表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/31

第一話

現代じゃんけんにおいて、情報は力である―――


―――それは僕のお婆ちゃんの口癖だった。



「―――むにゃむにゃ……」


ある日の早朝、一人の少年がグラスを掛けて、ベッドの上で寝ている。


ちゅんちゅん。

眩しい太陽の光が窓から差し込み、梢の上に肩を並べる小鳥たちが心地良い囀りを奏でる。


「ふにゃふにゃ……」


しかし、そんな美しい自然の音色が少年の目を覚ますことはなかった。



デデンッ―――!!!


「―――はっ!」



代わりに、自然と乖離する人工的なアラーム音が、彼を起こす。


「えっと、なになに……」


睡眠を強制終了させられ、瞼を開くと、早速彼は情報の海に自らを埋めた。


さっきのけたたましい音は着信音。

彼は今、ベッド上で新しいタイプの携帯電話を操作している。


現代日本では、スマホからさらに進化を遂げた眼鏡式の携帯電話、”グラス”と呼ばれるものが殆どの人によって使われている。

とても軽量でスタイリッシュ、それになんと、基本的な動作は目を用いて行われる。


何だかスマホよりも便利そうに聞こえるけど、良いことばかりではない。


例えば―――。


人と情報の距離は限界まで短縮、結果としてそれを拒否することが極めて難しいのだ。


これは正直、僕にとっては弊害でしかなかった。

そしてその事実に僕は気づきもせずに、生活を送っていた。


「……」


いつものようにグラスを弄りながら起床して、学校の登校時間までだらだらだら。

ゲームやニュース、掲示板に通販。

特に頭も使わないで、適当に時間を過ごしていた。



―――ベッドから起き上がれず、既に数十分間経過。


朝日を見て自然の美しさを鑑賞するわけでもなく、朝の澄んだ空気を体に取り入れながら軽く運動するわけでもない。


「へへへ……」


まるでベッドに根を張ったように、体が動かない。

動くのはグラスの画面を操作するための視線のみ。


やっぱり常時、目の前に携帯電話があり、それから抜け出すことが難しい。


「……何だこれ?」


しかし今日のルーティーンは少しだけ崩れることになってしまった。

何故なら、目の前に映るネットニュースの一面に、普段目にすることのない単語が乗っかっていたからだ。



―――”第3回現代じゃんけん大会”


―――”優勝賞金一億円”



無茶苦茶大きく全国ニュースの一面に乗っている。

運任せのじゃんけんなんかに、優勝賞金1億円!?


「まじ―――!?」


現代じゃんけん?


「……ん?」


あれ、じゃんけんじゃなくて、現代じゃんけん?

何だそれ、一体じゃんけんと何が違うんだ?


それに加えて、第3回とか書いてあるし。

これまで一度も聞いたことのない遊戯の名前なのに、もう既に3回も開催されているのか?


その時だった。



デデンッ―――!!!


「―――はっ!」



再び、グラスから着信音が鳴った。


「えっと、なになに……」


たった今追加された新鮮な情報を血眼で探すため、スクロールダウンすると、新たなニュース記事が僕の目を射止めた。


”2度寝すると健康になる”


「まじ―――!?」


と、その挑発的な見出しに釣られて、


「ふぁ〜」


あくびが出てきた。


結局、さっきの大会のニュースなんて忘れて、僕は2度寝をかました。

そして案の定、この後、予定の時刻に家を出ることが出来ず、遅刻もかました。


「おやすみなさい……」


ちゅんちゅん。

再び小鳥たちの囀りが部屋に響き渡った。

しかしそれは彼の子守唄にすらなることはなかった。




「―――むにゃむにゃ……」


それから約小1時間経過。


「ふにゃふにゃ……」


2度寝をする一人の少年の姿。



デデンッ―――!!!


「―――はっ!」



ガバっと瞼を開いた。


「あ、遅刻じゃん」


と悟ったのは、既に8時過ぎた辺りで、また人工的なアラーム音に起こされた時だった。


「……」


3度寝するか、4度寝するか、それともサボろうかの三択辺りで迷っていると、

一階から喧騒が起きていたので、気になって下に降りてみた。


「どうしたんだろう……?」


部屋から出て、階段を降りると、リビングに入っていった。


「あら、今日は早いのね。二度寝だけで済んだの?」

「うん」


台所にいる母親が話しかけてきた。


「拳、これ見た?」


大学生の姉が寝癖を付けながら、ゆったりと朝食を頬張っている。

僕に気づくと、グラスの画面を見せてきた。

そこには、あのじゃんけん大会……いや、現代じゃんけん大会のニュースが。


僕の家には、母親、姉、そしてお婆ちゃんの三人が暮らしている。

ちなみに父は海外に単身赴任中であり、自宅にはいない。


「見た見た」

「懐かしいわよね、じゃんけん大会なんて……あ、現代じゃんけんだったかしら」

「え?お母さんも知ってるの?」

「ええ、もう大会にも入ったわ」

「うそ!?」


軽く一時間前ぐらいのニュースなのに、もう、家族内では膾炙しているらしい。

恐るべし、グラスの力。

それにお母さんも例外ではなかった。


「で、あんたはもう参加したの?」

「あ、そういえば―――」


姉が訊いてきた。

僕はというと、他のニュースに邪魔されて、まだ参加していなかった。

どうせならやってみようかなと、姉に返事をしようと思った途中。


「―――ほら、拳。あんまり遅刻しちゃ駄目よ」

「そうだった!」


時刻を一瞥すると、もうこんな時間。

早く登校しなければ。


急いでリビングから出ると、登校する前に、一つの部屋に寄った。


「おはよう、お婆ちゃん。学校行ってくる」

「おや、おはよう。気をつけてね」


ベッドに寝ながらテレビを見ているお婆ちゃんに挨拶をした。

そしてようやく。


「―――いってらっしゃい」

「ふわぁ〜い」


2度寝をかましたのに、未だあくびを零して、玄関を出た。

時刻は八時を大きく過ぎて、周辺には登校する生徒の姿は見えない。


「走って向かうのよ〜」

「……」


それなのに、彼には急ぐ様子はないらしい。


「……ま、いいか」


既に遅刻しているので、特に焦ること無くだらだらと登校を開始した。




―――天気は雲ひとつ無い快晴。

眩しい太陽が地上に照らしつけている。


「何か、妙に変だな……」


何度も繰り返し見てきた、そんな馴染みの景色が目の前に広がるのに、何故か、払拭できない違和感が張り付いていた。

何というか、その。

世界はまるで一夜にして変貌を遂げたかのように、町全体が浮足立っていた。


「―――聞いたかしら?このニュース?」

「ん?」


通学路の途中での出来事。


「凄いよね、一億円のじゃんけん大会ですって」

「何だか懐かしいわね、じゃんけんなんて」

「でも、現代じゃんけん、なんて書いてたわよね。あれってどういうことかしら?」


近所の主婦達がごみ捨て場の周辺で会話している。

内容は2度寝する前に見たあのニュースだった。


「す、凄い……」


あんな主婦たちまで、一時間前のニュースの話題を熱心に話している。

グラスの威力なのだろうか、やはり。




ゴミ捨て場を通り過ぎて、電車に乗ると、そこでも喧騒が巻き起こっていた。


「―――じゃんけん大会だってよ、見たか?」

「もうアプリダウンロードしたよ。まじで、じゃんけんなんて懐かしいぜ……あ、現代じゃんけん?」


大学生の二人組が話をしている。

現代じゃんけん大会について。


「―――どうやら現代じゃんけんの大会があるらしいですね、部長」

「いやー、懐かしいね、じゃんけんなんて……あ、現代じゃんけん?」


背広に身を包んだサラリーマン達も同じ様に。

会社内の上下関係は貫かれている。


「おや、おばあさんや。こんなもんがあるらしいよ」

「へぇ〜、そうなんだ。懐かしいわね、じゃんけん大会なんて……あ、現代じゃんけん?」


仲睦まじいご高齢の夫婦も例外ではない。


「ど、どうなってるんだ……一体……」


みんなが口を揃えて、じゃんけんの話題をしている。


「……あ、現代じゃんけん?」


ちなみに僕も興味を持ったので、適当にネットニュースを見ていた。

すると目の前に―――


”実は2度寝よりも、3度寝の方が健康的!?”


「やっぱり!?」


二度寝よりも三度寝の方が良いらしい!

それなら、今直ぐ……


「ふぁ〜」


あくびが零れた。

さっき二度寝したのに。


「おやすみなさい……」


ガタンゴトン。

小刻みに揺れる車体にすら彼は眠りに誘われることなく、深い眠りに強制的に吸い込まれた。


「むにゃむにゃ……」


電車内でアナウンスが流れた。


「次は―――駅」


本来であれば降りる駅なのに、彼が目を覚ます事はない。


「ふにゃふにゃ……」


なんてそのまま一駅を逃した。



デデンッ―――!!!


「―――はっ!!!」



再び携帯からの着信音によって強制的に睡眠解除。


「あ、いっけね。また乗り過ごした……」


起床後に現在の駅を確認。

やってしまったと悟る。

なので、少しだけ早足で閑散した構内を歩き、道へ出たが、


「……どうせ大遅刻だし、適当に歩くか」


速度を弱めて、目的地に向かった。



「―――やっと着いた……」


一駅分の距離も通学路に加算されて、学校に到着したのは10時過ぎだった。

高校の門をくぐると、校庭では既に体育が行われていた。


「頭がくらくらする……」


三度寝は健康的とかニュースに書いてあったのに、妙に変だな。

思考がまとまらないし、頭痛までするんだ。


なんて思いながら、玄関にまで到着。


「……」


すると当然、もう授業中なので、教室からは教師の声が聞こえてくる。


僕の通う高校は、特にこれといって特色のない学校。

偏差値が特段に高いわけでも、低いわけでもない。

部活も有名というわけでもなく、たまに全国大会に出場すれば表彰される、程度の感じだ。


「ふぁ〜」


そして、その中で同じように異色を放たない生徒、空富士そらふじけん、それが僕だ。


これといって得意な事もなく、ただ日常に流されるまま生きてきた。

必要性があれば努力をするけど、それ以上の努力はせず、そして、それ以下の努力はする人間。


「……」


靴を履き替え、誰もいない廊下を通り、一年三組に向かう。


こくん。

今一瞬だけ、頭がぐらついた。


「危なかった……」


廊下の途中で四度寝を一瞬だけかましてしまったが、何とか耐え忍んだ。


……0.5度寝、っていうのか?

あれは?




「―――あ、やっときた」

「やぁ」


教室の最後列、丁度清掃用具が置かれてある前、その窓際のほうに自分の席がある。

その隣に座るクラスメート兼幼馴染、奈良園ならぞの理沙りさが、教師に聞こえない程度の声量で、話しかけてきた。


「また、4度寝でもしたの?」

「ううん」


彼女はいつも僕が遅刻してくるのを知っているので、そう尋ねてきた。


ちなみに僕はというと、遅刻がバレないように、匍匐前進ほふくぜんしんを使って教室の床に這いつくばりながら、己の席へと目指している。

そして自分の席まで到着すると、忍者の如く静かに椅子を引いて、席に着いた。


「どうせ、嘘でしょ?あんたの事だから―――」

「―――し、失礼な」


今日は流石に四度寝までかまさず、3.5度寝辺りで済ませたと、意気込んで弁解しようとしていると、


”実は二度寝よりも三度寝よりも、一番四度寝が健康的である”


「なんと、今日は3.5度寝しか―――」


という画面上のネットニュースの記事に目が留まり、


「―――ふぁ〜……おやすみなさい……」


と言いかけた途中で、授業中に深い睡眠へと誘われてしまった。


「……」


急速に狭まっていく視界が最後に捉えたのは、彼女の呆れ顔、そして溜息。



がたんっ!


頭を机に思いっ切りぶつけたので、先生にバレた。


ポキッ!


チョークの折れる渇いた音も続いて響いた。



「あ、空富士、また遅刻してきたらしいな」

「今日は、4.5度寝したらしいです」


理沙が報告した。


ははは。

教室中で笑いが沸き起こった。


「むにゃむにゃ……」


しかしそれら全てが彼の眠りを妨げる事にはならなかった。


「ふにゃふにゃ……」



……こんな感じで、僕は少しだけ情報に影響されやすく、

いっつもニュースとかで健康などの単語を見かけると、それに釘付けになる。

別にまだ若いからそこまで健康面で気にする必要はないと思うんだけど。


……とにかくこのグラスのせいだ。

情報との距離が近すぎて、逃げられない。




「―――むにゃむにゃ……」


教室内、いや、学校全体の喧騒によって目が覚めた。


がやがや。


「はっ!」


時刻は丁度正午、眩しい陽の光が窓から射し込んでいる。


「僕が優勝するね―――」

「―――いいや、俺だよ俺」


四度寝をして頭がスッキリするどころか呆然としているのを我慢しながら、何とか周りに視線を配ると、


「何だ、何だ?」


教室内では席を立って大声で騒ぎ立てるクラスメートの姿。

何かお祭りの前のような雰囲気で、いかにも血走っているのが良く見て取れる。


「でもでも、既に参加人数は一億人超えてるんだよ?確率的にあり得ないでしょ」

「だよね」


「……」


凄い事になっている。


「あら、空富士、やっと起きたみたいね」

「あ、おはよう。にしても、凄い騒ぎになってるみたいだ」


すると隣の席の理沙が声を掛けてきた。


「みんなじゃんけん……いや、現代じゃんけんの事で頭がいっぱいなのよ」

「は、はぁ……」


そういえば、今日の朝に見たあのニュース。


それはじゃんけんの大会についてのものだ。

いや、正確には、現代じゃんけん?

でも、その違いは何?


「空富士は出場するの?これ」


彼女は僕にグラスの画面を見せてきた。

そこには先程のニュースを開いて、記事の内容が記載されていた。



”第三回現代じゃんけん大会”


”優勝賞金一億円!”


”無料で誰でも出場できる”


”現代じゃんけん株式会社主催”


とのこと。


「ふむふむ」

「ね、出場しようよ?」


無料で参加出来て、

それで優勝賞金が一億。

拒否する理由が全く見当たらない。


言うならば、タダで引ける宝くじをするようなもの。

なので、


「出る出る」

「私も〜」


という事で二人の意思が確認できた。


「えっと、参加するにはどうすればいいの?」

「何か専用アプリあるらしいからさ、それをダウンロードする必要あるって」

「へぇ〜」


ということで怠けずに自分のグラスを使って、

ニュース記事からURLを辿ってホームページまで行ってみた。


そこで詳しく参加方法やら、大会の形式、現代じゃんけんの定義など全てが記載されていた。


「ふむふむ……」


目を凝らして、格式高い長ったらしい文章を適当に読み流していくと。


「つまり、こういう感じだろうか」


読んだことを頭の中でまとめ上げて、整理してみた。



―――参加条件



専用のアプリを無料でダウンロード。

そしてアカウントも無料で作成、最後にそれを使って大会に申し込めば、確実に参加できるとの事だった。


別に費用が掛かる訳でもなく、参加費も含めて全て無料である。



―――現代じゃんけんの大まかな定義



制限時間内にじゃんけんの選択肢である、グー、チョキ、パーの中から一つ選ぶ。


制限時間前に答えた場合はそれが過ぎるまで待つ必要がある。

逆に時間を過ぎて答えた場合は失格、相手に勝利が譲渡されるとのこと。


そして制限時間内であったら、不正行為以外では、どんな方法を駆使して情報を得ても構わない。



―――大会の形式



第一ステージ、第二ステージ、決勝トーナメントの3つに分かれていて、決勝トーナメントの決勝戦まで到達、そこでも勝てば優勝ということになる。


第一ステージでの制限時間は三分

第二ステージでの制限時間は五分

決勝トーナメントでは制限時間は十分


ちなみに正確な日時などは、明確な記載はされていない。



―――不正行為



相手を脅したり、アプリケーションにハッキングをしたりして、不正に情報を得てはならないということ。

あくまで心理戦とかで相手の手札を探れと言っているのだろう。

まぁ、当たり前である。



―――かなりざっくりとまとめ上げると、こんな感じの情報だった。



「―――なるほど」

「何か、情報が多くて、良く分からないわね」

「うむ」


あんまり意識を集中させて読んだから、かなりの時間が過ぎていたことに気づかなかった。

気付けばもう昼休みの中間を迎えていた。


「でも、現代じゃんけんなんて言うわりには、普通でがっかりかも」

「そうね」


現代じゃんけんなんて仰々しい呼称で扱われているが、要は普通のじゃんけんのルールに、社会性を加えただけである


人と協力したり、色んな方法で情報をかき集めても良い、ただそれだけだった。


なーんだ、てっきり魔法とか使うのかと内心期待していたのだが、

ここはホグワーツ魔法学校ではないし、そもそも世界に魔法すら存在していないので有り得ない空想である。


しかしそれでも優勝すれば一億円。

出ない理由は無い。

ということで。


「アカウント出来た」

「私も〜」


既に出場者数は一億人を越えており、今も急速に人数が増え続けている。


それもそうだろう。

じゃんけんなんていう、言わば、運だけで勝ち進める大会なんだ。

あ、いや、現代じゃんけんだった。


ルールも誰でも理解できて、古今東西で親しみがある。


世代や性別、あらゆる境界を越えて出場者がいるわけだ。

納得。


「って、これ明日から早速開始じゃん」

「うわ、本当だ」


なんと急な日程。

突然発表されて、突然開始とは。

何か主催者は急いでいるのだろうか?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ