第86話、魔王、暑さから逃れて熱き祝福されし湯へ
それから俺はどれほどの時間かえってこなかったのか。
何やら寝苦しい暑さだけが蟠っていて。
それから逃れるように目を覚ますと、無謀極まりないとも言えた雪山との対面の場所……俺が寝ていた辺り一帯が第二ホームになっている、祝福されし安全地帯になっているというのは確かであったようだ。
ホームとその外界の境となる『破魔聖域』による……薄膜の貼られた結界ドームの中には。
暖を取ることもできるであろう簡易な岩竈が設えてあり、雪も寒気も入ってこられないようになっていて。
正気に戻った、目を覚ました俺は。
モフモフに過ぎる真白アザラシなシラユキのお腹を枕に寝かされてもらっていたようで。
すぐ近くに膝立ちのまま軽鎧なディーがいて。
これまたすぐ近くに丸くなってるけど故あってアンモニャイトのようにはなれないチューさんがいる。
第二のホームであるからして、その周りにはユウキや他のみんなが各々眠りについているのが見えて。
「暑い……」
こんなところに一人でいられるかぁ。
……じゃなかった。
『サンクチュアリ』の風膜結界のせいか、熱が篭っていて汗をかいてしまったようで。
そんな中枕になってもらってすまなかったと、シラユキに『アルミール(万能得薬)』のカードをぴとっとして綺麗にしておくと。
外の風でも当たろうかと、皆を起こさないように『ルシドレオ(透過透明)』カードを惜しみなく使って気配を消しつつ。
『祝福息吹』の影響が残ってしまっているという外の森へと出ることにする。
「ふぅむ。ダンジョン化してしまったとのことだけど、まだここらはホームの範囲みたいなものなのかな」
期せずして作ってしまった第二ホームは、中々の広さがあるらしい。
無駄に使ってしまった気がしなくもない『ルシドレオ』は『アルミール』でさくっと解除して。
そのままふらふらとホームから出ない範囲で歩き進み行くと。
『サンクチュアリ』の結界内よりも暑いというか、湿気が強くなってきているのに気づかされて。
「……こ、これは。もしや」
まさか温泉があったりなんかしちゃったりするのだろうかと。
故郷の懐かしい気配に目が覚める勢いで吸い寄せられるように歩を進める。
ホームでお風呂を作ることができても、流石に温泉までは作れなかったからなあ。
これは予想外と言うか、怪我の功名だなあと。
寝汗もかいていたことだし、早速とばかりにすぐさま見えてきた湯気のその向こうに讃えられているお湯の、その泉質を確認してみることにする。
たぶんきっと、魔王的祝福が掛かってしまう前は。
この森の水飲み場、泉か何かであったのだろう。
しかも恐らくは自然ではなく、敢えて作られたもの。
ちゃんと水が溜まったままであるように、いくつもの岩で囲まれているのが分かる。
こしらえた人には申し訳ないが、まさに痒いところに手が届く……お誂え向きではあって。
微かに匂う、硫黄系ではない温泉の香りも俺好みで。
夜天風呂となっているそのもと泉は、結構奥行きがあるようだったけど。
周りの寒さのせいもあってか、一メートル先も見えないくらいには白い靄、湯気に包まれている。
「……」
いざ入場。
死に戻りの寝起きで、実は言うほど頭が回っていなかったとはいえ。
それでもほんのり危機感めいたものを覚えた俺は。
ウルガヴの羽衣+3(水、火耐性+ダンジョン内の、普段は入れない仕様になっている水エリアに入ることができる)に着替えつつ。
手先で温度を確かめてかけ湯をしてから入湯したわけだけど。
「うん。はあぁ……。そんなに深くもないし温度もなかなか。ちょっとだけ熱めがいいね」
正に『ブレスネス』の効果、祝福されているかのごとく。
じんわりじんわりと、体力魔力が回復しているような気がする。
思わずああぁと声を上げつつもっと奥の方へと言ってみようかと。
つかったまま移動しようとしたところで、俺からすれば急に現れた気配と声。
「あら。ご主人さま。お目覚めになられたのですね。よかったです」
「……おぉ。エルヴァかぁ。エルヴァもついに『人型』へとレベルアップしたんだなぁ」
「ふふ。何だか残念そうですね。わたくし知っていますわ。ご主人さまってばわたくしの、『獣型』時の姿の方をお気に召されていたのを」
「あ~。いや、そう言うわけでもあるようなないような」
「? どうかいたしましたか、ご主人さま。どうしてお離れに? 御身をお清めになるのならば、お背中流しますよ」
おぉ、『ブレスネス』の効果凄い。
洗い場まであるのかぁ。
……じゃなぁいって!
どおしてエルヴァまで『人型』にいぃ!?
しかも萌黄色の長い髪をしっとりまとめていて、湯気の中でもアメジストの瞳が綺麗な美少女になってるううぅ!
トドメの一撃としてお風呂としては当たり前ではある裸……じゃないっ。
めっさスケスケだけど水着湯浴み着的なものを着ていらっしゃるっ。
恐らくきっと、チューさんあたりの差し金だろう。
残念、と言うべきなのか。
ナイスぅ! と賞賛すべきであるのか。
どっちにしても、刺激的すぎて直視できないのは確かではあるが。
そのおかげで? 普段後ろから見ていたエルヴァの特徴的な獣耳の存在に気づくことができて。
と言いますか、お耳のあたりにしか視線を向けられないのが功を奏したらしい。
俺は内心の動揺を隠せているのかも分からないままに。
このままでは間違いなく湯当たりだけでなくこの場で轟沈してしまいそうなのでもう出ますと。
視線をもふもふ耳に固定したまま来た道を戻ろうとしたわけだけど。
「あっ、ごしゅじん。ごしゅじんもおふろ来てたんだあ。いっしょにとけてくぅ?」
「……ぴぃっ!?」
いつの間にやら退路を塞がれていたのか。
それともアオイの言葉通りスライム族の面目躍如でお湯に溶け込むようにして温泉を満喫していたのか。
スライムらしくスケスケなのは身体ごとであるのは良かったのか悪かったのか。
典型的なマスコット的存在であったはずのアオイは。
エルヴァと同じく祝福に過ぎるお湯につかっていることで。
最早当たり前のように青髪ボブの、サファイア色の瞳が大きい美少女の姿をとっていて……。
(第87話につづく)
次回は、12月15日更新予定です。




