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現代じゃんけん第二ステージ二日目最終戦

―――そして第二ステージ四回戦。


ここまで来ると、学校の殆どの生徒達が脱落、すかっすかになっていた。

当初の一億人の百分の一であること、そして第二ステージは位置情報を元に対戦相手が選ばれる形式なので、当然と言えば当然である。


「よっしゃ!空富士、絶対に負けろよ!」

「いいや!空富士、絶対に勝って!」


校内にある大きな広場で、生徒達と教員が現代じゃんけんを行っている。

上級生から下級生の生徒がその場を限界まで埋め尽くす形だ。

そしてその人の壁に囲まれている一人が僕で、その片方が養護教諭。


「あら、次の相手は、空富士君じゃない」

「ど、どうも……」


大宮洋子。

彼女は美人で有名であり、男子の保健室利用割合が女子に比べて圧倒的に多いのはそれが大きな理由である。


どうやら彼女はこれまで職員達とではなく、男子生徒ばかりと現代じゃんけんをしていたらしく、

その敗北者達が彼女の周辺に立っている。

なんと、学年の垣根も完全に越えているらしく、一年から三年まで勢ぞろいしているではないか。


一体どんな戦法を取ってきたのだろうかと勘繰りたくなってしまう。


「試合始まってるわよ!早く早く!」

「こっちよ、みんな!急いで!」


さらに観客の数が増えていくらしい。

三年生から一年の女子生徒達も走りながら、既に形成された巨大な人の壁に同化していく。


最終的に、中間に属していたどっちつかずの観客達は僕の方へと集まってきて、養護教諭と僕、という対立構造が出来上がった。


なので、間に属する者はいない。


そして何故か、僕の観客の内訳ははっきりしており、殆どが女子生徒で固められている。

どうしてなのかは良く分からない。


「私、あの先生嫌い」

「あ、それ分かる」

「いっつも化粧濃いしさ」

「だよね」

「私の彼氏とか、あの女のせいで―――」

「え―――?」


僕の周りからは保健の先生を貶す意見ばかりが飛び交い、早速さっきの疑問を答えてくれた。


……最後の方で、かなりどろどろしたドラマの一部分が垣間見える言葉が聞こえてきたらしいのだが、

それは空耳という事で処理しておいた。


「空富士、絶対勝ってよね」

「そうよ、負けたらただじゃおかないわよ」


これまで僕と接点が全く無かった女子たちが団結しながら、話しかけてきた。

いや、脅迫?

一体負けたら僕は何をされるんだ。


「で、でも現代じゃんけんなんて、運要素強いしさ……」


なんて、負けた時用に保険をかけて、ぽろりと弱音を漏らすと、


「「「は―――?」」」


直ぐに殺気を女子達から感じたので、急いで言質を撤回した。


「―――う、うん。が、頑張ってみる……」




―――ギャラリーが揃い、遂に現代じゃんけん大会第二ステージ四回戦の火蓋が切って落とされようとした。



「おい、空富士。お前、これ勝ったらどうなるか分かってるのか」

「そうだぞ」

「で、でもさ聞いてよ……こっちの女子もさ……」


今度は養護教諭の擁護をしている男子生徒が僕に対して、脅しを仕掛けてきた。

僕はこっちの事情も説明しようと努力したのだが、向こうの男子生徒は目をギラつかせて、聞く耳を持たない。


「ちょっと空富士、あんたまさか、わざと負ける気じゃないでしょうね」

「許さないわよ」

「あんなのに勝たせないでよね」

「いい、私と彼が結ばれるはずだった運命の雪辱のためにも、絶対に勝ちなさいよ―――」

「え―――?」


う。

後ろから送られるのは声援ではなく、脅しまがいの命令だった。

一体僕はどうすればいいのだ。


そしてさっきから女子一人が、昼ドラみたいな私情をこの対戦に絡みつけてきている。

彼女と養護の先生の間で何があったんだ。

いずれにせよ、彼女はきっと鬼神面のような恐ろしい表情を貼り付けているのだろう。

振り向かないことに決めた。


「負けろ!空富士」

「いいや、勝て!空富士!」

「……」

「噛みつけ!空富士!」


完全な板挟みの状態で僕は窮屈で仕方がない。


……あれ?

噛みつくって、現代じゃんけんの選択肢の中にあったっけ?


「うふふ……」


すると美人な養護教諭は僕に近づいてくると、耳元でこう呟いた。


「私はパーを出すから。この意味、分かってるわよね?もし素直になってくれれば、後で良いこと、してあげるわ……」

「……」


彼女の体からは芳しい花のような香りが津波のように押し寄せる。

一瞬にして異世界にでも飛ばされたような錯覚に襲われてしまう。


つ、つまり僕がわざと負ければ。


相手がパー、僕はグーを出せば、それでご褒美が貰える。


「ちょっと空富士!あんたもしかして何か交渉を持ちかけられたんじゃないでしょうね!」

「絶対に応じちゃいけないわ!」

「……」


頭の中で欲望と理性が交錯し、現在の所、欲望が僅差で勝利の雄叫びを上げているようだ。


負ければあんな事や、そんな事をしてもらえる……

頭の中には淫らな妄想が広がり、止まらない。


「悔しいわ!あの女の弱点が見えないわね!」

「癖とかも、見たこともないし、聞いたこともないし!」


女子生徒達は周囲で答えを出そうとしているのだが、情報が欠けているために、苦戦している。


しかし。

僕には極めて明瞭な状況が眼前に広がる。

なぜなら彼女が未来を伝えてきたのだ。


相手はパーを出すと。


「……へへへ」


負けるには、グーを出せばいいだけ。

そして敗北と引き換えに、快感が手に入るのだ。


快楽で頭が染まり上がり、とうとう僕は、運命を決める選択肢へと右手を伸ばそうとした瞬間だった。



「―――ねぇ、空富士。あんた本当に、それでいいの?」

「……え―――?」



それは僕の隣に立っている幼馴染、理沙の言葉だった。


「……」


彼女の存在が、快楽に支配される僕の意識を正常に保った。

そして回復した理性を持ってして、もう一度、思考を始めた。


そうだ。

もし、彼女の裏を突いて、



僕が挟を出せば―――


―――その時だった。



「……あれ?」


僕は何か異変を感じていた。


この雰囲気に。

この景色に。


「絶対に負けろ!空富士―――!」

「絶対に勝て!空富士―――!」

「……」


そういえば、こんな経験したことがなかったな。

なんて、思った。



―――いつの間にか、熱狂している観客の声が徐々に聞こえなくなっていき、

僕はこの状況を俯瞰的に眺めていた。



色々あったなんて。

数日前間の出来事を走馬灯のように思い出す。


現代じゃんけん大会に参加し、勝ち進め、ようやく第二ステージまでやって来た。

途中、偶然にも左右されたけど、僕の実力で勝敗を決めた試合もあった。


そしてとうとうクラスを越えて、年齢を越えて、こんな大勝負までしている。


「絶対に負―――」

「絶対に勝―――」

「…………」


今の僕には、時間の流れがスローモーションのように感じる。


僕の後ろには多くの観客、そして相手にも多くの観客。

二人の勝敗の為に、人々が白熱している。

声を張り上げ、感情を大きく揺れ動かしながら。


僕の決断に重みがあるっていうことだろう。


「―――」

「―――」

「………………」



―――そして周りから喧騒が完全に消えると、一つの考えが胸の中で響き渡った。



もしかして今―――


―――僕は輝いているのかな。



「………………」


これまでの人生で、人から注目されながら、何かをするなんて経験、なかったはずだ。

恐らくこれからもそうだろうと思う。


だって、僕はあまり取り柄のない高校生。

ずっと下の方に属してきて、そこで満足してきた人間。


いつもこういう状況で僕は、観客側に立ってきた。


「…………」


そこから見えるのは、観客から応援されて、かっこいいプレーをする選手達の後ろ姿。

憧れの景色。


いいなぁ。

あんなふうになってみたいなぁ。

なんて、もう何回思ってきただろうか。


「……」



―――もしかして、なんて。



自分の立つ観客席から腕を伸ばしてみれば、意外とプレイヤー達に手が届くかもしれない。

いつかは僕も、憧れの舞台に立って、黄色い歓声を背中に受けながら、かっこいいプレーをする。

そう感じたこともあったような気がする。



―――でもそれはただの幻想に過ぎない。



だって、二者の間には壁が存在している。

才能を持つ者と、それを持たざる者の隔絶の壁。

実際、僕がどれだけ手を伸ばしても、絶対に届かない現実。



―――徐々に観客の喧騒が戻っていく。



「―――」

「―――」


だけど、今はその真逆。

僕がプレイヤーで、みんなが観客。

それは憧れて、ずっと手を伸ばし続けてきた、あの姿、光景。


「…………」



―――僕は現代じゃんけんに才能があるのではないか。



そしてもし、それが本当なら―――


―――ここで、負けても良いのだろうか。



「………………」



ただその問が頭の中で反芻している。

そしてそれは、もっと純粋な問によって解かれた。



―――僕はもっと、輝けるのではないか。



「………………」



唯一輝ける場所を、あっさりと手放してもいいのだろうか?

快感の為に?

いや、いいはずがない。



―――見えてきたのかもしれない、僕の未来が。



「―――て!空富士!」

「―――ろ!空富士!」

「…………」



―――それなら、自分が下すべき決断は決まっている。



「―――絶対に勝て!空富士!」

「……!」



一人の女子生徒の声援が、僕の意思を射止めた。


そうだ。

僕は勝ちたいんだ。

そしてもっと輝きたい。



―――残り時間、30秒。


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



「それじゃ、制限時間も近いから、正々堂々と勝負を決めましょうか、うふふ……」

「……」


目の前には、色香を使い勝負を決めようとする養護の先生の姿。


「ずる!もっとまともな手で勝負しなさいよ!」

「そうよ!汚い大人!」


錯綜する意見、誘惑。


「へへへ。どうやら奴も誘惑に屈したようだな……」

「いいぞ、そのまま快楽に身を任せろ……」

「空富士……」


隣には、幼馴染の理沙の姿。

彼を心配し、眺めている。


「……」


しかし、彼の双眸は宝石のように煌めき、意思に満ち溢れている。

そして、選択肢を選ぶために、彼の手が画面に近づいていく。



―――残り時間、10秒。


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



「私は今、選んだわ。次はあなたが未来を選ぶ番よ、空富士挟君」

「……っ」


自分の未来を切り拓くため、彼の指が画面の限界まで距離を狭めた。



―――残り時間、1秒。


―――”現代じゃんけんの手を選択してください”



「……っ!!!」


そして遂に、彼の指先が未来に触れた。



―――残り時間、0秒。


―――”現代じゃんけんの手が選択されました”



「……っ」



―――同時に、グラスから操作音が流れた。



「……」


それは今の彼にとって、心地良く聴こえる未来の音色だった―――。





「―――うふふ……また私の勝利ね……」


その瞬間、養護の先生は勝利を確信した。


「あぁ、終わった……空富士どうしてよ……」


女子達は一斉に落胆、それとは逆に、男子達は歓喜に満ち溢れている。


「やった!空富士が負けた!」


「……」



―――”結果発表”



場が完全に静まり返ると―――


―――運命の瞬間が訪れた。



―――”大宮洋子 パー”


音のない世界に、アナウンスが流れた。



―――”空富士鋏 チョキ”



「そ、空富士が、チョキ?」


理沙が沈黙した空間で、ぽつりと一言、呟いた。


「うそ……」

「まさか……」


女子達は小さく騒ぎ始める。


「「「空富士がチョキで、相手がパーってことは……」」」



―――”勝者 空富士鋏”


―――”おめでとうございます”



「「「……!!!」」」


後方に立つ女子達はお互いの顔を見合わせ、一瞬だけ困惑すると、それから笑顔に変わり、そして歓喜の声を上げた。


「「「やった―――!!!」」」



「やったね!空富士!」

「……うわっ!」


脇に立っていた理沙からぎゅっと抱きつかれて、僕は驚いてしまった。


「うそだろ―――!!!」

「くそ……!!!」


向こうにいる男子達は落胆、床に崩れ落ちる者もいる。


「うふふ……」


勝ちを確信した養護の先生は表面上、表情を崩すことはないが、唇を強く噛み、微かな出血を流していた。


沈黙から一気に場は盛り上がり、熱気に包まれた。

歓喜でお互いを抱き合う女子達。


それが僕の選択、決断によって、生まれたのだ。

今この双眸に映る光景が。


「……」


僕は感じていた。

自分で選択した未来の味を。


「これで今日は良く寝れるわ!」

「あんなズルい大人は負けて当然よ!」

「良くやった!空富士!私達の雪辱を晴らしてくれてありがとう!」

「……」


心地が良かった。

自分で選んだ選択肢だから。


視界がこれまで以上に鮮やかな色彩に溢れ、現実が広がっていく感覚。


「ぼ、僕は勝ったんだ―――」

「―――て、う、うわっ!!!」


と熱に浮かれた頭で立っていると、女子達がこっちに集団で寄ってきて、胴上げをしてきた。


「空富士!よくやったわ!」


「「「そらふじ!そらふじ!そらふじ!」」」


そして喧騒を極めながら、第二ステージ四回戦の幕が閉じていった。




「―――ねぇ、どうしてあの時さ、勝とうと思ったわけ?」


夕焼けが空に広がる放課後の屋上。

二人は夕風に当たりながら、まだあの勝負の余熱を残した体を涼ませていた。


「いやぁ、さっきのは、スカッとしたわね!」

「ホントだよ!よくやってくれたわ、空富士も」


校庭には、さっきの現代じゃんけんの勝負結果を叫びながら、下校している女子達の姿が見える。


「な、なんかさ、あんまり良くわからないんだけど……」


感じるんだ。

これまで経験したことのない感情を。


「ま、負けたくなかったんだ……」


だからここで脱落して、それを止めたくなかった。

例えそれが、快感を犠牲にすることになっても。


「そうだったんだ」

「うん」


二人は空を仰ぎ、空に浮かぶ夕陽を眺める。


「じゃあさ、もっと勝ち進めるといいね」

「うん。勝ちたい」

「でも珍しいわね、勝負事にやる気出すなんてさ」

「そ、そうかな?」

「ええ、そうよ。幼馴染の私が自信を持って言うわ」

「……」


自分でも気づかなかった。

やっぱりこれまで僕はそうだったのだろうか。


「ちょっと、恥ずかしいかもしれないんだけどさ」

「え?」


僕はあの時感じたことを、彼女に隠すことなく、話してみた。


「僕、輝きたいなんて、思ってさ……」

「へぇ〜」


彼女は普段なら作らない表情に変えて、僕の言葉を受け止めていた。

もう何年も一緒に行動してきたのに、今この瞬間、初めて見た彼女の横顔だった。


「てっきり、自分から負けようとするのかって思っちゃった」

「……」


……少しだけ考慮したことを恥じた。


「でもさ―――」

「え?」

「―――悪くなかったよ、あの時の空富士」


理沙が夕焼けから僕に目線を移し、呟いた。


「……」


僕の顔は夕陽色に染まり上がり、一度、涼んだはずの全身にまた熱が帯びていく。




―――夕風が沈黙の中を通り過ぎていく。


眼前に広がる果てしない空は、今の僕の鋏で掴めるぐらい、少しだけ小さく感じる。


「―――僕、勝ったんだよね」

「ええ、そうよ」


「……」


やっと勝利という事実を認識し始め、右手を自分の顔に近づけた。


―――そこには震えながらも、力強く握られた鋏。


まだ完全には信じられず、動揺している。


「……」


でも、徐々に振動が収まってきた。

それは自分で決断した選択肢を、未来を、完全に受け止めたから。


「……ちょき」


―――そして自らの双眸に、夕焼けに照らされ鮮やかな色彩を帯びる、震えのない鋏を映し出した。


「チョキ」


―――その手は、自分が選んで、創った未来だった。

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