は言葉の意味を詳しく知るために訊いた。


「現代じゃんけんでは、情報が大事、ということです」

「へー」


僕は残りのじゃんバーを、ばりぼりしながら、聞いてきた。


「でももし、情報が嘘だったら、どうするの?」


そうだ。

必ずしも情報全てが正しいとは限らない。

それなら別に、最初から情報を拒否するような姿勢を貫いて、現代じゃんけんに臨んでも良いのではないか。


「いい、もし情報が偽なら、それを見分ければいいだけ」

「な、なるほど……」


お婆ちゃんはばっさり言い捨てた。

そして続けて、


「もし現代じゃんけんで、情報を力と認識出来ないなら、それを偽かどうかも判断出来ずに、ただ相手から遅れを取るだけよ」


「ふむふむ……」


現代じゃんけんの神様が言ってるんだ。

間違いはないはず。


めもめもっと……


僕は頭の中のメモ帳に書き込んでいく。


「それじゃ、どうやって情報の真偽を確かめるの?」

「それは―――」


そして彼女が口を開いた時だった。


「―――げほげほ……」


お婆ちゃんの体が突然震え出し、額に汗を滲ませながら、苦渋の顔を浮かべた。


「お婆ちゃん!大丈夫!?」


しまった。

彼女の様態が悪化したばかりなんだった。

きっと長い間話すことは辛いはず、僕は早くそれに気づくべきだった。


そう思って、直ぐにお婆ちゃんの体を抱きかかえようとすると、


「―――あ、これ、今食べたじゃんバーのせいだわ」

「……」


と皺くちゃになった顔が一気に笑顔になっていった。

どうやら、むせていたらしい。


「あのお菓子、美味しいけど、妙に粉っぽいのよね。最近の女子高生はあんなのが好きなのかしら」

「……」


「……でもちょっとだけ喉が痛くなってきたのは本当だから、ごめんなさい。今度にしましょうか」

「うん。分かった」


どうやらこれ以上は厳しいらしい。

僕が部屋から出て、自室に戻ろうと背中を向けると、



「―――でも最後に、これだけは覚えてなさい」

「え?」


その一言で振り返った。

そこには、真剣な面持ちになっているお婆ちゃんの姿。

何時にもなく真面目なお婆ちゃんの双眸は、僕の意識を射抜いた。


「これからの現代じゃんけんで、もし、自分で考えて決断するか、それとも運任せにするかの二択に迫られた時―――」


一呼吸置いて、


「―――そんな状況に遭遇したら、絶対に運任せで決めてはいけない。何故なら、そこに、あなたの意思が欠如しているから」


「ど、どういう意味、それ?」


難しい言葉が多いし、それに文章も抽象的で良く分からないや。


「いずれ分かるわよ」


お婆ちゃんはいつもの優しい顔に戻り、にっこりと呟いた。


「分かった!」

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